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ノスタルジーな巷の隠れワイン【クラレーテ】

noterさんの中には、どれくらいワイン好きの方がいらっしゃいますか。

昔に比べると、最近はワインも手軽に飲めるようになってきました。好みのワインが見つかると嬉しかったりしますよね。赤ワインと白ワインの後ろに隠れて影の薄い存在にロゼワインがありますが、ロマンチックで女性的だと思われがちなロゼワインも、奥が深くて結構、面白いんです。

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『クラレーテ』という名をご存知ですか?

スペインでは古くから、『クラレーテ』もしくは『クラーロス』と呼ばれる非常にポピュラーなワインが存在しました。

「『クラレット』なら聞いたことあるよ」というワイン通の方も、中にはいらっしゃると思うので、まずは、そのあたりから入ってみます。


フランスの『クラレット』

12世紀、フランスがイギリス領であった頃、ボルドー周辺地域で醸造されたFrench Claretというタイプのワインは、船によって大量にイギリスに運ばれました。英語で『クラレット』がボルドー産の赤ワインを指すのはこのためです。

このワインはこの後、フランス国内で原産地呼称を有する『ボルドークラレット』へと次第に確立されていきます。

当初は、イギリス人の好みに合わせた優しくフレッシュな味わい、非常に控え目なボディに、濃厚なフルーツの香りを特徴とする淡い赤色をしたワインでしたが、時と共に、現在の個性的でしっかりしたボディの深紅色のワインへと成長していったようです。


スペインの『クラレーテ』

対するスペインはというと、実はその昔、白ブドウが多く栽培されていた国でした。黒ブドウは非常に少なく、特にこの傾向は、品種の選別や農地改革の進んでいない土地にあったようです。

スペインワイン好きの方なら耳にしたことがあるかもしれないスペイン内陸部のワインの産地 ”シガレス” や ”リベラ・デ・ドゥエロ”。この一帯では、良質な黒ブドウのテンプラニージョ種が白ブドウのアルビージョ種の傍らに、そして、赤ワインの産地として知られる ”バルデペーニャス” については、ほぼ80-90%が白ブドウのアイレン種に対し、残りのひとつまみが黒ブドウのセンシベル種といった感じでした。

「え~!何だか、難しい話になってきたからパス!」と思う必要はなし!このあたりの地名やブドウ品種名についても難しく考える必要はありません。

簡単に言うと、黒ブドウと白ブドウが同じ畑で栽培されていたのは珍しいことではなく、配分率としては、白ブドウのほうが赤ブドウよりも遥かに高かったということです。

家庭で造られるワインついては、さらにそういった傾向が強かったのでしょうから、醸造時に黒ブドウと白ブドウを混合したのも自然な成り行きでしょうし、時には、意図的に赤ワインと白ワインを混合して飲んだということもあったのです。こうしたワインが『クラレーテ』と呼ばれていたのです。

それにしても、現在では黒ブドウを中心に栽培し、赤ワインで有名なスペイン内陸部に、こういう歴史があったとは意外ですね。

自給自足時代の『クラレーテ』ワイン

ここで、各家庭におけるワインについて覗いてみます。

自給自足が生活の基盤であった頃、各自の畑で栽培されるブドウを使い、自分たちが消費するためのワインを醸造するのは一般的なことでした。

現在のようにワインを樽で熟成させるという思考はなく、オリーブオイルと同じく、その年に収穫されたブドウを使ってワインを醸造し、甕や樽に保存されたワインは次の醸造までに消費するのが一般的でした。もちろん前年のワインが残っても、捨てることなどはせず、赤ワインと白ワインを足して飲む。全く不思議な事ではありません。

かくいう私の夫の叔父さんは、私がヨメに来た頃もまだ、自分の畑で採れたブドウを足で踏んで自作ワインを造っていました。

バルも同じです。

朝一番の力仕事を終えた男衆たちがバルに集います。疲れを癒す「ちょっと一杯」の時間は、実際には「本日のメインイベント」。並んだワイン樽から素焼きのワインポットに並々とワインを注いで朝食がスタートします。そんな毎日の一場面に登場したのが、『クラレーテ』や、自家製ワインでした。

想像してみてください。日焼けをした男たちが、生ハムやトルティージャを挟んだパンにかぶりつきながら、大いに話し、大いに笑い、大いに飲む。「あの、お客様、別のお客様に迷惑になりますので……」なんてことは全くナシ。全員がこんな感じ。アルコール度数の高いワインだと、そのまま泥酔街道まっしぐら。軽く飲めてアルコール度数も低い『クラレーテ』が好まれたのにはそういった背景もあるのです。

『クラレーテ』は、黒ぶどうと白ぶどうが原料となるわけですから、非常に淡い赤色になります。そこで、ワイン薀蓄愛好家たちの間では、『クラレーテ』は『ティント(赤)』なのか?『ロサード(ロゼ)』なのか?という討論が度々行われました。いつの世も同じようなものですね。どっちゃでもええがな、というわけにはいかないんです。


ロゼワイン『ロサード』

その外観から『クラレーテ』と混合されがちな『ロサード』は、フランスの『ロゼワイン』を起源とし、プロバンス地方が発祥の地とされています。

スペインにおける『ロサード』の歴史は、意外にも『クラレーテ』よりも浅く、近年になってナバーラ地方産『ロサード』の人気が高まったことで、一気に知名度が上がり、それにより、新たにロサードを醸造するボデガが次々と増えてきました。

さらに、数年前からは、従来の薄い赤色がさらに薄くなり、非常に色の薄いオレンジ系、ピンク系の『ロサード』へと注目度が高まっています。

夏場はしっかりとした赤よりも、冷えた白ワインのほうが喉越しがすっきりとして飲みやすいものです。赤ワイン愛好者が、あえて白ワインではなくロゼワインを選ぶということもあります。

では『ロサード』と『クラレーテ』の違いは実際に、どこにあるのでしょう?


『ロサード』と『クラレーテ』の違い

決定的な違い。

それは、醸造方法です。

ロサードの醸造法1  セニエ法(Rosado de “sangrado” )

100%黒ブドウを使用。除梗したブドウを果皮・種と共に10-40時間マセレーションし、ブドウ液が色づいたところで果汁だけを濾し取り発酵させる。その後は、白ワインと同じ工程で低温発酵させて醸造。
ロサードの醸造法2 プレス法(Rosado de prensado directo)

黒ブドウだけ、もしくは、黒ブドウと白ブドウを使用。圧搾機によりブドウ果汁をしぼり出し黒ブドウの果皮の色をつけた果汁のみを発酵。その後は、白ワインと同じ工程で低温発酵させて醸造。
クラレーテの醸造法 混醸式

白ブドウと黒ブドウの両方を混合使用。最初の発酵を皮・種を取り除ずに行う。ブドウを果皮と種共に24-48時間第一発酵をさせた後、果皮と種を分離。その後は、白ワインと同じ工程で醸造。

このように、黒ブドウを使って白ワインと同様の方法で醸造したワイン、もしくは、黒ブドウと白ブドウ混合のブドウを圧搾し、果汁のみを発酵させたワインがロゼワインと呼ばれ。対して、白ブドウと黒ブドウの果皮・種を取り除ずに赤ワインと同様の方法で第一発酵をさせてから、白ワインと同じ工程で醸造したワインが本来『クラレーテ』と呼ばれるのです。

また、何やらややこしくなってきましたが、「わかんねぇよ~」という方はグラスワインでも片手に、スルッとお楽しみください。

つまり、『クラレーテ』は、果皮や種を一緒に第一発酵させることによってタンニンやコクが加わり、ブドウの個性が更に強調されたワインになるのです。

巷の隠れ『クラレーテ』

あれっ?

ということは、醸造方法からすると、すでに出来上がった赤ワインと白ワインを手前味噌で混合するワインは『クラレーテ』ではないの?

残念ながら、現在ではEU(欧州共同体)の規定によって、赤ワインと白ワインを別々に醸造した後に混合する事は禁止されています。

過去に、スペインのリオハ地方で『クラレーテ』を赤ワインとして販売されていた事が判明し、ワイン業界で問題になったことがあって以来、ロゼワインについても原産地呼称制度によって、品種も醸造法も厳しく管理されるようになりました。

今では、従来の醸造方法で作られている『クラレーテ』はほとんど姿を消し、『クラレーテ』として販売されることもなくなりました。



とはいえ、そんなことは村のおっちゃん達にとっては何処吹く風。EUはEU、おっちゃんはおっちゃん。スペイン内陸部の小さな村のバルでは、今だに赤ワインと白ワインを混ぜて『クラレーテ』と呼んでノスタルジーに浸っていることは、知る人ぞ知る事実なのです。

ふらりと訪れたスペインの小さな村で『クラレーテ』があるか試してみるのも宝探しのようで楽しいのではないでしょうかね。

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