見出し画像

家族てっちり【大阪・新世界 づぼらや】

そろそろ、もう一つの冬が終わり、春が来る。

実は冬になる度に、食べたい!と思いながらいつも食べ損ね、すでに何年にもなる食べ物があることを白状する。

それは、ふぐ料理『てっちり』

私が生まれ育った大阪の家というのは、鍋家族だった。昔から、直接コンロが設置されているタイプのテーブルで、鍋料理にせよ、すき焼きにせよ、アツアツを炊き炊き食べるのが我が家の冬の風物詩で、冬場は週二回くらいは鍋料理が登場するのも、まったく珍しいことではなかった。

数ある鍋料理の中でも、特別の格付けにあった料理が『てっちり』だった。かなり小さな頃から食べさせてもらっていたのだけれど、『てっちり』を食べるのは数年に一度。厳しい条件をクリアして、よやうやく口に入る貴重な食べ物でもあった。

というのも、家族で一緒に食べる物の中で、子どもの頃から唯一、自腹で参加費を払って食べていたのが『てっちり』だったからだ。最初は確か500円くらいだったと思う。正月を過ぎ、お年玉で少し財布が膨らんだ頃に、そろそろてっちりでも食べようかと参加費徴収が始まる。

父が道頓堀のづぼらやではなく、新世界のづぼらやで『てっちり』の材料をごっそり買ってくる。鍋用のふぐの身の他には、皮や白子もあった。角柱でずぼらやの名が浮き彫りされた容器に入った特製のポン酢が、高級感を醸し出していた。

異例の参加費徴収型てっちりの会はしばらく続き、会費が2000円から3000円にアップされようかという頃、家族みんなの食事の時間が合わなくなってきて自然消滅してしまった。

今、考えると、小さな子どもにお金を払わせてまで『てっちり』を食べさせる親が他にいたのかどうかも疑問だが、そのお陰で、自分のお金で払って食べる料理の味、料理を大切に楽しむことを教えてくれたのだと思う。

きっと、子どもの頃は、なんで払わなあかんのんや、と思ったことだろう。それでも、ほんの少しでも自分でお金を出した料理は格別で、づぼらや特製ポン酢に添えてある紅葉おろしが、ちょっぴりだけ大人気分を味あわせてくれた。


『てっちり』の中でも、特にお気に入りはふぐ刺し『てっさ』。皿の絵が透けるくらいに薄く造った半透明のふぐの身の端を、丁寧に箸で引き上げて、一気にクルクルッっと先端に巻き付ける。これがなかなか難しい。しっかり箸でつまんでいないと、クルクルッっとした拍子にふぐの身が飛んで行ってしまい、畳の上に落っこちて、毛羽のついた身を食べることになる。

もちろん、ごみが付いていようが食べる。当然だ。自分で払ったんだから。

気を取り直して再挑戦。端でつまんでクルクルッ! 前回の失敗で緊張しすぎたのか、クルクルの力加減が弱かった。中途半場に不細工に箸にへばりついた『てっさ』をポン酢に浸すも、濡れた途端に箸からポトリとポン酢の中にズリ落ちた。仕方なく、ポン酢まみれの酸っぱい『てっさ』を口に運ぶ。もはやポン酢でしかない。

今度こそ三度目の正直。気合を入れてクルクルッとすると、今度は完璧に端に巻きついた。それはもう、指に巻いた絆創膏どころではなく、隙間なくピッタリとくっ付いていた。

「見て、ほら、10点満点!」

嬉しくて、姉にドヤ顔で見せ付けながら、そろそろとポン酢に近づける。今度は落ちる気配もない。成功だ。さっとポン酢をくぐらせて口に運ぶ。

……しかし、期待はずれにも口の中の『てっさ』は、ただの一片のふぐの切り身だった。せっかく薄く薄く透けるほどに造った意味がない。

そう、キツく巻きすぎた。そのせいで、ポン酢が外側の部分にしか浸みていない。仕方なく、ポン酢を端先につけて何度か口に運びこむ。固まっていて噛み切るのにも時間がかかるものだから、ナマだった『てっさ』はもう煮上がった状態。無理やり飲み込む。

あぁ、なんて、勿体ない。

いい加減にムキになってくる。

誰や、箸に巻き付けろなんて言うたんは

父はというと知らん顔してふぐ皮を突っついている。皮はクルクルしなくていい。試しに、『てっさ』を箸にクルクルせずにそのまま食べたが、やっぱりパフォーマンスの醍醐味に欠けるのと、第一、食べにくい。

これはもう、極めるしかない。

さらにもう一切れに箸を伸ばす。『てっさ』の端っこを箸でつまんでクルクルッ。


…………。


や、や、やった!
今度こそ、極上『てっさ』のクルクル巻きが誕生した

緩すぎず、キツすぎず、いい塩梅に箸先に巻きついた『てっさ』。

キラキラと柔らかな身を輝かせ、よくやったと褒めてくれているようにも見える。ポン酢に浸すと、身と身の微妙な隙間からポン酢が吸い上がり、ふぐの身が薄茶色に染まる。口に入れると、優しいふぐの味を消さない程度の、ポン酢の程よい酸っぱさ、紅葉おろしの辛味が口の中にふんわりと広がってくる。

あぁ~~

『てっさ』は満足気に喉元を通り、胃の中に消えていった。

しかし、更なる試練が待っている。ふぐの味はあまりに優しく儚い。食べた直後に、どんな味だったか忘れてしまうのだ。あんなに感動を巻き起こしてくれたのに、後味がすでに跡形もない。

せっかくクルクル巻きが出来るようになったのだから、これはもう、徹底的に体に覚えさせるしかない。

意気揚々と次なる『てっさ』を箸にしようとした時、母の一声がバッサリと落ちる。

「あんた、いい加減にしぃや。高いんやで」



こうして、『てっさ』のクルクル巻きを極めることもないまま、次回までのオアズケとなってしまうのだった。


『てっさ』のクルクル巻きは、かなりの確率で父のハッタリ。でも、私たち家族にとって、大切な思い出の味に違いない。

あぁ、また今年も食べ損ねた……。


お父さん、お母さんへ

今度は冬に帰るわ。
久しぶりに、てっちり、食べに行こうや。
懐かしいやろ。
大丈夫。二人の参加費は私が出すし。




づぼらやさんでは「特急便」サービスを提供されています。まだまだ天候が変わりやすく寒い日もありますから、家族で冬の締め括りはいかかでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?