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噓日記 9/24 映画の話

突然だがキャストアウェイという映画を見たことがあるだろうか。
無人島に流れ着いたトムハンクスがボールにウィルソンと名付けて島から脱出する物語だ。
あらすじだけ書くと意味が分からないと思うが、私も意味が分かっていない。
だって見たことがないから。
名作だよとか面白いよとか、何度か友人に言われたことがあるのだが全然見たことがない。
だって教えてもらったあらすじが意味分からないから。
だから前述のカスみたいなあらすじでしか語れない。
本当にあってるの?
ボールに名付けるって本当?
ボールに名付けるで思い出したが、最近芸人が自分のイチモツにシゲちゃんと名付けているのをテレビで知った。
あれと同じノリってこと?
ボールももしかしたらそういうことなの?
こんな疑問が浮かんでは消えて、まるでシャボン玉のよう。
詩的だね、素敵だね。
さて、そんな風に私には勧められたはいいものの見ていない映画が多すぎる。
お勧めされない映画は勝手に見るが、勧められた瞬間に見るのが義務になってしまう。
だから見れなくなってしまう。
映画とは出会うものだと思っている。
その時々に惹かれるものが違うからこそ自身を映す鏡のようなもので、誰かがそれに出会うタイミングを決められるようなものではないと思うのだ。
だからなのか、私はアメコミ原作の映画を一本も見たことがない。
私の体がアメコミに惹かれることは未来永劫きっとないのだろう。
スーパーヒーローになりたいと思ったことがないもの。
スーパーヴィランにも勿論なりたくない。
子どもの頃から特撮ヒーローにさえ興味を示してこなかった私だ。
敵と味方の関係性に常々疑問を持ってきた。
そして、その通り育っている。
欲しいのは身の丈にあった力だけ。
自分と家族と愛する人を少しだけ幸せにする力だけ。
私の人生にあと足りないのは家族と愛する人だけ。
今の所、自分だけしか持っていない。
誰にも負けない強烈な自我だけ。
化け物みたいな自我しかないならnote書いてるんだよ。
note書いてる奴はみんな化け物。
これは悪口ではなく褒め言葉だ。
そして、この褒め言葉という言葉は各所から怒られないための保険だ。
保険は人生において本当に大切である。
石橋を叩いて渡る、なんて言葉があるが石橋を叩かない奴から落ちて行く。
石橋を叩いて渡りきった人間を馬鹿にしてはならない。
石橋叩くな 叩けよ木梨 落ちる野猿に 散る矢島
カス都々逸。
意味?
そんなのねぇよ。
ウィルソン、それだけ覚えて帰ってください。

どりゃあ!