見出し画像

噓日記 8/23 舌ピアス痛そう

痛そう。
何がって舌ピアスだ。
昼時、外食をしていたら向かいの席に座る男と目があって、何を思ったのか男は私を誘うかのように扇情的な目つきをしながら舌をだらりと見せつけてきた。
その舌先には銀色の光る粒が付いていて、それが舌ピアスだと理解するまで数瞬時間を要するくらいに私には縁遠いものだったのでじっと凝視をしてしまった。
メニュー表を眺めてパンケーキにアラザンなんてかかってたりしたかなと確認までしたほどだ。
最近の漫画では舌ピアスは淫靡なものかのように描かれることが多く、それにフェチズムを感じる者も少なくないという。
男がこちらを見ながらチロチロと舌先をくねらせる度に私が思うことはただ一つ。
痛そう。
そしてご飯食べにくそう。
人間の体の中で可能なら怪我をしたくない部位が幾つかあるはずだ。
私にとってその部位の上位に君臨するのが舌だ。
そこに穴を開けるなんて言語道断、扇状的どころかその穴が裂けて舌が2本になったらどうするんだという無意味な心配が勝つ。
男の視線が注がれる中、そんな危機感からくる心配という微妙な嫌悪感がどこか胸の中でモヤモヤと浮かぶ。
メニュー表を持ち上げて、その視線を遮る。
そして食後に何か甘いものでも食べて気を落ち着けようと、ブラックコーヒーとパンケーキを後で持ってきてもらうように頼んだ。
それまでに食べていたパスタをかきこむように平らげて、メニュー表を机の上に立ててその場をやり過ごす。
そして食後。
私の下にコーヒーとパンケーキが運ばれてくる。
最初に一口コーヒーを啜り、パンケーキに乗ったクリームをフォークで少し掬って、舐めた。
苦味を打ち消すように、甘みが口内に広がる。
それと同じように私の抱えていた一種の恐怖ともいえる嫌悪感がジワリジワリと少しずつ消えていくのを感じた。
甘いものはいい。
今の不安を直視させないほどの魔力を持っている。
フォークでパンケーキをカットして、クリームや添えられたフルーツと一緒に次々と口に放り込む。
時折コーヒーを啜って舌をリセットしてはまた甘さに溺れる。
舌はそんな幸せのためにあるのだ。
私はそれを改めて自分で噛み締める。
食事は自分を見つめる時間なのだ。
疲れていたら炭水化物が取りたくなるし、不安だったら甘いものが欲しくなるし、悲しかったら酒が欲しくなる。
それでいいのだ。
私が欲しがる私を与えてやる為に食事があって、舌がある。
ちなみにパンケーキにはアラザンが乗っていたし、男の舌先のピアスも普通にアラザンだった。
私は帰る前に男を2発殴ってから店を出た。
帰り道、少しだけ胸を張る。

どりゃあ!