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噓日記 10/20 現代怪奇譚 罪人村

俺が生まれ育ち今も生活しているこの町は、もともと江戸時代のころに多くの罪人たちが都を追われて住み着いたことで名を馳せた町だったらしい。
あくまで俺も老いた祖父から伝え聞いた話なのでそこに信憑性があるかどうかは分からないが、この町で生まれ育った俺が他所の人間と出会った時に感じる隔絶された感覚や晒される好奇の目から見てもある程度真実に沿った話なのだと思う。
まず、事の起こりは前述の通り江戸の中期。
傘職人の男が一人の夜鷹と恋に落ち一緒になろうと画策していたことが全ての始まりだった。
売れない傘職人と客のつかない夜鷹、それがすぐに一緒になるわけにもいかずズルズルと月日だけが過ぎていく。
そんな折、痴情のもつれからか、それとも冷静になって女が面倒になったのかは定かでないが男はその夜鷹を殺し、川へ投げ捨ててしまう。
そして男は追われる身となるが、時に傘を差し、時に髪を削ぎ、時に目を閉ざし、時に脚を曳き、見事に姿を幾度も変えて追っ手を振り切った。
そんなことを幾度も幾度も繰り返し、男は現在俺が住むこの町の前身である村へと流れ着いたのだ。
だが村に着いた時、すでに男は女を殺してしまった自責の念と、逃走を振り切る際に幾度も自身の姿を変え続けたことが影響してか、精神に異常をきたしていた。
精神の変化と肉体の変化が同時に起こり、自己という存在が曖昧になっていたのだ。
そんな男の噂は村中に伝わるも、元々住んでいた村人たちはおかしくなった男を恭しく看護した。
都で殺された夜鷹の話も伝え聞いたが、それでも無様に生き延びていく男の姿に、彼には生きる意味があるのだと考えたのだ。
そして、正気を失ってまで生きながらえる姿に何故か神聖さを感じていたのだ。
その後、村人たちの看護のおかげもあり男は肉体的な快方に向かい、その神聖さから現人神として村で手厚く扱われることとなる。
彼は村の政治にも関わるようになり、村長のような役割と教祖のような役割を兼ね始めた。
そして村は罪人の流れてくる場所として開かれていくこととなった。
男は肉体的に回復したが、その精神は未だに牢獄に囚われ、万物への敵意を剥き出しにした為政者となったのだ。
村に罪人を招き入れるのも、全てを台無しにしたくなった末の行動だったのだ。
そしてその村は町となり、現代でもここでこうして残っている。
当時敷かれた村の決まりから生まれた奇異な文化が、現在もこの町では幅を利かせ続けている。
この町では、川におしっこし放題なのだ。
俺も町の外で川におしっこをしたところを他所の者たちに咎められ、奇異の目に晒されて、石を投げられた。
過去の罪が現代にも浸潤している。

どりゃあ!