#2 時系列入力に対するV1の可塑性は海馬に依存する

少し忙しく、前回から日があいてしまいました。
本日はこちらを紹介します。

Finnie, Bear, The spatiotemporal organization of experience dictates hippocampal involvement in primary visual cortical plasticity, Curr. Biol., 2021
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.06.079

背景

かつては高次脳領域に保存されると考えられていたタイプの記憶が、近年 V1 などの領域に保存されることが明らかになってきている。
V1 を研究するメリットとして筆者は以下の 3 つをあげている。

  1. 視覚感覚はきちんと制御できる。

  2. 経験による plasticity が V1 でよく報告されている。(ある Vision に対して反応する活動電位が可塑性により大きく変わる)

  3. 両眼からの情報の統合が起こる前に V1 のレベルで変化が起こる。

しかし、海馬がこの V1 の可塑性にどう影響を与えるか不明だった。

タスクの概要

タスクとして以下の 2 つのものをおこなった。2 つのタスクで見られる可塑性はよく似たものだが、メカニズムや定量的な違いが見られる。

  1. 画面上の縞縞模様の黒と白のバンドが 0.5 秒ごとに入れ替わるような映像を見せる (SRP protocol; Fig. 1)
    → これにより刺激選択的な可塑性 (SRP) が V1 で見られる。これは perceptual learning といえる。V1 の NMDA receptor 依存的に起こる可塑性

  2. 4 種類の縞々模様を決まった順番で見せる (Fig. 3)
    → SRP とは異なり、ムスカリン性 ACh receptor 依存的に起こる可塑性

Fig. 1 長期の視覚認識課題に海馬は関係しない

上の 1 で示した SRP protocol をやっている。

V1 L4 からの電気生理記録 VEP (visual-evoked potentials) と、視覚刺激に対応した前足の動き "vidget" を定量した。視覚に対応した電気的な応答が最も大きい Layer 4 から波形を取得している。

海馬の影響を減らすために、実験前に両側海馬に NMDA を injection している。
・しかしこれは海馬機能のどの段階を阻害する影響があるのかわからない。induction かもしれないし、consolidation かもしれない。
・また lesion の場所よりも lesion の量がきいているかもしれない
→ これらの問題はあるが、昔から使われてきた手法

Day 1 ~ 6 で同じ向きの縞模様を見せて、 Day 7 で違う向きの縞模様 (Novel)か同じ向きの縞模様 (Familiar)を見せる。縞模様は 0.5 秒ごとに黒と白が入れ替わる (向きは変わらない)

lesion 群と control 群では、両群ともに Novel よりも Familiar のときに VEP が大きい。lesion 群ではより Familiar / Novel VEP が大きくなるが、これは baseline が低いため。 (F, G)
ちなみに F は day 1 を基準とした相対的な day 7 での magnitude を表している。
同様に Vidget も定量しているが、両群で差なし (H, I)

→ 長期の視覚認識記憶のための V1 可塑性に海馬は関係ない

Fig.2 object displacement behavioral task では海馬の影響がある

過去の知見で阻害されることがわかっているタスク
→ ちゃんとこのプロトコルで海馬が阻害できるかを確かめる実験

部屋に 2 つ物体を置いて、マウスを慣らしておいて、その後片方の物体の位置だけ変える。
control マウスは位置が変わった物体を有意に多く探索するが、lesion マウスはどっちも同じくたい探索する。

Fig.3 sequencial な視覚刺激の V1 への受容は海馬に大きく影響される

S1 では単純な刺激を受容するだけなら十分だが、そこに時空間的な関係性を見出す際には海馬を要する。
→ V1 では同じようなこと起きるのでは?

A, B, C, D という 4 種類の異なる角度の縞模様を順番に提示。Day 1 ~ 4 では A→B→C→D の順に提示する (提示時間は 150 msec ずつ) が、 Day 5 では それに加え D→C→B→A の順に提示することや提示時間を 300 msec にのばしたものを提示するというタスク。

Day 1~4 の結果について、control マウスでは日を追うごとに VEP が大きくなるが、海馬 lesion マウスでは大きくならない。(B, C)
→ 要するに慣れた模様に対してよく反応するようになるという可塑性が起こらない

Day 5 では Sequential な刺激に対する違いだけを見たいため、BC/CB に対する反応だけを定量。lesion マウスでは control に比べて VEP が小さい (D)
また BC (Familiar) に対する CB (Novel) の VEP は、control では小さくなるが、lesion では有意差がない (E,F)

また新規に対する VEP の大きさだけ見たとき、Fig. 1 の SRP タスクでは lesion のほうが大きかったのに、Fig. 3 では control のほうが大きい。
→ SRP と sequence-specific potentiation での海馬への影響は大きく異なる

Fig. 4 海馬は V1 での時系列なパターンの受容に関与する

海馬が時系列的な情報処理に関わるという仮説
→ 調べるために、二つのアプローチをとった

  1. ABCDのシークエンスの表示時間を 150ms から 300ms に延長

  2. ABCDのシークエンスのうち、Bだけをなくし(その代わりただのグレーの画像を表示)、A_CDとする

一つ目の実験では、control 群において B が来ると思われるタイミングで、何もないに関わらず VEP が見られた。
しかし lesion 群では有意にそれが見られなかった。(A, C)

この VEP の凹み方は 150ms 後にパターンが変わるか否かに関わらず、VEP 特有のものである可能性を否定するため、Fig1 での VEP との比較を行っている (B, C)

二つ目の実験でも同様に、control 群では B が来ると思われるタイミングで VEP が見られたが、lesion 群では見られなかった。(D-H)

これらの結果は、海馬が時系列情報に寄与するという知見と合致している。

Fig. 5, 6 Familiarity と時空間的予測に基づく刺激では、異なった VEP を引き起こす

Fig. 3, 4 のタスクでは V1 の可塑性に海馬が関わり、Fig. 1 の SRP タスクでは関わらないと結論づけていたが、
これには SRP タスクの出来は縞模様の向きに対する familiarity にのみ起因し、時系列情報は関係ないという仮定が置かれている。
→ 0.5 sec ごとの縞模様の黒白の反転をなくした static な画像で Day 1 ~ 6 のトレーニングをして、Day 7 でだけ反転という時系列情報を付与した動画を見せるパラダイムで実験

sham マウスで実験した結果、Familiar な向きの縞模様では Novel の向きに比べて有意に VEP が上昇 (Fig. 5) → SRP は縞模様の向きだけが重要

縞模様の方向が切り替わるタスクでは、白と黒の部分が反転するタスクに比べて、VEP が有意に大きい (Fig. 6)

Discussion


海馬を阻害したマウスでは Fig. 1 のような SRP は可能だが、Fig. 3 のような時系列情報を用いるタスクはできないという結果は、一般的な海馬の知見と一致。

VEP magnitude の変化は視床から入力の変化以上である。
→ familiar と novel で V1 L4 の別の interneuron 集団が誘起されている

時系列特異的な視覚刺激に対する可塑性はたしかに海馬を含む long-loop を介して行われるが、V1 mAChR 阻害で阻害されることから、V1 に本質的な可塑性がある。
そして海馬と V1 を繋いでいる loop には ACC が関わっているのではないか。ACC は時系列特異的な VEP を見せることが知られている。

また novel detection は海馬で行われ、海馬から大脳基底核のコリン性ニューロン→脳全体に広がると考えられる。

海馬の visual sequence に対応した活動を模した刺激を行った場合には、それだけでは V1 に sequence-specific response を引き起こすことはできない。

すべてまとめると、長期の新皮質可塑性は実験を行ってから数時間後に海馬依存で引き起こされる。
V1 が低次の情報を保存し、海馬が高次の情報、さまざまな情報の関係性を必要とするようなものを保存するという、過去の知見と相違ない結果となる。
以前から言われているように、海馬は過去に出会ったことのある入力パターンの生成モデル (?) になっていて、フィードバックを皮質に返しているが、しかしこの研究から脳は一つ一つの入力パターンは覚えていなくて、海馬が保存しているのは時系列的なつながりだけであることが示唆された。

感想

実験内容はシンプルですが、解釈が非常に難しい論文でした。
視覚皮質の研究や海馬の研究にそれほど触れてこなかったため、どうしてそのタスクをするのか、この結果からどういう考察が得られるのかといった部分があまりわからず、論文をしっかり読み込む必要がありました。

結論は海馬依存で V1 に可塑性が起こることで、これはすごく面白いことなんだなというのは伝わってきました。しかしそれ以上にこの論文を読んだことがこの分野への入り口となった点で、自分としては大きかったです。

あと単純に使われている英語が難しかった!
ちゃんと過去の知見と照らし合わせていろいろな可能性を考えて、仮説や解釈を作っていて、そういうところで使われる英語はやっぱり難しいと感じました。読むのは非常に苦労しましたが、ちゃんと考えて実験を進めている感じが伝わって面白かったです。
こういう議論をできるように英語力を日々磨いていかないといけませんね。

うまくまとめられていない点もありますが、とりあえず以上で公開しちゃいます!



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