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噓日記 11/17 花金

今日は待ちに待った花金だ。
会社帰りに飲みにいくわけではないが、いつもより少しだけいい酒と大好きな惣菜を買って帰って、家で野球を見る。
そんな独身貴族の花金を謳歌する。
週の初めから計画していた通り、帰りにスーパーに寄って宴の準備だ。
定時になって急いで上着を羽織ってタイムカードを切る。
はやる気持ちが抑えられない。
すると、そこに若い部下がやってきて声をかけられる。
普段は我先にと帰っていく部下が定時後に声をかけてくるなんて珍しい。
どうしたのかと聞いてみると、私が金曜日だけ早めに帰るのには何か理由があるのかという質問が返ってきた。
理由も何も花金だ。
一週間頑張った自分を労う日だ。
私は言葉少なく、ただ花金だからと彼に伝えた。
すると彼はキョトンとした顔で花金? と小さく溢すのでこちらの方も困惑してしまった。
もしや、花金という言葉が通じていないのか? と案じたが案の定その通りだったようで、花金って何ですか? と聞いてくる。
花金、もう死語なのか?
花金とは土日を前に思いっきり羽を伸ばせる金曜のことを言うんだよ。
私は優しく返した。
ジェネレーションギャップに軽くへこんだが、それをおくびにも出さない華麗な返答だったと思う。
部下は、へぇと分かったのか分かっていないのか曖昧な反応で私と同じようにタイムカードを切った。
それ以上何か会話が続く気配もなく、話も途切れたので私は帰宅の準備に戻る。
君もまぁ、来週に備えてたまにはパーっと遊んでみてもいいんじゃないかな。
それだけ声をかけてからゴソゴソと自分のバックをあさって、荷物を整理しエントランスへ移動する。
そんじゃお疲れ、振り返りもせず適当に部下に挨拶する。
後ろの方からお疲れですと聞こえた気もしたし、聞こえていない気もした。
だが、どうだっていい。
花金だ。
今宵は宴だ、パーティーだ。
会社を出てスーパーの惣菜売り場を彷徨きながら、目当ての惣菜を探す。
そんな時、何か胸に引っ掛かる感じがして少しだけ立ち止まる。
浮かぶのは部下の顔。
私の部下、花金知らないんだな。
突然、何か失望にも似た感情が芽生える。
そんな話はとうの昔に終わったが、飲み込めないまま彼の困惑した顔が頭に浮かぶ。
花金って何ですか?
あの子は今まで花金を聞かず、知らずに生きてきたのか。
どうやって生きてきたんだろう。
私が彼くらいの歳の頃は花金だ、酒だと大騒ぎしていたのに。
時代が変わったのか、それとも彼が変わっているのか。
もしくはそのどちらもか。
だが、彼にではないのだ。
流れる時代の変化に追いつけない私自身に、私はその時少しだけ失望したのだ。
惣菜は冷たいまま温めず食べることにした。

どりゃあ!