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噓日記 8/31 コロナ禍と学生生活

俺がこのコロナ禍でやり残した高校生活。
キラキラした思い出を積み重ねていくはずだった。
もう終わるこの8月も本当なら友達とキャンプをしたり花火を見たり、それこそ彼女だっていたかもしれない。
それは幻想みたいなもので、あるはずだったのにという後悔と、もしコロナ禍じゃなくてもそんな道を歩めたのかという疑念のちょうど間にある。
でも俺はそれをちょっとだけ自分に都合のいいラインで線引きして、やり残した、やりきれなかったことをコロナ禍の影響だったと言い訳して自分を慰める。
エアコンの効いた室内でただボーッと、夏らしさなんて感じる暇もなく、ただ惰性で、意味さえも見失って。
それじゃあ、このコロナ禍の俺の高校生活はどうだったのかというところだが。
マジでなんにも関係がない。
まず高校生じゃねぇし(笑)
ましてや大学生とか中学生とか小学生でもない(笑)
社会の荒波、揉まれてまっ(笑)
今、学生とかじゃ全然ないから彼らの悲しみや苦しみ、虚無感が全然掴めない。
でも、学園祭とか修学旅行中止とか聞いた時はめっちゃ可哀想やと思ってん。
泣いたもん。
涙を流せないやつの代わりに、俺が代わりに泣いたったもん。
だって俺は社会の荒波に揉まれて揉まれて、出来ることなら学生時代に戻りてぇなって何度も思ってきたんだもん。
それは昔が楽しかったからで。
それが絶対に叶わないと分かってても、そう思うしかないほど楽しかったからで。
でも今の子達が大人になって、同じように社会の荒波に揉まれた時、逃げ出せる思い出がないんだぜ?
それって、すごく辛いことやと思うんや。
こんな俺に同情されるなんて今の子からしても心外やと思うけど、俺はそれがもうどうしようもなく可哀想に思えてならんのや。
今、子どもたちが抱いている焦燥感を理解してやることはできないけど、大人になった俺だから分かる学生時代の思い出のあり方と今の子達が抱える虚無感の対比に胸を痛めることはできるんや。
あーあ、俺が世界で一番偉くて金持ってたらなぁ。
世界中の子どもが幸せになれるように頑張るんやけどなぁ。
幸せまではいかなくても辛くないように、出来る限りで頑張るんやけどなぁ。
まぁ、世界で一番偉くもないし、世界で一番金持ってるわけでもない今でもずっと子どものためになんかしてやろうとは思ってるんよなぁ。
一番楽しかった思い出にちゃんと逃げ込めるように。
そんな場所だけは残してあげられるくらいに。
そんなおっちゃんもおるんやでってことで。

どりゃあ!