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噓日記 7/26 謎へのアプローチ

今更になって思うことだが、俺はいつだって名探偵になりたかった。
スマートに謎を解決してそっと現場を消える、そんな謎めいた大人の男という存在が憧れであり俺の思う格好よさの基準であった。
しかし、今の俺はどうだろうか。
普通に大学を出て、それからもう10年は経とうとしているが、名探偵の影さえ踏めていない。
なんなら探偵にもなっていない。
憧れと生活が紐付かないことを大人になる度に直視させられた結果が今の俺だ。
そんな俺だがその影を振り払うことはまだできない。
もちろん大学を出て10年経つが一度たりとも就職なんかしていない。
俺の思う名探偵像は資本主義への反逆なのだ。
働いたら俺の無能が主観でも客観でも観測されてしまう。
意地でも社会という枠組みに飛び込んでやるものか。
俺はそんな幼い全能感を抱えたまま朽ちるまで謎を追い続けるつもりだ。
もはや、名探偵の影などとうに見えなくなってしまっているが、諦めていないというポーズとして無職を貫くのだ。
そんな生き方故か最近では近所でも、俺自身が謎扱いされている。
それが意外と心地よい。
年がら年中着流しにカンカン帽を被って、りんご飴をしゃぶりながら道をゆく。
これは俺が謎であるための正装だ。
俺はもう後継を育てなければならないのかもしれない。
名探偵に、謎を追うことに憧れる社会不適合者の。
俺の人生を賭けて腐らしてきた情熱を誰かに受け継がせてやる。
そこで俺と同じように朽ちることを願って。
ターゲットは子ども。
人生を歪めるなら小さいうちがいいだろう。
探偵団に憧れる子どもたちを狙う。
小学生なんかはすぐに徒党を組み、団を名乗り始める。
俺の近所の小学生も団を名乗っているものたちがいる。
ヒビキ団、そんな名前を名乗っていた。
奴らは俺とすれ違うたびにヒソヒソと小声で俺を怪しむ。
謎が謎らしく認識されるので俺はすこぶる心地が良い。
だが、目の前でヒソヒソ小声で喋られるのは大層むかつくので、彼らの目を一人一人覗き込みながら手に持ったりんご飴を舐る。
りんごのカリ首みてぇなところを必死に舐め取りながら、彼らの恐怖で歪んだ顔を眺めて愉悦に浸るのだ。
それをもう一月繰り返している。
毎週水曜に。
そうするとついに俺の謎が噂になり始めた!
公園の端の木陰で涼んでいると、道を行く子どもの声が聞こえてきた。
「おい知ってるか?浴衣着たりんご飴の……」
「知ってるよ。こえーよな。アイツ……」
高揚する。
「そう、あの気味の悪いやつ。妖怪ハゲ隠しチビ」
謎の廃業を決めた。

どりゃあ!