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噓日記 12/12 甘い飲み物

最近ストレートのお茶ばかり飲んでいるせいもあってか無性に甘いものが飲みたくなって仕事の外回り中にカフェに立ち寄った。
今までの俺は季節限定のチャラついた飲み物など見て見ぬ振りをして、そんなものを飲む人間は精神的に向上心がない馬鹿であると断じてきた。
漱石の『こころ』のわたしやKと全く同じことを思ってきたのだ。
確かKも作中でチャラついた飲み物を飲んでわたしにそう言われていた。
だが今日は違う。
俺は別にわたしでもないし、Kでもない。
ついでに精神的な向上心もない。
馬鹿は馬鹿なりに甘いものを飲む。
あの世の漱石さん、聞こえますか?
俺たちからあなたへの鎮魂歌(レクイエム)です。
というわけで注文へ。
カフェの店員に呪文のようにも思える長さの限定ドリンク名を伝える。
テンパっていたので多分その呪文の最中に八回くらいペペロンチーノと言ったし、二回くらい割礼と言った。
俺が死んだらこのカフェの前に散骨して欲しい。
しばらく待ったのち、トレーの上に聳え立つ緑色をした限定ドリンク。
ピスタチオだかフィラリアだかタラチネだか。
そんな雰囲気の名前だ。
多分、フィラリアだったと思う。
俺はそのフィラリア味のドリンクを店員から受け取り、カフェの二階、窓際のカウンター席に座る。
眼下には忙しなく往来をゆく人々。
往来をゆく人々、聞こえますか?
俺たちからあなたへの夜想曲(ノクターン)です。
俺はここでやっとドリンクに口をつける。
甘味が口の中に広がり、脳天から突き抜けるように頭の奥へ浸潤していく。
甘味という爆薬が俺の中で炸裂したのだ。
たった一握りの火薬が大きな爆発を起こすように、そのフィラリア味のドリンクはたった一口で俺の中に大きな反応を起こしたのだ。
その一口に敬意を示し、俺はそのドリンクに俺だけの名前を付けた。
一握りの火薬(リトルフラワー)。
甘味が病みつきになって、一口、また一口と飲んでしまう。
早めに死にそうなくらい甘い。
俺はこのドリンクで死へ一歩ずつ歩を進める。
命の音が聞こえる。
カウントダウンが鳴り止まない。
そして、ドリンクを飲み終える。
何故か汗ばむ体。
命が少しずつ、燃えた証拠だ。
そして飲み切った私に訪れたのは言いようもない開放感。
解放された。
世間のしがらみというか、抱えていた重さが何故かその瞬間全て無くなったのだ。
解放、いや解放(リリース)。
心地よい。
そんな余韻に浸っている間に店員が私のもとへやって来る。
そして私の前にペペロンチーノを八皿置き、ついでに二回割礼して行った。
良き天気、心安らかなり。
我、ここに眠る。

どりゃあ!