半世紀の自叙伝〜池田卓夫「天国からの演奏家たち」


 今のクラシック音楽界でもっとも活躍しているジャーナリストのお一人、池田卓夫さんが、初のご著書を出されました。題して「天国からの演奏家たち」(青林堂)。博覧強記で社交家、原稿依頼が殺到している人気ジャーナリスト、音楽について書き始めて半世紀近く、というプロ中のプロの方が初のご著書、というのはちょっと意外です。
 
 タイトル通り、もう旅立ってしまった名演奏家30名との交流を綴ったご本。著者は日本経済新聞の記者として長く活躍されたこともあり、インタビューの機会は多かったとは思いますが、30名中インタビューしていないのは3人だけ、というのは流石です。スターン、カラヤン、チェリビダッケ、シノーポリから中村紘子、岩城宏之、若杉弘まで。個人的に親交を結んだ方も何人も。池田さんの知力、人間力、コミュニケーション能力のなせる技ですね。
 
 帯には「舞台だけではない演奏家たちの強烈な個性を記しました」とありますが、メインは演奏論、そしてインタビューなどで接した方達の人間的なエピソード。「いい人」過ぎたというアメリカ人テノール、ハドレーの晩年の悲劇、「私の履歴書」を一緒に綴ったという快男児岩城宏之との交流、「哲人」若杉弘の願望だった新国立劇場芸術監督など、著者に心のうちを明かした演奏家は少なくありません。それは、繰り返しですが著者の人間力であり、それに先立つ音楽への的を得た理解と演奏家への敬意、共感の賜物です。著者は演奏家たちをいい意味でよく観察しています。

 とはいえ、読み終わって感じたのは、これは著者の自叙伝かもしれない、ということでした。クラシック音楽に夢中だったイケダ少年が長じて新聞記者になり、そのキャリアの間も音楽への情熱が続いた軌跡。そこに、時代を代表する名演奏家が入ってくるのは当然の結果なのかもしれません。それがまた、「クラシック音楽」のいい時代だったのですから、日本のクラシック音楽の受容史という一面ももった一冊になっています。
 
 クラシック音楽ファンなら誰もが知っているだろう有名演奏家の音楽と素顔、それを肌で感じながら駆け抜けた著者の半世紀は、クラシックファンにとって貴重な証言になりました。

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