これは事件だ!〜全国共同制作オペラ「こうもり」

 野村萬斎は天才だ!
 ただただ唸り続けた3時間。これほど「あっという間」だったオペラ公演も稀でした。
 
 ヨハン・シュトラウス2世の大傑作オペレッタ「こうもり」。これが今回、全国の複数のオペラハウスが共同で制作する「共同制作オペラ」として取り上げられました。今回参加したのはびわ湖ホール、「共同制作オペラ」の発信元の東京芸術劇場、そして本公演を指揮する阪哲郎マエストロが山形交響楽団の音楽監督を務めている山形交響楽団が、山形のやまぎん県民ホールで上演する、合計3回です。
 初日はびわ湖ホール。スケジュールの関係で東京公演に行けないのでびわ湖に駆けつけた次第です。ちなみにびわ湖も東京芸劇も完売です。
 
 この「共同制作オペラ」、かなりとんがった演出の公演が多いのですが、今回は120%エンタメ!の最高の舞台になっていました。

 以下、ネタバレだらけなので、東京や山形で見る方は余分でしたらスルーしてください。
 
 成功の最大の要因は、人気狂言師野村萬斎さんの演出にあります。今回初日がびわ湖だったのは、野村さんがホールの開館いらい25年にわたってここで公演を続けており、その関係で演出を依頼されたということがあるのでしょう。
 台本も萬斎さんが担当。歌はドイツ語ですがセリフは日本語です。時代設定に合わせてセリフは当然変えていますし、曲もカットされている部分もある。前口上などが加わってかなりの長さになりますから、カットは許容範囲です。
 なにしろ遊び心満載、それでいて作品の本質は明確です。こうもりの復讐=イタズラ。それが、これほど目に見える形で明示された演出に出会ったことがありません。
 
 野村さん、舞台を「こうもり」が作曲されたのと同時期の、維新時代の日本に設定。銀行家のアイゼンシュタインは質屋、第2幕の舞踏会は鹿鳴館です。この場所替え、全く違和感がありません。いわゆる「読み替え」とは全然違う。違和感がないどころか、原作以上にしっくりくるくらいなんです。
 基本の舞台はシンプルで、舞台の周囲に柵をめぐらして2階を作り、質屋はそこから下がる暖簾、鹿鳴館はその前に置かれた金屏風がアクセント。衣装は1、3幕は着物、2幕はドレス。そのドレスも、ソリストは着用しますが、合唱団が演じる舞踏会参加者は垂れ幕に描かれた衣装をかざす。予算の関係?もあるのかもしれませんが、それを逆手?にとった面白さです。
 一番とんがった衣装が、藤木大地さん演じるオルロフスキー伯爵=王子、の、平安時代かと見紛うきんきらきんの天子装束。その王子が烏帽子と笏をもち、貴族メイクで甘い裏声高音を発します。ゾクゾクします!藤木さんのようにキャラが立ったカウンターテナーっているでしょうか??
 
 どんどん話が飛んでしまうのですが、ここで幕開けに戻ります。序曲の前の口上を述べるのは、噺家の桂米團治師匠。小咄を交えながらざっくりしたあらすじを紹介します。そして序曲が始まるのですが、ここで唸ってしまったのは、字幕板?が「演出」されていること。序曲ですからもちろん字幕など出ないのですが、遊ばせておく手はない、とばかりに、字幕板にこうもりが飛び交うのです。そのコウモリの映像が、また音楽にぴったり合っている。これはまいった。すごい。見入ってしまいました。
 米團治師匠は第1、第2幕では舞台の右端で語り手を務めていますが、第3幕ではフロッシュに変身。入れ替わりに冒頭で語り手を務めたのは、なんと大西宇宙さん演じるファルケ。でも考えてみれば当然なんです。全体を回しているのはファルケなのですから。
 このファルケの重要性、台本通りにやると結構目立たなかったりする。特に第3幕の刑務所の場面では、普通のセットだとファルケもオルロフスキーも大詰めまで登場しません。だから、結構唐突感がある。どこで見ていたのだろう?と思うわけです。しかし今回は、2人は舞台後方に設けられた2階に現れ、下でアイゼンシュタイン夫妻やアルフレードが争っているのを見下ろしているのです。わかりやすい。

 他にも色々な工夫があるのですが、繰り返しですが原作の面白さや皮肉は十分伝わり、それでいて発見があり、目も耳も楽しい。キャストも上にあげた以外にロザリンデに森谷真理さん、アイゼンシュタインに福井敬さん、アデーレに幸田浩子さんら日本を代表するオペラ歌手が揃うという超豪華なもので、指揮はおそらく日本人指揮者としては本作を一番多く振っている阪マエストロ。軽重とりまぜた多彩洒脱な指揮も素晴らしかった。これで最高席で1万円台。完売になるのはよくわかります。

 先週の日生劇場の「マクベス」も完売でしたが、あれも演出、指揮、歌手と「間違いない」メンバーが揃ってS席1万2千円で超満員。お客さんはわかってるな、と唸ったものです。
 琵琶湖ホールの方とも言っていたのですが、やはり「お客さんはわかっている」。コスパが良くて、確実に楽しめるだろう、という公演は完売になるんです。
 もう、ブランドだけでは売れない。とんがった演出もしんどい。その辺がお客さんの本音ではないでしょうか。コスパが良くて、間違いなく楽しめそうな公演が売れるのです。
 ドイツ中心の「レジーテアター」は日本では受けません。素地も違うし、国や州の援助があるから券売はそれほど気にしなくていい、というドイツとは、主催する方も観客も求められるものや考え方が完全に違うんですから。

「こうもり」、山形公演はまだお席あるそうです。前々から決まっている予定がなければ遠征したい。。。
こちら、野村さんが演出コンセプトを語っている動画がある、やまぎん県民ホールの公演サイトです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?