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噓日記 10/23 灯りと

またやってしまった。
部屋の照明を調節するリモコンをまた室内で紛失した。
今年に入って何度目だというくらいに紛失している。
普段は絶対にロストしないぞという強い気概を持って、ベッドの上という定位置と呼ぶには少々広範囲なエリアに投げ込んでおくのだが今日はもう見つかる気配がない。
まずベッドの上のどこにもない。
布団に巻き込まれて見失ってしまったのかと裏返してみたり持ち上げてみたりしてみたがその足跡を辿ることはついぞ出来ない。
ベッドの近くの配線周りに落としたかといろいろ探ってみてもそこにある気配もない。
18時を過ぎたくらいから照明がないと室内の何もかもが見えないのでスマートフォンのライト機能を頼りにどうにか探してみるものの、普段の照明の明るさと比較して頼りない小さな灯りでは見つかるはずもない。
10分、20分と探しているうちにだんだん苛立ちが募り始める。
毎度リモコンを紛失する私自身にも苛立つのだが、それ以上にスマートフォンの小さな灯りに腹が立つ。
この部屋を完全に照らすこともまともに出来ないのか、と。
頼りない灯りとはここまで心身にストレスを与えるのだ。
そう感じてしまうほど私にとって灯りは日常に欠かせないものとなっていた。
調光可能なLEDのライトを普段は暖色系にして部屋を柔らかな雰囲気にして過ごしているのだが、今は暗闇にスマートフォンの無機質な寒色系のライトだけ。
部屋が少しだけいつもより寒い。
今日はもうリモコンを探すことを諦めた。
一日暗闇の中でリモコンを無くしたことについて自戒して、明日の朝にでももう一度探してみよう。
ただ、仕事に出るまでの時間で見つからなかったらもう明日もゲームオーバー。
帰宅する時間にはまた同じように部屋は暗闇に支配されているだろう。
前回リモコンを無くした時には一週間は照明を点けずに生活した。
私は諦めと折り合いをつけることだけは上手い。
灯りのある生活の利便性に気付きながら、なくてもいいかと思える度量を持ち合わせているといえば聞こえはいいが、ただ単にリモコンを探してまた見つからなかった時に私の苛立ちをぶつける先がないからだ。
前例によるとここから私のメンタルはニヒリズムの世界へ突入する。
そろそろ灯りには意味がないと思い始めるだろう。
灯りなんてものは物体の外殻を照らし、そこにあるという事象を詳らかにするだけであって、それによる心身への安心感は全て偽りなのだ、と。
そんなことしてる暇があったらリモコン探せばいいのに。

どりゃあ!