音楽という楽園〜オンラインで開催された「調布国際音楽祭」の成果

こんにちは。音楽物書きの加藤浩子です。

ずーっと投稿が空いてしまいましたが、今年前半、多分一番心を動かされた催しについて書いてみたいと思います。

 新型コロナ禍で、音楽業界のイベントが次々と中止に追い込まれてほぼ4ヶ月。
 今月下旬から、ぽつりぽつりとコンサートが再開されてきました。
 日曜日には、首都圏で初のプロのオーケストラコンサートとなった、東フィルさんの定期演奏会に行ってきました。
 指揮者もプログラムも変え、感染症対策をしっかり行っての再出発でしたが、本番前の、管楽器メンバーによる舞台上での「ロビーコンサート」で音が弾け飛び、ホールの空間に吸い込まれた瞬間、ああ、生の音楽が戻ってきた!という嬉しさが込み上げてきました。
 1時間弱の本番でも、音の立体感、広がりに、生の醍醐味を味わうことができました。

 さて、とはいえ、生演奏が途絶えたこの4ヶ月、クラシック音楽界はもちろんじっとしていたわけではありません。
 ストリーミング配信もあちこちで行われていましたし、初期の頃には、びわ湖ホールが無観客上演をしてストリーミング中継した「神々の黄昏」が大変な話題になりました。全世界で、ちょっと見を含めると実に40万人以上が接した舞台は、今月ブルーレイとして発売されます。間違いなく、2020年の音楽界の大きな話題の一つとして残ることでしょう。
 また同じくらいの時期に、東京交響楽団も無観客コンサートとストリーミング配信を行い、これも大勢の方が視聴しました。
 この2つのイベントを通じて、ストリーミング配信の可能性を感じた方も多かったと思います。
 とはいえ、いつも無観客、ストリーミング中継を行うのはコスト的にも大変です。この後、少なくとも大きな話題となるような配信は、途絶えてしまったような気がします。

 そんな中で、先週、大きな話題を呼んだのは、オンライン!で一週間に渡って開催された「調布国際音楽祭」でした。もちろん、当初は普通の音楽祭として開催予定だったのですが、中止に追いこまれてやむなく「オンライン音楽祭」として一から組み立て直し、実行したのです。
 これは私にとって、いい意味で、非常に大きな衝撃となる催しでした。オンラインでこれほどのことができるのか!という感動です。
 3月のびわ湖と東響の場合は、正式に決まっていた催しを、やむを得ず無観客上演、ネット配信したわけですが、調布国際音楽祭の場合、初めから「オンライン音楽祭」だった、というスタートラインがまず違いますし、その結果出てきたものが、演奏もそして音響も、非常にクオリティが高かったのです。個人的には、時間をかけてコンサートホールに出かけて行く労力と時間を考えたら、この方がいい、というコンサートがいくつもありました。
 
 今回の「調布国際音楽祭」で注目するべきポイントは3つあると思います。

 1 (繰り返しですが)「オンライン」を前提に組み立てられた音楽祭であること。

 2 (これも繰り返しですが)出てきた音楽が、演奏も音響も、これまでの「オンライン」で想定できるレベルを遥かに上回るものだったこと。

 そして、3 の点もとても重要だと思いますが、 「全てクラウドファンディングで賄われた」ということです。初めに目標額を設定し、それに達したら開催できる!と告知して、見事に開始前に目標額に達することができました。快挙だったと思います。コンサートのほとんどは無料で聴けましたが、開催中も募金は続けていて、それも開催中の目標額に達したようです。こんな質の高いものを、無料で聴かせてもらえるなら少しは貢献しよう、と思った方も少なくなかったのではないでしょうか。それに、協力すると、自分も一員である、という一体感が味わえます。

 3つとも新鮮だったし、これからのクラシックコンサートのあり方に、新しい可能性を開いたと感じています。

 「コンサートに出かける」という行為は、なかなか大変なものです。私自身、都心まで徒歩と電車で1時間半くらいはかかる場所に住んでいるので(場所によってはそれ以上)、往復で少なくとも3時間は取られます(引っ越せばと言われますが、そう簡単には行きません)。正直、連日となると疲れます。何より往復の時間がもったいないので、電車内でパソコンを開く羽目になるのですが、本当ならそんなところで額にしわを寄せてパソコンの画面を睨んでいる姿など晒したくはない。でもコンサートには行かなければ、でも時間が、、、、いつもそのせめぎ合いです。
 もちろん、コンサートに行けば行っただけのことはあります。なんと言っても「生」の体験は格別ですし、思いがけない出会いもある。でも、いつもがいつも、そうじゃないことも確かです。
 そんな時、「このコンサート、家で聴けるならその方がいい」という形態が選べたら、正直ありがたいです。課金されても、生に足を運ぶより安いでしょうから。交通費を考えたら、ずっと得です。

 4ヶ月の自粛期間に、行動が変わった方は少なくないでしょう。外出が減った方は多いと思うし、家にいると楽、と感じた方も大勢いると思う。そう感じ始めた方たちが、これからコンサートが再開していっても、元のようにコンサートに通うかどうか、なかなか微妙なのではないかと思います。特にクラシックファンは年齢層も高い。時間が経てば経つほど、足が遠ざかる可能性は大きくなるでしょう。

 いうまでもないことですが、コンサートの動画配信はこれまでもたくさんありました。もちろん音響はそれなりにいいですし、ライブの雰囲気は味わえますが、私にとっては、あくまでも現場で聴けない代替ではありました。
 まあ、ベルリンフィルの「デジタルコンサートホール」をはじめ、廉価(または多くは無料で)で一流の演奏を家で楽しめるようになったのは画期的ですし、これでいい、という方も少なくないのは感じています。
 
 テレビのクラシック番組というのも昔からありますが、スタジオ録音というのは、正直音響的には期待できないことがほとんどでした。まあ、こんなものかな、という感じ。最近、スタジオからストリーミング中継のコンサートというのも始まり、課金したりしていますが、まあやっぱりスタジオだな〜というものが大半です。

 それを、「調布国際音楽祭」は覆した。最初から、「家」で最高の音楽を体験できる設計がされていたのです。

 まず会場の音響が素晴らしい。調布市にある「くすのきホール」というのがメインの会場だったのですが、とても音響がいいのです。お客さんが入っていない分、余計クリアな響きです。
 アーティストの方々も、その空間を楽しんでいるようでした。久しぶりに演奏できる感慨と、いい会場で演奏できる感動。その二つを味わっている方が多かった。
 シューマンとベートーヴェンのリートを歌った加耒徹さんのリサイタルなど、その二つからくる喜びがひしひしと伝わってきました。
 カメラワークもとてもよく、息遣いや表情を通してアーティストを身近に感じることができました。一対一でアーティストと向き合っている気持ちになれたのです。生のコンサートではなかなかこうはいきません。普段は「ナマ派」を自称している私なのですが、これはこれで集中できていいな、と実感しました。コンサートを嫌い、自宅でマイペースで音楽を楽しんでいるオーディオ派の気持ちがちょっぴりわかった気がします。オーディオには疎いし、自宅で「音だけ」を楽しむのは普段はあまりやらないのですが、このような映像があるなら自宅で鑑賞してもいい。

 そう思ったのも、これが一番重要なのだと思いますが、内容が大変充実していたからです。プログラムも良かったし、演奏のレベルも高かった。
 オンラインで音楽祭をやる、それもクラウドファンディングで!と決まってから多分1ヶ月くらいしか準備期間がなかったのではないかと思いますが、内外の一流演奏家を揃え、音楽祭の当初からのテーマであるバッハと、今年のメインテーマだったベートーヴェンを中心に、本当に充実した内容でした。
 鈴木秀美さんのチェロリサイタルが、秀美さんの味わいのあるトークを交えながら聴けたり、ドイツのピアニスト、マルティン・シュタットフェルトが、自宅のスタジオから、時代の地響きが聞こえてくるような迫力満点のベートーヴェン「熱情」を聴かせてくれたり。また鈴木雅明さんは、調布市にオルガンがないため、これまでは実現できなかったオルガンリサイタルを、オンラインだからこそ、この音楽祭で初めて実現してくれました。これなど、瓢箪から駒、と言ってもいいのではないでしょうか。
 コンサートは10時、15時、20時の3回配信されて、私は主に20時からのコンサートを聴いていたのですが、日が経つごとに、今日も良かった、明日も楽しみ!という気持ちが募っていきました。こんなにワクワクと「その時」を待ったことって、少なくともストリーミングでは初体験です。
 ファイナルコンサートは、内外の百人!の演奏家を繋いでのリモート演奏で「第9」の終楽章。おそらくこんなに大勢のリモート演奏は初めてのこと、ということで、エンジニアの苦労はそれは大変なものだったようですが、これはまた別の次元で感動的でした。参加アーティストはそれぞれ自宅で自分のパートだけ録画し、そのデータを編集したとのことですが、編集もすごかった。ただアーティストの演奏風景を映すのではなく、今演奏しているパートをクローズアップしたり(コンサート中継でもよくやりますが、今回の形式だと「その奏者だけ」を画面に映し出すことができる)、演奏中に一人一人のメンバーを紹介したり。リモートだからできる工夫がとてもよくされていた。
 もちろん演奏も白熱だったのですが、空っぽのホールで指揮する雅明先生と、画面に入れ替わり立ち替わり現れてくる演奏家の演奏姿を見ているうちに、こみ上げてくるものがありました。

  みんな、「音楽」でつながっている。
 「音楽」がある限り、私はこの世界で一人じゃない。

 その思いが、強烈に湧いてきたのです。
 音楽という「楽園」がある限り、そこに入れる限り、私たちは一人じゃない。
 「第9」を聴いていて、そんなふうに思ったのは初めてでした。
 ベートーヴェンも本望だったのではないでしょうか。それこそ、「第9」のメッセージなのですから。

 何もかも白紙になってから1ヶ月余。まさに「ピンチをチャンスに変えた」調布音楽祭には心から敬意を表したいと思います。特に、エグゼクティヴプロデューサーであり、「クラウドファンディング」による「オンライン音楽祭」のアイデアを思いつき、全身全霊で実現させた鈴木優人さんの努力と情熱には脱帽です。いつも前向きで、明るく、飄々としながら粘り強く、間口がとても広く、アイデアに溢れ、何より率先して汗を流す。おそらく人の何倍も働いていらっしゃると思うのですが、「大変」さを微塵も外に出さないのが凄い。これからの音楽界を背負って立つお一人であることは間違いありません。音楽だけでなく、いろんな分野にこのようなリーダーがいればいいのですが。。。。
 今回の催しが成功した一番のキーは、その鈴木優人さんが言っていたこの言葉だと思います。
 「お客様が一番求めているのは『音楽』。だから最高の音楽を提供する」
 演奏や音響の質の高さのいちばんの理由は、彼のその思いから発しているのではないでしょうか。優人さん(とスタッフ)は、できる限りの完璧さを求めて、会期中日々努力したのだと思う。本当に、日々育っていた音楽祭だと感じましたから。

 そしてこれをモデルに、願わくばクラシック音楽界全体として、生のコンサートや録音だけでなく、音楽の発信の仕方をいろいろ考えていただきたいと思います。今回のような形なら、遠いとか家をあけられないなどの理由で普段コンサートに来られない方にも上質の音楽を届けることができる。最初のうちは手間暇がかかって大変だと思いますが、時代のニーズに順応していくことは、避けられない必然だと思うのです。

 「調布国際音楽祭」のコンサートは、現在でもいくつかが、以下のサイトから見られます。クラウドファンディングもまだ受け付けているようなので、お気持ちがあればぜひお力添えください。



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