五十人の壁

 久しぶりに、ニューヨークに行ってきました。
 アメリカ第一のオペラハウス、メトロポリタンオペラで、「運命の力」(新制作)、「ロミオとジュリエット」というオペラを見るのが第一の目的です。公演のレポートなどは、「モーストリークラシック」という媒体に書く予定です。
 劇場まん前のホテルをとり、ほぼ劇場とホテルの往復しかしない日々でしたが(歌手へのインタビューも劇場内のプレスルームだったりしたので)、貴重な、何物にも代え難い日々でした。
 基本的に怠慢なので、多くの友人知人のように精力的にあれこれ見回ることもなく、オペラと、友人知人との美味しい食事と、少しの仕事(インタビュー)、あとは散歩したりホテルで(オペラに備えて体力温存と言い訳をしつつ。笑)お昼寝したりと、極楽のような数日間でした。 久しぶりの現地在住の友人との再会もとても貴重な、大切な時間になりました。
 
 物価が高いのが玉に瑕、というか相当なもので、カード会社からの請求書が怖いです。朝ご飯で3、4千円、晩御飯ちょっとしたもので軽く1万数千円、空港からのタクシー2万円近く。。。Uberがいいと助言いただき、アプリも入れてみましたがうまくいきませんでした。。。とはいえUberでも一万五千円くらいはします。NY は特別物価が高いとはいえ、外来アーティストの招聘が難しくなるわけです。

 愚痴はさておき、目当ての歌手の何人かにインタビューが叶ったのは幸いでした。また、「ロミオとジュリエット」の公演後に、たまたま舞台でトークショーがあり、メトロポリタンオペラ総裁のゲルブ氏、演出のバートレット・シャー、主役の歌手二人のトークが聞けたのがとても面白かったです。
 
 今回、インタビューやトークショーで話を聞いた複数の歌手が言っていたことで印象に残ったのは
「トップで活躍しているのは五十人くらい」
 という言葉なんですね。「どこへ行っても大体同じ顔ぶれに会う」と。(職場結婚が多いわけです。。。出会いのチャンスがない?)
 まあ、「どこへ行っても同じ顔ぶれ」というのはちょっと大袈裟だと思うのですが、いわゆる5大歌劇場と言われている、メト、ウィーンの国立歌劇場、パリのオペラ座、ロンドンのロイヤルオペラハウス、ミラノのスカラ座などで主役級を歌う人って、まあ大体決まっています。五十人よりはひょっとしたらもう少し多いかもしれないけれど、百人ということはないでしょう。
 で、その五十人の周りに「一千人いる」というのですね。五十人枠に入ろうとしている、入れるかもしれない人たちが。
 その五十人だって、何年そこにいられるか。10年もたてば随分顔ぶれが変わってしまう世界です。本当に厳しい。
 今回メトで聴いた歌手だって、30代が中心で、コロナ前なら考えられない顔ぶれですした。コロナの影響は大きかったとはいえ、当時メトのプリマドンナだったネトレプコも今は全然出ていません(彼女に関しては、いろいろ理由があると思うのですが)。それ以外もカウフマンとかフローレスとか、いわゆる50代くらいの大スターは全然出ていない。まあ、これはコロナを経て世代交代に積極的になったメトの事情もありますが、今回メトに出ていた人たちが、「五十人」(あるいはプラスアルファくらいの)枠に入る人たちであることは事実でしょう。
 その「五十人」枠にいるためには、才能と運と努力、全てが揃わないと多分難しいのです。

 今回対面でインタビューできたテノール歌手、ブライアン・ジェイドが言っていたのは「自分の周囲にチームが必要」ということ。コーチ、広報、心身のメンターなどなど。そういう人と出会えて支えてもらえる、これは本人の人柄も関係してくるかもしれません。
 そして、心身を整える努力ですね。「ヨガや瞑想をやる」(「運命の力」でヒロインを歌ったソプラノのダヴィットセン)、「ジムに週5、6回は通う」(ジェイド)。歌の訓練に加えて、そういうことも本当に必要だと思います。売れっ子になるということは旅から旅の生活も意味するので(旅がらすの生活が大変で歌手をやめた人もたくさんいると、あるイタリア人歌手からききました)、タフで、自制できて、「犠牲を払う」(ジェイド)ことができなければやっていけない。
 それでも舞台に立ちたい。「舞台に立つ喜びは何ものにも代え難い」(ジェイド)から。
 「五十人」枠に一番必要なことは、ひょっとしたらその情熱かもしれません、それがあるから努力もできるし、犠牲も払える。
 そういう稀有な人たちの声を聞くことができるから、インタビューの仕事も何ものにも代え難いのです。


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