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噓日記 10/21 塩で食む天ぷら

歳を取ると天つゆを使わなくなると近所のジジイが言っていた。
そのジジイはいつも惣菜屋で買った天ぷらに塩だけ振って、公園のベンチを陣取ってカップの日本酒と一緒に楽しんでいた。
当時の俺からしてみるとそんな得体の知れないジジイが得体の知れない飲み方をしているのが面白おかしくて、ジジイが公園にいるたびに近寄っていって何をしているのか問うていた。
ジジイはその度に遠くで俺たちがしていた野球をつまみに飲んでいるのだとか、空に流れている雲を見ているのだとか、通る車のナンバーの色を調べているのだとか、適当なことを言ってはまた酒を飲んでニヤニヤしていた。
一度天ぷらをくれよとせがんでみたことがあったが、天ぷらは酒飲みの特権だとか言ってくれることはなかった。
今思えば奇妙な大人から子どもが天ぷらをもらって食べたとあったら親は心配するだろうという配慮だったのかもしれない。
それでもガキだった俺はどうにか天ぷらをせしめてやろうと画策し、一度ジジイがトイレに行っている隙にバレないだろうと大葉の天ぷらを盗んだことがある。
だが、どうだ。
ガキの俺には塩で食べる大葉の天ぷらなんて正直美味いのか不味いのかよく分からず、ただ罪悪感だけが残った。
あんなにジジイが美味そうに食べるものだからもっと劇的なものだと思ったのだが、当時の俺にはまだまだ理解できるものではなかった。
勝手に盗んで食べてしまったという事実を消すために、俺は金を払ったのだということにしてベンチに持っていた30円を綺麗に並べ、俺は野球の輪に戻って行った。
それ以来、どこか気まずくなってジジイの近くに寄ることはできなくなったし、なんならジジイもあまり公園に来なくなった。
俺にとってあの盗んで食べた大葉は非常に苦い思い出となった。
それから時が過ぎ、世間的に見れば俺もオッサンと呼ばれるような年齢となった。
塩で食べる天ぷらの旨さも理解できるようになった。
だからこそ今日、俺はあの日のジジイの影を追う。
スーパーで買った天ぷらを数種とカップの日本酒を持ち、近所の公園へ。
俺がガキの頃と違って公園に子どもの姿はない。
雲を眺めながら、天ぷらを齧る。
あの日苦くて胸が痛んだ大葉の天ぷらも今ならこんなに美味く食べられる。
振った塩も丁度いい。
そしてその塩を流すかのように日本酒を飲む。
上手くもなければ不味くもない、そんな普通の日本酒が秋の空の下、公園のベンチにはよく似合う。
俺は立派な大人になれただろうか。

どりゃあ!