見出し画像

噓日記 9/22 赤子あやし

赤子を街で見かけるとおどけた顔をしてしまうのは私だけではないだろう。
私の場合はあやす、とまではいかないが赤子と目が合えばとりあえず寄り目をしてどうにか笑わせてやろうと画策する。
自我も芽生えぬ1歳くらいまでの赤子は大抵親に抱き抱えられて進行方向の反対を向いているから格好の的だ。
その後ろについて親の歩調を乱さないように気を付けながらも、赤子を愛でる。
愛でるついでに笑顔を貰おうとしてみるのだ。
赤子たちにエンカウントする度に無謀にも笑顔を盗もうといくらか努力をしてみるわけである。
そんな赤子の笑顔を奪う格好のポイントにエレベーターがある。
逃れられない密室に閉じ込められた私、親、そして赤子。
親は多くの場合、降りる階に早くつかないかとエレベーター上部の階数表示を睨んでいるので、基本的には赤子と私は常に見つめ合い続けることになる。
赤子にとっても父親とは違うタイプであろう私のようなワイルドな男をなかなか見る機会がないからなのか、一度目を合わせると一切目線を逸らすことがない。
そこから先は最早、赤子と私の意地の張り合いのフィールドとなる。
気を抜いたらやられる。
一閃、寄り目。
しかし、赤子にはウケない。
寄り目の面白さは故志村けんが証明したはずだが、文化レベルの低い赤子には通じない。
物珍しいものを見た、そんな程度の顔をしながら赤子はさらに物欲しげに私の顔をじっと覗く。
なんとなく気恥ずかしくなるものだから、真顔で赤子の顔を見つめるターンになる。
赤子も私の顔をじっと見つめてくる。
こんなに人と見つめ合うのはガールズバーくらいのものだ。
そうこうしている間に親子の降りる階へとエレベーターは辿り着き、失意のまま真顔でいる私だけを置いていく。
たった一人、密室に取り残された私は後ろを振り向いて備え付けられた鏡に向かって寄り目をする。
視界に映る鏡には、寄り目をする私が一人。
寄り目をしているから同じ顔で二人映る。
目からは大粒の涙を溢している。

という話を子持ちの友人に話してみたのだが、実は親の方もそうやってあやしてくる変なおじさんの存在には気付いているらしい。
ただ、おじさんに親が気付いた素振りをしてしまうとお互いが気まずいから気付かないふりをするとのこと。
なんならおじさんは気付かれると着いてきてしまうかもしれないので、気付いてはいけない存在なのだと彼女は語った。
丁度、地縛霊と同じ対処法だった。
気付いていないふりをしなければならない。
エレベーターの地縛霊、元気に生きております。

どりゃあ!