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第一回こむら川小説大賞 大賞は 逢坂 新さんの『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊』に決定

 令和元年12月26日から令和二年1月26日にかけて開催されました第一回こむら川小説大賞は、選考の結果、大賞・金賞・銀賞を各一本、各闇の評議員の五億点賞が以下のように決定しましたので報告いたします。

◆大賞 逢坂 新『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊

受賞者のコメント
 このたびは大賞を頂戴し、光栄に思います。闇の評議員さん、作品を読んでいただいた皆さま、ありがとうございます。
 まだ参加作品はちょこちょことしか読めていないのですが、とても素晴らしい作品が百作品近くも集うなかで、このような賞をいただけたのが未だに信じられないというか、ドッキリだと思っています。でも嬉しいです。やったー! ありがとうございます!

メリーマジカル完成タイトルあり署名あり

 大賞を受賞した逢坂 新さんには、ぶいちさんによるなんらかの表紙風ファンアートです。
 サイン部分のトリミングなどしなければ自由に使っていただいて大丈夫です。
 

◆金賞  千石京二『幽霊には足がない

◆銀賞  雨野『あけおめデストラクション

◆五億点賞

 有袋類五億点賞
神澤直子『カレーを食う

 ギガウサギ五億点賞
狐『塵迅パルス

 闇鍋五億点賞
五三六P・二四三・渡『海星

◆ファンアート等

秋池さん賞 
 神崎 ひなた『坂佐井咲傘の真摯な対義語、または仮沢穂龍の紆余曲折

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https://twitter.com/A_akike


 というわけで、川系列KUSO草野球大会、第一回こむら川小説大賞を制したのは逢坂 新さんの『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊』でした。
 おめでとうございます。
 以下、一部では恒例(?)の闇の評議会三名による、全参加作品への講評と大賞選考過程のログです。

◆全作品講評

謎の有袋類
 みなさんこんにちは。伝統と格式のKUSO創作甲子園本物川小説大賞のオマージュ企画。こむら川小説大賞です。
 今回は「みんな連続して企画もしてるし、カクヨムコンもあるし創作したことがないし本物川小説大賞はちょっとハードルが高いみたいな感じの身内でわいわいやろうかな…」なんて思って大賞を開催してみました。
 最終日に20作以上もエントリー数が増えるという予想外の事態に嬉しい悲鳴を上げていました。
 川系列の伝統?に従って、大賞選考のための闇の評議員は謎の闇鍋さんと、謎のギガウサギさんに協力していただきました。
 謎の闇鍋さんは各川大賞で様々な賞を受賞していたり、謎のギガウサギさんは映画鑑賞が趣味で芦花公園ホラー賞で小説を書いてくださったりしたので好みや見る点が違った講評が出てくるんじゃないかと思います。

 では、今回の議長は主催である謎の有袋類です。よろしくお願いします。

謎のギガウサギ
 謎のギガ(戯画)ウサギです。よろしくお願いします。

謎の闇鍋
 謎の闇鍋です。よろしくお願いします

謎の有袋類
 こむら川大賞でも、本物川小説大賞と同じくそれぞれ独自に講評をつけた三人の評議員の合議で大賞を決定し、その過程もすべて公開します。

 以下から、エントリー作品への講評です。

1.殺人執事ロイ・フォンテーン/偽教授

謎の有袋類
 今回の一番槍争奪戦は偽教授さんの勝利です。悔しい(勝負はそこではない)
 題材にされたロイ・フォンテーンは実在の人物なんですね。
 実際にあったことを淡々と描いていく作品なんですが、文章がうまいので世界に引き込まれていくし、文体も世界観に合っていて読み物としてとても面白かったです。
 第十回本物川小説大賞の時もそうでしたけど、実在の人物を規定内の文章にまとめて描き上げるのがとても上手い作者さんです。
 実際にあった出来事を取捨選択してまとめるのって難しいと思うので、余裕がある人はロイ・フォンテーンでググって偽教授さんの作品と見比べてもいろいろな発見があると思います。

謎のギガウサギ
 まずはその速度が衝撃的。舞台となる英国についてのディテールをしっかり散りばめた上での伝記的な筆致がリアリティを感じさせ、ロイ・フォンテーンなる人物が英国で暗躍する姿に説得力を感じさせます。と思ったら実在の人物だったんですね。とはいえ一旦元ネタの方は考慮せずに書きます。
 執事として優秀なのだから本人におそらくミスらしいミスはなかったのでしょうが、愛人2名を御しきれなかったことが発覚につながっていくことがどこか人間臭さを感じさせます。そもそと共犯者が愛人、というのも愛とリスクがない混ぜになっていて、常人には計り知れないサイコな思考回路を想像させます。
 完璧なはずの執事が愛によって身を持ち崩し、血を分けた身内によって破滅に向かう…というのは人生のままならなさを見せられているようでした。文章も引っかかることなくスルリと読ませるリーダビリティで流石です。すごい人物の物語を聞くと、フォンテーン氏はどんなパーソナリティなのか? みたいなことも詳しく知りたくなってきますね。

謎の闇鍋
《1970年代の終わり、ロンドンの高級住宅街に現れた、優秀で一見何の欠点もなさそうな執事。冷静で豪胆で周到で凶悪な、彼の本当の姿とは……。》
 企画開始が夕方だったにも関わらず、当日中に圧倒的速度で開幕一番槍をとったのがこの作品。
 キュッと纏まったドキュメンタリー、事件史の読ませる短章といった感じの短編です。映画でもこういうのあると思うんですけど、「え、どういうこと、どうなってるの、早く教えて!?」となる伏線と開示の物語ではなく、「ええっ、こんなことがあったんですか。で次にこうなってこう? はぇーすごい!」となるタイプの記録展示型の物語ですね。これで一切飽きさせないのも文章力の成せるわざだと思います。
 冷徹で凶悪な話なのに非合理な人間臭さで噛み合いが悪くなっていく辺り、非常に現実味がありました。というかこれ本当に実話なんですね。うまくいかないものだな。
 最後まで読むと、「執事とはどのような能力を求められる職なのだろうか?」ということをちょっと考えさせられるところも面白い。自分の知らないことに興味を持たせてくれる文章っていいですよね。

2.マイ・ブラッディ・ディテクティヴ/大澤めぐみ

謎の有袋類
 スピード狂勢の速度が本当に怖い。
 百合!!!!!!これは最高の百合です!
 大澤さんが描くちょっと流されやすくてクソみたいな男に引っ掛かる女の子が大好きで毎回どんな風に変わるのかなってワクワクしながら読むんですけど、良い百合ですね…。
 12歳年下の彼女を作るフリーランスの男という一発でわかるダメ男が死んでるのも爽快感があってよかったです。
 探偵、そうだよねバンバン事件に合いすぎだよねという宿命のせいで普通ではいられない桜子ちゃんが、全部を諦めていた栞奈ちゃんに救われてワクワクウキウキで事件に向かうちょっとした不謹慎さと百合成分がすごい。
 よかったです。尊い…。

謎のギガウサギ
 えっこの人の作品に僕などが講評つけていいんですか…という思いをぐっと封じ込めて書きます。
 残念ながら人生で女子高生であったことは一度もないしこれからもなさそうなので推測ではあるのですが、「もうどうにもならない」感と、それを異性との接触により薄める対処療法というのは読者に内面化された女子高生像として大変にリアルで、それが殺人事件との関わりというより禁忌度合いの高い方に接続されることで発展的(退廃的?)に解消される様は青春の危うさがぴりぴりと伝わってきてたまりません。
 繊細なバランスのガラスアートを見ている気分です。
 口語体による女子高生らしい感情の動きの表現は一朝一夕には実現し得ない職人芸の世界で、一貫性とはこうして作るのだと勉強になります。
 優しいようなドライなような捨て鉢のような、どこで辻褄が合っているのかおじさんには不明な機微。
 作者の方は心に女子高生のイデアを搭載しているのでしょう。
 女子高生よりも女子高生です。
 うん、ちょっとこの講評、気持ち悪いな…そしてこの精度のものをこの速度で出してくる凄み…。

謎の闇鍋
《ルーティン的に日々を過ごしている諦念つよめな主人公のクラスにある日転校生がやってくる。彼女の性質と主人公の性質が出会った時、お互いの世界が変化する。》
 凄惨キュートな百合ティーンズが生きるエンジン共有始めるの最高です。
 企画開始が夕方だったにも関わらず、当日中に圧倒的速度でパート2。人間の執筆速度とは一体……これはホラーでは?
 冒頭一文めから読み手の意識をグッと掴んで引き寄せるものがあり、さすがの一言です。悲観的な割にはどこかポップな感じで反復される主人公の心の口癖、凄惨な割にはどこかクレープの品定めみたいな調子で進む事件検証、私はこの作者さんの独特にライトで不謹慎な、無駄のない無駄みたいな書き口が好きです。なんか若い子特有の身体の軽さみたいなのあるじゃないですか、そういう感じがする。死体見つけた数分後には彼氏から元カレに処理済みになるとことかソウルのフットワーク軽すぎて速がほぼシューティングスターですよね。
 そして、そんなこと(どんなことかは読んでください)が起きてるのに祝祭的で、冒頭の言葉がきちんと戻ってくるラスト。どちらも一人じゃなくなったラストでよかった!

3.幸せの青い鳥/こむらさき

謎の闇鍋
《過去になんかあったらしく恋愛に奥手になってる鳥好き女子と、コミュ力おばけで美の暴力な同僚男子の、小鳥の羽きっかけで始まる恋の物語。》
 甘酢っぺー! 鳥かわいい!!!
 登場する小鳥ですが、想像上の小鳥ではなく小鳥をよく知ってる人が描き出す小鳥、という感じです。喋る子、ギャッギャッて言うよねー!と思いながら読みました。
 やけにパンチのきいたキャッチコピーに出てくるTシャツの謎は中盤に解けるんですが、これはもう……おお……でも結果としては良かった……何がどうなって良かったのかは読んで確かめてください。
 自分が思う自分の像や、自分が思う相手の像は、時に結構思い込みによって片寄っているもので、ガタピシしながらお互いの見えなかった姿を見出だしていく過程がとても微笑ましい、糖分高めなかわいい物語でした!

謎の有袋類

 うちのインコ、かわいいんですよ。

謎のギガウサギ
 投稿順序的に、女子高生コンビの青春を見せつけられた後にこの作品を読んだ方も多いのではないでしょうか。無事死にましたか? 僕は死にました。あ、甘い…甘殺される…。
 1万字以内の短編で機能しうる時系列操作のうち多分一番効果的なものをさらっとやってのける辺りに経験値を感じさせる…そんな冒頭でするっと物語に入り込めます。
 その一方で、バジルにはっぱとルビを振る常人には理解し得ない文脈に「あっこれは鳥にお詳しい…人…?」と謎の迫力が追いかけてきます。自分が好きで詳しいものを書く。それだけで熱量がいや増す好例です。
 世の恋愛モノの多くは片方がリード役になることも多いですが、どちらも雛鳥なお話があってもよい。そんな発見のある小説でした。
 なお、作者の方の意図通りかは不明ですが「人間も放鳥時間ズラしていけば佳く生きられるかもな…」などと思ったりしました…。

4.よ、の/芦花公園

謎の有袋類
 問題作です。
 めちゃくちゃ身内ネタで攻めてくるじゃんってげらげら笑ってしまったんですが、急にドンっと突き落とされて終わるのが怖かったです。
 よの、しょーもない生き物だなって笑っているうちはいいんですが、主人公が感情的になってからの物語のギアの入り方と、ジェットコースターを下った直後に読んでる側が突き落とされる二話目で「うわあ…」となって好みのホラーでした。
 こういう突き放し方というか、突き落とし方は好みが結構わかれそうなんですが、僕は好きです。
 油断していたらやられたので悔しい…。
 また中編や長編のホラーも読みたいので楽しみにしてます!

謎のギガウサギ
 会社員であるところの私は、新人の頃、深夜までかけて作成した資料を先輩に一蹴され一笑に付されたりもしましたが、小説を酷評されるのに比べたらダメージは少なかったかもしれない……そう思うのは、この世の多くの創作物が作者の人生の何かしらの切り売りであり、それを否定されることは人格や人生を否定されるのに近い感覚があるからなのかもしれません。
 登場人物の今井のようなテーマ性を追求するなら特に。
 とはいえ感想が欲しいという思いは誰にでもあり、その感想の深度が高まるほど作者の思いとは離れた位置に座礁する可能性も高まるわけで……そんな感情の揺らぎをホラーに仕立てた本作の凄みは、「創作物への批評」という、これまで述べたとおり感情に深く根差した位置にある営みにフォーカスした点にあります。ホラーは感情の物語。
 終幕に向けて無限に恐怖を増幅させていく手管は「もうやめてこれ以上は…絶対ダメな展開でしょ…」と最悪の予感を感じさせつつ読む手を止めさせません。
 なんだこの奇怪なほどスムーズに悪夢へ放り込まれる流れ。恐怖のウォータースライダーや。
 欲しいものが得られず、あまつさえその逆のものが手元に届いたとき、加えて届くこと自体を欲したのが自分自身であるとき、その感情の行先をどう昇華できるのかというのは、すべての創作勢がその方法論を備えておくべきものなのでしょう。

謎の闇鍋
《何らかの批評を行う者のもとに現れ、ついに環境省案件にまでなる謎の怪。日本語にごく近いが意味のない声を発するそれ、しかし「発言」は微妙に「僕」のリアルとリンクしており、「僕」はついに……。》
 触ってはならぬものの物語なので触るべきではないので講評もしてはならぬのではないかとも思いましたが全作講評する企画ですから原則を外れてしまう。やっていきましょう。ところで個人的にはメンタルオリハルコンがめちゃくちゃツボに来ましたが、私のメンタルの師匠はヒグマせんせいです。強く・速く・執念深く!
 物語ですが、「理由は分からんが現に起きている現象」「やってはならぬことをやってしまう人」「何故こうなったんだ、の連打」というホラーの押さえるべきツボはドスドス押されつつ、あくまで無駄なく整理されていながら何か湿り気の気配がある嫌な感じに怖い文章が秀逸でした。
 一話めで終わって良さそうなところに短い二話めがついてるのがまた、いい形なんだよな……急に読んでる私に向いた物語になってヒェッ! てなるでしょ。あれがいい。

5.その罪がかくも甘美でないのならば/偽教授

謎の有袋類
 吸血鬼!双子!耽美!
 ドストライクです!
 偽教授さんの固めでゴージャスな文体が吸血鬼ものとマッチしていて雰囲気がすごく良いです。
 ストーリーの大筋は王道な双子の吸血鬼がひょんなことから人と知り合うといったものなのですが、1万字以下という制約があるなかきれいにまとめてあるのがすごいです。
 これも王道だと思うし大好物なのですが、純粋種と元人間の吸血鬼の設定も織り込んでくれたのがよかったです。
 これは個人的な好みなのと文字数の関係上仕方ないのですが、最後のほうだけや駆け足気味の展開なのでエモーとなる暇がなく「なるほどー」とRTAを見てる感じになってしまったのが惜しいかなと思いました。
 講評なのでなんかそれっぽいことを言おうとしただけで、マジでめっちゃ最高の吸血鬼ものです。子作りいっぱいしてほしい。

謎の闇鍋
《お互いだけを「食糧」に、際どい綱渡りのように命を繋いでいた双子の吸血鬼。ふとした事から交わした人間との約束が、家族のかたち、二人のありようを決定的に変えていく。》
 吸血鬼! 双子! 背徳! 血液! あと血液じゃない液体! 性癖ビンゴが3ビンゴくらい急に来る感じのロイヤルストレートフラッシュなんですけど、「約束したら約束に忠実な魔物」というのも本当に好きなので倍率さらにドンでした。まあこれネタバレになりますが、そこに義父・義娘と義母・義娘も入ってくるじゃないですか、もうむりだよねー!(大の字に寝転がる絵文字)
 この短い間に、プラスで吸血鬼まわりの設定もスルッと入っているし、浮わつきのないしっかりした文章で要所要所台詞もかっこいいし、この文字数でよくぞ……という感じです。
 吸血鬼で双子で近親相姦みたいな設定、ベタっちゃベタなので、それを特に手垢感なくやれるのは実力なんだろうなぁと思います。

謎のギガウサギ
 綺麗な吸血鬼は好きですか? 僕は絶対的な信仰対象(ドグマ)です。
 もう元ネタは若い世代にはわからないのではという恐怖はさておき、吸血鬼で耽美で宿命で性愛で抑圧で…というのはもはや二郎です。マシマシでお願いします。
 この魅力的すぎる題材は世界中で取り扱われ、ありとあらゆる変パイア(変わり種吸血鬼、の意)が作られ続けていますが、本作に登場するのは結構なオールドスタイルで、年代物のウイスキーのように芳潤パイアです。
 本作における吸血鬼の尊さ、高貴さは、飢えとの戦いを自ら課した掟によって続けているその精神性にあります。恐ろしい怪物が契約に厳しい。そのギャップが、外見的要素に止まらない美を喚起します。そしてそれが破られたときにも。
 時代も場所も不明ですがそれがわからなくとも支障はなく、むしろ二人の関係性に強くフォーカスするために余計な情報を排除しているような気もします。そんな取捨選択もあるんですね。

6.カレーを食う/kn

謎の有袋類
 最近読んだこづかい万歳と、孤独のグルメを悪魔合体させた読み口の作品。
 そこまでおいしくもない安いカレー屋に行って、ぐちぐち言いながらカレーを食べて帰るだけのお話なんですけど、ところどころでクスっと来てしまう味のある作品です。
 らっきょうの下りすごく好き。ここら辺がこづかい万歳感を読んだ時の気持ちに近そう。
 段落初めの一字下げや、行間がないのがちょっと不親切かな…とも思うのですが、これはこれでこの感じが概念的非モテのちょっとめんどくさくてアレな感じの演出になってる部分もあると思うので、故意にしてるならすごいと思いました。
 そうではなくてもラッキーパンチも実力のうちなので今度からそういう読みやすさで人に与える印象をコントロールするみたいなことを意識出来たらもっと強くなれると思います。

謎のギガウサギ
 吸血鬼を読んでからのカレー。食べ物つながりですね(?)
 本作を読んで思うのは、実際の思考なんてこんなもんだよな、ということでした。コンビニではなくカレーを選ぶことに明確な理由なんかないし、全方位に喧嘩を売るような物言いだって脳内ならばそれほどの躊躇いはない。自分を情けなく思ったり、先程までの感想を急に思い直してみたり、偏見を自認しつつも改められなかったり。
 普通、小説の登場人物はとてもすらすらと読みやすく一本道に思考します。迷うことはあっても読者に首を傾げさせるほど散逸したりはしないんですよね。きっと道ゆく僕らの脳内をそのまま小説にしたなら、本作の主人公の何倍も取り止めのない言葉群に溺れることでしょう。
 僕らが生きているのは明確なオチのある物語ではないのだから、カレーを食べているときに無駄のない合理的な筆致で頭の中を表現したりしないし、側からみれば大したことではない事象に一喜一憂したりもするし、自分には関係のないことについて延々と物思いに耽ったりする。
 たとえば、本作のような描写のない小説は、果たして日常をしっかり切り取れているといえるのだろうか?
 そんなことをつい考えてしまう、人を食ったようなお話でした。

謎の闇鍋
《食券タイプのカレー屋さんでカツカレーを食べることにした主人公。その周りで起こる様々な小さな出来事の描写。》
 特に大きな事件事故があるわけでもない日常をワンカット風に連ねていく写生系の書き方ですね。短編小説として面白いかどうか? となるとこういう淡々日常系というのは相当難しいと思うのと、私の個人的な接客サービス業感と主人公の感じ方が割と違うので「ぬ?」となるところもあったんですが、全体に集中力・観察力の途切れない感じの書き回しでスーッと最後まで読んでいけたのはよかったです。
 また、揚げ物・カレー・らっきょう・ビールという「結局幸せってこういうことじゃねえか」セットの描写も乗ってきて結果的にみよしの(ローカルチェーンです、すいません)行ってカレー食いてえ!となりました。食べ物の文章読んでそれっぽいものを食べたくなる、これは文章としては成功していると思います。
 面白いのが、作中一度も主人公の一人称が登場しないところ。辛うじて「自分」が何度か登場しますが、私なのか僕なのか俺なのかは分からない。そういうところもカメラが主人公から引かないで、ずっと主人公視点に徹していてブレがないと思いました。

7.募血お願いします〜夜に俺の家にやってきた吸血鬼のお話〜/千石京二

謎の有袋類
 吸血鬼ー!こちらはまたちょっと吸血鬼!という感じとは違ったほんわかとした作品ですね。
 見た目が綺麗な不審者かと思ったら、人外でした!というパターンのお話なんですが、招かれないと家に入れない・鏡に映らない・流れる水の上を渡れないといったセオリーが自然に織り込まれているのがすごく好きです。
 ウロボロスの秘術についてはちょっと調べてみたのですが、わからなかったです。でも、知らなくてもすごい楽しめるので多分知らなくても楽しいけど知ってるとにやりと出来るポイントなんだな…。と思いました。
 切ないし切実なオチと変な優しさを発揮する吸血鬼の関係性にちょっと笑ってしまいました。
 風変わりだけどハートフルな吸血鬼…よかったです。

謎の闇鍋
《夜、自宅アパートの前に立っていた銀髪赤眼黒コートの美しい男性。血をくれと言われてもちょっと何言ってるか分かんないすね……ほうじ茶は飲むのかよ?》
 吸血鬼ものというと薄暗・耽美・モオビッドで享楽または悲劇と孤独って感じになりやすいと思うのですが、今回のお話は吸血鬼の礼儀正しさや律儀さがどこかユーモラスで読後にはポッと小さな温かさが残るような面白さがあります。人間側がまた、人がいいというか、最後のところで「それでいいのか(笑)」と思ってフフッとなってしまう……
 これは短編ならではの、ほんの短時間の描写の面白さかも?と思いました。
 あと、ちょいちょい挟まる吸血鬼あるあるネタが、吸血鬼好きとして「ハイ出たそれな!!! 吸血鬼だからね!!!!!」とテンション上がるポイントになってよかったです!

謎のギガウサギ
『ごめんなさい、申し訳ありません、吸血鬼なんです……』
 他の評議員2名の吸血鬼愛というか "圧“ が強力すぎて霞みがちな私も相応に吸血鬼が好きなのですが、ここまで冒頭から腰の低い吸血鬼は見たことがありません。それにしてもここまで弱点が多い怪物も多いですよね、改めて……。
 誰も悪い人はおらず、ただひたすらに巡り合わせだけが悪かった…そんな何とも言えない物悲しさ漂う作品です。吸血鬼氏の礼儀正しい振る舞いと端々から漏れ出てくる聞き捨てならない台詞のバランスは、究極的にはわかり合えない関係性だからなのか、今は余裕がないから直截的になっているのか、はたまた天然な性格なのかいろいろなケースが想定されて、先を読ませるドライブ力につながっています。それにしても見た目が美しい存在がこれほど恐縮している姿というのも妙に哀れっぽさを誘いますね……そう思わせる端々の表現力が光っています。
 吸血鬼の伝承に基づくディテールがしっかり描写されている一方で、「落とし所をそこに持っていくんだ⁈」という衝撃が味わい深いです。

8.吸血鬼のプライド/王星遥、或いは濃茶

謎の有袋類
 吸血鬼…吸血鬼はいくら読んでもいいですね。
 気位の高いステロタイプのロリっ子吸血鬼ちゃんにいきなり押さえつけられて始まるお話なんですが、とてもわかりやすい導入ですんなり物語に入っていけました。
 吸血鬼ものは、どの伝承の部分を取り入れるのかを見比べるのが楽しいのですが、姿を変えられる吸血鬼いいですね。普段はロリお嬢様、力を補充すると麗しい女吸血鬼になるの大好きです…。
 うまくまとまっていてとても面白かったです。文字数に余裕があるので、あっさり風味で終わっている部分の描写を書いてみると、読んでいて登場人物への感情移入がしやすい読後感になった気がします。
 このお話、キャラクターもかわいらしいですし、連載の一話目にも使えそうなので、結果発表後にこの先品を下敷きにした中編とかを書いてもよさそうだなと思いました。

謎の闇鍋
《ある日襲ってきた吸血鬼、もはやこれまでと思った主人公だが、最後にうっかり口走った本音に吸血鬼が引っ掛かる。》
 獲物の本音! 吸血鬼の意地と何か! 途中ややコント! 二話目に期待した私の気持ち! といった感じで、気がついたら終わっていた。いや、終わってねぇよ、この後どうなるんだよ!!!!! という感想です。様々な論を駆使してまで窓を開けさせようとした吸血鬼さんがなぜ主人公を生かしておくことにしたのかが、ちょっと分かりにくかったかもですが、二人のやり取りには笑わせていただきました。
 こうして吸血鬼が通ってくるようになり、そして……という流れで何かもっと広がりのある物語が始まる前段階のようにも読め、なんとなく先が楽しみな感じの読み終わりでした。

謎のギガウサギ
 こちらも比較的伝統的なスタイルの吸血鬼が登場するお話です。何でしょう、今世の中では吸血鬼という概念がホットでヒップなのでしょうか。
 長く生きているであろう吸血鬼が年頃の少女のようなこだわりを見せたり、シリアスな盛り上げ方をしながら足払いをかけられるようなオチが待っていたりと、読み手の現在のテンションを想定して誘導していく手腕が光っています。登場人物の動作や感情を的確に描写する技術もあり、読んでいてストレスがありません。それにしてもサービスの良い吸血鬼だ…僕のところにも来てくれないかな…あともしかしたら主人公の心変わりは魅了(チャーム)の魔術のせい…? とかも考えましたが素ですよね多分。
 少ない登場人物の会話だけで読み進めさせるのにはそれなりの技術が必要になりますが、漫才のような掛け合いを作ることでそれを実現している点も見どころです。

9.デリリウム・デリュージョン/木船田ヒロマル

謎の有袋類
 こちらの川にも来てくれたヒロマルさんの作品、今回は自作の小説の中に入り込んでしまったという自認の主人公とガイノイドのロザを中心としたお話です。
 ロザちゃんの可愛さが魅力的なほど、主人公はそれを「自分が作り出したからだ」と受け入れられない葛藤などがとてもよかったです。
 今回は字数が一万字と小説を書きなれた人にとってはかなりカツカツな文字数だと思うので、登場人物や設定を詰め込むと物語RTAみたいになってしまうのかなーと思いました。
 ポンポンキャラと設定が出てきてあわあわしているうちに結末を迎えてしまったので主人公とロザちゃんに思い入れをする前に唐突に結末をお出しされてしまった気がするので、この作品はじっくり中編くらいで読みたいですね…。

謎のギガウサギ
 ガッツリSFアクションかと思いきや……な冒頭から始まる本作。非常に多層的な物語構造を実現しうる設定ポテンシャルで、異世界転生/SFアクション/ミステリとどれにも転がすことができるので続きを読みたい欲をいい具合に刺激されます。
 短い文字数ながらもヒロインとのやりとりにしっかり紙幅を割くことで主人公の行動に納得感を持たせるなど優れた技術をお持ちで、にも関わらずふたひねりくらいできそうなギミックを入れ込んでくるチャレンジ精神に頭が下がります。
 ポテンシャル的には長編のスペックだと思いますので、是非続きも書いてほしい……そんな作品です。

謎の闇鍋
《短時予知能力を持ち、好みどストライクのぎゃんかわ戦闘アンドロイドと共に日々任務を遂行する高校生――の中に、その物陰世界の作者である主人公が入ってしまった物語。》
 自作世界に囚われる設定はコメディからホラーまで時々見かけるもので、それ自体にすごい新しさとかは既にないんですが、この作者さんの場合は何しろ文章がぐいぐい引き付けて読ませるのでダレません。ほどよく具体的でリアリティを醸し出す絶妙な説明込みのテンポ速めな戦闘描写、うまいなぁと思いながら読みました。
 自分が設定つけて自分を好いているらしき言動をするアンドロイドに対して超好みと思いつつも一線を引こうとしてしまうのは、「言うてこれ自作自演よな?」がよぎってしまうからなのでしょうか? このへんの描写と変化がすごくいいです。
 惜しむらくは(いつもやらかしてる私が言えた義理でもないんですが)文字数制限の点で、ラストの詰め込み感は結構厳しかった痕跡かなあと思いました。二万字くらいで読んでみたい物語でした!

謎の有袋類
 ヒロマルさんは速度もあって、毎回質が良いものをお出ししてるので、そろそろ川で遊ぶときに核実験とか普段やらないチャレンジをしてみてもいいのでは…!

10.幽霊には足がない/千石京二

謎の有袋類
 千石さんの作品はホラーの印象が強くて身構えながら読んだのですが、(いい意味で)予想を裏切る結末ですごいよかったです。エモ!
 この作品、テーマを読者に意識させて違和感を持たせるのがうまくて、最後にそれを幽霊が成仏されるみたいに昇華するのがすごい美しい手腕だなと思いました。
 「普通」という言葉やテーマに対しての普通という意味や、普通というものへの葛藤や達観、そして冒頭に示された「ごく普通の女子高生だ」が最後で意味を変えるのが最高でした。
 出てくる幽霊は設定上かなりグロい見た目なんですけど、それでもどことなくほんわかしてしまうというか、温かさや優しさを感じる作品だというのも個人的には大好きなポイントです。

謎のギガウサギ
 淡々とした筆致で凄まじい状況が描かれるので不思議な可笑しみを感じます。私の今後の人生で「これほど焼死体焼死体してる焼死体もなかなかない」という表現に出会うことはもうないのではないでしょうか笑
 ストーリーはタグに入っている「ほっこりホラー」の表現がまさにぴったりで、淡々としているのにどこか暖かい一人称文体なのは、きっと描写のディテールが大変細やかだからなのでしょう。
 神は細部に宿り、温もりは密度に宿ります。その描写から主人公が「しっかり相手を見ている」人間であることがひしひしと伝わってきて、その優しくも自己否定に走りがちな人格に説得力を感じさせます。

謎の闇鍋
《「私」はごく普通の女子高生。幽霊を見たり触れたりできるということを除いては。もう何年も近所にいる幽霊、新たに出会った幽霊、彼らとの関わりを通して垣間見える「私」の心。》
 あかりちゃん優しい子です。自己満足とは言いますが、目の前にいる人(幽霊だけど)の助けになることを何かしたいと思って実行に移す行動力のある、寄り添える人なんだと思います。しかも相手は幽霊なので見返りゼロなの最初から分かっているじゃないですか。そんなこと一切考えずに、好きなものはもっと知れたら嬉しいかな、この願いをかなえる手伝いをしたいな、と自然に思ってそうできる彼女、とてもいいです。
 幽霊が見えるせいで他人の死という重いものに否応なく向き合う生活をしながらも「普通」でいる女の子の、まっすぐな強さのようなものを感じてとても好感の持てる物語でした。文章も引っ掛かりなくスーッと読めて、ああ上手だなぁ、と思いました。

11.山桜の怪/武州の念者

謎の有袋類
 美少年枠!
 武州さんの描く美少年は本当に色気がすごいし、無垢な子の無垢さがまぶしい…。
 毎回毎回様々な最高の美少年を繰り出してきて、本当にすごいな…と感激してしまいます。
 美しい人知の及ばない存在の虜になる人間のお話と、引用される中国の逸話は一万字以下の作品でも情報量や情緒が圧縮されているようで硬めの文体と相まってとても読みごたえがあります。
 中国とか漢詩に詳しくない方や故事成語や熟語に詳しくない僕みたいな生き物にもするっと入ってくる内容でした。
 知らなくても楽しめる、知っているともっと楽しめるというバランスは本当になかなか難しいと思うので、武州さんの美少年が色っぽいに次ぐ強力な武器だと思います。
 これからも美少年小説楽しみにしています。

謎のギガウサギ
 やや古めかしい調子の語り口ながら、樹木に対して「寂しげな裸体」など常人には真似できない言語センスが光ります。胡蝶の夢という古典的モチーフをひきながら、それを単なる命題ではなく幸不幸の定義にまで接続させる手法は、主人公が果たして報われたのかどうか読者を悶々とさせます。
 私は残念ながらBL趣味を持たないのですが、少女然とした孤独な少年と眉目秀麗でエキゾチックな美少年の拙い触れ合いというのは、見てはいけないものを覗き見ている感が、その、私は残念ながらBL趣味を持たないのですが、筆力も相まって、なんというか、ぐっとくる感じです。

謎の闇鍋
《絵を描くのが好きな不登校少年はある日、異国風の装いの美少年と出会い、やがて美しい彼を絵に描きとめたいと試みるようになる――》
 もはやお馴染み、古典漢文調の書き回しで美少年枠の作者さんです。毎回あやしくエロい美少年の登場する志怪小説ふうなのですが、今回は「あやしくて怖い」に振られていますね。ホラーです。ポニテ美少年さいこう。
 物語としてはタイトル通りの山桜の怪で、主人公の少年と一緒に読者も怪に魅入られていくような運び、恐ろしいことが起こってもどこか簡潔で淡々とした(まさに中国古典のそのジャンル作品のような)読み味は独特の良さがあります。
「彼を絵に描きたい」というのも見方によっては「自分の内に取り込み自分のものにしたい」という一種の魔的な欲求・行為ですから、怪と人間の違いはあれど二人の少年は互いに相手を自分のものにしたい、欲しい、と思っている、この両思い(と言っていいのか)になったとき怪は人を取り込むのですね。そのために美しく魅力的なのだと、捕食の仕組みを見る怖さがありました。
 桜の怪、私なんかは何となく女の怪にしてしまいがちなんですが、美少年というのもいいですね……よかった……。

12.塵迅パルス新作/狐

謎の有袋類
 近未来!荒廃した世界!電子ドラッグ!狐さんの好きなもの山盛りという感じの作品ですね。
 パルスくんが可愛い…。自分を救ってくれた兄貴分との決別と新たな旅立ちを描いたこの作品、僕はめっちゃ好きだし、狐さんも好きなものをやりたいように書けたのでは?って感じがして読んでて楽しかったです。
 兄貴を撃ったときのダストくんの心情がすごいツボで、ここでかっこよく兄貴を倒すのもいいんですけど、パルスくんもダストくんも完全ではないけれど、それでも前に進んでいくし、未来には希望が見えているみたいな荒廃した世界に輝く自由と希望みたいなのが大好き…。
 連載にも使える設定だと思うので、この設定の中編とかすごくおもしろそうなので続きを書いてみてもよいのではないでしょうか?

謎のギガウサギ
SFだ! 身体改造だ! 未来都市だ! ……取り乱しました。身体改造を各所に施して状況に応じて使い分けるのもよいのですが、こういう一点特化型の能力というのもロマンがあってよいですよね。
 さらりと書かれていますが、髪色にレモンイエローを持ってくる辺りに独特の色彩感覚を匂わせており、描写されていない都市風景や主人公も結構カラフルなのかしら? と思わされます。
 未来都市というと灰色に荒廃してるか原色でブレードランナーしてるか真っ白で綺麗か、というイメージが多数を占める中で、レモンイエローは結構新鮮な選択だなぁと。
 世界観的にはかなり広がりがありそうなので、もっと長い作品で読んでみたい気持ちになりました。

謎の闇鍋
《義足の運び屋がある日届けることになった大きなジュラルミンケース。その中に入っていた「生き物」とは?》
 ドームと偽物の空に覆われた退廃世界で、お金をためて本物の星を見に行くことを楽しみにしている真面目系底辺チンピラのガキである主人公と出会いと嘘と銃と夢、という近未来SFハードボイルド設定がとても魅力的なんですが、それぞれの設定がやや説明不足な印象を受けました。パルスくんはなぜこんなに無邪気で懐っこいのか、同じ夢があるというだけで急に一蓮托生になれるものか、文字数にも余裕があったことですし読み手としてはもう少し知りたかったな、という読後感です。
 ただ、恩人を撃つくだりとか、やっちまった直後特有の急な全能感みたいなラストはハードボイルドてきにすごく好きです。すごく。なぜかというと私がハードボイルド憧れなのに全然書けないので、超羨ましいから! 彼らはうまくやれたのか、それともここからスピーディーな破滅の旅になるのか、分からないまま終わるところもよかったです。

13.勇者、などではなく/王星遥、或いは濃茶

謎の有袋類
 王星遥さんの二作目です。
 勇者の戦いから始まるファンタジー!
 死を恐れながらもめちゃくちゃ強い勇者とアスピダさんのバトルシーンがすごくかっこいいです。
 魔法を使いながら剣で戦うときに、雷の魔法で加速したり、花びらの幻惑っていいですよね。大好きです。
 あと対峙した相手が実は似た境遇同士ってのもエモポイント高いですね。大好き…。
 あと、これは単純に僕の好みの問題だと思うんですが、地の文でかなりアスピダさんが魔法の説明からなにからなにまで説明してくれるので、アスピダさんのモノローグを脳に流し込まれる感じがするのでどうにか地の文以外でうまく説明できるなにかがあるともっと物語としてのエモさが高まる気がします。
 結末についてなのですが、人間の王によって捨て駒にされる勇者を魔族が助けるというお話は大好きです!
 シシアとアスピダさんのこれからがすごく楽しみになる作品でした。

謎のギガウサギ
 勇者と魔王が登場する作品はそれこそ膨大な数に上りますが、これほどエグい目に遭った勇者というのはなかなかいないでしょう。とはいえ人間側からしてみれば魔王サイドから善悪を諭されるなど噴飯物でしょうし、より効率と精度を高める必要性を感じさせたのも過去の魔王軍の振る舞いがあったからこそだと考えるとなかなかどちらの振る舞いが正当とも言い切れず、そのあたりに本作の絶妙なバランス感覚が感じられます。
 勇者への同情心に魔王自身の事情を重ねるなど、説得力のある物語づくりに関する技術力も兼ね備えた作品です。登場人物実質2名で10000字ジャストを駆け抜ける筆力、大変なワザマエでございました。

謎の闇鍋
《ついに魔王の玉座まで攻め込んだ人間の勇者と魔族が刃を交える。頂上決戦で勝負がつくかと思われたその時、意外な事態が発生する。》
 エモーーーーい! 好き!!! と思ってそのまま三回読んだのですがやっぱエモーい! うわー。
 戦争は国と国、種族と種族の間で起こり、国同士種族同士が戦っているという事実をもってそれぞれの構成員は(なぜか)相手国や相手種族構成員を憎み、倒すべきものと意識をセットしがちです。しかし実際に直接対峙するのは個人と個人。このミクロの場において、時に国や種族への忠誠より優勢となる価値観がある。それが己の力量ひとつを武器に直接戦闘する戦士であること自体に関する誇りであり、卑怯を忌避する品格。物語の語り手が依って立つその堅固な物差しが見えてきた頃、物語そのものも当初とはまったく違う姿を見せ始める……こういう構造大好きです。
 語りが多少説明的になるのも文字数的な都合かと思いますが(何しろピタピタ一万字)、このすてきな構造、もう少し長いサイズでディテール込みで読みたかったなーと思います。迷宮の描写、魔法の構成、色々面白かったので。

14.あなたの星を読むために/鍋島小骨

謎の有袋類
 最近の川で冠をたくさんもらっている鍋島さんの作品。ここはやっぱり厳しめにいきたいところですねと思って読んだんですが、五億点!!!!!!!!!!!!!!!!
 この物語と登場人物をRTAにならずに1万字以下で抑えるのなんなんですか?どういうこと?
 省く場所は省いて会話や出来事にして登場人物への感情移入やエモ度をあげていくのがすごいうまいのと、ルビで情報をある程度圧縮してるのかな?
 お見事としかいいようがないですね。しかも、お話の内容は狼・魔法・虐げられる少女とそれを見守る黒狼…ドストライクです。
 鍋島さんの作品だと大体「とうとい…ごおくてん」と鳴く生き物になってしまうのですが、本当に良いですね。
 色の対比…立場の対比…虐げられた子の虐げられ具合…こう…我が心の故郷…。

謎の闇鍋
 また文字数制限より長い話詰め込んだやん。学習せえ! という感想しかないですね……。
 あと、分核について最後のあたりでフォロー必要と思っていたのに忘れてることが今分かりました。(現在1月16日。もっと早く気付くべき。)

謎のギガウサギ
 短編で異世界や未来を舞台にするときに、徐々に世界観が明らかになっていくタイプの筋書きを作りたい場合のお手本のような作品です。
 どのタイミングで何に関して言及をしていくか…というのは多くの人が悩むであろうポイントだと思いますが、本作では「何も知らない主人公がだんだん理解していく」という形で読者と同じ目線になっており、世界観が明らかになること自体も目的の一つであるため非常に入りやすくなっています。
 描写の丁寧さ、文章力も堂に入ったもので、戦闘シーンもキャラクターも目に浮かぶように生き生きと描かれています。
 個人的には二人の魔導師の対比がとても効いていて眼福でした。気位の高いストレートなイケメンvs心優しくて黒い性格イケメンのカードは厨二の道を通った人間ならば例外なく興奮させられるに違いありません
 
謎の有袋類
 鍋島さんは本当にまとめ方や、お話作りもルビの使い方もお手本にしたいくらい大好きだし、もう安定してすごい作品はかけると思うので、今後は川とかでゴリラとかコンダクター流水みたいな御しきれないなにかをぶち込む実験みたいなことにもチャレンジしてほしいという欲が出てきますね…。

15.薔薇窓騒動/伊予夏樹

謎の有袋類
 伊予夏樹さんの重めの文体で書かれるファンタジー!
 架空の世界の手記…といった設定でいいのでしょうか?
 その世界であった一つの事件の切り取りのような形のこのお話なんですが、魔法や教会、暦の名前の響きがすごく好きです。
 僕の好みの問題だとは思うのですが「薔薇窓(イグナチス)」や「魔薔薇(アシュトン)」のように独自の言葉を既存の漢字にルビを振る場合は、毎回ルビをつけた方が読者にとってはストレスが少なくて、さらに物語に集中できるんじゃないかなーと思います。
 少し退廃的な雰囲気を感じさせるファンタジー、とても好きなのでこれからもこういった趣味山盛りのお話楽しみにしています。

謎のギガウサギ
 伝承のような語り口で異世界を淡々と記述していく筆致は、「そんなことも起こったのかもしれない」というリアリティを抱かせます。それはおそらく作者の方の意図通りなのですが、物語を意図した通りに操るためには一貫したポリシーが必要で、本作はそのポリシーを強く感じる作品でした。
 なおこれは私個人の読みなのでご笑納頂ければと思いますが、本作のオチの部分に書かれている内容からすると「もしかして何か別の(もっとヤバい)出来事があって、この物語自体がそれを隠すためのカバーストーリーなのでは?」とも考えることができて、妄想が捗ります。
 噂の出所は本当はどこだったのか? 司祭は何を隠そうとしてこの物語を書いたのか? などなど…(意図と異なりましたらご容赦ください)

謎の闇鍋
《ここではないどこかの世界で信仰の場となっている教会で、その象徴ともいえる「薔薇窓」をめぐり、かつて起きたという不思議な昔話を伝える手記。》
 暦が我々のものと違い、本来の薔薇窓が生態っぽい描写をされており、その固定にまつわる魔法の名前も出てくるからには魔術的ファンタジー異世界なのだろうな……と序盤で理解できます。ところが事件を起こすのは魔法ではなく人の口。これはすごくリアリティありますよね。
 せっかくの世界観なので信仰体系などもうちょっと知りたかった気はします。例えば、豊穣の神がどうやら男性なんだ? とか、豊穣神の眷属が竜だけどこの世界で竜が象徴するものとは? とか……それでいて「硝子の薔薇窓」ですので物理的な教会そのものは現世におけるキリスト教の教会に近いような構造も感じ、物語世界にはどんなカルチャーが息づいているのか興味が湧きました。
 それだけ魅力的な世界観だったということなので、こういった作品をこれからも書いていって欲しいなーと思います!

16.観覧車、廻る、馬鹿みたいに/神崎 ひなた

謎の有袋類
 神崎さんが自分でおっしゃっていた通り、厨二病ペガサス昇天盛り!といった感じのダークな雰囲気でかわいい女の子が出てくる密室を中心にして描かれるお話です。
 白いローブの死神、白なのは作者さんの中で設定とかあるのかな?と気になりました。いいですよね美人な女の子と鎌の組み合わせ。
 虐待された女の子と観覧車の悪霊が出会って、悪霊の心が少し動くというペガサスだけど少し心温まる雰囲気のお話です。
 エグいエピソードを入れる時、それがどんな目的かによって変わると思うのですが、他人の心を刺してぐちゃぐちゃにしたい場合は、どこかで見た酷そうなことの想像よりは自分が嫌だったことを盛って書く方が生々しい表現が出来る気がします。
 自分の経験したことを参考にして書いた嫌なことは、似た経験をした人に刺さりやすくなると思うので射程と傷の深さをコントロールできるようになるとさらに強くなると思います。
 経験したことがないエピソードでも、例えば虐待系なら個人的にはコウノドリ(特に8巻) がすごく硬度が高いと思うので参考にする更に読む人に刺さりやすくなるかも…!
 これからも好きなものをどんどん強くして一緒に砂場で遊びましょ!

謎のギガウサギ
 悲しい境遇の人物がポジティブな存在に出会って救われるお話は世に多くありますが、こういうマイナスとマイナスが出会ってプラスになる物語もいいですよね。ポジティブな存在はベクトルを力強く変えることで救いますが、ネガティブな存在は文字通り同調した上で無理なく良い方向に導くというか。
 今回何故観覧車が舞台になったかというと、同じ場所を廻り続けるから……で合っていますでしょうか。そんな観覧車を人生のメタファーとしつつ存在の意味につなげるのは良いアイディアだなぁと。
 その文脈でいうと、呪いというのは存在の意味を否定するものなのかと思っていましたが、読み進めてみると「こうあってくれ」という縛りに近いのかもしれません。多分それは願いや祈りと紙一重の所作なのでしょう。

謎の闇鍋
《観覧車の籠の中に囚われている幽霊。自分が何故死んだのか誰なのか一切記憶はなく、ただ、生きている人間が憎い。そこを訪れる、人ならぬもの、あるいは、人。》
 場面が観覧車の籠の中に限られるという、非常に舞台的なシチュエーションがまず面白いなと思いました。主人公たる悪霊はそこを動けないので、基本的には来るものについて反応するしかない。主人公が望んで招いているわけではなく、拒絶もできない。世界だけが動いている。観覧車だけが回っている。この環境条件はすごく面白いです。
 個人的に呪いと祝いが表裏一体のお話大好きなので、呪いの力が誰かの心にとっては光になるという構造、よかった。けれども外形的にはまったく救いではなく、地獄の継続にすぎない。この無情さ、無意味さですね。
 そして謎だったのが死神さんです。彼女にも彼女の鎌にも実体がある……?
 読んでエモが来るけど色々謎が多い、という感触でした。廃観覧車と傷つき少女とひねた悪霊、という道具合わせは最高なので、話の勢いを損なわない範囲でもう少し説明的でもよかったのかな? という感想です。

17.公正な抽選/金糸雀

謎の有袋類
 近未来SFですかね。地球が滅亡するので宇宙船で避難するけど全員は無理です!という僕の大好きなグレンラガンやプロメアでもある命の重さを問いかける系の命題です。
 最近の出来事を取り入れた風刺的な意味合いを持たせたのであろう作品ですが、ちょっとアメリカの処遇でふふっとなってしまいました。隕石をぶっこわせ!!!はお国柄だよね…。
 文字数ぴったりを狙っていたからかもしれないですが、一人称視点の作品で語り手の地の文での一人称がブレてしまうのはちょっと混乱してしまうので「私」と「あたし」はどちらかに統一してくれると読む側のストレスが減ってお話を読むことにさらに集中できるかなと思いました。

謎のギガウサギ
 危機的な状況にポリティカルな要素を組み込むことで非常に風刺的な作品に仕上がっています。作者から特定の思想を感じると、読者はその思想に同意するか否かで読み味が変わってしまうというリスクがありますが、本作の描写はギリギリのラインで(ある意味で全方位を敵に回すことで)それを回避しています。
 1話目の主人公である若者は「人類は未来の危険を察知できるからこそその瞬間まで怯えなければならない、進化するのも考えものだ」という趣旨の発言をしていますが、オチの部分ではむしろ「遠い将来のことを考えることはできてもそれに基づいた意思決定ができるかは別」という形になっており、冒頭からオチにかけて大きな皮肉が仕込まれています。
 しかし宇宙船建造には乗組員以外に膨大な作業員がいたはずで、彼らをどうやって騙くらかして働かせたのか、その辺りにもドラマがありそうですね。妄想が捗ります。

謎の闇鍋
《地球に隕石が落ちてくると分かり、地上の人類は滅亡することが決まった。脱出用宇宙船の定員はごく少なく、抽選が行われることになる。》
 助かる人数が決まっている時、すなわち、死なせる人数が決まっている時、それをどう選ぶか? ……私がこのタイプの設定に出会ったのは大学入試の小論文過去問においてでした。正解はないが、己の倫理観と、決定後も生存者が共同体を維持するための心理環境などを踏まえながら、どのように思考して「極限状況下でのできる限りの公正」を共有し得るか? というところが見られる設問だったのだろうと思います。
 で、まあ現実にはそうはならないよね、というお話でした。描き出される各国の動向、あっさりな気もしますが方向性としては大外れでもなさそうなのが嫌ですね……
 短編小説としてはエモい盛り上がりや解決のある物語ではないものの、私がもっとも気に入ったラインは最後の一行です。これがあるとないとで全然違う。言い掛けのあの一行があるために、まるで怖い方の藤子不二雄みたいな、心がスッと寒くなるSFらしい幕の落ち方になっています。一人称の不統一など引っ掛かりはあったものの、個人的にはあの一行で全てOKになりました。計算でなくああいうラインを書けるのは、何らかの勘のある作者さんなのかもしれない。今後の作品も楽しみにしています。

18.いちごにゃん爆誕/いちごにゃん

謎の有袋類
 エッセイ?のような怪文書枠の作品ですね。
 これは予想なのですが、本物川小説大賞に参加していたあかずさんっぽいなーと思ったんですが正解はわかりません。
 ちょっと僕にはわからない部分が多すぎて評価はできないのですが、タイムライン上では絶賛している人もいるので、多分僕にはわからない特殊な文脈があるのでしょう。

謎のギガウサギ
 残念ながら私は本作を総合的な目線で語るための素養を持っておらず、たとえば通常の小説には存在しているはずの筋書きやキャラクターといったものが見当たらない辺りからして適切な読みができるか全く自信がありません…が、とりわけ文章に関しては頭の中で読み上げたときのリズム感や、「ごりっと何かが欠け落ちる音が聞こえて」「ペンよりも強い武器は愛想笑いだった」といった独特の表現が光っており、何を読んでいるのかわからないのに先を読ませるというある意味で正体不明なドライブ感を醸し出しています。誤解を恐れずに言えば詩を読んでいる感覚でしょうか。
 この異端の文章力をもってしてストーリー性、キャラクター性が組み合わされた作品があるとしたらそれはどんなものになるんだろう? という期待があります。しかしあえてそこには乗らないロックなスタンスもそれはそれでありなのかもしれません

謎の闇鍋
 異世界ファンタジーなんでしょうか?????
 ともあれ。
 小説とは必ず物語なのだろうか? 必ず物語部分がその主たる価値を持つものなのだろうか? ということを考えてしまうような文章でした。何が起きたか以前に文体そのもののドライヴに巻き込まれ引き込まれるような。
 まあ怪文書です。それは確かなのですが、読んで不気味で気持ち悪くて何なのこれ、とはならなかったところが重要で、事実として私はこれを読むことを楽しんだのです。(ただし私はそもそもガチンコのネット怪文書さえ好む方ではあるのですが)
 物語のない町田康てきな何かか?
 そんな感じです。小説としてはこれといった起承転結があるわけでもなく一方で不意に実在のカクヨムや実在した「刀を先に抜いたのは 君の方」さんのID(消えてしまわれたんですね。タナカさんとはあの方を指すのでしょうか?)、また実在のこむら川小説大賞について地の文で触れるなど謎のメタが差し込まれているあたり、短編小説としてどうかとなると全体になかなか難しいものがあるなと思います。ただ、繰り返しますが、文体は楽しみました。

19.彼女は踊った/Veilchen

謎の有袋類
 Veilchenさんが3000字ぴったり作品で応募してくれた作品なんですが、これすごいですね。
 何回も「は?これで3000字なの?情報量どこに圧縮してるの?」ってびっくりしてしまいました。
 独裁政権で処刑が日常的になっている世界に暮らす一市民が、新聞に目を通すことから始まるこのお話は、回想をうまく使って処刑されるリストの一番下に記された思い出の中の人を描いていくのですが、それを3000字できれいにたたんでるのがすごいですね。
 かといってRTAになったり、モノローグを一方的に聞かされてる気持ちにもならずに”彼女”の美しさや、踊ることへの意識を”私”と一緒に回想することによって感情移入出来るのは、Veilchenさんの文章力のなせる技という感じがします。
 僕はVeilchenさんだし百合でしょーと先入観バリバリに読んでしまったんですが、タグで男女と書いてあったのでなるほどなとなりました。
 結末も美しい残酷さというか、美さの前では独裁国家の処刑場ですら舞台になるという彼女の一人勝ちという感じで僕はすごく好きです。
 参考にしたいけど、うますぎて参考にならないのでは?となるくらいすごい作品でした。

謎のギガウサギ
 本講評をお読みの皆様はおそらく小説を読むか書くかしているであろうことを考えると、やはり広い意味での「芸」に一家言おありのことと存じますが、本作で描写されている「彼女」のあり方というのは憧れながらもなかなか為し得ない一つの理想形なのではないかと思いますし、そう思わせるのに十分な筆力は素晴らしいと感じました。すごい人物を読者にもすごいと思ってもらうのって結構大変なはずで。それだけすごい人物は果たして幸せだったのだろうか……と考えてしまいますね。
 必要十分な展開と描写にきっちりと絞り込んだうえで放たれる一撃を喰らうのは短編の楽しみ方の主要なものの一つですが、本作はどこの世界の国なのかも明言せず、まして登場人物の名前さえ知らせないままに進んでいくという研ぎ澄まされた選球眼で書かれています。

謎の闇鍋
《ある日主人公は、朝刊の処刑予定者リストに古い知人の名を見つけ、刑場となる広場に出向く。》
 たった3000文字のサイズで、一息に流れるようにしかし濃密に、熱も血肉も寒ささえ閉じ込めた物語です。全体である構造にも、細部である文章にも、確固たる意志をもって削り研いたような迫力が満ちていました。一つの台詞もなく最小限の言葉数で世界観から関係性まで必要なだけ理解させてくれる、この手腕はすごい。いつも枝葉末節を書き過ぎる私にとっては、こんな風に削ぎ落とすだけ削ぎ落としてなお削りの粗さも軋みもなく、優美なまでに仕上げてくる書き手さんの存在は驚嘆の対象です。
 自由で豊かな歌舞音曲がもはや絶えようとしていることに官僚でありながら気付いていなかった主人公。愛国心を示すために行くのだと言い訳して刑場へ赴き、「彼女」にとって自分にもいささかの意味があったのではないかと言い訳して何もしなかった自分に目をつむる主人公。そのモノローグが、読後に石のような重苦しさを残しました。
 『3000文字に出来ること』という言葉を辞書で引いたら例示されるような、そんな短編でした。

20.「新しい年。新しい星。」/ゴジラ

謎の有袋類
 川系列小説大賞ではじめましての人ですかね?参加ありがとうございます。
 ちょうどタイムリーなクリスマスから年末年始にかけての和ファンタジーとかあやかしもののような雰囲気のお話です。
 登場人物のオロチやイナリという名前、垣間見える「人間が本来の姿ではない」といった設定、願いのお札の発想がすごくよかったです。
 大晦日にお札が降ってくるところの描写も想像しやすくて、エンタメ的な発想や描写がうまい作者さんなんだなーと思いました。
 ところどころに散らばっていた「願い」に関する伏線もすごくよかったのですが、少年の願いやどうして悲しんでいるのかがちょっとわからなかったです…すみません。
 僕もよくやってしまうのですが、書いている人はお話を全て知っているので情報を省いてしまいがちなのですが、読む側は思っているよりも情報を読み取れないので、少し書きすぎかな?くらいに情報を開示するくらいがちょうどいいのかもしれないです。

謎のギガウサギ
 年を跨いで開催されるこむら川小説大賞にふさわしい年始小説です。まず「願い」が神様達に一体どのように見えているのか、そのアイディアが大変秀逸です。私も人の子ですから相応に願掛けなどしたこともないではないですが、放り投げた願いがどんな風に処理されるのかなんて考えたこともありませんでした。日常の何気ない行動も、その裏側を想像するとドラマチックな世界に出会えるのかもしれません。
 それにしても、願いというものがこれだけユニークな姿で現れるとするなら、それを受け取る神様達は一体どんな人達なのでしょう。日本神話的なネーミングなので私の中では古墳時代っぽい衣を想像してしまうのですが、実はもっとカラフルだったりするのかなぁ、なんて思ったりしました。
 願いの力を借りて救われるべき人を救うというのは、身勝手な願いであってもそのエネルギーが誰かのためになっているのかもしれないと思うと、少し気分がよいですね。すっきりした気持ちになる読後感でした。

謎の闇鍋
《神社に住まう神さま一家の末っ子が、正月参拝客の願いを集める仕事に初めて挑戦する。》
 ほのぼの感ある神さまお仕事ストーリーです。初詣を通して幼い神さまが人間の性質、自分の役割を知っていくという着想は、今の季節にも合っていていいですね!
 物語には割と謎が多く、そのお札が何故選ばれたのか? 少年には何があったのか? 何日も食べていない子が初詣には来た? 願いの言葉「幸せの価値観」「クリスマスのない違う星」はどういう意味? と、分からないことが分からないまま終わる感じがありました。もう少し事情が分かる部分があると読み手としても腑に落ちるところが出てきたかもしれません。
 初詣をした人間の願いはその人間と神さまとの間だけに働くものではなく、神さまはたくさんの人間の願いを集めてその力で誰か一人を救う、という構造は面白いですよね。みんな知らないけれども、実はそうすることが本来の人間たちの願いでもあるのだという発想が優しく、面白いと思いました。

21.怪獣弐号/くわばらやすなり

謎の有袋類
 自主映画製作もしているくわばらくんの作品。
 最初に見せてもらった小説からぐんぐん描写もうまくなっていて、小説ではなかなか難しい怪獣の造形をすごくうまく描いているなと思いました。
 怪獣が電車や都市を破壊していく描写も読んでて想像しやすいのと、硬めの文体が作品の雰囲気とマッチしていてすごく感情移入しやすかったです。
 読んでいて「あれ?5000字?これ終わる?」と思ってたんですが、めちゃくちゃいいところで終わってる…。
 余韻や世界観の広がりを感じさせる終わらせ方なのかな?と思うんですが、めちゃくちゃワクワクしながら「よーし!いけー!壱号!」と思ってたのですごく悲しくなってしまった。
 個人の好みなのですが、字数に余裕がある場合は「おれたちの冒険はこれからだ」エンドよりはもう少し先までお出ししてくれると一読者としては楽しめます。
 というか、普通にお話が面白かったのでマジでこれから先の展開が気になるというこの作品が面白いが故の超個人的な減点です。
 シンゴジラ的な入りだったので、壱号は出番がないか、弐号に殺されるかなと思ってたので壱号が来たシーンがすごく大好きです。

謎のギガウサギ
 レポート的な筆致で淡々と描かれる怪獣騒動の顛末は、人智の及ばない現象に直面した人間の寄る辺無さを演出するようで、逆説的に絶望感を醸し出しています。破壊の様子もこれでもかとばかりに重ねて描かれ、それがどれだけエグい惨状だったのかを余すところなく伝えてきます。
 怪獣壱号の初出現である1954年11月3日は初代ゴジラの公開日ですが、おそらく壱号=ゴジラではなく遊び心ですよね。36回の出現というのは映画の本数かしら? と思いましたがちょっと多いから違うか……などとギミックを見つけると探したくなりますね。
 筋書き的には、電車や戦車といった乗り物の詳細や破壊の様子が仔細に描かれる一方、怪獣バトルの様子は「え、ここで……⁈」というところで終わってしまうのが歯痒いです。怪獣バトルよりは正体不明の存在に蹂躙される街の様子がメインだった、という感じでしょうか。

謎の闇鍋
《「怪獣壱号」が長年通り続ける「怪獣道」が存在する日本。帰宅ラッシュ時の新宿西口に、ある日、空から新たな怪獣が降ってくる。》
 怪獣とか人知を超えたもののいいところは、我々人間が容易に納得するような行動理由や生態でなくても大して不自然に思わず済むところです。その分、怪獣の出現や行動によって起こること、怪獣の外見などに描写が振られ、非常に映像的でスピードのある短編でした。映画の予告編を観ているみたい。
 物語としては、怪獣が落ちてきた、それにより色んなことが起こり、別の怪獣と戦い始める、という、起承転結ではなく大きな出来事の冒頭部分が切り出されたような形です。はっきりした物語がない、というより「まだ見えていない」段階で急に話が終わって放り出されてしまう。
 全体の要素がシン・ゴジラに似ている一方、壱号が何故か長年同じルートを通るだけ、などいい感じに謎の設定があり、それがどう生かされるのか? 主人公はそれをどう見ていくのか? と思ったところでぷつりと切れて終わってしまうのは、そこまでがよく書けていただけに勿体ないなあと思ってしまいました。もう少し話が転がった先まで知りたかったな、という感じです。

謎の有袋類
 
くわばらくんは居残りでこの続きを書いてください(めちゃくちゃな注文)

22.ハードボイルド・イーティング・ザ・モチ/綿貫むじな

謎の有袋類
 お正月!タイムリーな作品ですね(講評を書いてるのが1/3日です)。
 硬めの雰囲気で淡々とお正月を過ごしていく小説なんですが、なんてことない日常ものなのに飽きずにするっと読めてしまうのはやっぱりコンスタントに作品を書いている人ならではという感じがします。
 大げさな比喩表現がないのにお餅という魔の食べ物への食欲を読者の中に抱かせる禁制品の小説ですよ…。
 クルミ餅いいな…食べたい…。うちではクルミ餅のない文化圏だったんですけど、去年はじめてクルミのタレを食べてすごくおいしかったのでお餅ダメージが入りました。
 すごく盛り上がったり、エンタメ!という作品ではないのですが、お餅の描写だけではなく二日酔いや友人の下りなどの細かなところにも「あるある」地に足をつけた感じの落ち着いて読める作品でした。

謎のギガウサギ
「カレーを食う」と同じ企画で「モチ」も出てくる奇跡。男性が一人で食べ物を食べる姿を描写する、というのはある種の引力があるテーマなのでしょうか。
 主人公の男性は自身をおっさんと表現しており、実際に飲み会の内容を見るとそれなりに豪勢な食事。自炊もできる模様。しかし地元の友人っぽい人達とまだつながりがある……となると地方都市在住の30代独り者という感じでしょうか。若者ではなく相応の年齢の男性の仕草であると考えると、何か奇妙な味わいのようなものが感じられてきますね。年甲斐もなく食べ物一つに真剣に向き合うことの滑稽さと愛らしさというか。
 とりあえず餅が食べたくなりました…というあたりで、作者の方の目的は達成されたということなのでしょう。まんまと(食べ物だけに

謎の闇鍋
《目が覚めると飲み会は終わり正月が来ていた。主人公は空腹を覚え、餅を食することに決める。》
 非常にリアルな家飲み後ドキュメントであり餅欲の高まるお正月小説です。
 食とは不思議なもので、他者と共有できる広義のコミュニケーションツールであると同時に、極めてローカル、あるいはパーソナルなものでもあります。皆、それぞれのスタイルがある。例えば、醤油に砂糖を入れるかどうか。トマトに、納豆に砂糖をかけるかどうか……、お友だちはもしや道東ルーツの方なのでは?(道民目線)
 餅にまつわる色々な調理とその様子、食べ方とその様子、と描写が続きますが、決してダレることなく読ませる筆致はさすがです。食べ物文章に必要な、熱、質感、色、香り、伸び、全てがある。あまつさえ「友達のおばあちゃんが持たせてくれたあんこ餅・くるみ餅」というやさしい世界。最高かよ。
 決して夜中に読んではいけない、良質の餅テロ小説でした。

23.天香玉兎/伊予夏樹

謎の有袋類
 伊予夏樹さんの二作目の作品ですね。一作目とガラリと雰囲気を変えて和な雰囲気のお話ですね。
 こちらも世界の一ページを切り取ったような設定が垣間見えるけど、それ自体は明かされない現代ファンタジー。
 お稲荷様のキャバクラ?(作品の雰囲気に合わせれば茶屋とか遊郭的な)場所だということが最後に明かされるのですが、お代があぶらあげなのがちょっとほっこりしました。とはいえ55枚…この世界の貨幣や価値がわからないのですが、これはそこそこお高いのかな?
 この二人の関係性がどうなるのか気になる作品でした。

謎のギガウサギ
 教養不足で存じ上げなかったのですが、画題の一つである天香玉兎をモチーフにした作品のようです。月の宮殿に咲くという桂花(木犀)と、玉兎(月の異名)の組み合わせ。桂花といえばラーメンしか思い浮かばない不粋の輩であるところの私にはもったいない格調高さの作品です。主人公が旅絵師なのもそのあたりの関連でしょうか。
 通常とは異なる時間の流れの中で、不思議な景色を眺めながら妖しい美女と美味い酒を飲むというのは、作中でも言及がありますが現代社会においては至上の贅沢で、それを物語の中でだけでも体験できるというのはとても良いですね。私が最近よく触れる物語は派手な展開のものが多いのでこういった穏やかで少し不思議な雰囲気の作品は癒されます。

謎の闇鍋
《蒼い満月、桂花陳酒、木犀の花、女店主。先生と呼ばれる主人公が毎月訪れる不思議なお店の物語。》
 異世界なんだろうか、これはどこでどんな状況なんだろう? と思いつつも店主と主人公の会話に引き込まれ、最後になってどういうことだったのか分かる。フラストレーションも残さず非常にツルッと読めるあやかし譚です。
 描かれるのは夜の場面、ただし主人公はどうやら昼の光のもとで店主を見たこともあるよう。一体どんな時間を過ごしたのか、興味が掻き立てられます。
 タイトルの玉兎とは月の「うさぎ」のことですが、店主は恐らく「狐」かその主。
 お店から見える花は「木犀(桂花)」ですが、主人公の名は花「蓮」。主人公は「絵」描きでお酒を飲み、お酒を出す店主の名が「絵」里奈。対応するようでどこか重なり切らないこれらイメージの多重性がまるで酔っ払って見るブレた世界のようで、虚実が曖昧になりそうな柔らかい波打ち際にいる感じが出ているのかな、と思いました。
 蒼い月夜に花とお酒、夢と百合の可能性も孕んだ、雰囲気のある短編でした。

24.わたしを証明する全て/井澄 裕生

謎の有袋類
 ご新規さんですね。うれしい!参加ありがとうございます
 ちょっとほのぼのとする近未来SFが舞台のお話ですね。
 僕はこういうテクノロジーに全然詳しくないのですが、設定の説明もすんなり入ってきて親しみやすい設定でした。
 つかえていたものが使えなくなる焦燥感や「もしかして」とネガティブなことを考えてしまう主人公の描写がとてもうまくて、こちらも感情移入して一緒にハラハラすることができました。
 これは僕の好みなのですが、冒頭にオチを仄めかすような伏線になりそうな一文を入れておくと読後感の余韻がさらによくなるかもしれないなーと思います。
 SFは普段読まないのですが、とても面白い作品でした。

謎のギガウサギ
 個人情報に関する様々な取り組みと懸念はIT業界においては数年前からずっと続くホットなテーマであり続けていますが、その懸念が現実になってしまったら……という発想から始まる本作は、いまこの時代だからこそ書ける物語でもあります。鍵を差し込んで回す、朱印をつけて押す、名前をさらさらと書く、4桁の数字を入力する、といったワンステップで済んでいた行為が、利便性の名の下にどんどん複雑な仕組みに変わっていき、さりとて人々はそれに追いつけているとは限らない……というのはある種のホラーですし、どんなオチがつくのかとワクワクしながら一気に読んでしまいました。
 オチに当たる部分も、何となく「未来にもありそう」な感があって何とも言えない気分になります。ミステリ的な読み方もできる作品ですね。前半に伏線などがあるともっと「ああーっ!」という感じが出て良いかもしれません。
 主人公田中圭太が限りなく線対称な名前であることも何らかの意味がこもっていたりするのでしょうか。

謎の闇鍋
《ある朝全く使えなくなってしまった生体認証。それは自分が自分であることを疑われ、ほとんどあらゆる社会サービスから切り離される恐怖の始まりだった。》
 単に会社に入構できないドタバタの話なのかと思って読み始めたら、結構マジな近未来ifパニック系SFでした。社会システムにどっぷり依存する形で規定・判別されている自分というものの予想外の頼りなさ。思い付いた打開策が次々失敗に終わり徐々に追い詰められていく描写がうまいと思いました。主人公と一緒に、読み手のこちらも「もうだめか……」という気持ちになってしまいます。
 だってこれ一親等以内の親族(両親または子ですよね)がいない人だったらどうなるの? と思うと怖くて……あらかじめ指定代理請求人のようなものを申請・登録しておくのでしょうか……?
 状況の近未来っぽさとヤバさに対して、最後に出てくるお母さんと犬がすごく普通ですごくいいです。温度差!

25.たまぬき/イトリトーコ

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞でソーヤ賞受賞のイトリトーコさんも参加してくれましたー!
 クジラの心臓の時も思ったのですが、イトリさんの透明感のある景色の描写というか、うまく言語化できないんですけどスーッと透き通ってて温度がなくてすごく綺麗な場所の描写がすごく好きだなーって思います。
 この世界とは違うのかもしれないし、この世界のどこかで行われているのかもしれないお仕事のお話。
 人の肉体が魂を抜かれて軽い陶器のような容れ物になるという設定、なんとなくジブリの千と千尋の神隠しや、漫画の蟲師とかの世界みたいな雰囲気で想像してしまいました。
 恋愛脳なのでインナミさんが来たときにこれは…イルマの妻になるのか?と思ったんですが、そうはならずに綺麗で少しだけ冷たそうな澄んだ世界がそのままだったことに少しだけ安どしてしまった自分がいました。
 5000字以下の短編なんですが、淡々と物事が進むのに説明的という感じもしないし、不思議と引き込まれていくのはイトリさんの実力のなせる技だと思います。
 僕、こういう終わり方とかも大好きで、物足りないと思うこともなく、それでいてこの仕事やこの世界は続いていくんだなーみたいな雰囲気とか余韻が大好きなのでとても楽しく読めました。

謎のギガウサギ
「お仕事小説です」という紹介文の字面を素直に信じて飛び込んだら自分の発想の狭さをまざまざと見せつけられました。確かにこれもお仕事…!
 魂の概念が現世とは全く異なっている世界観で展開されるお話は静謐な筆致で描かれ、我々の常識の埒外の営みながらもそうあるのが当然であるかのように思い込まされます。
 おそらく描かれていることの裏側に様々な理路が存在しており、読める範囲内だけではなかなか全貌の理解にまで辿り着けないのですが、手元にあるピースをああでもないこうでもないと組み替えながら考察する過程はとても楽しいもので、丁度良い塩梅の説明量を見極める作者の力量の為せる技です。
「たまぬき」も実際のところ何を目的とした行いなのか、考えてみると妄想が捗りますね……活け締めみたいな感じでしょうか……?(台無し

謎の闇鍋
《広い洞窟の奥、空っぽの人の身体が無数に沈む湖のほとりに、「たまぬき」のイルマは住んでいる。ある日、「たまぬき」を手伝うよう言われたというインナミが弟の死体と共に現れる。》
 もしかして世界の裏側でこうしたことがあるのかもしれない、と思ってしまうような幻想文学です。ボルヘスや山尾悠子の世界を連想しました。
 洞窟と湖、湖の底には陶器のように軽い死体。昼も夜もなく、ただ天の岩の割れ目から射す光だけ。この限定された舞台と要素とが、硬質ながらどこか淡いやわらかさのある文体で静かに描かれています。
 秀逸だなと思ったのが最初と最後で、冒頭については岩の切り込みから射す光に沿って湖と死体を見せながらここがどんな洞窟かを端的に示し、すぐに小屋とイルマに切り替わる、無駄のないカメラワークですね。ラストは、そこまで読むと「ああ、循環しているのだろうか、そうした世界の仕組みなのか」と示されてスッと溶けて消える感じが最高でした。
 こうしたお話はエモや性癖だけではだめで、幻視するタイプの人でなければ、そしてまた誰も見たことのないその光景や出来事を伝わるように書く文章力がなければ、決して書けないものだと思います。たいへん綺麗な、上質なものを読ませていただきました。

26.Invincible MetaMind/綾繁

謎の有袋類
 ファンタジーの美形悪魔みたいな良い長髪イケメンが出てきたSFです。
 こういう設定おもしろいですね。振られているルビも世界観の演出にすごいピッタリでワクワクしながら読み進めました。 
 過去が謎のイケメンとボクっ娘(ですよね?)のバディものもすごい好きです。
 キャラクターの魅力もあり、近未来的な設定やバトルがうまく描かれていて読んでて楽しかったです。
 ノドゥス粒子、NPMSなどのネーミングも個人的に好きなので「情動」あたりにも何かルビとかでかっこよく名前を付けられたら世界観的にもっと統一感が出るかも?と思うのですがここら辺は多分個人の好みも大きいので話半分以下くらいに聞いてください。
 はー。銀髪長髪イケメンのお人形さんみたいな登場人物は本当にツボでした。良かったです。

謎のギガウサギ
完全に趣味で書きました。タイトルにマザーグースを引用したかったので話を小分けにしましたが、ちょっとスムーズに読むのを邪魔している感…そしてタイトルを英語にするとエゴサのしづらいことしづらいこと……
各種ルビの元ネタの多くはラテン語です。英語のルビは綴り違いのダブルミーニング仕込んだりして楽しく書けました。

謎の闇鍋
《人の情動を媒介する「ノドゥス粒子」が発見され、粒子操作が可能な情動粒子感応者が存在する世界。情動粒子感応者の慧とバディのカナエは行方不明の猫を追っていたが、やがて別の事件構造が見えてきて……?》
 待ってください、猫は、猫はどうなったんですか? でも気になったのはそれくらいです。新たに発見されたが政府によって秘匿されている物質、その物質にまつわる特殊能力者とバディそして事件。私の大好きなやつ!!! 決して正義のためだけにやってる訳ではないあたりもいい手触りでした。
 すごくよかったのが「情動粒子感応者」とか「眠り子」、「呪術師」「悪意」といった言葉につけられた造語のルビです。語感もよかったし、同じ語でも毎回ルビを振ってくれているのもよかった。初めましての言葉だと、即覚えて次からはその音で読む、ということが結構難しいものなので、こうして読み手側のストレス発生を防ぎ世界観のブレも防ぐようにしてあるところはありがたいです。きちんと情報をサービスしようという書き手側の意識の確かさを感じました。
 文章も読みやすいですし、SF探偵バディものとして連作が可能そうなお話で、明かされていない設定もありそうなので(「NPMS」って何の略?とか)、やがて慧くんがどうなるかを含め更に先を書いていってもいいかも? と思いました。

27.坂佐井咲傘の真摯な対義語、または仮沢穂龍の紆余曲折/神崎 ひなた

謎の有袋類
 神崎ひなたさんの二作目はアオハルーーーー!(僕の想像するふわふわ概念としての)ラノベ―――!という感じのまぶしい作品。
 ペガサスからのアオハル。いいですね。神崎さんこういうのも書けるんだなーと驚きが大きいです。
 ヒロインである咲傘さんが「思ったことと逆のことしか言えない」という仕組み自体はものすごく面白かったのですが、読みにくくて感情移入しにくいという本末転倒な感じになってたのがすごく惜しいなと思いました。 
 これは提案の一例ですが、反対になっている単語に本来の意味のルビを振るみたいなことをすると読む側の負担が減って感情移入しやすいのかなーと?
 才色兼備で運動神経も抜群!のヒロインって難しいと思うんですが、地の文で説明するよりはなにかエピソードを絡めてあげると更にキャラクターとお話の強度が強くなるので、意識してみるといいかもしれません。
 ラストに向けての畳みかけ方は正直すごく好きで、好き嫌いが分かれるかもしれないのですが、ああいう傍点の使い方、僕は好きです。
 読者の負担と、ギミックのバランスを考えたりすると、書いた分だけぐんぐん伸びていく作者さんなんだろうなと思いました。

謎のギガウサギ
 名前の時点で「アッこれは何か仕込んでおるな」とピンとくる一作。何を隠そう当方は恋愛モノについては「ラブひな」とかで止まっている生きた化石のような存在でして少々自信がないのですが……。
 スタート地点から主人公の男の子が自分自身をどう思っているのかが語られ、それが転換点で意識され、最終的には解を得るという成長物語としての王道をしっかり踏襲しており、綺麗な落とし所にもなっているので読み終えた後の満足感がありました。
 それにしても咲傘さん、就活は面接で大変なことになりそうだな……と語られていない別のシチュエーションまで想像してしまうのはキャラが立っているからこそなのでしょう。すごく優れている部分とすごく難儀な部分が共存しているキャラ、というのはやはり魅力的ですし、その辺を極めていくのも面白いのではないでしょうか。

謎の闇鍋
《仮沢穂龍(かりさわ・ほりゅう)はある日、才色兼備の坂佐井咲傘(さかさい・さかさ)からのラブレターかもしれないものを受け取った。しかし、「好きです」と伝えられても額面通りの解釈を躊躇うような性質が、坂佐井咲傘にはある。》
 この命名、この喋り、この運び。西尾維新に初めて出会ったときの、どこかむず痒いようなトンチキ青春奇人ハイパードライヴ感を思い出しそうになる物語でした。
 オチがどういうことなのかはわりと序盤で予想できてしまうのですけど、それでも予定調和をダラダラ読ませられる感じにならずにすんだのは二人だけのやり取りにならず勇嵩(いさかさ)先輩もいたからかも? これがもし短編だからといって二人のみでお話を構成していたら、台詞を読解する負荷が割と高いので結構疲れてしまったかもしれない。そのへん和らげた方がいいなと感じて先輩を投入したのだとすると、バランス感覚いいなぁと思いました。
 「告られ→返事→結果」という単純な骨子にも関わらず、キャラ立てや会話で十分に読み手を引き付ける力があるところが良かったです!

28.吸血鬼のごはん/ももも

謎の有袋類
 むむ!これは珍しい吸血鬼もの!
 人類と吸血鬼が明確に対立している世界のものはよく見るのですが、これは吸血鬼が優勢になり、人間を吸血鬼なりに保護しているという作品です。
 吸血鬼のごはんであるヨウと、ヨウを探していた銀色の長髪イケメンハクくん、そしてヨウの血を吸っているジニアくんの三角関係…。
 ファームタイプの人間と、ワイルドタイプの人間という言い方や、長老の設定もすごく好きです。
 ジニアはどうなってしまうのか…長老とヨウのしていることとは…と先が気になる終わり方で「続きが読みたい…」となってしまった…。
 ヨウのジニアへの感情がエモエモのエモで最高でした。
 吸血鬼も長髪イケメンも楽しめる良い作品でした。

謎のギガウサギ
 こむら川において何作目かの吸血鬼モノ。主催者様の見えない意図がいろいろな人に伝わっている模様です。
 ハクは白として、ヨウは杳ですかね? 「暗い」の他に「遠い」の意味もあるようで、なかなかに意味深です(外れてたら恥ずかしい
 世の中には「Vampire Apocalypse Calculator」という「もし吸血鬼がいたら世界を何日で征服するか?」を計算するという狂ったオンラインサービスを提供している人がおり、確かに感染力によっては食料たる人類がいなくなるのでは? というのは大きな疑問ではあります(ちなみに、吸血鬼が一体しかおらずハンターもいない「ドラキュラ」の設定でも31ヶ月で征服される模様)。
 そんな世界設定のユニークさもさることながら、人の身なのに吸血鬼側に肩入れする後ろめたさ、古い親友よりも新しい友人を選ぶ背徳、相手を害する行為でありながら思いやりに満ちた吸血の倒錯など、美味しい要素が盛り沢山です。さまざまな角度から耽美が……耽美が襲ってくる……嫌味にならない範囲での社会派要素もありそうで、とても広がりを持った一作です。

謎の有袋類
 主催者権限で露骨におねだりした甲斐がありましたね…

謎の闇鍋
《幼い頃に捕らえられた人間ヨウは、吸血鬼ジニア専属の「吸血鬼のごはん」として穏やかに暮らしている。ある日、吸血鬼の領地内で出会ったのは、かつて捕らえられるきっかけとなった幼馴染の人間ハクだった。》
 エモい。ドエモです。エモエモのエモ。あの時同じ花を見て美しいと言った二人の心と心が以下略って感じです。嫌いになったわけじゃなく選んだ手法が違ったんだ。でもそれを理解し合えるかどうかは分からない。理解し合うことよりも目的を達成することを今は選ぶ――
 これは安全保障の思想に関する物語でもあるかもしれません。かつて起こした最大の失態を悔い、敵陣営に盗られた相手を取り戻そうと自ら前線に出てくる者。敵だったはずの種族の中で暮らしながら自分を食料とする吸血鬼を慈しみ、故郷の種族に対抗し得る存在を作り出すことで争いそのものを無くそうとする者。大事なのはどちらか? 大局を見ているのはどちらか?
 吸血鬼にまつわる様々の設定、世界観と歴史、テクノロジーなども独自性が高く、吸血鬼を題材にしてこんなこともできるのか、と驚きをもって読みました。また文章も引き込まれるもので、両種族の戦いはどんな結末になるのかもう知りたくないとも思ってしまうような、情ゆえの悲しみのある関係性でした。嘘です。やっぱり続きが知りたい。ラボで何が起きているの……?

29.1月6日の福袋新作/杜乃郷弥生

謎の有袋類
 ご新規さんですね。参加ありがとうございます。
 新年っぽいお話で読んでいてわくわくしました。
 冒頭のやりとりも少なくない人が共感を覚えそうな思春期時代の気持ちをとても上手に書いていてわくわくしながら読み進めることが出来ました。
 念願の福袋の文字があったのは、おばあちゃんが経営する洋服屋さん。店内の描写もすごくうまくてちょっとさびれた感じをうまく表現していてすごい…。
 文字数に余裕があるので、おばあちゃんから服をもらってからのエピソードを入れるともっと主人公が洋服屋を目指したことに感情移入しやすくなるかもしれません。
 しんみりしつつも、人と人の出会いの良さを感じられる温かな作品でした。

謎のギガウサギ
 一見して恵まれているように見える人にもその人なりの悩みがあり、一見して古くさいものしかなさそうに見える店にもお洒落なものはある。そんな裏腹な一人と一店舗が出会う物語です。福と服の掛け言葉は縁起物な感じで正月らしくていいですね。
 得たいと思っていた自由は、彼女の場合まずは自分にぴったりの服を纏うことから始まったのだとすると、それは何かから解放されたいというよりも自分のことを自分で決めたい、自立したいというのが本心だったのかもしれません。とすると冒頭の日焼けが良い対比になっていて、ある意味で自分の外見を家族の都合で変えられてしまう状態だったところから、自分の都合で決める第一歩が踏み出せたということなのでしょう。
 本作に登場するようなブティックは町のそこかしこにありますが、改めて関心を持つとこんな風に物語になるんだなぁ、と驚かされました。

謎の闇鍋
《南の島で年末年始を過ごし日焼けして迎える三学期にはもう嫌気が差した。私も皆と一緒に初売りで福袋を買いたい……そう思いながら自転車を漕いでいたら、転んだ。「福袋、あり〼」の貼り紙のせいで。》
 良い。私はこういうのに弱いです。子供の屈託。偶然の出会い。走り出す人生。世代を越えて受け継がれるもの。いいわぁ……。
 まず主人公と友人かおりんの会話がかわいい(最後に名前が出るの、かおりんですね? そういうとこも好きでした)。そしておばあちゃんのほどよい方言がいい。こりゃあ東北だな、宮城かな、と思ったらやはり仙台! 「~だか?」って言いますよね、あの辺の人たち。更におばあちゃんがその場で提案したコーディネートもかわいい~! かなり昔に仕入れたものがちゃんと似合って着られるということは、あおいちゃんはちょっと小柄の方なのかな? などと想像が膨らみました。
 最後の記事はかなり本物の新聞記事らしくできていて、書き手さんの普段からの観察力が窺えます。
「かわいい」は、形のないものです。でも、自分が「かわいい」「すてき」と思う何かを集めて身の回りに置く行為はその人が自分らしくあるための手法ですし、自分を勇気づける行いでもあります。おばあちゃんからあおいちゃんに夢の火が手渡された物語、とても良かったです!

30.トイレの神様/神澤直子

謎の有袋類
 なんでこんな作品を書こうと思ったんですか?(褒めてる)
 地の文と会話がちょっとわかりにくかったり、小説とか作文のお作法的には読みやすいわけではないんですけど、作品のパワーでごり押ししてくるような圧のある作品。
 そうだよ!こういうのだよ!とついついテンションが上がってしまいました。
 バーとかで唐突にこういう話してくる人いいよねというのと、ひたすら続くおじさんの(友達ではないのが丸わかりなのが良い)性的嗜好の話なんですけど、いちいち絶妙にキモくてねちっこいのが僕は大好きですね。
 最後のキモイ笑顔になるおじさんも、オチは読めていたけど少し斜め上のキモさをお出ししてくれてめちゃくちゃよかったです。
 好き嫌いはわかれると思うんですが神澤さんの作品はかなり独特の雰囲気とか店舗があるのでこのまま作品をたくさん書いていくともっとやばいのが生まれてくれそうなのでこれから先が楽しみな作家さんです。

謎のギガウサギ
 綺麗好きの人が読む場合、想像力を起動させてはいけないタイプの物語です……というのは悪い意味ではなくて、それだけしっかり想像させてしまうという点で上手く書けているということになりますよね。なんてつらい職業なんだ、バーテンダー……!
 序盤では「そういう行為」と濁すだけの分別があった語り口が、字数を追うにつれてどんどん直截的になっていき、最終的には当初の前提では描写しえない内容まで口にしてしまう……のに、表面的な口調が変わっていない辺りは「抑制しながらも抑えきれない」感が伝わってきて絶妙な「イヤさ」を醸し出しています(※褒めています)
 まあ日本の神様というのは、良いことも悪いこともしますしね……

謎の闇鍋
《バーテンダーが客の話を聞いている。客は、友人の話なのだけれど、と言って穏やかにヤバい話を続け、最後に――》
 ジャンルが現代ドラマになってますが、見ようによってはホラーです。よくぞこんな気色の悪いものを!(わりと誉めています)
 接客販売してると、こういう風に逃れられない形でお客の自分語りを延々聞かされるということは実際にあり、それがまたドチャクソ気持ち悪いセクハラ紛いということもままあります。なので人によってはトラウマ蘇ってヴォエ! と気持ち悪くなるかもしれない。私も当時、こういう営業妨害は即で釘バットで殴っていいことになんねえかなと思っていたものでした。でも小説で読むとちょっと面白くなってくるのは不思議。何なら自分でも書きたくなるもんね。不思議!
 「ですよね」というラストではありますが、多分おっさん一人称ではないためもあるのでしょう、あまり陳腐な感じはしません。それに陳腐と言うには変態すぎるので。
 優等生的にならずに今後ともこういう謎エネルギーに満ちた物語を書いていってほしいな……と思いました。

31.道代(みちしろ)の娘/firry(フィリー)

謎の有袋類
 ご新規さんです。参加ありがとうございます。
 やわらかい雰囲気の現代ファンタジーですね。この作者さんは結構書きなれてるのかしっかりとした文章で、会話の掛け合いもすごくテンポが良くて読みやすいですね。
 特に良いなと思ったのは、古からいる不思議な存在がちゃんと見た目もアップデートしているところですね。
 人外とかあやかしが好きなのですが、現代から浮いてるパターンも、浮いてないパターンもどちらも楽しめる…。
 きっとしのぶちゃんは、人々のすぐそばで古森を見守っていたんだなーという人とそれ以外の存在の共存みたいな感じが、しのぶちゃんの言葉に説得力を持たせていて素敵だなと思います。
 舞台設定や登場人物も一万字上限にはピッタリで、読み終わった後にこの先が気になるすごくさわやかな作品でした。
 カクヨムはルビ機能もあるので、次作からは使ってみると更に作品が読みやすくなるかもしれません。

謎のギガウサギ
 会話劇を主体とした穏やかで不思議なお話。民話が絡むとひたひたと近づいてくるような恐ろしさやドラマチックな悲劇といった展開が多くなるような印象があるのですが、このような静かな物語の書き方もあるんだなぁと。というか、本来はそういったものがメインでもいいと思うんですけどね。 
「この●●を破壊した者には世にも恐ろしい災いが……」のようなパターンはよく見ますが、精霊サイドが変化を受け入れているケース、というのもこれまた珍しいですよね。ついつい自然(超自然)vs人間、という構図に当てはめてしまいますが、それもまた作中で朗が思い至る「偏り」なのでしょう。そう考えると、作中での登場人物の気づきと、読者の気づきが連動するようになっているあたり、上手いです。
 ちなみに、個人的にはしのぶさんの髪型よりも服装が気になっています。時代時代で違和感のないものにコンバートされているのだろうか。

謎の闇鍋
《大学生活最後の一人旅で地方都市・古森を訪れた朗。道に迷い、スマホのバッテリーも尽きつつある時、見掛けた少女に道案内を依頼したことから会話が始まる。》
 バッテリー大事。バッテリーは大事!!!!! でも万事休すとなったとき何かが起こる……。
 穏やかでほやほやっとした地方伝承不思議ものです。種明かしは正直、読めばかなり早い段階で予想がつきます。それでも寒くなったり上滑りに感じないのは、主人公と彼女が価値観についての割と大事な会話を続けるから。何かと比べるのではなくそのものを見て、というのは様々なことに通ずるものがありますね。
 反面、ちょっと会話が多かったな、という印象も残りました。会話が多い少ないというのは、全体の何パーセントあったら多いというような定量的なものではなくて、割と何となくのものだと思います。せっかくの地方伝承ものだから、「昭和からの整った街並み」「駅前の喫茶店」などを取り巻く町の様子をもう少し読みたい気持ちが私の側にあったのかもしれません。彼女が語る古森、彼が今後の人生を決めるほどのものがある古森が、どんな規模で、どんな特色を持つ、どんな風景の、どんな町なのか、知りたいです。

32.あけおめデストラクション/雨野

謎の有袋類
 ご新規さんです。参加ありがとうございます。
 硬めの文章で始まるSFで、人類が滅亡した後に人類から生まれてきた情報生命体が人類の行動の模倣をするために年越しをするというお話。
 星新一の作品のようなユーモラスさと、クスリと出来る皮肉が織り込まれていて、とても読みやすかったです。
 個人的に好きなところなのですがペットの世話よりも原子力エネルギーの扱い方が下位な部分です。
 ところどころに自然に「人類とは違う価値観の存在である」と示されている生命体が、生体ボディ崩壊前に見せた不可解な行動というのめちゃくちゃ好きですね。エモでした。
 ここからスルッといつもの「我々」に戻る展開を含めて人類の個々のゆらぎなどについて考えさせられるとても良い作品でした。

謎のギガウサギ
 独特の密度とリズム感で綴られる一人称の語りは、読み進めるごとにどこか納得感というか、この存在であればそういう風に語るのかもしれない、と思わせる空気感を醸し出しています。
 生命の重要な営みの一つが増殖することなのだとすれば、情報のバリエーションを増やしていこうとする彼らの行動はまさに生命にあるべき振る舞いなのですが、その起点が造物主たる人類であることから逃れられない辺りに萌え(死語)があります。
 人間の営みをたびたび非生産的と罵るその傍らで、それを模倣するという非生産性を上塗りするような行動を取っている、その自主性のなさこそが彼らの自覚する「命がない。心がない」の理由なのだろうなぁと思うのですが、でも「情報のバリエーションを増やす」という目的には合致するわけで、彼らの存在そのものに対する悲哀のようなものを感じます。
 ……というような感想が作者の意図通りなのかは不明ですが、繰り返し人類の行為の無意味さ、愚かさに言及することで、逆説的にその無意味な行為がどこか尊かったのではないかと感じさせる手腕は見事です。

謎の闇鍋
《情報生命体である「私」達は『年越し』を「する」ことにした。失敗は許されない。》
 冒頭、え、なになに、何の話? 年越し? いや年越し普通に年越しだよね? どうした? と思ったところで急な説明、急な自己紹介、急な「あっSFだ!」からの、……年越し? 紅白歌合戦、貴様、生きていたのか……。
 群ではなく個であるらしき情報生命体が、都合上ふたつの生体ボディに分けられてほんの少し違う経験をし擬似的な他人であるお互いを見たときに、同一ゆえに把握できるはずの相手の考えに分からないものが出始め、ついには自分でも意味の分からない行動をする。そんなはずはないのに。……といったあたりに見出だされるエモ、よかったです。しかもエモなのかどうかは定義による、って感じのSFっぽさがいいですね。
 寿命のなさそうな情報生命体でありながら、時限で自動崩壊するボディという道具立てが人間以上の儚さを醸し出しています。消滅する前に朝の光が見られるか。これもまたエモい……。
 「では、人間とは何なのか?」「彼らと何が違うのか?」ということまでふと考えさせられるような短編でした。情報生命体ということまでキャラクターに合った淡々とした語り口調もよく、こうしたテイストの連作を読んでみたいな、と思いました。

33.年末に留年大学生と無職がマイクラするだけの話/ぷにばら

謎の有袋類
 雨野さんと一緒に参加してくれたご新規さんっぽいですね。参加ありがとうございます。
 ロキノン系だ!これ後半ロキノン系のエモい感じの曲が掛かっていい感じになるやつだ!という感じのモラトリアムを卒業した主人公と、一足先に社会にはばたいたはずの同級生を中心としたお話。
 マイムクラフト、元ネタになったゲームは僕もするんですけど楽しいですよね。この主人公はやはり最初にマイニングする系かな…マイニング係と食料調達係決めてプレイすると楽だよね…みたいに親近感が湧いてしまいました。
 小説という媒体を使って登場人物の性別を伏せるギミックは結構よくあると思うのですが、予想はできつつもやっぱりそれが判明するシーンっていいですよね。
 ちょっと熱く語った後、ドアを開けるという解放感と新年の始まり、そして引きこもっていた相手というシチュエーションはすごく綺麗でドラマティックでした。
 これから二人がどうなるのか気になりつつほっこりとする良い作品でした。

謎のギガウサギ
 み、三好ーッ! やめ、やめろお前そういうの……! と思いながら読み進めました。ギリギリ社会の崖を掴んで生き延びている身には堪える……。
 当初は「マイクラやったことない人が読んでも大丈夫だろうか?」と思いましたが、全然大丈夫でした。「延々と掘れる」ということさえ理解できればなぜこのギミックを登場させたのか腑に落ちるようになっています。や、ちゃんとプレイしていればもっと違う感想があるのかもしれないのですが。
 この「や、」の口癖も秀逸で、三好の内面をとてもよく表しているとともに、誰が話者なのか迷子になりがちな会話劇を一気に読みやすくしてくれます。しっかりオチをつける辺りもエンタメを書こうとされているなぁと好感を持ちました。
 人それぞれ他者を勇気づける方法は違っても、大事なのは勇気づけたいと思ってくれたことそのものなのかもしれませんね。

謎の闇鍋
《二留ののち内定確保・卒業確定した大晦日、友人の無職ヒキニートと一緒にエメラルドを掘っている。オンラインゲーム上で、通話しながら。》
 現実やドラマのように音を伴わない、テキストのみで書かれる台詞というものは、音がある時とは違ったアングルで受け手に届くものです。私たちはたくさんの思い込みをしながら、たくさんのお約束を無意識に踏襲しながら小説を読んでいる。それゆえに効く「伏せカード」――三好透。
 主人公と三好の掛け合いがとても良かったです。地の文が会話のスピードを殺さない、このテンポ、この口調、好きでした。何かに似てると思ったらラジオドラマを聴いてる気分に似てる。ダレ感のない会話の連続、この「ダレ感のない」っていうところが大事で、この作品のうまいところだと思います。
 そして自爆。会話の展開とゲーム内の演出が同期するやり方いいですね。ゲームしない私にも絵が見えてくるような気がしました。十分想像させてくれる文章です。
 三好のいう「漠然とした焦燥感」「緩やかに人生が詰んでいくような錯覚」は私にも身に覚えのあるものです(多分)。人生の重要なポイント・オブ・ノー・リターンはもはや大部分が過ぎ去って、「私はもう取り返しがつかない、これ以上何にもならない」と思えてくるあの感じ。消化試合を繰り返して死を待つようなその感触と大晦日二十三時台のカウントダウンが重なっててよかったです。就職後短期で折れた者と近々就職する者とがその話をするのもまたエモい。これは人生についての大切なお話ですね。
 最後、年明けの描写がリスタートにも見え、そういう意味では私だったら「24時」ではなく「0時」と書いたかもと思いましたが、そんなことは些末事だな! と思えるくらい好きなお話でした。

34.婚活イベントでライトオタク手芸趣味美少年と会った件/武州の念者

謎の有袋類
 最近Twitterを賑わせていたライトオタクとハンドクラフト・婚活という邪悪な話題から生まれたこの作品。
 めちゃくちゃ大好きです。
 武州さんの美少年描写は毎回毎回もう本当に最高だし、色気が無限にあるのですが、今回の美少年も最高でした。
 今回はオタクで女性経験もないアラサー男性という主人公なのでプラトニックな感じというか、自分の中で恋愛感情すら自覚してなかったのが最後に開花するのは本当にゲージを貯めて必殺技を撃たれた感じのカタルシスがありました。
 刃物を持ち出してくるやべーメンヘラもすごく好きなので大満足です。
 渚くん…これから幸せになってください…。
 講評なので、アドバイスとかをした方がいいんでしょうけど、マジで武州さんに関してはこれからも様々な美少年を生み出し続けてください…となってしまうのもこの作者さんの「好きなものを全力で書く」という姿勢の一つの到達点なんだと思います。

謎のギガウサギ
 このタイトルの文字列どこかで見たような……具体的にはTwitter地方で近年見かけた単語の並びのような……いやきっと気のせいだろうそうに違いない。美少年だし。

最後まで読んだ後に最初に立ち戻ると「あれ、これってもしかして素質があったということなのでは……」と思わせる描写や設定もちらほら見られ、タイトルのインパクトとは裏腹に丁寧に作られています。確かに主人公の描写や独白から女性に対するスタンスを探しても、単に機会がないのとは異なる距離感が見て取れますよね。

美少年氏と会うごとに好印象が深まっていてとどまることを知らないあたりもシームレスに心境がシフトしていてよかったです。何か明確なきっかけがあるというよりは、静かに思いが深まっていく様子は何か尊いものを見ているように感じられます。

謎の闇鍋
《オタク向け婚活サイトで女性と食事の約束を取り付けた幸次。しかし、現れたのは彼女の弟だった。》
 婚活……? と思いながら読み始めたものの、安定の開幕美少年でした。オタク会話……? と思いましたが安定の中国古典でした。これまでの要素を保ちながらこうした変化球も出せるところは本当にすごい。好きこそものの上手なれとはよく言ったものです。
 「もし自分が彼だったら」という当初の思いから、いつしか「彼に選ばれる相手が妬ましい」に変化していく描写、これが自覚されざる恋……と見入ってしまいました。これ、初交際のファーストキスですよね。ヤバい。つよい。今後の姉の出方だけが心配。退院がありますからね。がんばれ。包丁はよくないよ!
 半端オタクのハンクラ女子は狙い目みたいなクソ与太話も記憶に新しい今、繰り出されるライトオタク手芸美少年(不遇)……「ブレない作風」と「新鮮素材」の両方を兼ね備えた、いい作品でした。作者名を見て「ああこの人か、きっと面白いだろうな」と思ってリンクを踏めるというのは実力の表れと思います。今後とも楽しみにしています!

35.うまれそこない/金糸雀

謎の有袋類
 金糸雀さんの二作目です。
 鬱屈とした思いを抱えている主人公と母親、そして謎の膝に浮かび上がった口という基本的には三人の登場人物を中心にお話が進んでいくホラーな感じの作品。
 一万字という文字って割と事件や現象をいくつも起こすと足りなくなってしまうので、一つの事件と一つの謎の方が多分すっきりするかな?と思いました。
 作者は頭の中に作品の情報が全部あるのでわかることも、読者にはわからないことがあります。
 謎や仕掛けに関しては、ちょっと書きすぎかなというくらいの方が読者にとってなんらかの納得感を与えやすいかもしれません。
 あと、個人的な好き嫌いだと思うのですが、唐突に最終話で出てきた八神さんが何者なのかわからずびっくりしてしまったので、こういう構成の場合は「誰かが手記や記録を読んでいる」という伏線をいれてあげると親切なのかなーと思います。
 構成としては 宮古遠さんの「額縁の中の現世 」なんかが結構近いのかな?
 4話目、多分ニュースとか報告書風にしたかったと思うのですが、アレ難しいですよね。
 芦花公園ホラー賞参加作品の「誕生日の贈り物 」の最終話が参考になると思うのでここら辺を真似してみるともっとやりたいことがやりたいように出来ると思います。
 こういう場でいろいろなジャンルや書き方を試してみるのはとてもすごいと思うので、これからもお話のセオリーを最初は守りつつどんどんいろいろなことにチャレンジしてほしいなと思いました。

謎の闇鍋
《バニシング・ツイン。胎児のうちに消失した双子の姉妹。それがある夜、唇だけの姿で自分の身体に現れた。やかましく喋るその口は繰り返す――「死になさいよ。この、生まれ損ない」》
 引きこもり男性が「口」と言い争うのですが、引きこもりゆえに「口」の存在は誰にも知られないまま……というところが実は一番怖いな! 血まみれよりも! これ一切合切幻覚の可能性すらありますもんね……?
 ホラーの怖い要素のひとつに登場人物に対する「よりにもよって何でそんな選択しちゃうの!?」があり、今回は「口」を黙らせるために主人公が取る手段がそれです。いや、何回かやってダメなら諦めな……? と思いつつ、ああこれはもう暴走のサーキットに入っちゃってて停められないんだ、とも思い、そこが怖いのですね。理屈の地平線を超えたものは、どうしようもない。
 最後、バニシング・ツインの声に狂った結果のバニシング・ツインズになる結末は面白いです。何しろ全く理由が分からないので。仮に主人公が見聞きしたものがすべて夢だったとしても、最後の消失は現実であり謎なので、間違いなく不気味ですよね。
 一方で文体についてちょっと気になったのが台詞の「っ」の多用なんですが、基本的には好き嫌いの問題だから別にいいよね、と思いながら読み返したところ、「口」の台詞には一度もエクスクラメーション(!)が使用されていないことに気付きました。また、主人公の台詞には「!」と「っ」の両方が使われています。軽微な差ですが、こうしたところから「口」の声のイメージがどこか違和感のある気持ち悪いものとして感じられたのかも知れず、これはこれで面白いかも。

謎のギガウサギ
 人面瘡と寄生性双生児の合わせ技に引きこもりニートを加えるとこれほど絶望的な物語になってしまうのですね……と思わせる一作。タイトルの生まれ損ないは「生まれることができなかった」「生まれるときに何かを損なった」のどちらの意味で捉えるかによって指す対象が変わってきます。
 確かに自分が生まれられなかったとして、主人公のような振る舞いをされたら人面瘡になりたくもなるものです。とはいえ乗っ取りが目的だとしたら、あれだけのことをしてどれだけ保つものやらと思うと、人面瘡の目的の不明瞭さが怖さを助長します。
 そのうえで、タグに残された「信用できない語り手」を考慮すると、あの出来事のうちどこまでが本当に起きて、どこまでが幻覚なのか、幻覚なら主人公はどこへ行ったのか、辻褄の合わなさが不気味な感じを醸し出していますね。
 怒鳴りつける相手が我が身でもあると考えると、少し哀しい姿が浮かび上がってきます。内心の自己嫌悪が出てきてしまっているのかのような。

36.アルベル/ろじ

謎の有袋類
 素敵なイケメン人外を書いてくれるろじさん!
 このお話は多分ろじさんが書いている他作品の登場人物の日常的なものを切り取ったワンシーンの短編ですね。
 紘之助さんもストラーナさんも僕は大好きなので、登場してくれるだけでめちゃくちゃうれしいのですが、作品単体として見てしまうとどうしても説明不足になっているというか、単体として成立しているのかな…とせっかくの魅力的なキャラクターが初見の方に伝わらない気がしてもったいない気がしてしまいます。
 ろじさんは描写もお上手ですし、なにより魅力的で美しい人外を描くのがとても上手なので、文字数の規模にあった人物と物語を書いてみる練習をするともっともっとはじめましての方に親切な作品が出来上がると思います!
 過去参加した第八回本山川小説大賞第十回本物川小説大賞芦花公園ホラー賞の講評を見返してみるのも良いかもしれません。講評を貰える企画に参加するメリットを享受してどんどん強くなりましょう。

謎の闇鍋
《魔界の人肉レストランで店長を務める主人公は、食材のストック不足にキレたシェフに店を追い出される。早急に人間の肉を大量確保するにはどうすればいいか?》
 妙に淡々ほのぼのとした人肉食系日常ストーリーです。店長が仕入れ担当にして狩り担当、これはほぼマタギのお店とかジビエ料理店のノリですね。
 主人公は心当たりの友人に連絡を取って仕入れ可能性を探っていくのですが、会う人々について、また彼らの住む世界の仕組みについて、説明がかなりあっさり飛び過ぎていってしまうため「あれ、もう説明済み項目だったかな?」と前の部分を読みに戻るということが何度か発生しました。
 作者さんは創造主ですから当然彼らについて、世界について、誰よりもよく知っており、自分に対して今更説明は不要です。しかし読者は作者の脳内にある知識セットをまるで持たない白紙の他人なので、書き手側は「初見の人にもこのくらい情報提供すればキャラクター・世界観が伝わるかな?」というサービス量の見極めみたいなものが必要になってくるのではないか、と思います。今回、字数的にはかなり余裕があるので、そうした辺りをもう少ししっかり説明描写すると読み手の中で明確な像が結ばれるようになり、物語全体の納得感も増すのではないかと思いました。
 最後に人間の頭部です。一体からひとつしか採れないレア部位ですね! これなんですが、頭蓋骨というものは存外固く、並のカトラリーでは歯が立ちません。しかしせっかくの脳を食べないということも考えにくい。人間ですら子羊の脳を食べますからね、きっと美味しいのでしょう。ではどのようにして食すのか? 魔界のカトラリーはおにつよなのでしょうか? それともあらかじめ頭蓋骨に大きめの孔を開けて提供されスプーンで掬って食べる? また、調理方法は? 生で行くのでしょうか、何か調理してあるのでしょうか? 脳以外に美味しい部位はどこ? やっぱり目玉とその回りとかですか? 歯は食べるのですか? わたし、色々気になります!

謎のギガウサギ
イタリア料理店かな? と思いきや魔界! 魔物が新年を祝っている姿を想像するとくすっときます。人間がいる場所が天上界と呼ばれているということは、地の底にあるタイプの魔界ですかね。
 存外にノリが軽い店主が食材調達に奮闘しますが、書かれていない部分にも設定がいろいろとありそうでワクワクします。店主もノリは軽いものの、実は何かしらの高い能力があるのではないかと睨んでいます。
 食材はアレですが細かい描写が避けられているのでおぞましさは最低限となっており、むしろどんな風に調理されているのか興味が沸きます。いや、イラスト化されたりしたらヤバそうではあるのですが……。
 読点のあるべき箇所に句点があるなど独特の文体なので、もし意図的でないのであれば少しそのあたりも気をつけてみると読みやすさがぐっと変わるかもしれません。

37.空白/垣内玲

謎の有袋類
 垣内さんが参加してくれた!うれしい。
 アダムとイブが楽園を追われた後のお話。これ、僕はあまり聖書やそれにまつわるお話に明るくないのですが、すごく面白く読めました。
 知恵の実を食べる前にはなかったもの、わかっていたものがわからなくなるというアダムの葛藤や戸惑い、価値観や考え方の知らないイブに対する不安や羨望といった内面がとても丁寧に描かれていました。
 説明的になりすぎないし、一方的にまくしたてられるというよりも独白や懺悔に似たなにかといった雰囲気で登場人物の内面が描かれていてとても読みやすかったです。
 アダムとイブ、カインとアベルは本当に何も知らない人でもふんわり知っている人でもなんとなくなにをしたのかは知っているので、そういう面でも登場人物の選び方や、話の作り方が上手だなと思いました。

”イブはいまでも、アダムにとっての謎であり続けている”

 この一文好きなんですよね。何度もイブは謎だといい続けているからこそ、終盤のこの一言の意味が重くなるみたいな。
 小説を久々に書いたとおっしゃっていたのですが、これを機にコンスタントになにか書いていってほしいなと思いました。

謎のギガウサギ
 楽園追放に直面したアダムの独白。善悪の知識の実を食べたことで、楽園にいた頃は疑問を感じなかった妻との関係性に変化が訪れるのは、善悪の知識がアダムとイブで、つまり男性と女性で異なっている可能性を示唆しているのでしょうか。
 また知識の実を食べたことでむしろ何もわからなくなるのは、大量の情報に溢れているのに正しい答えを見つけるのが難しくなっている現代社会に通じるものがあるなぁと思いました。
 文章の区切り方や頭の中で読み上げたときのリズムが整えられており、大変スムーズに読むことができました。無駄な描写がほとんど見られないソリッドな語り口もアダムの苦悩を浮かび上がらせるのに効果的で、とてもクレバーに書かれていた印象です。

謎の闇鍋
《知恵の実を食べ、楽園を追われた。すべてを知っていたのに、知恵の実がもたらしたものはありとあらゆる謎だった。アダムには今や何も分からない。それでもなお知りたいことがある。》
 アダムとイブ。知恵の実を食べてエデンを追われた夫婦。カインとアベル。確執から片方が片方を殺した兄弟。多分、このくらいのことは多くの人が何となく知っている話です。それを、アダムの抱える疑問の糸で縫い通した物語。この素材から独自のアングルを選んで短編に仕立てるのがとてもうまいな、と思いました。もっともよく通用しているカインとアベルの物語に比べると多少の創作があるようですが、それは作中のアダムの疑問と一貫性のある設定で補われており、読みごたえがあります。
 読み終わって感じるのは、楽園を追われた後のアダムは「人間になった」のだろうな、ということ。知らないことを知ったのだということ。特に救いのあるラストではないのに、何か充実のある読後感でした。
 カクヨム見ると、現状公開されてる作品がこれ一本なんですね。また別の物語も読んでみたいです。

38.odd essay/和泉眞弓

謎の有袋類
 芦花公園ホラー賞で銀賞だった和泉さん!前作の記憶を引き継いでしまったのでちょっといつ怖くなるかドキドキしながら読んでしまいました。
 なにかに固執してしまう性質や、聴覚過敏などの特性を抱えた主人公に課せられるのは兄からの一風変わった特別なモニター企画…。
 1万字ピッタリの作品で、すごく面白く読めました。
 最初の不穏なスタートから徐々に兄の妻である義姉と打ち解けていく主人公の様子や、最期に主人公が答えを出す緊張感がすごくよかったです。
 主人公との関わりで変わっていく義姉さんが好きなのですが、義姉と兄の関係性や、月に行くまでの義姉と主人公の関わり方がもっとあれば更にエモさがましたのかなーと思うと、1万字という文字数では登場人物たちの関係性が複雑だったのかもしれないな…と思いました。
 和泉さんは、ハンディキャップや生活するのに少し困った性質を持っている人を描くのがうまいと個人的に思っていて、それを創作に落とし込む力はとても強い武器になっていると思うのでこれからもいろいろな作品を楽しみにしています。
 あと、義姉さんのロケットマシュマロおっぱいは最高です。

謎の闇鍋
《不登校の主人公は、三日間行けば高卒資格が取れると兄に言われて月へ送り込まれる。兄ではなく、義姉同伴で。》
 文章のテンポがよく読みやすいです。真顔コメディタッチ方面の感じでロケットスタート(比喩込み)した後、宇宙空間で義姉と交わす会話。冗長にならず、それでいてきちんと意味のある段階を踏んでいます。
 月という極限環境、これまであまりよく知らなかった義姉との会話、与えられた命題に揉まれて主人公の内面は変化する。生きるために必要なものは? と繰り返される命題も相まって、これは非常にSFらしい物語だと思いました。一人ではない状態とは? 誰が生き延びるべきか? どうしたらいいのか?
 これは私が個人的に多少覗き続けている発達障害支援界隈でもよく言われることなのですが、「生きる力をつけるとは、本人だけが有能・強靭になるなどという夢物語ではなく、頼る先を多様に持てるようになること」というのがあって、今回の物語もそれに通ずるところがあるのではないでしょうか。こうなると、これは近未来に月に送り込まれた人一人の物語というよりもっと一般的な意味を持つ物語ということになります。SFだけど、現実。虚構だけど、現実。こういう小説って好きです。
 あと、「筋ってなんだよヤンキーか。筋はぼくを幸せにしない」「枕が変わるどころか星が違う」とかパンチラインで本当に気に入ってしまいました。クリアな勢いがある……。

謎のギガウサギ
 義姉の「間」に関する言及の時点で「おおっ」と思わせる一作。こういう、普通の感覚だと流してしまうだけの癖や動きに着目して描写するというのは、そこに存在している齟齬を仄めかすのに大変効果的だなと。
 巨乳というワードの時点でコメディかな? と思いきや、ところがどっこい(古い)思春期のあれやこれやを見事に宇宙空間に射出する、爽やかなのに少し粘ついた青春小説でした。シチュエーションの特殊性と主人公の生々しい苦悩には随分な乖離があるはずなのに、いつしか「その問題はこの場所で問われるのにふさわしい」と思えてしまう語り口が秀逸で、世の中には「無限に広がる宇宙に比べれば人の悩みなど矮小である」なんて言説も多いですが、「思春期の悩みは宇宙に行かなきゃ解決しないくらい重いんだよ」という反抗が聞こえてくるようです。主人公が事あるごとに呟く「常識への反問」も主題に説得力を与えていて素晴らしい。

39.俄雨の誓い/桐谷 迅

謎の有袋類
 ご新規さんですね。参加ありがとうございます。
 イジメを苦にして自殺を計る主人公の少年と、なんらかの理由でその少年の元に来た少女のお話。
 川界隈で言うペガサス系なんですけど、最後がキュンって終わってるの僕はすごい好きです。
 包丁が刺さってる場所とか、場所とかはなんとなくふわふわしてるんですけど、作者の「書きたい部分はここ!」みたいなエモが詰まっててすごくよかったです。
 3000字ちょっとの短編で、こういうパンチのあるシーンとセリフを重ねてエモいパンチを打つ力はとても強いと思います。

”きっと、これからも苦しいことは続いていく。まだ、解決してない問題も山積みだし、今回のことできっと色んな人に迷惑をかけているはず。”

 この一文がすごく好みです。
 まだ文章を書くのに慣れてないのかな?と思うところもあったのですが、細かいことを気にするよりは、どんどん書きたいシーンのある小説を書いて、書いた分だけ強くなっていってほしいです。
 エモで甘酸っぱい小説をたくさん書いてほしいなと思いました。

謎の闇鍋
《春の深夜、自分に包丁を刺した。彼女が駆けつけてきた。俄雨が降り始め、彼女の言葉が突き刺さる。僕は、本当は、》
 これか。これがペガサス系ってやつか?(川系ローカル術語)
 全体に構図が見えにくくいろんなものがフワフワしてるんですが、エモは強いです。何となくMVみたいな断片シーン的な感じで読みました。細かいことはともかく、呈示されてる状況と関係が重要なのだろうと。彼女がなぜ、主人公の行為に気付き、的確な場所が分かって救急車を呼べたのか? とか不明点はいっぱいあるんですが、それは不明のまま行くタイプのお話ですね。
 恐らくなんですが「このシーンが書きたい」があってそれが冒頭からの夜、雨、包丁、彼女の抱擁と言葉なのかなと感じました。それならそれで、他がフワフワでもとりあえずいいんじゃないか? と思います。書きたいシーンを繰り返し描写していく≒たくさん完結させていくことで力はついていくはずだからです。それに、この流れで両想いだからハッピー! もう他のことなんかどうでもいい! というある意味安直なラストではなく、まだまだ問題はあるけどやっていこう、という現実味のある終わり方はとても好感が持てました。
 お節介でしょうが一つだけ、これが凄くもったいない! と思ったことを書かせてください。誤字・誤用が比較的多いように思います。また、これはどういう意味だろう? と立ち止まってしまう表現が幾つかありました。例えば「全身が乾いた水に濡れて行く」など。せっかくのスピードエモが、これらの「あれ?」で何度も勢いを削がれてしまうのです。あなたがここまでの熱量で書きたいと思った大事なシーンを、私もなるべくいい状態で受け取りたいです。

謎のギガウサギ
 映画のワンシーンを切り出したようなドラマチックな絵作りを、内面とリンクさせた叙情的な描写でブーストした作品。何が起きたのかは断片的にしかわかりませんが、包丁が刺さっているのが背中であるという辺り、何かただ事ならぬ事態なのでしょう。論理的というよりは感情をそのまま風景に同化させるような筆致は、リズムの良さも相まって共感を呼び起こすものになっています。もう少し何があったか書かれた方が共感しやすかったかも?
 この物語の主人公のような悲劇に遭ったことは幸いながらないのであくまで推測なのですが、少なくとも生きる目的があるのとないのでは違うのでしょうし、イジメで自己肯定感を失っている状態なのだとしたら、ともすれば横暴に聞こえる「私のために生きて」は確かに救いなのかもしれません。

40.300万円貯めて業界卒業したい/七海ナナ

謎の有袋類
 ペロ…これは身内の犯行。
 見覚えのある畳み掛けるような文章と、各所にパワーのある単語パンチを繰り出してくる作風の作者さん。久しぶりに小説を見れてうれしいので冷静な判断が出来ないんですけど、唐突に挟まった実在サイト名への怨嗟でめちゃくちゃ笑ってしまいました。
 川遊びの醍醐味といった感じで僕は好き。
 田舎にいた女の子が進学と共に風俗デビューして恋愛もするよくばりセットなんですけど、最初は「彼氏と客は違う」だったのが徐々に崩れて彼氏に連絡を取るラストに持っていくの本当に好きだし、生々しい感覚だなってぐさっと刺さります。
 昔友達だったお風呂屋さんのお友達を思い出してしまうとてもリアルな描写がきらめく作品でした。
 早く主人公には手っ取り早く300万貯めて業界から足を洗って欲しい…。

謎のギガウサギ
 脳の中をそのまま出力したような文体ながら、その流れを壊すことなく必要な情報もしっかり入ってくるので立ち止まることなく読み進めることができます。改行なし文体はときどき見かけますが、入り組んだ表現などはあまり使われていないので本作は読みやすいなと。
 これは個人的な感覚なのですが、エンタメ小説はその骨格として「主人公が物語開始時点から終わりにかけて、何かしら変化している」というのがあると「エンタメ読んだな」感を覚えますし、本作はYoutuberのくだりから変化の兆しが見え始めています。
 それだけに、どう変化してどう落ち着くのかまで見たかった……というのが正直なところ。一見して「何故Youtuber……?」というのは謎なのですが、とはいえ自分でもわからない謎な理由で嫌悪感が生まれるというのは表現として興味深く、気になるところです。
 余談ですが、読み終えた後にシンプルにつけられたタグで笑いそうになりました笑

謎の闇鍋
《彼氏ができたのでデリヘルをやめた。やめてM性感をやることにした。やっていくぞ。》
 つよい。いやメンタル的には何らかの、積み木の山の基礎の部分にヤバい脆弱性を感じたりはするのですが。特にラストの急に終わる感じ。
 言い切り型の続くパキパキした書きぶりでありながら、彼氏に関しては別にすごく好きなわけではない→好きだと信じている、と経過していくどこか不安定な感触と、悪化する夢見が不安定さをもりもり演出しています。
 また、タイトルに関して作中では全く触れられませんが、地方から進学状況と同時に風俗デビューした主人公は、恐らくいつかは業界を卒業したいと思っている。だから彼氏に一緒に住もうと言ったり夢の中で結婚のことを思い出したりするのかな? それには何となく三百万円くらいなのかな? でもそれが作中では全く出てこないのもそこはかとなくこわいな……そしてぷつりと終わるという、これは独特な読み味でした。
 主人公は、勉強して地元を出て進学し、大学サークルで幹部をやり、彼氏とデートもして、お金も稼いでいる。だいぶ頑張ってる女の子だと思います。めちゃくちゃ負荷が高いと思う。希望通り卒業できる日が近いといいよね。ステイヘルシーですよ……。

41.1センチメートル/よこどり40マン

謎の有袋類
 はじめましての方ですね。参加ありがとうございます。
 VRゲームを題材にしたホラーということでワクワクしながら読みました。
 ホラーと書いてなければ職場恋愛百合作品?と思えるようなスタートなんですが、冒頭から徐々に漂い始める不穏な演出がすごく上手でした。
 主人公にとっての現実と虚構の区別がつかなくなる展開は、ありきたりなたとえでもうしわけないのですが、ドグラ・マグラを彷彿とさせて奇妙で不気味でとても読み応えがありました。
 とても小さくなった人間を食べてみたいという好奇心を発揮する凛子さんが不気味ですごくよかったですね。
 ラストも、一瞬夢オチかと思わせておいて最後に突き落としてくるホラーの王道で読後感の悪さと凛子さんの狂気を改めて感じさせてくれて面白かったです。
 1万字以内という制約の中でVRを利用してうまく虚構と現実をごちゃまぜにした面白い題材の作品でした。

謎のギガウサギ
怪しい占い師に謎アイテム。この霊圧は、まさか週刊ストーリーランド…! 生きていたのね…!
 主人公達がゲーム会社に勤めている点が導入からオチまで上手く物語をサポートしていて、理解しやすくなっています。それにしてもペットを食べてしまうというのは性癖の中でも相当にトんでると思うのですが、ユミは過去に凛子に何かしてしまったのでしょうか……ちょっと妄想が膨らみました。
 それにしてもうどんに対する熱い風評被害……これはもしかして某香川県のゲーム条例への反逆……? お願いだからリアルに描写しないで……と思いながら読みました(褒め言葉)
 一緒に楽しいゲームを作るという願いは、凛子視点では叶っているのだなぁと思い至り背筋が寒くなりました。

謎の闇鍋
《ゲームプランナーの私は、お気に入りのかわいい同僚に開発中のVRゲームをテストプレイしないかと誘われた。プレイヤーが虫のサイズに小さくなる冒険アクションゲームだというが……》
 つい最近、某ホラー企画でこんな言葉を見たんです。「あなたたちは虫です」。それからほどなくして本当に虫っていうか虫サイズになる物語を読むとは……。
 愛した相手を食べたいという、恐らくは半ば性的なカニバリズム。そして、望んで小さくなったわけではないにせよ、巨大な女とその身体の上にいる虫の自分という、何でしたっけこれ、バロック詩とかボードレールに現れる巨女憧憬みたいな光景ですよね。そちらはもうなかなか恍惚としたものなんですけど、今回の主人公の内心は全く違う。つまみ上げられ喰われていく恐怖シーンが続き、そしてラスト、なんかそんな気はしていましたが一番嫌な終わり方。
 主人公の同僚に対する好意さえ、このカニバリズム欲求のために引き出されたものではないか、同僚はいわば食虫植物であり、お互いの間にあった「好意」は実は全く種類の違うものだったのではないか、と思えてしまいました。こわ。

42.かくしてこの街に星は降った/大臣

謎の有袋類
 こちらもはじめましての方です。参加ありがとうございます。
 高校の文化祭!あまり馴染みのない地学部という学科を扱った作品で楽しく読ませていただきました。
 これは実際にこういう学科があるんですかね?ディティールがしっかりしていてすごく楽しそうな学校だなと思えました。
 物語は、文化祭の出し物プラネタリウムで行う新たな試み!でもトラブルが!というシンプル且つ出来事としては比較的小さな事件なのですが、生徒にとっては一大事。
 部員同士の無言のやりとりと、焦燥感の描き方がすごくうまくて、途中でちょっと設定においていかれてしまったんですが最期のエモで逆転ホームラン!5億点!という締め方で僕は個人的に大好きです。
 カクヨムはルビとかも振れたり、段落先頭を一字下げ機能があるのでそういう便利なものも使いつつ、これからもたくさん作品を書いていってほしいなと思いました。

謎のギガウサギ
 春が青い!(血を吐きながら
 文化祭いいですよね。あれこれ文句を言いながらも何だかんだ楽しんだりして、少しだけ非日常なシーンに友人の違った一面を見つけたりして。
 普通よりもかなりいろんな面で充実した学校なのにディテールがしっかりしていて、その活動内容にもリアリティが生まれています。え、東京の学校って大体こんな感じ、とかじゃないよね……?←北海道出身
「書きたいテーマ」と「それを載せる舞台や設定」がぴったり合致することで小説のパゥワーはうなぎのぼりになると睨んでいるのですが、本作の「学生」「願い」「星」というキーワードは闇属性おじさんが浄化されるレベルでブーストマシマシです。
 学校の設定や部活の仲間などは説明量の割に登場場面が少なかったりしたので、もっと活躍してほしいなーと思いました。この世界観で部活ごとのストーリーがあってもよいと思うくらいにはポテンシャルがありそうです。

謎の闇鍋
《ブラック企業とも言われる地学部がついに迎えた文化祭。流星観測体験など四番組を出し物にした天文班のプラネタリウムでトラブルが起きた。》
 ここ十年くらいですかね、こどもが頑張ってるやつにてきめんに弱くなってきまして、私は年を取ったんだなぁと感じることが多いです。今回のようなお話にも弱くなってきました。若い頃だと「えぇ~、この程度のいかにもありそうな不具合を大事件みたいに書くぅ?」となってた気がするのですが、今やもう、高校生くらいのこどもの機転と度胸、信頼、多少クサい台詞で場を成立させようという決断、星とエモ、プラネタリウムの美しさ……それらを思うともはや涙腺に来る。弱体化しています。
 個人的な話なんですが、高校の時、私の学年は地学履修希望者が少なすぎて地学のプレゼンスが限りなく低く、確か地学部も元々なくて、私自身はこの作品に描かれたような地学部の活動に全く馴染みがありません。でも本当は小さい頃から星や宇宙の話が大好きで、自分の学校にこんな部があったならきっと楽しかっただろうな、と羨ましくなりました。
 この日のお客さんたちはどんな流れ星を見たのでしょうか。物語のウエイト的には、開幕の台詞の前か後にもうひとかたまり、何か欲しかった気もします。でもなあ、好きな星の話だし、この子たち頑張ってるしなあ。かわいいねえ……。

43.ふゆのふしぎなはなし/@styuina

謎の有袋類
 多分ご新規さんです。参加ありがとうございます。
 キャプションに「はじめて書くので、よくわかんないまま学んでいきたいな あるふゆのできごとです」と書いてあるんですが、作品の中のキャラクターのセリフなのか自己紹介的なものなのかわからないところまで含めて「ふしぎなはなし」だなと感じました。
 児童文学や、絵本のようなかわいらしい雰囲気だけど、少し怖いお話で、多分公開したことがないとしても、結構文章を書きなれている方なんだろうなと思いました。
 とても面白かったですし、効果音の使い方もすごくよくて、無料でこれ読んでいいの?どこかに絵本があったりしないの?と思うくらいでした。
 謎のお父様と、姿を描写されないお友達、街の人たちの噂…不親切さがありつつもいろいろなギミックがありそうなので「これクトゥルフとかみたいにわかる人が読めばもっと面白い作品では?」と思わせる雰囲気がありました。
 もっといろいろな作品を読みたいなと思うので、書いたものをたくさん公開してほしいと思ってしまう不思議な魅力にあふれた作品でした。

謎のギガウサギ
 童話や絵本のような語り口で語られる地の文と、高頻度で挟まる迫力ある擬音がとにかく不穏な本作。想像しながら読んでいくと、真白い雪と「お父様」のビジュアルのコントラストが効いているのがわかります。
 擬音の出し方も同じフレーズの繰り返しが基本になっており、まるでトランス音楽を聞かされているように読者も穴の底へと幻惑されていく感覚に陥ります。主人公の少女も同じような状況になっているのだとしたら、一体彼女の体験は本当なのか、幻覚を見ていたとしたらどこからどこまでなのか……と考えてみると薄ら寒いものを覚えます。ふゆだけに。
 はじめて書く、と書かれていますがそんなまさかと思わせるセンスをお持ちなので、2作目以降も期待しております。

謎の闇鍋
《ギュッギュッギュッ、と雪を踏み、今日も訪ねたお友だちの家。仲良くおやつを食べたあと、お友だちはこう言った。「お父様が、貴女に会いたいんですって」》
 童話のような文体と最小限の描写で、小さな氷のビー玉みたいに結晶した冬のこわい話です。
 特徴的なのは反復して反復して反復する擬音。自然と音に集中してしまい、物語世界に没入させてくれます。終盤はその描写に、理由の説明されない二つの音が混じってくる。一つは不穏、一つは不思議。どうなったのか、何故そんな音がするのか、情報は一切与えられません。こわい。
 また、視覚的な描写がログハウスと階段室、それにお父様の一部のみ。主人公の姿もお友だちの姿も、雪の色さえ語られていないんですよね。この情報量で十分可愛く十分怖いのはすごいことだと思います。
 この後毎冬、吹雪の向こうからあの家の中で聴いた音がするような気がして立ち止まる時がありそう。それとも逆に、子供時代の終わりと共にお友だちとそのお父様のことをすっかり忘れてしまうのでしょうか。いつも新しい雪に埋まった悪夢のような物語でした。

44.POOPEES/アリクイ

謎の有袋類
 アリクイくん…恋愛小説はどうしたの!?とはいえ、完結させたのはとても尊いことです。
 うんこピッチングという架空のスポーツを題材にした高校生の青春もの。文章はとても読みやすいですし、うんこなのに芸術点を競うみたいな本当にどうしようもない設定はすごい好きです。
 トラブルが起きてメンバーが足りない…!とか、試合中に選手が倒れると言った王道の展開もエモの卵という感じでよかったです。
 古村川さんが投げたビチグソはやはり投げるのが難しいんでしょうか?ハイスコアを叩き出して虹を作ってなんとなくいい話にするんじゃない!(すき)
 とはいえ、アリクイくんも手癖でうんこを投げてしまうことがあるので、そろそろ全裸になりきりましょう!!!そのさきっちょについてる皮を剥いてガッツリ己の中の中学生を開放して欲しいです!KUSOの一本槍組として応援しています。

謎のギガウサギ
「野球のそれと同じオーバースローのフォームで振りかぶり、握り込んだうんこ達を解き放つ。」という一文から「この世界にも野球はあるのか、そのうえでうんこピッチングもあるのか」という謎の衝撃を受けました。
 そう、うんこピッチングの小説です。未読の人は何を言ってるかわからないと思いますが、既読の私も自分が何を言っているのか気をしっかり持たないと見失いそうです。頑張って耐えていましたがベンジャミン・ブラウン選手の異名で無事決壊しました。そういえば小説のタイトルも見事です(ルビ:これはひどい)
 競技内容は狂気に満ちていますが、あたかも普通の青春スポーツ漫画のように何食わぬ(食えるか)感じで描写されていくので「あれ? 普通に読める?」とだんだん読み手の足元が揺らいできます。読みやすい文体に載せられてスムーズに流れてくるKUSOストーリー。草井先輩に幸あれ。

謎の闇鍋
《全高ピ出場を決めた一工うんピ部。しかし試合を前にキャプテンが事故に遭い出場不能になってしまう。人数不足となる部を失格させないため、急遽マネージャー古村川が出場することになるが……》
 なるが……じゃないんですよ。こういうとこほんと川系だな! 誉めてますよ!!!??
 先鋒とか大将とか言うからには柔道の団体戦みたいなシステムと考えられますが、対戦競技ではなく個人競技の団体戦で、勝ち越し三タテとかはない総当たり戦のようですね。。まあ仮に五人制としましょう。先鋒次鋒中堅副将ときて大将がマネージャー古村川。採点は各回、ジャッジ三人による十点満点方式。芸術点があるようなのですが、かつてのフィギュアスケートのようにテクニカルとプレゼンテーションにそれぞれ六点をつける方式とは違い、両方込みで十点のようです。そして、もしかすると投げたうんこがマウンドからキャッチャーに届く必要がないかもしれない。少なくとも大きなディダクション(減点)にならない。ではこの競技におけるテクニカルとは何なのか? フォーム? うんこの質とピッチング組み合わせの難易度? というか私気になるんですが野球と同じくマウンドが土色だと観客やジャッジからうんこが見えにくくないですか? なのでうんピスタジアムのマウンドは白または淡色だと思います。柔道にカラー畳が導入されたようにです。また各回整地する必要を考えて砂地のような素材が想定されます。野球のように走らなくていいようですしね。ところでこの競技、レインゲームは無理じゃないですか? おい、私はこんなことを知る必要があるのか? この物語はこの先『木更津キャッツアイ』みたいに『日本シリーズ』『ワールドシリーズ』と続いていくのか?

45.悲劇の案内人/蓮池蓮司

謎の有袋類
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 人間を悲劇に案内するという不思議な仕事を生業にしている主人公のお話です。
 順調に悲劇に案内していると、喜劇への案内人と出会い、仕事に陰りがさしてくる…そこに一人の少女が現れてライバルである喜劇とタッグを組んで少女を喜劇にも悲劇にも案内するというお話なんですが…少女の家族大変そうだなって思いました。
 そして、少女の家族に感情移入したところで、その少女の家族が大変な目にあってしまいます。
 悲劇や喜劇案内人の雇われている会社の決まりとか料金はどうなってるんだ…とか、案内人は妖精的なもので案内した人間の感情でも食べているのかな?みたいな想像が膨らむ世界設定で興味深く読むことができました。
 いろいろ隠された設定も多いので、オムニバス形式でいろいろなお仕事の話が読んでみたいなと思いました。

謎の闇鍋
《依頼人に悲劇をもたらすトラジェディは、同じように依頼人に喜劇をもたらすコメディと同じ地区で張り合っている。ある日彼らは、悲劇と喜劇を知りたいという少女を共同で担当することになり……。》
 声に出さない泣き声や悲鳴が聞こえるのがトラジェディにとって普通なのは何故なのか、彼が育った「悲劇がありふれた」環境とはどういうことなのか、最後までよく分からないまま終わりました。また、悲劇売りと喜劇売りとが同時に雇われているとおぼしき職場も一体どのようなものなのか? 結局のところ少女に起こったのは差し引きで言って悲劇、それもトラジェディが提供していない悲劇で、これが彼のいう「悲劇が姿形を変える」ということであり彼はこうした現象に魅力を感じているのか? そもそもトラジェディの一家は人間ではないと考えてよいのか?
 読んでいて話の筋は分かるのですが以上のような謎がオーバーウエイト気味で、読後「ん……?」という煮え切らない感じのままになってしまいました。
 もう一作の『オーシャン・コンサート』の方を読むと粗削りながらも極めて魅力的な世界観を書ける作者さんだと思うので、色々書いてみてバランスを探っていくといいのかな、と思います。

謎のギガウサギ
 わかりやすくファンタジックなわけではなく、さりとて我々が暮らす世界とは全く異なる不思議な世界での物語。人に何かを届けるというのは現実の仕事の多くに当てはまる営みですが、「悲劇」という概念そのものを届けるというのは斬新です。「代々悲劇にまつわる仕事」「兄とは違う仕事」という描写からは「案内人」以外にも職種があるように思われますが、一体どのようなものなのだろうと想像が膨らみます。それにしてもトラジェディもコメディも同じ上司の下で働いているんですね……どういう会社なんだろう……笑 
 依頼制のようなので、私だったらトラジェディ氏には来てほしくないというか、コメディ氏ばかりが呼ばれることになりそうですが、悲劇にもニーズがあるあたりが興味深いです。
 正常に感情を学習する機会を奪われた人間に悲劇と喜劇の区別がつかないとしたら、客観的には悲劇ですが主観的にはやはり「わからない」ですよね。その意味で、座り込んでしまったサラの反応は秀逸です。

46.マリア/アリクイ

謎の有袋類
 再びアリクイくんです。
 うんこピッチングとはうって変わって硬めの文体の独白のような作品です。
 淡い恋心と失恋。そして再開…なんですが、最初は完全にやべーやつがかつて好きだった相手を拉致でもしたのかと思ったらちがった!
 屍鬼病という病にむしばまれたかつての恋人との再会は甘酸っぱいものではなく、ハッピーエンドとは言いにくいんですが、この男性の賢者タイムを経て冷静さを取り戻していく描写が好きでした。
 屍鬼になったとしても愛せる。とうとう自分の番だと己に言い聞かせていたけれど、それは本心ではなく自分に吐いた嘘だったと発覚するまでの流れがめちゃくちゃよかったです。
 最後にある「彼女と同じく町で暮らしていれば」という懺悔の重さが「エピローグ」という感じで好みなんですが、これは話のタイトルをエピローグにしてもよかったかな?と思います。
 アリクイくんの恋愛系は結構好きなんですが、ファンタジー系で来るとは思わなかったので意外でした。
 これからもたまーにこっち系書いてみるのどうですか?あと、屍鬼娘はいいぞ…。

謎の闇鍋
《幼い頃から想いを寄せ、若い日にその恋に破れた相手が、いま目の前にいる。彼女はついに私のものになった》
 冒頭読んでて脳がキマッた人による監禁犯罪ものかと思うじゃないですか。違った。もっとやばいやつだった。
 これは再会なのか。いや、再会ではないということを主人公は、認められずにいて、そして彼女に触れることで認めざるを得なくなるのですが、それがもう。分かってもどうにもできない時点まで来てしまってる。どんなに後悔しても。
 ゾンビものはこわいはなしジャンルの中では割にメジャーで、本作もそれに準ずるタイプのお話だと思います。身体はかつてよく見知った人のまま、中身はもうその人ではない死せる化け物、という状況は手を変え品を変え何度語られても辛く厳しいものがあります。人間は、目に見える姿に過去を辿ってしまうからですよね。コントロールできない情が事態を悪くしてしまう。
 悲しいお話でした。この後を想像するとなお悲しい。きっとこれ、主人公も早晩感染するじゃないですか。やってることが感染ハイリスク行為の最たるものですからね……これは生ける滅びの物語ですねえ。だからこそ章タイトルが『エピローグ』なのだなあ、と最後に納得がいきました。

謎のギガウサギ
 初っ端からエピローグ、の時点で切なさジャブを打たれる本作。POOPEESの作者様なので身構えながら読み進めたところ、おやこれはのどかな田舎での微笑ましいラブストーリー? なるほどなるほど一作はKUSOストーリーだったことだしバランスを取ってもう一作は穏やかな感じなのかな? と思ったところではいドーン!! そう来たか!
 淡々とした一人称なのに起きていることは凄惨で、これもまたPOOPEESでも感じられたような足元揺らぐ系の立ち回りです。作者は一体読み手をどこに連れて行ってしまうのか。実際にこれをやろうとするとちぐはぐになりかねないと思うのですが、ありありと狂人の視界が伝わってくるあたり高性能な狂人エミュレーターが搭載されている模様です。小説書く以外に使い道のない(あってはいけない)機能なので是非活かして頂きたい。
 それにしても、狂気に染まった人物が我に返る瞬間は切ないですよね……いいと思います……。

47.オーシャン・コンサート/蓮池蓮司

謎の有袋類
 悲劇の案内人と同じ作者さんの二作目です。
 喋ることのできない主人公キャラベルが海の上でさまよい、様々な人と会うお話。
 これすごいよかったです。
 人魚の歌声に引かれていく様子や、人魚がキャラベルに心を惹かれるシーン、鱗を与えて声は取り戻すけれど男は徐々に弱っていく…というドラマティックでいてどことなくおとぎ話の様なお話ですごく好きです。
 最後に「若い男が見たのは幻だった」というオチもじんわり怖いような、不思議なような感じで余韻があるのもすごく好きです。
 キャンベルは、人魚になって幸せに暮らせたのか、二人であの場所にとらわれているのか、真実はキャラベルとライラしか知らない…。
 タイトル回収が完璧のすごくロマンティックな短編でした。

謎のギガウサギ
 大海原にくたびれた男を放り込むとそこから既にロマンの香り。
 海で覆われた惑星×人魚というのはありそうでなかった着想ですが、この世界だと人魚の天下になっている感じなのでしょうか。人魚の肉を食べると不老不死になる伝説はありますが、鱗が病気に効くというのはオリジナルですかね。不老不死のスモール版と考えると腑に落ちる設定です。副作用? みたいものは何故起きてしまったのでしょう……。
 広い海に一人で、しかも言葉を発することができないというのはどれだけの孤独なのか。それだけに、他の船乗りとの出会いや人魚との交流がとても尊いものであるように感じられます。

謎の闇鍋
《陸が失われゆく世界で、ひとり船旅をしている主人公。他の船との出会い、トラブル、そしてある満月の夜、聴こえてきたのは――》
 ここまでいずれの作品にもネタバレ考慮をあまりせずに感想を書いてきましたが今回もです。ご注意ください。
 童話の人魚姫は陸の人間を助け、彼に会うため声を失い足を得て、やがて海の泡になります。本作の主人公はほぼ逆のルートを辿っており、声を失った人間が人魚と出会い、恐らくその声と引き換えに人間としての命を失う。もしかしたら人魚になったのかもしれない――そう思わせるところは映画『シェイプ・オブ・ウォーター』のごとくです。
 でも、人魚姫のカバー曲だな、という感じは全然しません。乏しい陸を求めてさまよう船旅、という独特な設定、そしてレイの存在のせいでしょうか。面白く読みました。
 引っ掛かる部分があるとすれば、文中に「キャラベル」が多すぎることかもしれません。一文の中で二度使われているがどちらかは削れそうだな、と思うものが再三ありました。また助詞の誤りなども推敲である程度削ることが可能かと思います。
 ただ、「そういう細かい所が気になりつつ読んでいたけど終盤にはすっかり忘れてしまった」というのも事実です。不思議な光景を見せていただきました。面白かったです。

48.One and only 〜空刻 究人 美術メガネコレクション展〜/木船田ヒロマル

謎の有袋類
 ヒロマルさんの二作目。今回は下限に近い文字数の作品です。
 まるで展示会をそのまま見ているかのような錯覚に陥るこの作品は、架空の美術メガネ作家空刻 究人の人生を彼が作り出したメガネと共に回想する構造になっています。
 これ、元ネタとかあるんですかね?後で作者さんの解説を読みたくなる作品でした。元ネタがわからなくても何かの展示などを見に行ったことがある人は「それっぽい」と楽しめる作品だと思います。
 空刻さん、なんて読むのかだけわからなかったのですが(元ネタがわかる人にはわかるのかな?)これが屋号的な別名なのか、本名なのかも気になってきてしまいました。そういう細かい空刻さんのパーソナリティが気になるくらい楽しめる作品でした。
 美術メガネ界という謎の界がバーーーンと出てきて「この作品にはこれがある」って出てきたのも結構好きです。
 モノローグや半生を語られるって結構退屈なものになることは多いと思うのですが、それをこの作品はページを切り替えることで架空の美術品を見て回るという形にしたのはWeb作品の強みを生かした構造で面白かったです。
 一作目の講評で核実験しよ!って言ってたんですが、ここで達成されてるじゃん!
 またこういう試みをしてくれるのを楽しみにしています。

謎の闇鍋
《先日他界した美術メガネ作家の特別展をナビゲーションする解説パネルの内容を一挙収録。》
 まず「空刻究人」が読めなかったんですが、学術系のちょっとした説明文とか展覧会のキャプションでルビがないので読み仮名が分からない語を分からないままともかく読んでいく、というのはよくあることなので気にしないことにしました。恐らく実際の展示には英訳キャプションも並んでいることでしょうから、そちらを見れば固有名詞の読み仮名は分かるはず。しかし今回は日本語原稿のみ読んでいる、というていで行けます。
 美術メガネというジャンルは架空のものと思われますが、作中世界では高校に美術メガネ部がある、オリンピック公式メガネ作家のポジションがあるなど一般にまでかなり普及していることが窺えます。また政府視覚文化庁なる組織が存在し、ひょっとするとメガネ界隈は国策で推されているのかもしれません。そして大学名が帝国美術大学。国立法人ではなく帝大システムです。戦後に帝国大学令が改称されなかった、或いは歴史そのものが違う世界という可能性があります。こうした世界観を垣間見せながら展示は進んでいきますが、「美術メガネ界の巨匠、カウオーノ・イッチーブ」は如何なものか(笑)
 普段は文章力と構成の強さで印象深い書き手さんですが、今回は変化球ですね。しかしそれを生かしているのもやはり、世界観を滲ませながら端的に「空刻究人」を表現していく文章力と構成力だと思います。展覧会を企画構成する学芸員さんたちも、客にひとつの流れとしての展示を提供するためにキャプションを書いているはず。ならばそれは文章による物語の提示という意味で小説と類似しないでもない。非常に面白い試みでした。

謎のギガウサギ
 当方も年季の入ったメガネユーザーであり、サウナに赴く際には専用のお風呂メガネを持参する視力の低さを誇りますが、美術メガネなる概念とは初めての出会い。作品の解説は入るのに美術メガネ自体の説明はほとんどなされないという「僕らの住む現実とは似て非なる世界」感が秀逸です。現代美術メガネ史……美術メガネ界……視覚文化庁……(ぐるぐる
 確かに考えてみればメガネほど広く深く人間の生活へ食い込んだ製品もないわけで、となれば美術的価値を見出す人々が数多くいてもおかしくはないですし、巨匠たる存在がいるのも必然ですよね!(洗脳完了
 安定した文章力だからこそ映える「何だかやたらそれっぽい」描写、にも関わらずギリギリのバランスの中で差し挟まれるネタすぎる固有名詞など、難易度高いことをするりと実現されています。世界観とは細部の技術に宿るのですね。

49.消しゴムと卵焼き/青瓢箪

謎の有袋類
 偽物川さんのところでお見かけした方ですね。参加ありがとうございます。
 主人公であるおじいちゃんの回想から始まる切ない飯テロ小説。
 最初はモノローグで終わるのかな…と思っていたのですが、初恋にも似た秘密のやり取りからすぐに現代に戻ってきて今現在のおじいさんの家族の話に戻っていきます。
 今の価値観と昔の価値観をうまく対比させているんですが、変わらないものや埋まらないものはある。そして、ずっと埋まらなかった自分でも忘れていたことが、ふとしたきっかけで浄化される…そんなしんみりとしつつほっこりとする良いお話でした。
 最後の一文があるだけでキュッと全体のまとまりが上がる感じがすごくて真似したいなと思いました。

謎のギガウサギ
 国語の授業だったら難問扱いされそうな、いくつか解釈ができそうな物語です。最後にはまったピースというのはどういう意味合いなのか。私は2パターンしか思いつきませんが、皆さんはどのように受け取られたでしょうか。
 日常のちょっとした行為から過去の記憶が蘇るというのは人類あるあるですが、それが現在の状況と上手く連動して何かの答えが出るというのは人生の機微が感じられてしみじみしてしまいますね。生きてれば答えを得ないまま通り過ぎてしまったこともたくさんありますし、その中の少しでも、時間が経っていたとしても答えが見えたとしたらそれは幸福なことなのでしょう。
 微笑ましい家族の会話で想像に広がりを持たせたうえで、ストーリー上必要な情報も自然に挟んでくる腕前は見事です。読み終えた後に暖かい気持ちになる良質な物語でした。

謎の闇鍋
《転げ落ちた消しゴムを拾う。その動作で思い出した、子供時代の同級生のこと。卵焼きのこと。》

ある時期、無言のままに秘密で行われていた子供同士の、消しゴムと卵焼きの儀式。本人から話を聞くことはついになかったが、長い時を経た今、それを思い出させる出来事が起こり……という、すっきりした短編です。

時代背景を交えながら語られる過去はリアリティがあり、現在との距離を感じられて、映像でいうならちゃんとこれは回想だよというセピア化なりフレームぼかしなりの画像処理がされている感じ。現在のシーンには孫や娘の描写がちょうどよく入っていて、しかも卵焼き描写が美味しそう……明太子すき……。

「ええねん、ええねん、美味しいもんなあ」という終盤の台詞がひどく沁みます。本当は彼女に会えたらそう言いたかったのではないか。盗まれたと恨んでなんかいないよ、食べたかったの分かるよ、美味しいもんなあ、と。

卵焼きおいしい。誰かと一緒に卵焼きが食べたくなるお話でした。私は甘いのと刻みネギ入りとコンビーフ入りが好きです。

50.魔眼の少女と吸血鬼/こむらさき

謎のギガウサギ
 人間誰しも好きな魔眼をお持ちかと思うのですが、あなたが好きなのはどんな魔眼ですか? 私は直死の魔眼です。型月信者の当方としては魔眼と吸血鬼というだけで「全部盛り」感が尋常ではなく字面だけで満足しかねない勢いです。
 引きのある冒頭、主人公の境遇紹介、主要な人物の紹介、謎の提示、深まる謎、謎の解明と真の敵、主人公の成長に伴う問題の打破、エピローグ……と、切り開いてみるとまさに王道。確実に面白い物語展開です。
 一方で設定は捻りがあり、主人公と仲間の関係性、主人公の口調などは意外性があります。それだけに一瞬だけ状況理解が追いつかない部分がありましたが、通して読めば問題なしでした。
 恵まれない少女と異能持ち男子によるガールミーツイケメンはこむらさきさんの得意領域だと思うので、変化球も読んでみたくなりますね。

謎の闇鍋
《呪われた髪と瞳のために差別され、名前すら与えられず辛く当たられて生きてきた少女『赤頭巾』。ある日現れた狼は言う、「俺は黒い鉤爪。その契約を受け入れよう」》
 不遇少女と人外と呪いと祝いの物語が三度の飯より好きな私に向かって放たれた血水晶の弾丸でした。しかも吸血鬼。契約する吸血鬼はいい……今回の企画は吸血鬼がたくさんいて嬉しいです!
 まず赤ずきん素材を吸血鬼と組み合わせる発想の勝利ですよね。しかもこの赤ずきん、口調が荒い。いいぞ。ガサガサの子が急にお花とかもらうの、大好きなやつです。ギャップよき。髪と瞳の色の設定もきれいですし、独自の宗教体系があり迷信のようなおまじないがある描写も世界観形成に効いていました。
 そしてこの吸血鬼、古くから言われる吸血鬼の特徴のうち「招かれないと家に入れない」を備えている。レギュレーション持ちの怪物、これ。
 あと、名前の授受の物語大好きなのでダメ押し成功、ここまでで加算方式トータルひゃくおくまんてんです。名付けのシーンがめちゃくちゃエモい。これが映画なら円盤でそのシーンだけ100回リピるやつですね……。
 てか番(つがい)……兄……うわああどっちにしても親しい家族だあ! 自ら庇護者になるやつー! と地に伏し拳で大地を撃つよね……好きだばか……
 気になる設定もパラパラ残っていますね。昔の知り合いって誰なんでしょう。呪いを与えたという人なのか。なぜそんな呪いをかけられたのか。メイテちゃんも急に「人の理の外」とか言うので、思いのほか色々な見聞のある子なのかもしれない。そうした様々なこともきっと、一緒に生きていくなかで話し合うのでしょう。家族がいたなら話すようなことを、お互いにはきっと。
 赤頭巾と狼が命を与え合う物語、大変なエモでした。

謎の有袋類

 吸血鬼はいいぞ

51.海星/五三六P・二四三・渡

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞でネクロオーガンを書いていた五三六Pさん。
 五三六Pさんは結構文体が強い方で、ネクロオーガンみたいなものから、芦花公園ホラー賞の夢ゾンビ牧場のようなものまで作風も幅広くてすごいなーと思っているのですが、これは夢ゾンビに近い作風かなーと感じました。
 タイトルにある通り「海星」という存在を中心に話は続いていくのですが、話し手というか地の文の主観がシームレスに切り替わりすぎていて、あまり色々な小説を読んでいない僕は少し混乱してしまいました。
 多分、拾った人魚の発するとりとめもない話を地の文の混線として表現しているのかな?と思うのですが、少し読むのにコツが必要なお話なのかなと思いました。
 終わることのない長い長い映画の上映されている海底映画館、「時孕み」と時孕みをした女性は海に返されるという風習、時計仕掛けの人魚などひとつひとつの設定や要素はとても好きなので、全体としての作品の雰囲気はとてもよかったです。
 五三六Pさんの解説などを見てからまた読んでみたいなと思う作品でした。

謎のギガウサギ
 海にまつわる幻想的な物語。静謐な筆致で描かれ、我々の住む世界とは異なる海の姿を浮かび上がらせています。海の中の映画館や海星、星詠み、時計仕掛けの人魚など、魅力的なワードが多々登場してきて想像力がかきたてられますね。
 筋書きはあえてぼかしつつ、全体として世界観が立ち上がってくる手法でしょうか。とはいえどこかループ構造を感じさせる表現もあり、もう少しヒントがあれば何か一つのストーリーとして理解できそうな、そんなもどかしさを感じました。途中で語り手の立場もスイッチしているのでしょうか。何か重層的なものが裏側にありそうな気がしています(私の幻想小説の読み力不足かもしれませんが…)
 映像表現として頭に浮かべるととても荘厳で美しい風景が浮かびます。

謎の闇鍋
《「この海はどれぐらい広いの?」と聞いた。姉は「宇宙と同じくらい広いよ」と答えた。》
 海と映画館、潜水艦と金魚鉢、海星と人魚、などのモチーフを散りばめた極短小説を配置した、組写真のような作品です。当初バラバラの被写体を撃ってるように見えて色調は海色に統一されてるし最後にはすべて繋がっていたかもしれないことが分かるタイプの長めの組写真ですね。色味の統一を感じるのは多分、作中ずっと海にまつわる音や気配が絶えることがないから。海が沈黙しないから。
 円環というかフラクタルぽさがあるのもいい。いやむしろクラインの壺なのかなあ。出てくる要素も好み。ステラ・マリス、海の星、信じる者たちの聖母、導きの星。『時孕み』と機械仕掛けの人魚。淡々とした語り口もよき……。
 姉弟と人魚、映画館、海星と潜水艦、金魚鉢と人魚、といった幾つかのシリーズの断片がランダムに並べられ、いつしか人魚は潜水艦とつながりまた姉弟の話を語り、映画館は映画館の映画を掛け、すべては緩やかに繋がってゆくことが示唆されて終幕となるのですが……、わからん。好き。何だ? 訳が分からないのだがモチーフと文章が好きなので一切の躊躇いなく五億点を出せるやつだ。もはや詩だな。ええ、この作者さんこういうのも書けるんだ……これは妬ましい……(素直なお気持ち)。
 紙の本で欲しいお話でした。

52.誰も幸せにならない物語/JN-ORB

謎の有袋類
 ぬっちくん完結おめでとう!待ってたよ!
 最初は特定の三人のケツを蹴りたくて始めたこむら川小説大賞だったので当初の目的の一つが達成できてうれしい!ありがとう!
 ということで、はじめて小説を書いたぬっちくんなんですけど、現代ファンタジージャンルだというところに一回驚きながら読んだんですが、高校生のやばい友達がやばいことをするという回顧録のようなもの。
 現代を舞台にしてるはずなんですが、雰囲気がポストアポカリプスです。暴力が支配する世界じゃん…どんな高校生活だよ…と思ったのですが、ジャンルは現代ファンタジーなので大丈夫です。
 ちょっとした単語と出来事のパンチが強くてヤンキー漫画も顔負けな出来事を、致命的な喧嘩を避けながら過ごしていく主人公…。
 二話でいきなり退学する主人公の友達、祐介にも驚きなんですが、そのあとのスマブラで手を抜いて負けるとか、自分の思い通りに行かないと不機嫌になるヤンキーの描写など解像度の高い描写があってよかったです。
 まるで実体験を話しているかのような錯覚を覚えるおもしろい作品でした。カテゴリーは現代ドラマの方がいいかな?とも思うのですが、雰囲気はこれ絶対ポストアポカリプスでしょ…。
 他の闇の評議員たちは本州を内地と呼ぶ文化圏出身なので、闇鍋さんとギガウサギさんの講評が楽しみですね。

謎のギガウサギ
「内地」という言葉にピンと来る元道民。今回の評議員は3人中2人が北海道に所縁があるのですが、北海道小説は少なかったですね。町田はあるのに。
 ところどころ生々しい北海道感のある描写や、不良達の生活や振る舞いのディテールなど、その舞台特有の雰囲気のようなものを立ち上らせるのが上手いです。私は平和的に生きていましたが素行の悪い人々はいましたし、彼らを思い出しながら読むとしっくりきますね。「どこ中よ」とか。大学生になってから聞かれたことがあります。
 社会人から見たらパラレルワールドに見えるような世界、という意味なのでしょうか。不良の中にあって平和主義な主人公の行く末が気になるところです。

謎の闇鍋
 ええと、パラレルワールドと言い出したしジャンルが現代ファンタジーだからそういう系の話かなと思ったんですが全然、やばい高校時代のダチの話みたいなやつだった……? 『【68スレ】頭悪い高校行ってた奴集まれ【伏せ字必須、偏差値自慢禁止】』みたいな追憶スレで後にコテハンになる>>72が3レスくらいで書いた初期作っぽくてツルッと読みましたが(なので文章は上手なんだと思いました)、現代ファンタジーかどうかは……? という感じでした。
 だってポスフールって実在の田舎ショッピングセンターじゃん……?(伏せ字の意味を失わせる感想) 私が行ったことあるのは千歳駅前にあったやつだけですけどこれはどこだろ、東苗穂にあったポスフールか? 手稲か? 大谷地のは確か名称ポスフールにならないでサティのまま滅亡しましたもんね?
 実際、新年度の始まる四月頭なんてのは雪がまだまだ残りながら溶けてる時期で、道路脇の雪は特に茶色くベチャベチャに溶けてて煩わしく、いわゆる内地(本州)の入学シーズンみたいな明るい青空に満開の桜みたいな光景はないです。内地とはあらゆる季節の進行に時差がありまして、道民の花見は四月末から。どうかするとゴールデンウィークにはみ出すといった感じですよね。これは分かってる人が書いてる。白石区(伏せ字の意味を失わせる2)といい、これは道民の犯行ですね……。
 ノンフィクションぽいネタを書くところからぐいぐい小説らしさを身に付けて予想以上に上手くなる人っていると思うので、ぜひ書き続けてみてほしいです。今の段階でも文章が読みやすくてテンポもいいので、創作の腕力を身につけたらいろんなものが書けそう! と思いました。

53.俺達の証明/ささやか

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞では酔っ払い賞を受賞したささやかさん。今作は本物川小説大賞や芦花公園ホラー賞で読んだものとはかなり違う作風で驚きました。
 文体の強さは相変わらずなんですが、どことなくホラーを思わせるような不穏な雰囲気の漂うディストピアものです。
 人権の定義が変わり、それに伴って処刑方法も変わる。その一端を担う主人公を取り巻く人間関係と、価値観の変異のお話なのですが、こう…序盤に死んだ小太りの痴漢は述田さんでしょと思っていたところに述田さんが出てきて「お!うまくいってるのかな」と思った後の顛末が…なんということを。丁寧に読者の希望をへし折る展開で個人的には好きでした。
 最後の述田さんのセリフがなんとなく「ささやかさんの作品っぽいな」とふふっとなってよかったです。
 最終話で、世論ががらりと変わり、最後に在りし日の自分とホームレスを再演して終わるお陰で物語が説教的になりすぎずに読者に納得や正しさを手渡す感じの終わり方なのもすごく丁寧で上手な着地の仕方だなと思いました。

謎のギガウサギ
 タグにもある通りディストピアものなのですが、非常に興味深いのは、ディストピアたらしめている要素以外は僕らの暮らす世界とほとんど変わらないという点。何もかも世界観が異なっているタイプのディストピアはそれはそれでシミュレーション的な楽しみ方ができるのですが、本作はむしろ地続きの世界なので絶望度が身近な感じに迫ってきてつらくなります。助けてくれ。
 俺達の証明とタイトルにあり、題材が小説執筆なので書くことが証明なのかなと思っていましたが、むしろ主題はコミュニケーションなのかなと。世の中が変わって振り回される中でも誰かとつながっていればまだ救いはあり、小説を通じた交流はその一手段なのかもしれません。述田さんと主人公の違いはその辺りにあったのかなぁ、と。

謎の闇鍋
《述田さんは小説を書くのをやめるらしい。「何かしないとな」――そう言って。俺達がいくら小説を書こうと、俺達は俺達を救うことができない。》
 人権の守備範囲に流動性が出た時代、その差分を扱う職に就いている主人公。アマチュア創作仲間の創作撤退、街コンなどを通して身の回りの世界の肌感が描かれます。金属バットが手段になる辺りは徹底したコストカット思想が窺え、かつ作中書かれているように主人公たちに対するメンタルケアは棄却されているなどなかなか殺伐とした世界……対象範囲が必ずしも固定されていない以上、いつ自分がやられる側になるか分からない怖さがあります。
 読みながら思い出していたのはクリスチャン・ベール主演の映画『リベリオン』でした。人間が人間らしい感情を禁じられて生きる世界で、感情とそれを掻き立てる芸術文化を取り締まる側にいる主人公。彼の仕事はクレリックと呼ばれる上級職でラストも悲観的なものではありませんが、扱うテーマ自体は本作と通ずるものがあると思います。世界が狂っているとき人間は正義の名のもとに公的に殺されるということ。
 ラストシーンはいつかの出来事の立場を変えた再現で、破滅的な予感もあり、同時に微かな希望も香らせて、いい終わり方だな、と思いました。文章も無駄なく練れている印象で、実力を感じます。とても面白く読みました。

54.レディ・ウルフ/加湿器

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞にも参加していた加湿器さん。
 前回のJK侍必殺剣とはがらりと変わって、硬派な作品という印象です。
 戦時下のどこかの国、傷痍軍人である鉄の女が運命的な出会いをし、そして運命の人と別れてから破滅へと向かっていくというお話です。
 謎の語り部が読み手に語り掛けてくるこの物語は、きっと最初に自らを捉えたヒスイの眼をした彼女へ捧げられているのではないでしょうか。
 ルビの使い方もすごくカッコよくてタイトルにあるレディ・ウルフのルビで発言者の感情を読み取りやすくしてあるのはすごくうまいな…と思いました。
 ロマンティックな百合を、 苛烈な時代に閉じ込めるとエモが生まれるというとても良いお話でした。
 加湿器さんは硬めの作品もトンチキ世界な作品もどちらもとても魅力的に書けるので今後もどんどん色々な作品を書いていってほしいなと思いました。

謎のギガウサギ
 おそらく架空の国における、戦争と政治にまつわるとある女性の物語。生来の才能と性質、時勢の巡り合わせ、人との出会いなど、一人の女性が抗い難い運命に飲み込まれていく様が描かれていますが、彼女の行く道がことごとくパズルのピースのように必然で編まれているのが見事です。描かれている全てのエピソードが、主人公の道をそれ以外ではありえないものとして規定しており、大変クレバーに書かれたものと感じさせます。
 などというとカタいものであるかのように見えてしまうかもしれませんが、根底にあるのは百合エモい感情です。それも安易にくっつくわけではない、抑制と自省の中で引き絞られ放たれる高純度のエモです、ご安心ください(?)
 レディ・ウルフもこう語られなければそれこそ鉄の女として名を残したはずで、そういう一面的にしか語られない歴史上の人物について思いを馳せたくなりますね。

謎の闇鍋
《傷痍軍人ジルフィアの左の耳は聞こえず、手には傷痕がある。敗戦から六年、ある晩出会った翡翠色の瞳のファニトレが彼女の人生を変えた。政治に興味はなかった、ただファニトレの言葉を弾丸に仕立て直すことが彼女にはできた。頭角を表した彼女はやかて狼たちの女王となり……》
 これは敗れたセカイ系の物語かもしれません。あなたの望みでもあると信じて行うことが世界の趨勢に直結していたが、結局あなたは手に入らなかった。私たちはひとつではなかった。それゆえにセカイは救われない。
 最も求めていたものを手に入れられなかった狼の女王はその瞬間にもはやけだものの王であり、それゆえに「呪いならば、既に」と応じたのかもしれません。
 得るものがあるかと夢見て二度失った彼女、そのあといわば三度目に触れた撃鉄は、踏まれては踏みつける反復からの終わりをもたらしたのでしょうが、最終的に彼女は歌が呼び掛けたような乙女だったか? 既に「死せる乙女」だったのではないか? 酒場だけが変わらずそこにあって、全てが通り過ぎていく。
 現実にあったかもしれず、今後も起こるかもしれない、と思わせる、重くやり場のない孤独の物語でした。

55.アイリーン・F・ウッド/藤原埼玉

謎の有袋類
 本物川小説大賞や偽物川で吸血鬼好きや人外好きの心を撃ちぬいてくれた藤原埼玉さん…。今回は魔王ですよ…。
 異世界ファンタジーのスピンオフ作品といった趣のあるこの作品は、ひとりの少女が魔王の座に君臨するまでのお話なのですが、これは本当に本編(幻覚)と合わせて中編~長編でじっくり読みたいなと思いました。
 謎が多く残されていることや、多分アイリーンがシルヴィアに残した聖剣が勇者の持つ剣になって彼女を殺しに来るんだろうなみたいなストーリーがあるんだろうなという強めの幻覚を見るための下地はばっちりといった感じの良い異世界ファンタジーでした。
 一万字上限という今回のレギュレーションに対して少しだけ物語の規模が大きいせいかところどころ「もう少しこの世界のことを知りたいな」となる部分が発生してしまうのですが、それもキャラクターや世界観に魅力があるということ…。
 出来れば魔王アイリーンが倒されるまでのお話も読んでみたいなと思いました。

謎の闇鍋
《「お前に不死たる聖なる病を授けよう」――魔物が人家を襲い国の助けも途絶えつつある時代、架刑の天使とみえる何者かに呪われた少女は、やがて血濡れた玉座に辿り着く。》
 絵力とエモが少女の姿でやって来た。赤黒く小さな足跡と、虚空より滑り出る剣の音を連れて。……という印象でした。
 お話のサイズに比べて、回収がないのにひどく印象的なのがシルビアに手渡した剣のことです。シルビアはアイリーンを慈しみ愛した人々のうちで、生きてアイリーンに救いのあらんことを祈る唯一の人間。二度と相見えることはなくとも渡された剣を疎かに扱うことはよもやないでしょう。シルビアが死んでも聖なる病に冒されたアイリーンは生き続け、やがて願いの通りに彼女を討ち果たす勇者はシルビアから伝えられた剣を掲げて現れるのではないか? アイリーンは自ら準備した自死の仕掛けがきちんと帰って来たことに、シルビアやアイルの思い出との再会に微笑むのではないか? そんな遠い未来を幻視してしまうような物語でした。本人が望んでそうなったのではない魔王、キャッチコピーの『愛が少女を魔王にした』があまりにも悲しいお話。けれどもどこか美しかったです。

謎の有袋類
 
僕と闇鍋さんが同じ幻覚を見ていて笑いました。絶対これは本編(幻覚)で魔王に対抗する唯一の武器ですよ。

謎のギガウサギ
 私の中でのアイリーンといえばシャーロック ・ホームズのアイリーン・アドラーとブラッドボーンの烏羽の狩人、狩人狩りアイリーンなので、アイリーンという名前の時点で「あなどれないやつ」みたいな偏見があるのですが、それどころではありませんでした。
 無限の剣製ばりに剣に特化した神様ということで、彼女が遭遇した暴力を象徴しているのでしょうか。一振り残された聖剣とシルビアの行末が一番気になるところです…これはどう考えてもシルビアの子孫が勇者になり魔王自身が作った聖剣で滅ぼす流れ…一番のエモい部分はそれを想像させるところかもしれません。
 異世界もので短編をやろうとすると世界観が置いてけぼりになりがちではあるのですが、ゴルゴタやロンギヌスの文字列からするともしや現世界の過去? その辺りも描写があると嬉しいと思いました。

56.雪の日の告白/味付きゾンビ

謎のギガウサギ
 何がとは言いませんが、今回の投稿の傾向からしてちょっと珍しい現代ミステリかと思いきや……な作品。少し砕けた一人称文体ながら親しみやすさと分かりやすさのバランスが良く、すいすい読めます。語り手が交互に変わっていくのはもう少し明確にしてもよかったかも?
 極限状態に置かれた人間の反応にリアリティがあり、通常とは異なる状態だからこそすんなり受け入れてしまうものもある。上京に不安を感じていた主人公がそれとは比べ物にならないびっくりイベントに遭遇してしまっているのも対比が効いていていいですね。
 血の薄い吸血鬼、というのも僕は見たことがなく、一捻りするのが上手い方だとお見受けします。古典的題材でも捻れば十分新しいものになるというのは発想が広がりますね。

謎の有袋類

 年始に飲んだ時に、なんとなくこういうの読みたいんすよと言ったら本当に狙い撃ちをした作品で乗り込んできてくれたゾンビさん。
 短編で視点切り替えって結構難しくて基本的にはしない方がいいと思ってるんですけど、これは切り替えがうまいのと、サクッと最初に表示してある日付と時間でいろいろ情報を凝縮してるのがすごいなと思いました。
 ゲームとかでありそうなんですけど、web小説という媒体の強みを活かした表現という感じで特に強い混乱もなくスッとお話を読んでいけるのがよかったです。
 最初は「え?いきなり死体?どうなるの?こんなんホラーの文脈じゃん…奥から熊とか出てくるよ」と思ってハラハラしながら読んでいたんですが、本当に最高の場面で雪ちゃんが活躍するのが超エモでした。
 あと、ゾンビさんは前回の芦花公園ホラー賞の時もそうなんですが追い詰められた人間が視野狭窄に陥ったり、混乱していく描写が「うわあ…」ってクリティカルヒットしてくるのがすごいです。おのれゾンビ…。
 キチンと本編のエモとキュンで僕の心を撃ちぬいた後に、丁寧に後日談で追い打ちをかけてきてくれて僕は死にました。
 自作でも出したんですが、狼になる吸血鬼はいいぞ…。よかったです…。獣は月夜に夢を見るを僕に教えてくれたゾンビさんならではの身内は確実に殺す作品でした。
 これは多分闇鍋さんも死ぬのではないでしょうか。

謎の闇鍋
《スキーとスノボで冬山に出た受験生カップルの春と雪。折悪しく天候が悪化、無線からは行方不明者の報告。対象者を見つけたものの山を降りられなくなった二人は――》
 最後まで読んで、あーーーそういうことね雪ちゃんのその礼儀正しさはそういう!!!!! となりとてもよかった。よかった……。うおーしかも独自設定もよかった……点火ではなく停止に使う吸血! ヒィ……好き……。
 これがただ吸血鬼もの最高で終わらないのは前段階として雪山とスキー場の描写にリアリティがあるからですね。遊びのスキーじゃなく競技スキー経験者という手練れとスキー場との関係、毎冬毎冬繰り返される事故。山の死体がどうなるかの話。
 洞窟の中で二人と死体ひとつという非日常、途中までこの死体が起き上がる怖い話なのかと思いました。「生きていたらという可能性ではなく死んでいる事を確認したい」という描写、めちゃくちゃ分かる。自分で殺した相手でさえ、ちゃんと死んだかどうか不安で繰り返し刺したり殴り続けてしまうのが素人の心理です。まして死んだところを見ていない相手なら、なおさら不安になるでしょう。
 そんでその後ですよ。自分から血を飲ませるの大好き侍だからギャーーーー出たーーーーーーー!!! となったし、その後の「向こう向いててくださいスケベ!」ですよ……いい……。ラストも色々回収されてて最高です。

謎の有袋類
 予想通りですね!2KILLです!

謎の闇鍋
 はーエモかった。ごちそうさまでした!

57.むすんでひらいて/久留米まひろ

謎の有袋類
 多分ご新規さんです。参加ありがとうございます。
 小説というよりは詩のような作品でした。
 宇宙に出て船で暮らす社会で歌われる不思議な歌を歌う少女たちと、それに遭遇することを繰り返す主人公のお話です。
 なんとなくループしているということや少女が成長しているっぽいという断片的な情報はわかったのですが、ちょっと僕にはどういうことなのかつかみきれなかったです。すみません。
 世界観や設定は面白く、SFホラーとかSCP的なものに落とし込めそうな題材だと思うので、もう少しいろいろなことを開示してくれるとより広い人に書いてあるものがなんであるのか伝わりやすくなるなと思いました。
 不思議でいてちょっと怖い雰囲気の作品でした。

謎のギガウサギ
 僕らの知らない宇宙を舞台にしたお話。宇宙と歌、というのはどこかロマンのある取り合わせですが、宇宙の生き物が泳いでいる時点で我々の知る宇宙とは別物なのでしょう。「みんなのうた」でそんな歌が流れそうな感じがします。
 さて、むすんでひらいての歌。調べてみると古くは賛美歌であったり軍歌であったりと紆余曲折を経ている歌のようで、そんな歌が宇宙で童謡とした歌われているというのは何か不思議な巡り合わせのようなものを感じます。
 主人公達とは違う時間の流れを生き、聴こえないものが聴こえる少女というのは実際どんな存在なのでしょう。私の頭脳ではその答えまで辿り着けませんでしたが、わかる人にはわかるのかもしれません。

謎の闇鍋
《宇宙船の外には、宇宙の生き物が泳いでいる。船内には、コーラ。カップラーメン。そして、『むすんでひらいて』の冒頭を歌う少女。》
 正直、どういうことなのかはちょっと分からなかったです。長期航路の宇宙船なので自販機とかコンビニがあり、二人部屋の居室があり、他にも住人がいるという感じなのでしょうか。『むすんでひらいて』を歌う少女、あるいは少女だった人には、主人公に聴こえない何が聴こえているのか。またその少女は相対的に主人公より速く老化しては再生し、それを反復している?
 謎を謎のままにして作る物語というのはよくありますが、あまりにも全てが理由不明だと読み手側が「で?」「だけ?」「これで終わるの?」となってしまい、手掛かり皆無なばかりに残された謎を想像して楽しむところまで行かないかもしれません。全てが謎でも描写される物事や会話を突き抜けて魅力的に作ることができれば面白くなる目はありますが、それもまたなかなか難しいことだと思います。
 今回は、作者さんには(創造主ですから当然)分かっている何かがあるけれども書かれていないので読み手が受信できないのかもしれません。私も苦手なスキルなので何ともなんですが、何も知らない読み手に対する情報サービスの意識は大事かなと思いました。

58.MACHIDA/古代インドハリネズミ

謎の有袋類
 かうぱーさんだ!
 かうぱーさんの作品ですが、町田は神奈川なので、TOKYO滅亡とMACHIDAが絡められて語られている部分はきっと作者の強いこだわりなのでしょう。
 フィクションの世界ではどんな設定も自由なので、作品の世界基準にお話を見ていこうと思います。
 ロケットスタートで始まるトンチキ設定がいい感じに全体を覆っていて「なるほどこういう世界ね(現実では町田は神奈川)」と脳をチューニングしやすくて、出てくるアイテムもそこはかとなく物騒で治安が悪く、現実世界の町田を彷彿とさせるのはすごく面白かったです。
 謎の老人であるガラクタの神様・ガラクタ漁りが好きな主人公と、それを取り巻く友人たちと魅力的なキャラクターが生き生きと動いていたのですが、話の骨子はガラクタの神様と主人公の関係性に焦点を絞っていたので話が詰め込みすぎにも説明的すぎにもならず終盤はほんのり感動風味に着地してすごくよかったです。
 ラストの迎えに行くエンドがエモ…いいよねこういうラスト…。あと、ユリちゃんは巨乳だと思う。

謎のギガウサギ
『メタルを聴けばガンが治り、機械化すれば定期的な整備で丈夫な体が手に入る昨今。』というフレーズで作者の方はとうに正気を失ってしまっていると実感させられる本作。それ以降も謎の理路による謎設定が謎に積まれていくのですが、不思議なことに積まれた中では納得感があるように描かれていますし、リーダビリティが大変高い文体で読みやすいです。残念ながら私は魂を北海道に置いてきた名誉道民なのでMACHIDA論争に関してはあまり詳しくないというか、町田が神奈川であることくらいしか知らないのですが(笑)、それを知らなくても楽しんで読むことができました(笑)
 普通ならこの設定であればドタバタコメディ等で進んでいきそうなものを、何故か納得させられそうないい話風に終えていくあたりに作者の力量を感じさせます。だ、騙されないぞ。

謎の闇鍋
《TOKYOは滅んだ。独立したMACHIDAにはゴリラ型をしたAIの市長が据えられている。ダイバーと呼ばれる人々はTOKYOで銀色のSHIBUYA METALを採掘している。そんな世界で生きる私と私の友達と、ガラクタの神様のこと。》
 私もついったらんど暮らしが長くなり、町田が東京なのか神奈川なのかという話題は芋煮やきのこたけのこ並みに人心を乱す話題だということを心得るようになったので今回は……あ、いや、これはSFでしたね。架空の話。実在の人物・組織とは一切関係がない。ないですね。架空のMACHIDA、了解です。
 まあまずテレビ頭人間がヴィジュアル的にすごくいいんですね。そのテレビ老人が主人公の魔改造少女マイちゃんにロケット作りを手伝わせ、これが後に生きてくる。なるほどこれこそOJTです。マイちゃん、才能に満ち満ちていますよね。つよい。あと一年でそれ作るつもりなんです……? いやはやつよい。
 全体を埋め尽くす細かな設定もよく効いています。メタル万能っぽいしメタリック・ヤンキーって何じゃ? ってなるし、ホームセンター楽しそうが過ぎて私も行きたい。2020年現世のホームセンターですら超楽しいのにジョイフルMACHIDAてきな巨大店行ったら出て来られない自信があるな。
 こういうあまり暗さのないポップ感にみちたSFも大好きなのですごく面白く読みました! マイちゃんきっと天使になれるよね。

59.なくて七糞/双葉屋ほいる

謎の有袋類
 今回もやってくれました。第十回本物川小説大賞の話題を一時期総取りしたイキ我慢選手権の生みの親ほいるさんです。
 背水の陣で一話を公開してから後に退けなくするスタイルで自分を追い込む鬼気迫る姿勢は大好きです。
 作中に出てきた「もう運営から警告のメールをもらいたくはない」という切実な作者からのメッセージが織り込まれるほどのうんち小説。
 ほいるさんは本当に「鮎子ちゃんとながいともだち」のころから思っていたのですが、作品のテンポと引きの作り方、最初の顔面パンチがすごく上手なので下ネタ作品も大好きなのですが、それに縛られすぎるのもよくないのかな?と思いました。
 なくて七糞や、七糞粥というアイディアや、それをニチアサ的なヒーローと合体させていくのは本当に普段何喰ってんだ…と思うくらい面白かったです!
 オチでちゃんと正気に戻る店員さんに「ふふふ…」と来てしまいました。
 文章を書く力や、センスは抜群の作者さんだと思うので「自分はこれだ」と決めつけずに今後もいろいろチャレンジしてみるともっと良いやばい小説が出来ると思います。
 下ネタの方もそうじゃない方もどっちも書けるKUSO小説組期待の星として次回の本家本物川小説大賞の決勝レースに殴りこみに行きましょう!

謎のギガウサギ
『糞を摂取して変身するヒーローがいてもなんら不思議ではないのである!!』
 い、勢いがあれば何でも通ると思うなよ…!
 とつっこみたくなる何とも臭気漂う本作。他にも悪意を持って引用したい文章がたくさんあるのですが、そうはいってもここは本物川水系の中でも屈指の清流を誇るこむら川、KUSO概念はこれまで読んできた作品群だけでも結構許容量ギリギリなところがある…!
 しかし全力で悪ふざけをしながらも読みやすいんですよね。呪いのように読みやすい。適切かつ的確な描写力が殺しに来る。助けて。
 今回は本作一本グ…一本槍での投稿でしたが、KUSO方面ではないところでの作品も気になる上手さでした。

謎の闇鍋
「これは……変身バンク!?」じゃねえええええんですよ(爆笑) 家族の前でパソコン開いて読んでるこっちの身にもなってくれ。せめて電車の中でなくてよかった。私の表情筋はもう限界でした。ダメでした。ダメだろこれは。もうあらすじ要約も書きませんよ。読みたい奴は読め。読めば分かる。ケルヒャーね。イエローだからね。わかる。CMオシャレだよね。これからも仲間を集めて世界を救おう! あ、拒否られたね。わかる。
 わかってる場合ではない。
 毎回どこからこんなアイディアが出てくるのか不思議過ぎるんですが、この勢いは稀に見る逸品。また、シチフクジンというからには金を要求する奴がアレでマイクを持った奴がアレなんだろうなと特に説明せずとも分からせる無駄のない文章力は凄い。この突破力、ぜひ大切にしてほしいです。ただ……これは人を選ぶ!(笑)

60.暗殺者の指最新/f

謎の有袋類
 はじめましての方です。参加ありがとうございます。
 手紙を書いた巡礼者であるエリア―シュ、そして巡礼者が来ると生贄を捧げなければならない≪獣≫を血の中に飼う一族、そしてこの地方だけに生える不思議な毒草の≪暗殺者の指≫を中心にしてお話は進んでいきます。
 とても魅力的な舞台設定なのですが、魅力的な分、ちょっと≪暗殺者の指≫の効果範囲で混乱してしまいました。
 村では、巡礼者が来訪する数日前に獣の一族の少女の食べ物に毒が仕込まれるとのことなのですが、これも力を取り戻しつつある≪獣≫の能力かなにかなんでしょうか?
 ここら辺もさりげなく物語の中に組み込むと≪獣≫という存在の恐ろしさがもっとよく伝わるかもしれないなーと思いました。
 手紙という形で物語を進めていくのはすごく好きです。死ぬ間際に大切な友へと送る手紙、オチの部分で最初から利用されていたということがわかる点も含めてすごくよかったです。
 獣の血の一族が語ってくれた伝承についての部分が地の文になっているので、ここを「と、ピロシュカが話してくれた」と説明があると、一人称視点フォーカスがギュッと一致して、この不思議な世界の仕組みが読んでいる側に伝わりやすくなったり、没入感が増すのかなーと思いました。
 燃やすと金色の炎を放つ毒草や、アザミを棒で叩く風習、暗殺者の指が花開く場面などすごく幻想的で、目に風景が浮かびやすい世界観の少しこわくて面白いお話でした。

謎の闇鍋

《病弱で旅ができないヴェンツェルの代わりに巡礼地に辿り着いたエリアーシュ。この地には『暗殺者の指』と呼ばれる毒草があり、石の神殿があった。エリアーシュは村境の丘で少女イレーンに出会う。巡礼者が来たので彼女は殺されるのだという――なぜ?》
 大部分が書簡の形で語られる、不思議でおそろしい物語。燃やすと金色の炎を上げる毒草、野焼き、アザミの藪を叩く迷信、朽ちかけた神殿、毒草の白い花、獣の壁画……映像的に美しい描写が多いです。一方で、物語はあまりにも無情です。恐らくこの結末が、目に浮かぶ光景をより美しく感じさせているのでしょう。
 このサイズに対して無理なスケールの物語とはまったく思わなかったのですが、ラストの謎解き部分は少し駆け足だったかもしれません。結局、生け贄はどのように死ぬのか? 誰かに殺される? 『暗殺者の手』が殺すのでしょうか? イレーンのスープに毒を入れたのは誰? 彼女の父のお弁当に毒を入れたのは誰? エリアーシュを殺したのは? もしかしたら私の理解力が追いついていないという可能性はあるのですが(実際よくそういう理解の詰まり方をするので)、このあたりがクリアカットな描写で一発理解できたらラストの怖さがもっと際立ったのではないかなと思います。
 土地の石や草のひんやりした手触りが自分の手に感じられるようなファンタジーでした。

謎のギガウサギ
 洋画を一作観終えたような満足感のある一作です。小さな村での恐ろしい因習というだけでワクワクしてくるタイプの病に罹患している人にはうってつけの作品。物語開始時点から随所に配置されたキーワードが、お話を追うごとにピタリピタリと役割に当てはまっていく辺りは優れた設計力を感じさせます。イシュトヴァーンが神殿に行っていた理由も最後まで読めばわかる等、読みがいがありますね。
『暗殺者の指』が金色の炎を上げて燃えるという設定も見事で、牧歌的な村で揺れる金の炎を想像すると恐ろしくも美しい情景が浮かんできます。
 終わり方はどう考えても救われないのですが、《獣》の強さや狡猾さが際立っており、下手に討伐エンドにするよりずっとしっくりきます。これはこれで正解ですね。

61.偕老同穴の祈り/雪風

謎の有袋類
 クトゥルフの人というイメージがなんとなくあります。雪風さんも参加してくれました。ありがとうございます。
 不死のロリババアちゃんがのほほんと暮らしている様子から、正体が判明するんですが、ちょうど「どう暮らしてるんだろう?」と思ったところに同居人である紀栄子が帰ってくるのとかすごいかゆいところに手が届く…という感じでした。
 所謂日常のワンシーンとか、これから始まる物語の導入なのかなーって雰囲気があるんですけど、二人の関係性とか性格の描写をすごく温かく描いていて作風の幅広さを感じました。
 僕はタイトルを付けるのが苦手なんですが、このタイトルがすごく良くて「偕老同穴」だけじゃなくて「偕老同穴の祈り」なんですよね。祈り。
 もっと続き読みたかったなーと思いながら読み終えたんですが、そこで再びタイトルを見直してホームラン!!!!!ってなりました。
 僕はすごく好きです。これもクトゥルフの要素はあるのでしょうか?
 知らなくても楽しめる、知っていたらもっと楽しめるし、なにか隠されているかドキドキするみたいなそういうさじ加減がすごく上手だと思ってるのでこれからもどんどん作品を書いていってほしいなと思います。

謎のギガウサギ
 不老不死! 意外とここまで出てこなかったファンタジー概念が現代社会を舞台に登場です。不老不死系列(?)の作品としてはその強みを活かしてやりたい放題やるか、死んでいった人達に思いをはせるかというパターンが多いと思うのですが、本作は思いのほかほっこりラインに着陸させていて驚きました。クライマックスにおける紀栄子の呟きは、不老不死たる茜にとっては場合によってはTHE・地雷である可能性も高かったと思うのですが、むしろ不老不死であることがポジティブな意味合いになるような返しに「そ、そうきたか!」と。
 人類の永遠の願いでもある不老不死をテーマにしながら、これほど日常的なシーンに、にもかかわらずしっくりと当てはめてなおかつ百合、というのは手練れの仕事なれば。

謎の闇鍋
《三百年、姿が変わらずに生きてきた。怪我をしても治ってしまう。名前を隠し、今は茜と名乗って気まぐれな紀栄子と暮らしている。紀栄子は今日、オムライスが食べたいと言い出した。》
 子供時代にはまだ見たこともなかったであろうオムライスをちょうどの半熟に作ってきれいに開くところを見せる茜さんに、長い時間を生きてきたことやそれでもそんなに投げやりにはなっていない所を感じます。
 紀栄子さんの台詞もよかったです。「このまま歩いていたら、どこまでも夜が伸びていって、明日なんて来なかったらいいのに」と言う台詞。エモい。そういう夜、ありますよね。今、たった今のこの状態、これでいいのになあ、と思う夜。
 茜さんが何者なのか、なぜ子供のような年のまま不老不死なのかについては作中まったく語られませんが、紀栄子さんがそのへんはもう飲み込んでる感じなのもよかった。異種であることに悲観的なシーンがありません。むしろ、それだからこそゆっくり付き合ってあげられるよ、という所にお互いほっとしている感じ、穏やかでいいです。
 不勉強でタイトルの意味が分からなかったのですが、ググってみて腑に落ちるものがありました。

62.阿佐ヶ谷ヴァンピール/狐

謎の有袋類
 狐さんの二作目です。
 キャプションに「2019年内にやるべきだったネタが多分に含まれています」と書いてある通り、話題の流れがものすごく速いインターネットの奔流に呑み込まれた話題たちがいくつも見えているのですが、まず主人公が長髪イケメン吸血鬼なので5万点です。
 こういうインターネットおちょくり小説、少し外してしまったり、バランスをミスってしまうと嫌な感じになるんですけど、主人公のエルヴィンさんが長命の種らしく少しずれているのと、使用人のクロードくんが今どきの人間なので人間の話題では先生のようになるほっこりとする関係性のお陰でこの作品もどことなく優しいものになっています。
 ところどころに屋敷を手放した理由や日本にいることへのフォローも入っていてこの文字数でまとめてるのはすごい。
 「鏡に映らないか試す」「流れるプールに連れていく」みたいな伝承を組み込んでくれるのも個人的にはキュンポイントが高いですね。
 塵迅パルスもカッコよくて好きだったんですが、こういうほのぼの系も書けるのはすごいなと思いました。
 インターネットで話題になったことを瞬発力だけで書くようなKUSO小説を一緒にがんばってひねり出していこうね…!

謎の闇鍋
《東欧の小村からなぜか日本(なぜか阿佐ヶ谷の1LDK)に移住し、マッチングアプリを利用して血フレを探す吸血鬼と彼の親切な従者》
 絵文字はまずいわー。おっさん感出るわー。あと、ちふれ把握してる従者、優秀。まあマッチングアプリで会った男が吸血鬼カミングアウトしてきたらその足でスーパー行って大豆か小豆買って数えさせてみるよね。それか百均でザル買ってきて編み目を見せる。目を回したらかわいい。かわいいとかの問題ではないが。
 考えてみると外食メニューってガーリック使用率高そうなので、外で人に会うにもなかなか大変かもしれないですよね。中華アウト、イタメシアウト、焼肉アウト、居酒屋たぶんアウト、どうしたらいいんだろう。お蕎麦屋さんとかおでん屋さんくらいがいいのか? 吸血鬼が……?
 ところでこの作品、献血・あの絵・ハラスメント・消費と例のあの騒動を軽く取り込んでいます。とはいえ献血による備蓄血液を盗むとかではなく、あくまでも血の持ち主である女性に対面して了承を取り血を得ようとしているあたりは手段が穏便だなぁという印象。ランダムに狩っていくより固定で血を飲ませてくれる人を確保したほうがいいという判断なのか、そもそもの性格が通り魔的行為に向いていないのか、どうも後者のような感じがしてそこも微笑ましいですね。
 よき血フレを得られますように。エイメン。あ、エイメンだめか。

謎のギガウサギ
 吸血鬼ものなのにスマートフォンとかインターネットとかマッチングアプリとかバンバン出てくる時点でもう面白い。のに、クロード君のつっこみが静かながら鋭くて「くふっ」とファラオみたいな笑いが出てきます。作者の方はSFも面白かったですが、実はギャグ小説の方面に類まれなるセンスをお持ちなのでは……? という気がしてきました。
 某献血や某ライトオタクなど、微妙にセンシティブ峠を攻める感じの時事ネタが放り込まれていますが、これも吸血鬼の世俗性という観点で非常に効果的に配置されています。メタいネタは扱いが難しいですが、これによって急速にエルヴィン氏が古城の貴族から阿佐ヶ谷の兄ちゃんに変貌しています。上手いですね。

63.記憶が30分でリセットする彼女に看取られ/こやま ことり

謎の有袋類
 今回ガラリと作風も文体も変わっているこやまさんの作品です。
 噂の看取られに触発されたとのことなんですが、過去の作品と全然違うのは、事前に看取られの第一人者(要出典)の方にアドバイスをいただいていたからかな?
 第八回、第十回の本物川小説大賞や、芦花公園ホラー賞で言われていた文字数と物語の規模についてや、石板芸が急に改善されていて本当にビックリ!成長期!という感じですごかったです。
 理由はともあれ、こやまさんがスーパーパワーアップを果たしたので、欲張りなことをいうと、この作品は小説というよりもシナリオという感じの作品でした。
 女の子の見た目の描写などはほぼなく、ほぼセリフが地の文代わりになっている状態で書かれたこの作品は本当に音声作品とパッケージの絵があるとめちゃくちゃいいんだろうなーってなります。
 コンセプト、やキャラクター同士の関係性、設定やシナリオはとても素晴らしいものになっているので、これを小説というフォーマットにどう合わせていくのか今後がとても楽しみな一気に急成長を遂げた作者さんです。
 心が穢れているので絶対この彼氏面した男はこの女の子の家族とか皆殺しにして反撃されてヤバくなったけどいろいろ情報を隠してるんでしょみたいなことを思ってたんですが純愛だったのでよかったです。
 次回はこれを上回る小説が出てくると思うとすごく楽しみですね…。この実力ならどんなジャンルでも書けると思うので過去作品のリライトなどするのも面白いのではないでしょうか

謎のギガウサギ
世間知らずなもので大変お恥ずかしいのですが、もしかして「看取られモノ」というジャンルが既にこの世には存在するのでしょうか……? 脇道横道は全て廃し、雨城フウカという人物の振る舞いを書き綴ることに特化した潔さを感じます。語り手が饒舌になれない状況なので、読者もじわじわとしか状況を知ることができないという点もスリリングでいいですね。
 どんなオチがつくのかとわくわくしながら読むことができました。最後のギミックも納得感があり、けれどちょっと切ない読後感で良かったです。
 それにしても、30分…! 映画がいつまでも見終われない人生…人生のリロードするだけで毎30分が終わってしまいそうです…しんどい人生だ…。

謎の闇鍋
 タイトルが全てなのであらすじを省略します。
 ええと、『看取られ音声』というジャンルが何かあるんですね。世情に疎くて何のことやらでしたが、今回レギュレーションで「基本的に一つの作品内で物語を完結させてください」ということになっているので、作品外の情報を参照する必要はないはずと判断し何も調べず、前情報なしで本編のみ読みました。
 一読して感じたのは、「これはラジオドラマだな」ということでした。たいへん台詞が多いです。わざわざ声に出して言わないであろうモノローグ的な部分も本作ではすべて台詞になっているため、その読み味の続く感じがちょっと読者を選ぶかな? という印象でした。地の文が看取られる側の一人称でその人物は一言も喋れず、看取る側が全部喋るのですがもちろん彼女は地の文で語ることはできないので、このセッティングで「記憶が30分でリセットする彼女に看取られ」をやるとすればこうなるしかないかもしれません。元ジャンルそのものがそういう感じなんでしょうか。『音声』と言っているから本当に音声フォーマットで行われているジャンルなのかもしれませんね。だとすると小説フォーマットでやるには工夫が必要なのかもしれないな、と個人的には思いました。難しそう。
 思考実験、トリックとしては、規定の短時間しか記憶がもたない恋人から死に行く自分をきちんと消すには? という仕掛けは面白かったです。メフィスト系でありそうな感じかも。

64.冬に見た、夏の夢/さく

謎の有袋類
 初参加のさくさんです。ありがとうございます。
 鳥居をくぐったことをきっかけにタイムスリップしてしまい、謎の犬っぽい化け物に狙われている4人を中心にしたお話で、主人公である優の夢を通した回想で夏にあった出来事を振り返るという形の一人称小説。
 TRPGやクトゥルフが好きとのことなのですが、なんとなくこれもTRPGのシナリオであったら楽しいだろうな…と思いながら読むことが出来ました。
 カクヨムに小説を書くのが初めてなだけで、文章を書きなれているのか人物の動きの描写や与えられる情報がとてもわかりやすいです。
 とても面白い作品なのですが、中編や長編の第一話や導入といった趣が強くて、物語の中で起きたことのほとんどのことが謎に包まれたままでお話が終わります。
 クトゥルフにあまり造詣が深くはないのですが、こういう謎をモリモリ残して生き残って終わるのも多分クトゥルフとかホラーのフォーマットの一つっぽい。
 これ、中編とか長編の導入としてなら満点に近いと個人的に思うんですけど、上限一万字の小説としては少し世界の規模が大きいので、一話を切り取ったお話みたいになってしまうのがすごく惜しいなと思いました。
 せっかくなので講評が終わった後にこれの続きとか書くのも良いのではないでしょうか?
 僕も今回きつかったんですけど、一万字以下の小説を書く場合、色々絞って書かないとかなりカツカツになっちゃうんですよね。
 書く力は十二分にある作者さんだと思うので、次回の短編チャレンジでは文字数に合わせて世界や人物を小さくしたり大きくすることを意識すると超強くなると思います。
 また、コンスタントに小説チャレンジしてくれたらうれしいです!

謎の闇鍋
《鳥居を潜ったら1992年で、犬のような黒い化け物に襲われた。化け物は何なのか、何故襲ってくるのか、戦い方はあるのか? 四人は仮説を検討しながら行動するが――》
 山車と鳴り物、露天と雑踏。祭りという異空間から異空間へのタイムスリップ。このタイムスリップ場面を描くのではなく、既に時間移動し化け物と一戦あった後から物語が始まることで、パニック映画の冒頭みたいな「まだ何も分からない」の空気と共に速いテンポで世界観に招き入れられます。一方でなんか食おうぜみたいな話も挟まり、それはそれで異常事態におけるリアリティって感じがして私は好きなエピソードでした。
 また展開が小説らしいと言うよりはそれぞれのプレイヤーがいるゲーム(例えば)の展開ログの感じがあります。謎もたくさん残っていて、タイムスリップのことも化け物のこともそうですが、何故灰になるのか、主人公たちを見ていた人影は誰なのか。そして物語自体もまだ続くところで終わっています。残ったプレイヤーはまだ行動を続ける。伏せられたカードがまだ幾つもあり、何をすることでどの効果が開くのかは分からないまま。なので、全体に予告編素材を観た感じです。
 彼らはなぜこういうことになったのでしょう? 元の時代に帰れるの? 続きが読みたいお話でした。

謎のギガウサギ
 タイムトラベル先で謎の存在に襲われるお話。短編ながら優と彰久の人物描写に手を抜かないことで、キャラクターが理解でき親近感が湧きます。長編小説の一部分を読んでいるような感覚。「その毎日が軽くて重い」など、ところどころに文章を引き締めるような素敵言い回しが光っており、その方面でのセンスを感じます。
 それだけに明かされなかった謎が気になり過ぎますね…謎の化け物、使役者、灰になる現象、支援者…飛ばされたのが主人公格2人の生まれた年なのも意図的なのでしょう。是非解明編を…解明編を…!

65.創作メモ 〜アイリーン・F・ウッド〜/藤原埼玉

謎の有袋類
 埼玉さんの二作目は自作の解説です。
 全作品を読んで講評を付ける闇の評議会に強制的に自作の解説を読ませることが出来る一種のテロですね。
 この時点ではレギュレーション違反ではないので講評を個別にしてくださいと他の闇の評議員にも伝えました。
 レギュレーションの禁止事項④にも書いてある通り「基本的に一つの作品内で物語を完結させてください」なのでこちらの解説は埼玉さんの講評に影響していません。
 こういった解説は、講評が終わった後などに読みたい人が読める場所に置くのが多分良かったと思います。
 僕も本物川小説大賞きっかけで小説らしきものを書き始めたので、創作が楽しめている人がいるとわかったのはよかったです。

謎のギガウサギ
 初めて自分のお金で単行本を買い集めたのは「るろうに剣心」なのですが、そこに載っているキャラクター創作秘話が面白くて。型月育ちの自分が月姫読本や各種マテリアルを読み漁るタイプの妖怪になったのも必然でした。
 そんなわけで創作メモなのですが、それぞれの作品には意識的であれ無意識的であれルーツはあり、要素を組み合わせることでまた別の作品が生まれるのだなぁと改めて思わされます。メモには作品を書きながら作られるものと、書き終えた後で振り返るものがあると思うのですが、書いたことで初めて見えるものもあるので、サイクルを回していくのがよいのかもしれませんね。

謎の闇鍋
 最初になんですが、本作「はじめに」の中に「アイリーンの方と込みで講評頂けたら」とあるのですが今回企画レギュレーションで「応募した作品同士に関連性を持たせるのは構いませんが、基本的に一つの作品内で物語を完結させてください。他の話やキャプションをじっくり読まないと内容が分からないものは控えましょう」となっていますので、自分なりに努力して二作まったく独立のものとして読み、感想を書いたことを宣言しておきます。できたら逆の順番で読むべきでしたが、もはやどうしようもないのでこのままやりますね。
 あとこれは老婆心ながらといいますか、私の勝手な感覚ではあるんですけど、私がこれまで賞が出る系の(評価のつく)自主企画に参加した場合は、創作メモや自作解説はその企画の応募期間が終わるか結果が全て出てしまった後に公開するようにしてきました。これは、期間中にそうした舞台裏を発信することについて、
「こうして追加素材を出してしまうということは、自分は本編のみで勝負していないのではないか? 結果レギュレーションを守れていないのではないか? 書き手の望む読み方や書き手の内部の事情を汲んでくれというメッセージになりかねないのでは?」
 と思ってしまうからです。
 もちろんこれは私個人の感じ方であって、私が勝手に自分ルールとしてやっていることですので、他の人に対して強制力はありませんが、作品説明部分で「鍋島さんに影響されて作りました」と明記していらっしゃったので、一応私はそういう感じでやっていますよ、という補足としてお読みください。
 で、内容ですが、どうなんでしょう、私も自作解説系の文章で、「直前期にこんな既存作品にハマっていてその影響でこうなった」と書くことはままありますが、「既存詩集のこの節完全にパクりました」はかなりマジでヤバそうなやつではないかと思うのですが大丈夫なのでしょうか。
 しかしこれは「こむら川小説大賞」に投稿された作品なので、いかにジャンルが「エッセイ・ノンフィクション」になっていようと小説であろうと捉えます。じゃあセーフかな。セーフかもしんない。いやヤバいか。わからん。判断は控えます。以上、ご査収ください。

66.霧の中/宮古遠

謎の有袋類
 狐さんの被造物コンで素敵な球体間接人形のお話を書いてくれていた宮古遠さん。
 今回の作品は、被造物コンのものよりも文体はやわらかめなのですが、相変わらず僕が好きな文体ですごくうらやましいです。
 霧の中から始まり、意思疎通が言葉では行えない少女と共に進んでいく主人公が様々なことに巻き込まれ、霧の中へ戻っていくお話…。
 出てくる台詞のほとんどが読者にわからない形になっているんですが、それでも負担が少なく面白く読めるのは宮古遠さんの実力のなせる技だな…と思いました。
 幻想的でどことなく怖い風景も、それが温かなものに変わる瞬間も美しく描かれているのと、個人的に少女の言葉を「鳴く」と書いているのがめちゃくちゃ好きです。
 終盤になって主人公が「―――ゆくぞ」と明確に声にして発してからの「ゆくかい」がエモで…。めちゃくちゃよかったです。いつのまにか霧の中が得体のしれない怖いものから、どことなく怖くない行くべき場所のようなものに読んでいて印象が変わるのもすごい体験だな…と思いました。謎はいくつも残っているんですけど、知りたいけど明かされなくても納得感と満足感がある作品でした。
 まだ読んでいない方は、これ縦読みで読むと更に雰囲気を味わえるのではないでしょうか。

謎のギガウサギ
 霧、白い少女、廃墟、黒の影、孤独なロボット。雰囲気的に非常に美味しい要素を持ち込みつつ、浪漫溢れる文体で飾られた作品です。謎が謎を呼ぶストーリーですがアクション要素もあり、幻想描写とスタイリッシュ展開が良い感じのバランスで詰まっています。余談ですがこちらの方の創作DNA、僕とかなり合致率が高い気がしますね…。
 詩的文体の奥に重たい設定やバックストーリーの存在を感じるので、もう少しそれらを前に出して頂いてもよかったかもしれません。
 主人公と少女のメリーバッドエンド的な終わり方は物語全体の雰囲気にぴったりでいいですね。

謎の闇鍋
《灰色の僕は、白い霧の中を真っ白な少女に導かれて歩く。蔦と明滅する白い花に覆われた廃墟。蝕花症の記録。襲い来る黒の影。僕はなにも思い出せず、少女は「きあ」としか鳴かない。》
 色彩の対比表現が美しい幻想的な物語です。謎の花で滅びた文明の跡地で、影に襲われ、ロボットに救われ、「きあ」と鳴く白の少女は花に孕まれて回復する。影はなぜ白の少女を付け狙うのか、「僕」は何者なのか、結局分からないまま物語は途切れるように終わるのですが、それでも、ふたり一緒です。彷徨い霧の中に消えるとしても、一緒。なぜか、それでいいのではないか、と思ってしまう不思議な物語でした。
「少女が大きな花に包まれ、閉じた蕾が明滅する」という光景、いいよなー。おやゆび姫のヴァリエーションだよなー。私もこういう植物系のファンタジー書きたい。やわらかお花とやわらか少女、絵的に夢があります……。
 影の文字化け発声とか異物っぽい軋み感があってすごく合ってますし、「僕」の描写は戦闘時ですらどこか静かで、こうした書き方にありがちな(悪く言えば)ポエムに陥りがちなところがなく、ストレスなく読めるのは文章力だなあと思います。メルヘンの香りもありながら退廃。おいしかったです

67.たわぶれの森の、銀の髪/灰崎千尋

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞では、眼鏡男子賞を見事に撃ちぬいた灰崎さん。
 それはまた別のおはなし…そんなことを言わずに続きを書いてください…と読み終わってすぐに思ってしまいました。すごい好きです。
 ウェールズの方にある妖精の逸話や伝承を元にした世界観だと思うのですが、僕もすごい好きなのでワクワクしながら読み進められました。
 長編などの物語の導入としては完璧だと思うのですが、短編で完結しているかと言われるとこのお話だけだと世界観の説明と人物紹介だけで終わってしまってるのかな…という感じでした。
 本当に世界観も作りこまれているし、キャラクターも魅力的で、文体も物語に合っているので、講評が終わったらこれを導入にして続きを書いて欲しいなと思う作品です。
 魔女が使う魔法が、万能なのも好きなんですがこういう隣人の助けを借りながら行うものもいいですよね。

謎のギガウサギ
 はいここに来て魔女の登場です。こむら川は伝奇要素がよく流れてくる川の様子。ヤギの尻尾座のネーミングのくだりのような「本筋には影響しないけれどリアリティを増すのに一役買ってる」要素がとても良いですね。ちなみに、何にとは申しませんが主人公の名前をひたすら空目し続けたのは内緒です。
 文章力に非常に優れた方で、するりと読めるのに頭の中に豊かな情景が広がります。これはまさに言うは易しで、読者にとって「何を詳しく書いてほしいのか」を適切に掴まれているのだろうなと。ファンタジーが舞台の作品におけるお手本のようなバランス感覚ですね。
 内容についても、おやおやこむら川でちらほら見かけてきた少年×少年ではないか近う寄れ……と思いきやもっと美味しい設定(ダイレクトな表現)で意表を突かれました。間の存在であるからこそできることもある、というのは救いがあって好きです。他の作品も読みたくなりますね。

謎の闇鍋
《劇作家見習いのハンツは、師匠の使いで霧の壁を越え、魔女の家に通っている。家の奥には『たわぶれの森』があり、ハンツはそこで『銀の髪』に引き合わされる。》
 人の街と不思議の森、その境にある魔女の家。妖精、薬、芝居……まるで古いお伽噺のような世界観の中、どっちつかずの存在『銀の髪』と、魔女に信頼されたハンツが出会っていくファンタジーです。
 舞台を彩る様々の設定が興味深く、背景に広大な地理情報や魔術体系の存在を感じますが作中では明かされません。物語自体も起承転結というよりは起の部分を切り出した感じで、描写が素晴らしかっただけに出会っただけで放り出されるラストが惜しかったかもしれません。
『銀の髪』に芝居の一節をやって見せるというエピソードはすごく好きです。演技はそれ自体が舞台上に別の準現実を見せる魔法のようなもの。ハンツはいわば人間独特の魔法を使う劇作家の弟子というわけです。台詞をやって見せたハンツを『銀の髪』がすごいと誉める、これだけでもう相当面白いシーンで、それだけにラストに書かれた「国を揺るがす大芝居」とは何だったのか本当に気になる終わり方でした。

68.瑠璃色の髪の乙女/灰崎千尋

謎の有袋類
 灰崎さんの二作目です。
 一作目はファンタジーでしたが、今回はSF。女性型アンドロイドであるシレーネの一人称で進む物語なんですが、全体的に温かくてほっこりしています。
 世界観の説明も、どことなく他人事というかあっさりと語られるので説明的にもならずにすんなり呑み込むことが出来たのと、アンドロイドは通常どう扱われていて、シレーネという存在は違うということもさらりと導入部分に書かれているのはとても鮮やかなお手並みという感じでした。
 荒くれたちが喧嘩をしたり、しょんぼりするという日常の後に描かれるシレーネちゃんの「歌」も、なんでも歌えるのではないところがすっごい好きで、スポットライトを浴びて小さなステージで歌うことの「特別さ」とか「ワクワク」が伝わってきて自分も彼女の歌を聞きたいと思ってしまいました。
 冒頭で何の気なしに書かれていた「腰まである自慢の青い巻毛を念入りにブラッシングして」という一文も、最後の方で一気に意味が重くなって爽快感のある読後感でした。
 5000字以下の短編とは思えない満足感とカタルシスを味わえる素敵な作品でした。

謎のギガウサギ
 ……と思いきや2作連続だよ! 早くも叶ったよ!
 打って変わって一人称口語体。軽やかに語られるアンドロイドの独白。
 それにしても『ねぇ、歌って凄いわね。私は予めプログラムされた通りに歌うだけなんだけど、これってものすごくメモリを使うのよ。』この辺りのくだりは白眉で、歌うことを人間以外の目線から、これほどまでにユニークに評した文を僕は知りません。逆説的に尊さが伝わる素晴らしい表現。アンドロイドの名前についても腑に落ちました。
 音が聞こえない小説という媒体だからこそ、読み手の中にあるそれらしい歌が自ずと再生されてきて、果たしてこれは物語の中の歌に近いのか遠いのか…そう考えるだけで楽しくなってきます。
 短いお話なのに、アンドロイドの人柄もオーナーの人柄もしっかり伝わってきて、心が暖かくなります。

謎の闇鍋
《人類が火星に移住して五世紀。地球と火星の間にある燃料スタンド、そこに付属のダイナーには瑠璃色の髪の歌姫がいる。彼女を目当てに通う客、彼女の髪を洗うオーナー、そして虚空に浮かぶ青い地球。》
 キュートなSFでした。必要ないのにアンドロイドに人間のように個室を与えたりカーテンを掛けたり、給料の支払いさえするオーナー(マスターではなく)。そのもとでダイナーを切り盛りし、時には歌姫となるアンドロイド、その名もシレーネ。宇宙航海時代の波間に存在する店で船人を惹き付けるセイレーンということでしょうか。けれども彼女は船人を溺れさせたり船を難破させたりはしません。ただ淡々と穏やかに、オーナーと暮らし、たった三曲の好きな歌を歌っています。その日常感がとてもよかったです。
 SFというと目の覚めるようなテクノロジーや大冒険を思いがちですが、どのような技術レベルの時代になろうと人(と、もしかしたらアンドロイド)の地味で平凡な日常は必ずあるはず。そうした普段の体温が分かるようなSFって好きです。それに、起こっているのはいつものことでもこのお店は全然普通じゃない。地球が見えて、地球の色の髪をしたシレーネがいるのですから。

69.グルメモリ/いさき

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞にも参加してくれていたいさきさんです。
 前回はモラトリアムで虚しさを抱える大学生を書いてくれましたが、今回は高校生。そして可愛い真紅のドレスを着た夢魔ちゃん…。
 グルメモリという多分グルメとメモリーをかけたタイトルもキャッチ―で僕は好きです。
 記憶を食べる夢魔の設定や、夢魔への好意を通して自分から行動をしていく主人公、そして人とつながりが増えていく…というお話はすごくよかったです。
 夢魔エリスと主人公の別れがちょっと唐突というか、二人への尊い気持ちを抱く前にさよならになってしまった気がするので、一万字以下の短編という制限のある中では冒頭からエリスちゃんを登場させたり、モノローグを削りつつエリスちゃんと主人公のやり取りを重ねるともっと結末にエモと破壊力が生まれるんじゃないかと思いました。
 第十回の時に謎の酔っ払いさんから言われていた「主人公の心を大きく動かす」が出来ていて、こういう風にフィードバックを即活かせるのはすごいと思いました。
 書けば書くだけどんどん強くなっていく方だと思うので、コンスタントに色々なものを書いて欲しい作者さんです。

謎のギガウサギ
 はい、「夢魔」という文字列を目にしてヨコシマなストーリーを想像した人は手を挙げなさい。先生怒らないから。みんなは目をつぶって。さあ。

 というわけで今度は夢魔です。ファンタジー勢ぞろい川ですね。素晴らしいことです。
 記憶を差し出すというのは、失われた記憶がどのようなものだったかさえ思い出せなくなるわけですから相当な恐ろしさだと思うのですが、逆に自覚できない分簡単に差し出すこともできてしまうという、考え方によってその取り扱いが大きく変わる行為なのかもしれません。だからこそ、自分から記憶を差し出すという行為に尊さが生まれる。このオチには思わず唸らされました。
 それにしても夢の中で遊んでくれて現実世界の方もいい感じに促してくれる夢魔とか脳内に一人欲しい……。

謎の闇鍋
《空しくつまらない毎日を送る高校二年生の主人公。彼の夢には夢魔エリスが現れ、美味しい夢を要求する。しかしエリスはグルメな夢魔だった。主人公は何度も「やり直し」を突き付けられ――》
 夢に居座る夢魔に指図されて、一人の記憶ではない、誰かとの記憶、リア充の記憶を生じせしめるためクラスメイトとコミュニケーションを取るというこの動機のアレさ。いいですね。食べたがる美少女には勝てない……。
 ただの注文の多い食欲美少女かと思っていましたが、ラストの展開ではマジで夢魔らしい夢魔の性質が出たのでウワーッとなりました。育てて喰うやつだった。奪うものは奪ってるし、ちゃんとした夢魔だ!!!
 夢魔としてはこうして様々な人間をリア充にしていくことで人間界の幸福度が上がり、累積効果で人間群全体からより多くの食料を得られるのでwin-winってことでしょうか。養殖とか栽培とかいう感じですよね。この世は畑、この世は生け簀。取り殺さずに生かしてリリース、資源保護の精神よきです。
 エリスの記憶は回収されても主人公にはこれから続く人間関係が残されました。ひょっとしてこんなことがあったなら、と想像するとちょっとかわいいお話でした。

70.待機/@shiki1409

謎の有袋類
 人権獲得おめでとうございます!ボラニキも初めて小説を書いたということで、まずは完結おめでとうございます。
 一定期間内に特定の条件を守って作品を完結するのはすごいことです。
 作品の方は、星新一作品とかで扱われそうな死後の世界はお役所仕事だったという結構よく見るアイディアなんですが、これ導入がすごく良いですね。
 走馬灯をそういう風に使うのいいなーと思いました。最初の「助かるヒントが…」でミスリードを誘ってから、死後の手続きをする案内人が来るのはステロタイプな設定でも新鮮な感じがしたのと、きちんと一度使った走馬灯を「暇つぶしのためのサービス」と位置付けたのが好きです。
 あと何よりこのお迎えにきたやつの性格が悪いwなんだよこいつw
「私も貴方みたいにゲームしたいな、一杯」がめちゃくちゃ嫌味っぽくて笑ってしまったので100点です。
 会話の掛け合いも、文章もはじめてとは思えない完成度なので、これはぜひ今後もいろいろ書いて欲しいなと思いました。
 またケツを蹴るから一緒に砂場で遊ぼうね…。

謎のギガウサギ
 伝奇要素が出てこないと思ったら落語だった。こむら川には多様な生き物が生息しています。それにしても主な登場人物としては主人公と性格の悪い職員くらいしか出てこないのに、この腕を引っ張られるように読まされる引力はどうしたことでしょう。小説で開催する一人語り芸はお寒いことになりかねない諸刃の剣なのですが、本作は絶妙な掛け合いです(一人だけど)
「違います、私は単に性格の悪い者です。」
「もしや、俺はすでに地獄にいるのか?待機地獄なのかここは!」
 この辺りはファミレスで吹き出しそうになりました。
 作品全体を通じて無駄が見られないのは、おそらくこのオチに向けて全力で設計されているからなのでしょう。お見事。

謎の闇鍋
《エナドリ連続投下で三日三晩のネトゲをした結果死んだ。走馬灯。お迎え。そして、待機。》
 人類は繁殖し、死者も増加し、官公庁の人件費削減は行くところまで行ってしまい(推定)、結果としての、番号札をお取りになってお待ちください。順番にお呼びいたします。ぴんぽーん。
 ありそう。
 死者、もう年取らないし、飯食わなくていいし、原理上動かないから割といつまでもお待たせしてもいいし、脳直でお問い合わせ電話できるし、多分コールセンターはアウトソーシングされてるし、コルセン業務は厳しいから人手不足でなかなか繋がらないし、何なら延々呼び出し音だけ鳴るようにしてある可能性ゼロではないし、その結果会えたのがどっかの国の出入国審査の人みたいな雑な窓口担当。いいですね雑です。世界の運用現場が雑!
 こういうアイロニカルな死ネタのファンタジー結構好きです。主人公、待機に意識が行ってしまい、もう楽しみにしてた漫画やゲームのことも思い出してないし、着実に「現世を離れる」をやり始めており、これはわりとちゃんと死ぬ話ですよね。それが後からじわじわ面白くなってきました。この調子でどんどん忘れていくんじゃないか? それって実質、成仏なのでは……?

71.カルナヴァル/@Pz

謎の有袋類
 戯曲 小説 ちがい で思わず検索してしまった一作。
 僕は実際に戯曲というかこういう舞台を見たことがないのですが、お面を付け替えたり、回想をするのにスポットライトをその人に当てるみたいな演出は想像できて、とても面白かったです。
 小説家と言われると、個人的にはこの戯曲を作中作とかにするのもありだったか、これを舞台で演じる人がいるではない表現はなかったのかなーとどうしても思ってしまいます。
 あと、こう…まどろっこしい言い回しをする男性が直情的な女性にやらかしをされるお話は好きなのでこれからもこっちの方向性でいろいろ書いてくれるのはすごく楽しみです。
 Pzさんのこういうロジカルクソ野郎VSメンヘラ女みたいなのどうしても実体験はどのくらい入ってるのかとか気になってきてしまいますね。

謎のギガウサギ
 お、おお……? これは……台フォン……?(動揺
 能面もイタリアの仮面も出てくる仮面劇を台本形式で読ませる作品です。残念ながら当方は教養不足でして、たびたび登場する様々な名前の仮面については検索しながら読むしかない有様、作者の方に届くような講評が書けるかどうかは甚だ自信がなく。
 それにしても仮面を用いた演劇をベースとしつつ、オチの部分で登場人物達の振る舞いと自己認識に齟齬が生じているとするならば、あの仮面は「願い」なのか「偽装」なのか「誤解」なのか、いろいろな見方ができますね。それにしても女2は一体何者だったのだろう……。

謎の闇鍋
 本作は戯曲です。こうしたネット小説の企画では少し珍しいのでしょうかね。私も普段は『サロメ』しか読まないです。あとせいぜい『青い鳥』ですか。なので戯曲素人と言えましょう。
 戯曲は劇文学ですから短編小説の企画に出てきてもおかしいことはないです。ただ、割とみなさん読み慣れてない可能性は高いので、ややハイリスクな選択ではあるかもしれない。また個人的に戯曲や詩は速読せず頭の中でちゃんと発音して読むのですが(本来そうして演じられるはずですから)、翻訳調であまり漢字を開いていない台詞はもはや総ルビでもいいくらいだな、と思いました。
 女1がプルゥトフ(Plutoのことでしょうか?)、男がアポロンとヘリオスを言い、また最後に女1が今度はオイディプスの名を言うのですが、男がアポロン的な理性のキャラクターなのかな? みたいなこと以外、不勉強で意味は分からなかったです。紙の本だったらページ下にもりもり註釈書いてほしいやつですね。楽しそうです。
 タロットやペストマスクが登場しギリシャ神話の神の名が取り沙汰される台詞で泥顔やら般若やらの面が用いられる取り合わせ、困惑から決裂へ進む女1の心中が面の変化によって垣間見えるつくりは非常に面白い試みでした。
 それにしても、泥顔の面で現れる女2は女1と同一人物だったのでしょうか?

72.ファイナル・デッド山本ピュアブラック純米吟醸/和田島 イサキ

謎の有袋類
 逢坂さんの方から来てくれたご新規さんです。参加ありがとうございます。
 尻に純米吟醸を刺して死んでいる美女が開幕から飛び込んでくるロケットスタートは完璧ともいえる作品です。どういうことだ…。
 独特の口調の主人公であるリリムと、尻一升瓶生け花が似合う美女、つくしさんのやりとりを中心にしたお話なんですが、リリムちゃんの口調が癖になってきて良いですね…。徐々に明かされるリリムちゃんの仕事とかつくしさんのパーソナリティのテンポも良くて楽しく読むことが出来ました。
 リリムちゃんもつくしさんも人の心がない・わからないとのことなんですが、リリムちゃんは訓練とか300年の積み重ねがあるから作品内でのやらかしが少ないのだと思うのですが、リリムちゃんの人の心がない激やばエピソードなどを放り込むと説得力が出来て描きたいテーマが際立つかもしれないなーと思いました。
 やりたいことを諦められないリリムちゃんと、なんでも出来るが故に正論パンチで相手を諭してしまうつくしさん、正反対に見える二人ですが人の心がわからない同士というのがエモでよかったです。
 二人が交流を通して、どことなく前向きになるところと、オチの最悪さで笑ってしまいました。
 人工肛門になってリリムちゃんが正式採用されるまでの猶予分生きられるかな…と心配してしまったのは秘密です。

謎のギガウサギ
 これほどまでに一行目から不安になる小説、僕、初めて。どういう人生を送ってきたらよしこんな冒頭で小説を書いてやれと発想するのですか。というか山本ピュアブラック純米吟醸って実在のお酒ですよね……今すぐ謝ってきてください蔵元に……。
 見習い死神と死にたてほやほや死体の不思議な(不思議すぎる)交流のお話です。よく読んでみるとなぜ山本ピュアブラック純米吟醸に白羽の矢が立ったのか(犠牲になったのか)がわかってきます。確かに雪景色に映えそうだ。
 私も北国育ちの人間なので酒と寒さのマリアージュは死を招くというのは重々承知していますが、よりにもよってうら若き女性が、尻に……いや途中の展開もラストもいい話風に書き上げていらっしゃいますが、「素敵!」と掌返しするには一行目のインパクトが重くてですね。才能ですよね、これは……そして普通に文章が読みやすい。高いリーダビリティでとんでもないものを提供されてしまいました。悔しいですが面白い。降参です。

謎の闇鍋
《尻に一升瓶を突き刺したまま、春先に雪の下から見つかるのがよく似合う女だ。》
 果たして有休の朝イチに読むものだったでしょうか。パンチがある。これが川の流れ……。
 ロケットスタートの登場人物少なめにトンチキでエモと短編パンチに要求される条件を見事満たしてきてるんですが一行目どうした??? なに? セルフ拡張プレイ? 最後まで経緯が明かされないんですけど何やってんの何でお家から出たの????? 酒の弱い人は本当に不便ね!(やや強い人目線)
 つくしさんの前途も十分に心配ですが、りりむちゃん。デリカシーがなさすぎて失敗とは、これまでの事件簿が知りたいところです。どれほどのやらかしを……二、三、そのへんチラ見せしてくれても嬉しかったかもですね。ヤバいことになってるんだろうなあ。
 パンチ系スタートでも失速して終わると残念な感じになりますが、本作についてはラストが本当にひどく(誉めています)、りりむちゃんそういうところがデリカシーとかのあれだぞ! と思いました。つくしさんに幸あれ。現代医学がんばれ。お酒は控えて!

73.名無しの竜と赤ん坊/綿貫むじな

謎の有袋類
 モチの狸さん!二作目は竜と人のお話です。
 優しい母親の語り手ではじまる竜と人の不思議なお話は、絵本のような世界観の心温まる前半と、後半の少し悲しい英雄譚という構成です。
 異種間交流いいですよね。それに竜親子のしきたりや、竜の力を受け継いだ青年が体格で劣る竜に知恵を利用して勝利を収めるところがすごく好きです。
 雷が落ちてきて武器にそれが宿るのめちゃくちゃ好きなので「かっこいい…」とテンションが上がりました。
 最後に明かされる話し手の正体が、竜の翼と金色の瞳を持つ竜人の一族という部分が「あの後青年はきっとなにかをしてこうして長い間語り継がれているのだろう」という感じでいいですね。
 個人的な趣味で気になっていることなんですけど、竜人の場合もやっぱり父と子とか親子で殺し合いまではないけど腕試しみたいのはあるのでしょうか?
 僕の好みの話になってしまうのですが、父と兄が戦って腕試ししたよみたいなことをサラッと前半に入れたりしてみると、最後の種明かしの時に「あそこで言ってたのこれかー」って更に種明かしされたときの楽しさが増すかも?
 竜人とか竜が人の子を育てるとかすごい大好きなのでとても楽しく読めました。
 瞳の色が怒ると変わるという設定も大好きです。温かい気持ちになりつつも少し切ないファンタジーでした。

謎のギガウサギ
 森に住まう竜と、竜に育てられた子どものお話。竜が子どもとの関係性を見直した時点で「あっこれは展開によっては悲しいやつ……!」と思いましたが的中してしまいました。これはエモい……エモ悲しい……せめて最後に気づくことができて本当に良かったと思いました。とてもきれいなお話です……えっ、モチの作者の方なんですか……?
 プロローグとエピローグがとてもいい味を出しており、民話的なエピソードだけを見れば悲劇ですが、その生命がしっかり後世にも受け継がれているというのは救いがあって良いですね。ちょっと現代的な作品には少ないのかもしれませんが、こういうやや古風な信念や美学が感じられる物語は好きです。

謎の闇鍋
《昔々あるところに、森に棲む竜がいました。ある時竜は、縄張りの端で人間の赤子を拾い――》
 知恵深き生き物なればこそ異種の子である赤子を何とか死なせず育て、やはり人に帰す判断もした竜。瞬く間に大きくなって現れた子は、知らず竜の親子の通過儀式をなぞるような行動に及ぶ。エモエモのエモですね……
 竜の子育て、帰って来た子との戦いなど要所要所の描写も丁寧で目に浮かぶよう。子育てパートはとくによかったです。何しろ竜が試行錯誤している……! しかも賢い。人間をよく観察してきたのだなぁと感じさせます。
 物語が竜の親子パートのみではなく、それを昔話として語る後の親子のシーンがあるところでファンタジーとしての広大な世界観が立ち上がります。今やまるで神話のように語られる昔話のその後、ヴィーダルがどんな風に生き血を繋いだか、竜の血を受けた子孫たちが秘境でどのように暮らしてきたか、想像の余地が生まれてとてもいい構成だと思いました。

74.砂の城/修一

謎の有袋類
 ねこはいます。
 多分なんですがSCP-040-JPを参考にした作品でしょうか。小屋の中にいる「ねこ」という点から多分そうだと思うのですが、元ネタと違って黒い毛が生えているので更に猫に近い何かなのかねこが変化したのかはわかりません。
 不穏な雰囲気と少女を襲ったのであろう不遇な環境、奇妙な共生生活の雰囲気がすごく好きです。
 僕に前提知識がないからか、白い人が現れたあたりから少し置いていかれてしまって「ど…どういうことだろう…」となってしまいました。ごめんなさい。
 なんとなく、人ではないなにかが少女を元の世界へ戻して、少女はそのまま溺死をするか、ねこに飲まれるのかな?
 白い人もSCP財団に収容されているなにかなのでしょうか?SCPに詳しくないので調べきれませんでした。
 ホラーだと説明しすぎるのも陳腐になってしまうので加減が難しいと思うのですが、もう少しだけいろいろな説明があると前提知識がない状態で読んでいる人でも怖いと思えたり、出てきたなにかを更に不気味に思えるかもしれません。
 ねこはいました。

謎のギガウサギ
 海から始まる不思議な物語。一人称で語られる独白に混ざる叙情的な表現がそこはかとない物悲しさを滲ませており、引き込まれます。ねこはおそらく何か悪いもので、まっしろい人は悪いものを退治する良いもののはずなのに、主人公の主観で語られるためにその境界が曖昧になるというのがユニークです。欲か記憶を喰うねこだけれど、主人公がいていい場所を、いるだけで許される場所を与えてくれるのもまたその存在であるという。
 ジャンル的にはおそらくホラーだと思うのですが、ホラーが一番怖いときというのは自分の存在そのものが揺らぐ状況で、多分この物語の主人公が直面している悲しみそのものが「自分がいていいかどうか」に由来するものだからこそ、奇妙な恐ろしさになるのかなと。

謎の闇鍋
《海に入り、ねこに拾われた。『こども』と呼び掛けるねこ。空っぽの屋敷。白い人。》
 理由や説明が一切ない系の奇妙な話です。ねこや白い人が何なのか何をしていたのか、屋敷がどこにありどんなものなのか、一切語られません。一瞬フラッシュした幻影なのかもしれない。台詞の意味も結構分かりません。なんか文脈があるのだろうか? まあ例によってレギュレーション通り本編単体で読みます。まったく何だか分からなくてもするする読めるしヤバみも高まるのでちゃんとしているのでは……?
 というか、ねことはなんだ。概念のねこ。観測を求めるねこ。
 このねこらしきものの目が赤い。一味違うねこですね。赤が作品を通して主人公の視界にちらついている。赤は死のような命のような色で印象的です。作中ほかに特別赤いものは出ませんし、うまい色使いだと思いました。
 居場所を失くした主人公の奇妙な夢のような物語でした。

75.僕の私の飼育日誌/ぶいち

謎の有袋類
 ホラーと言えばぶいちさんになりつつありますね。
 冒頭から既に嫌な予感の漂うスタートで、生き物の死骸の扱いがずさんなことが印象に残るんですが、これが天丼されるのすごくよかったです。
 地震が頻繁にあることでなんとなく予想は出来ていたのですが、人間も飼育されていたパターンいいですね。宇宙人はちょっと唐突かな?と思ったんですが好みの違いという範囲かもしれない。
 もう少しだけ宇宙人が飼育してると種明かしするときに「あー!そういうことだったのか」となれる仄めかしがあると、最後の種明かしの威力が上がる気がします。
 ぶいちさんの作品、本当にじわじわ嫌な感じや嫌な気配を忍びよらせるのがすごく上手で毎回「ひえ…嫌な気配がする」と思いながらも読み進めてしまう怖さがあるのでこのままどんどん強いホラーを書いていってほしいです!

謎のギガウサギ
「飼育ケースに入れて育てたカブトムシの死骸に白くカビが生えているのをじっと眺めている。」この文章を読んだ瞬間に「警戒警報! 警戒警報!」というアラートが脳内に響き渡りました。主人公がその場の思いつきだけで行動している気配なのも非常に不気味です。この人物に彼女がいるというのは如何せん許し難……え、何ですかその急なクトゥルフ的な発言は……え、ちょっと、待っ
 主人公の振る舞いと後半の展開がガッチリとフラクタル構造になっており、クトゥルフに明るくない僕にもコズミックなホラーが無事ビッシビシに叩き込まれました。主人公の行動も読み返してみれば非常に本能的で、一人称視点なのに他人事感がすごいというか、淡々としている感じが非常にしっくり来ます。意図的にやっているのだとしたら凄まじい。
 タイトルの回収も見事です。

謎の闇鍋
《飼育キットの中の虫を見る。揺する。捨てる。次は何を飼おう?》
 人の心がないので地震のあたりでもう「アッこれは……もしやそういう……」となってしまったのですがマジでそうでした。こういう相似系の構成は好きです。おお我らが救世主J! お帰りなさい! 水曜日は半額! (分かる人だけ分かって最新作インターナショナルの出来に泣こう)
 それはともかく、一番うまいなーと思ったのが、窓の外に何を見たか、実際の姿が描写されていないところです。何だか分からないうちに視点が移動する、このスピード感。おかげで二回目読むまで「窓に! 窓に!」だということに気付きませんでした。
 あと途中に出てくる「体を切り分けたらどうなっているんだろう」も不穏でよかった。これがあったのでラストで同じことが起こって切り分けられるかと思ってしまいました。あちこちに不穏の種がバラ撒かれていますね……メインストーリー以外のディテールでも稼いでぐんぐん不穏にしていくエンジンの強さを感じました。

76.望まない同居人/さく

謎の有袋類
 さくさんの二作目です。
 引っ越しをしてきたら押し入れの中に謎のイケメンが!?から始まる不思議な短編です。
 幽霊である行貴との掛け合いも軽快でどことなく憎めない人柄が伝わってきておもしろくよめました。
 任意で物を触れる幽霊というのは珍しい気がするのですが、引っ越しの手伝いをしてもらうのに笑ってしまいました。便利そう。
 途中で「物をすり抜けたり触れたりする」という一風変わった幽霊であり、キャッチコピーにも「不審者とあるのに」主人公が即「幽霊だ」と認識してる部分がちょっとだけ唐突かな?
 作者の場合はすべての情報やストーリーが頭の中にあるので違和感がないのですが、ここで少しだけ読者にも「これは超能力がある不審者でも宇宙人でもなく幽霊なのだ」と推理しながら結論を出すための何かがあると更に感情移入がしやすくなるのかもしれないです。
 主人公が失恋をして、その経験からたとえ幽霊だろうと話し合いをして行こうと思う結論や、幽霊の食費を心配する前向きな結末がめちゃくちゃ好きです。
 奇妙な存在と同居…いいよね。

謎の闇鍋
《引っ越した。収納を開けた。押入れの上段に知らない男性が座っており、片手を上げた。「あ、どうも」 閉める。》
 最初生身の人間が押し入れにお住まいになってたのかと思ってヤベーやつだ! と思ったのですが幽霊だった。いや、それはそれでヤベーやつだ!
 布団袋は通過したが主人公に触れることはできる。それですぐ幽霊と分かるからには半透明だったりしたのでしょうか、と思ったけど透けてはいないんだな。しかし主人公は、もしかするとこれまでにも幽霊と関わったことがあるの? と思うくらい冷静に相手を幽霊と理解し、的確に推理していき幽霊の身元を掴みます。まあカーテンをフックに掛けられるんだったらそういうものを見たことがあってつまり時代的にもそのくらいの人ですよね。
 最後まで読んで思ったのは別れた彼氏とのことと今いる幽霊のことをまるで同列に考えて「話し合いはしよう」と思っている主人公、そういうタイプのパニックなのかな? ということでした。あと、これは物語の冒頭部分のみになっているので続きが気になります。幽霊は自分が何者か思い出すのか? 約束とは何だったのか? 『冬に見た、夏の夢』も部分切り出し型でしたので普段からそういう作風の書き手さんなのかもしれませんが、読者としては何らかの解決を見たいです。

謎のギガウサギ
 読み味暖かなほっこりホラー。今回結構ホラー畑で収穫された人の参戦多くないですか……?
 だんだん行貴の正体がわかってくる辺りは伏線がしっかり張られていてミステリ仕立てにもなっています。たびたび強調される一人暮らし、サインのような筆致、顔の良さ……種明かしの部分では「なるほど!」となりました。それにしても行貴の約束とは一体どのようなものだったのでしょう。そこまでして守りたいものが何なのか気になるところです。
 ほとんど引っかかることなく読み通せる文章力と徐々に事情が明らかになっていく展開はエンタメの面目躍如ですね。

77.メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊/逢坂 新

謎の有袋類
 野試合に楽しく参加してくれた逢坂 新さんです。結構長く相互だったんですけどそういえば川系の大賞は初めてなんですね?参加ありがとうございます。
 壁にたたきつけられるコロッケからスタートする本作なんですが、タイトルにもある佐島遊と主人公を中心としたお話です。
 序盤で「あああああ…わかる…なんか怒ってる彼女がこういう二人称へのキレ方する」みたいなダメージで胃をやられながら読み進めると、単なるメンヘラとの共依存ではない展開が次々と起こってどんどんストーリーに引き込まれていきます。
 ところどころに差し込まれる比喩表現や文章の装飾もテンポが良くて軽快で読みやすかったです。
 後半で「匿う」の意味が嫉妬や独占欲からのものではないとわかるのと、”古代アステカの神官のようだ”という言葉の意味が出てきた時と最後でガラリと変わるのがめちゃくちゃうまかった…。
 主人公の設定も、種明かしのタイミングもすごくよかったなと思うんですが、それ以上にめちゃくちゃな性格ながらも佐嶋遊をムカつくけどなぜか物語の都合上良い女だと思わなければいけないとかではなく、読んでいて佐嶋遊が魅力的で美しい生き物であるという説得力も山盛りのめちゃくちゃ面白い作品でした。
 タイトルに偽りなしだった…まさしくメリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊だ…。

謎のギガウサギ
 冒頭を読んだ時点で「厄介すぎる……」と思ったのですが、最後まで読むと不思議と「厄介すぎる……」という気持ちにさせられる、そんな物語です。伝われ。
 ファム・ファタールを描く際には如何にして読者にその魅力を納得させるかというのが重要ですが、圧倒的な美しさと世俗的観点に基づく欠点、そして後半に明かされる暴力的な特質が上手く混ざり合わさり、どこか宙に浮いていて退廃的で、危険に満ちた魅力を描いています。大した才能がない私は嬉々として突撃する可能性がある。
 語り手の持つ存在としての齟齬が、遊の隣にいられる理由に直結している点は必然と宿命が感じられてよいですね。現代社会を舞台にしていますが、本質的にはこれはゴシックなのかもしれません。
 ひねりの効いた文章が作品全体の雰囲気にマッチしている点も良かったです。それにしても遊がメリー・ポピンズなのだとしたら反英雄すぎる……。

謎の闇鍋
《「僕」と暮らす彼女は美しく、他罰的で傲慢で誰とでも寝る。ある日、「僕」は隠していた彼女を他所の男に関わらせることになってしまう。》
 タイトルがこれなのでブチ抜きトンデモ小説かと思ったら花のようにしっとりひんやりした恋と怪物のお話でした。
 カテゴリーは恋愛ですが、少しふしぎな恋愛です。「僕」の属性のことではなく、彼女、佐嶋遊のほうに決定的にふしぎな性質がある。そしてその理由はこの物語には描かれないし必要もない。そうした彼女を巡って起きるものごとが十分に物語だからです。これは破滅させられる男から見たファム・ファタルではなく、愛する者の目で眺められたファム・ファタルの物語。
 って味わえるのも圧倒的に文章も構成もちゃんとしてるからで、文体、情報の開示順、引っ掛かるところが全然なくてすごいのですよね。外形的には生贄のようでいて実態ははじめから聖なる怪物である彼女、その彼女にすべてを捧げている神官のような主人公。そう、神官の意味が最後に回転するんです。生贄にされているのは、本当は。
 文字数にもぴったり合ったちょうどの仕上がり、流石のお点前でございました。

78.夢を食む夢/QAZ

謎の有袋類
 これで2作目のQAZさん。前回の「嘘吐きが哂う間」からそんなに時間は経っていないと思うのですが、格段に読みやすくなっていて、すごいなと思いました。
 今回も夢とはいえ密室ものかな?と思ったのですが、明晰夢的な舞台ですね。クチャラーという存在が忌み嫌われる通り、咀嚼音を強制的に聞かされるの嫌ですよね。
 そして毎回同じ風景の夢。夢が変化を見せたことで主人公が夢の中で動けるようになるのですが、そこで起こる物事は全然違うのですが雰囲気的に不思議の国のアリスのような感じを彷彿させる不気味なカラフルさというか…。
 結末も「夢落ちだと思った?」みたいな感じですごく後味が悪くてよかったです。
 箱の謎や、左の部屋にいるのも気にはなるんですけど、ホラーだとあまり種明かししすぎるのも良くないのでここら辺はそういうものと割り切った方がいいのかな…個人的にはもう少し説明があるとうれしいかもしれない。
 どんどん上手になってきているQAZさんなので、これからもコンスタントに色々なものを書いてくれるとうれしいです。

謎の闇鍋
《咀嚼音。黄色いテーブルクロス。白い皿。奇妙な夢を見始めて五日、夢の中で『脈打つ鶸色の函』に出会う。》
 食卓、皿、食材(とは言い難いものもあるけれど)
 これは夢だと自覚して行動できる明晰夢のお話ですが、本当に自由に行動できているかというと……? また最後まで読むと、ある種の異食行動がこうした憑き物の問題なのではないか、はたまたそのハコを産み出しているのは自分自身なのではないか、ハコを通して主人公は誰かと混線しているのでは? など様々な想像を巡らせてしまう奇妙なお話でした。
 パーカーのポケットにハコがあるラストが一番そわっと怖かったんですが、あれは夢から出てきたのか、またはまだ夢の中にいるのに気づいていない(もう明晰夢ではない)のか、そこも判断の手がかりがありません。夢入りと目覚めの数が合っていないような気もしますし、どこが現実なのか?
 なにも説明がつかない系の怖い話、確かにあるのですが、それにしても読み手の怖がりを十分に増幅させてやるのに何らかの「そうだったの……!」は有効だったりもするので、どこか一点重めに分からせてしまい、他は説明無しで怖!!!!!に持っていくのもいいのかもしれません。

謎のギガウサギ
 僕はかつて明晰夢に関する情報を得て、昔は金縛りになりやすい体質もあって挑戦したら数回成功したことがあるのですが、夢の世界というのは全てが認識だけで成立しているかのような不確かなもので、その状態でこんな不気味な状況に直面したらと思うと怖ろしいです。
 謎の呪文と外見的な特徴を見るに、最後に出てくるのはツァトゥグァですかね。クトゥルフではないような顔をしてしれっとクトゥルフ、みたいな仕掛け方が主流なのでしょうか……しかしハコくんは謎ですね。何かがありそうで気になる。
 終わり方もああこれからこの子はどうなってしまうのだろうと非常に気になる感じでよいですね。想像が膨らみます。夢は願望が現れるという説もありますが、それに照らすと唸らされるラストです。

79.これは小説である。/あきかん

謎の有袋類
 初参加のあきかんさんです。
 おのれ悪いインターネット!これは僕よりも他のインターネットファイターではない闇の評議員さんに同情しますね…。
 小説と宣言された青乳さんへのラブレター(※要定義)です。これを機に大澤めぐみさんの全裸巨乳青識亜論シリーズみたいなものにこれを昇華できるといいかもしれません。
 表現の自由を痛祈っていきましょう!

謎のギガウサギ
小説 定義 【検索】

(「これが俺の小説だ」はさておき、「他の話やキャプションをじっくり読まないと内容が分からないものは控えましょう。」の方のレギュレーションに抵触しているのでリンクは読んでいません)
 こちらは私の知らない異世界における魔術書を載せるという実験的小説と理解しました。素敵ですよね魔術書。特に羊皮紙で書かれたものについてはワクワクしてきます。見知らぬ単語、謎の図表……前提知識のない人間にとってはその文脈すら読み取れない羅列であっても、そこに芸術性が見出せれば「これは良いものだ」と判断できるというのは考えてみれば不思議なことで、むしろ中途半端に知っている単語が出てきてわかってしまうと興醒めになるのかもしれません。そこが難しいところですね。
「これは講評である。」
 以上です。

謎の闇鍋
私「第一話がアブストだ!」
私「出典URLがfile:///C:/Users/で始まっている!」
 えっと、既出の通り本企画においては参加作品は単独成立しているものと見なすので作中のURLは踏みに行かずに感想を書きますね。
「こんな小説を読まなければならない方々には同情する。ある種の実験であって、端的に言えば嫌がらせだ。」と正面切って書かれてしまうと私も正直な方なので「おん?」とはなりますし、嫌がらせしたいという意志があったことは分かりましたがそれはそれとしてわざわざお伝えされてしまったことが煩わしいので、――あ、しかしこれは「小説」なのでしたね。架空ですね。
 あと「この小説は問題ありで評価しなくても構いません。評価しない旨だけ教えて頂けると幸いです。」という部分ですか。
 昔見た話を何となく書きますね。とある小さな文芸誌に投稿常連がいて、ある時その人からの投稿にこんな手紙がついていたんです。「もし特選になるならいつもの筆名●●で載せてください。特選ではない入選・佳作なら別の筆名○○で出し、●●の作とは書かないようお願いします」と。この謎の見栄、選者に対して選や評以上の動きを指示するこの態度よ……! という感じで当の選者から周囲に駄々漏れまくっていた印象深いエピソードです。
 以上昔話でした。今回の「評価しない旨だけ教えて頂けると幸いです」は誰からも見える場所に書かれている分潔いと思いました。――あ、しかしこれは「小説」なのでしたね。架空ですね。

80.タカちゃんと『秘密の部屋』/のむお

謎の有袋類
 芦花公園ホラー賞に参加してくれていたのむおさんです。
 限界家庭!限界環境!素行の悪い二人の夏の思い出…と思いきや…。
 最終日だったので焦っていたのかな?段落先頭の字下げがされていなかったりするのですが、行間が整えられていたので読みにくくはなかったです。
 最初に嫌がっていた「ケン」と呼ばれるケンジくんの真相がさらっと明かされるところすごく好きなんですが、精巧な限界家庭の描写が本当に胸にきますね。
 前作より胸糞度は確実にパワーアップしていて、作風の幅広さを感じさせてくれる一作でした。
 ラスト、衝動的に自分も共犯だといってツルハシを振り下ろしたタカちゃんは、この後どんな思いを胸に抱くのでしょうか。
 ハリーポッター的なテンションで読んだらいけない現代ドラマでした。

謎のギガウサギ
 学校の七不思議というのは私が幼少の頃に流行した概念だったかと思いますが、今でもあるのでしょうか? 秘密めいたものというのは、狭いコミュニティの中で殊更に興味を引きますよね。北大の食堂同士をつなぎカレーが流れるパイプの話とか…(突然のローカル都市伝説
 最初のエピソードから主人公の短気さや刹那的で投げやりな振る舞いが目立ち、それ自体が後半の展開への布石として機能しています。「そこまでやる?」とは思いますが、そもそもブレーキをかけることに大した意味を感じていなければ踏むこともなく。将来に対する期待値の低さが衝動的な行動のトリガーになってしまう様子を、主人公の人格やそれを育んだ環境から的確に描き出しています。この文字数で説得力を出せるのはこれもんですね(腕を叩きながら
 主人公達にとっては期待外れのオチと、予想もしない結末は悲劇的ですが、どこか爽やかさも感じる作品だす。

謎の闇鍋
《学校でも指折りの劣等生である中学二年生の俺とタカちゃんは、構内に隠されているというお宝の在処に予想をつける。二人が見つけた宝物とは――》
 家庭環境も学力も何もかもが限界っぽい中二ふたりの限界エピソードです。開幕一発目の傘泥棒、中学に隠された秘密のお宝で億万長者に! みたいなチョロい話を信じてるところ、作中描かれる「俺」の自宅の感じ、根性焼きのエピソード、何もかもが悲しいほど胸糞で浅薄で、どこからどう見ても「子供も大人もなぜその判断をしたのか?」と思うことだらけなのですが、本人たちは(特に主人公の「俺」は)いたって真剣ですしあまり悲壮感がありません。ショックは受けているようですが「あ、さすがに最悪だわ」くらいな感じです。そこが逆にリアルっぽくて、よくこんな風に書けたな! という印象です。
 最後まで読むと「俺」とタカちゃんの友情は今も健在だということが分かります。秘密の部屋事件からどのくらいの時間が経っているのかは明かされません。十年経ったのかもしれませんが、もしかして三日しか経っていないかも? 非常に短期的なことしか考えられない主人公なのでは……? そんな想像もしてしまうような見事な限界状況物語でした。

81.エースウォンバット~蒼穹の社畜戦士~/海野しぃる

謎の有袋類
 最終日に乗り込んできたプロ!結構カツカツな予定っぽかったのに参加してくれてありがとうございます。
 エースウォンバットでまず笑って、広告ゲリラ、安全安心ソイミートからほのかにディストピア臭のする世界観なのですが、すごく違和感なく世界観も面白くさらっと書いているのがプロの手腕という感じですね。作中のルビと漢字の使い方もすごくわかりやすくて参考になります。
 あと、これサラッと出てきたけどケアロボットなんなの…人権の無くなったヒト脳髄を加工して作った思考回路…こむら川で人権を失ったものの末路ですか?
 あとなによりも!ラブですよラブ!素の表情で笑う久我さん…それを見抜く明日香さん…徐々に仲良くなっていく二人の様子がすごくキュンでした。
 そしてなにより装備ですよ。黒印!チェーンソーたくさん!ネーミングも見た目もかっこいい!近接をテロ鎮圧に使って成功する奴は最強なんですよ。五億点です!!!!
 最終日にプロのお仕事をして去っていく恐ろしい刺客でした。アルスマグナ社万歳!

謎のギガウサギ
 タイトルの時点で突破力が高すぎる。と思いきや中身はひねりの効いた設定の近未来SFでした。先端IT周りはSF好きも相まってそれなりに調べる機会もあるのですが、「広告」という着眼点と料理の仕方はもはや悔しさすら感じる発想力です。これはすごい。なぜ飛べない生き物の中でも群を抜いて飛べなさそうな生き物がコールサインなのかは謎ですが、「ウォンバット、散開(ブレイク)!」は声に出して読みたくなる。ソイレントが肉関係なのもいいですね、お人が悪い。またこの舞台なのに銭湯が出てくるのも洒落が効いています。
 最後の最後に出てくる「未来を目指す若者の町。老人の居ない町。誰もそれを疑わない。恐怖と統制ではなく、安定した生活と未来による支配。」というフレーズが若干気になるところです。全体的に明るい雰囲気の作品ですが、ダークな設定もありそうで一筋縄ではいかない感じがニクいです。

謎の闇鍋
《街中を飛び交い、バイオペンキを放射して適切な広告を塗っていく『広告軍』。他社からの広告テロには暴徒鎮圧用武装を展開、日々戦い続ける彼らの日常。》
 普段は名状しがたきホラーをバンバン書いてる作者さんなんですが、どうしてどうして、かっ飛ばしたSFもスキッと書けてて驚きでした。用語も台詞もいちいちかっこいいし各種機動もスピード感がありダイナミック、あと適切な省略がうまい。普段からのインプットの良質さ、それをちょうどの文章に折り畳んで書き回していくスキルが窺えます。
 ただのアクションではなく、企業倫理とは? 人権とは? 生きる意味とは? という根幹的で大きな問題をも自然に提起しているため物語世界に奥行きが出ています。それでもなお生きる、それでもなお一時の平穏や楽しさに価値がある、というラスト、とても好きです。二人を捉えたままカメラが引いていきますね。広告まみれの街を、一億年変わらない空を写しながら。
 とにかく「ウォンバット、散開(ブレイク)!」がむやみにかっこいいので、タイトル見た時点で「エースウォンバットて! エスコンかよ(笑)」となったことを一瞬で忘れて引き込まれてしまい、まあ要するに私は飛ぶものが好きなのでこういうの弱いんですよね。タグに「アドバード」と入ってるのもクスッとなるポイントでした。面白かったです。

82.ベスト オブ バスト/みけぽち

謎の有袋類
 みけぽちさんも参加ははじめてですよね。参加ありがとうございます。
 たわわな果実をお胸に抱えた担当さんは最高です。
 お話は作中作と、それを書く底辺作家のお話。
  何度か読み返してみたのですが、何故「足を運ぶ」なのかも、山へ行くのかもちょっとわからなかったです。すみません。
 おっぱいは山なのでおっぱいを愛するのならばやはり山に登りこの地球という星にそびえる山へ足を運ぶべきだからか…?と思ったけど多分違うのはわかってます。
 エッセイを書くためには行動しろということなのか、書いている途中のミステリーを応援したくて山へ行くことを提案したのかなど、字数に余裕があるのでそこら辺を書いてくれるともっと編集さんと作家のやりとりが読んでいる方に伝わったのかなーと思います。
 Twitterをみていて、とても悩んでいたのを見ていたのをみて思ったのですが、最高のものを一作出すためにいろいろ没にするやり方もありだとは思うのですが、最高のものかは読む側の反応がないとわかりにくいと思うのでもっと軽率にバンバン面白くなくても完結させて出しちゃうのも一つの手だと思います。
 これからもコンスタントに作品をどんどん出していけば、自分の中の迷いも減るのではないでしょうか?
 応援しています!

謎の闇鍋
《殺してしまった。だか自分とて殺し屋の弟子。この状況を何とかできるはず――》
 で、「頭を抱えた」。まあ分かります。次に、主人公が書いたそういう作品(文章)について彼女は「最初にすべきは『足を運ぶ』でしょう」と指摘する。これは分からない。主人公は彼女の指摘に対し「仕方がない……山へ足を運ぶところから始めるか」と思う。これまた分からない。なぜ? 私は何か大きな見落としをしているのでしょうか。山? 急に出てきた山?タイトルに何かヒントはあるだろうか? 分からない。タグは? 「暗殺者・古典・オチ」。オチ。そう、私はこの話のオチを理解できていないのです。
 なぜだろうか。
 さておき、「普通の本だと思って持って殴ったら鋼鉄製のハードカバーだったので死んだ」というのはなかなか無理がありそう(持った時点で気付きそうなものです)。この描写自体がもうミスリードなのだろうか?
 話は戻って、五回読んで思ったのですが、これは、エッセイを発注されたのに〆切ブッチしかけて友人の家で要らんミステリ書いてる主人公が担当編集者に「さっさと脱稿しろボケ」と言われたけれども変に生真面目な編集者が要らんミステリの方にまでダメ出ししたためにエッセイを書かねばならないはずの主人公が普通にミステリを書き続けようとしてしまいしかもなぜか「(ミステリを)山へ足を運ぶところから始めるか」と思ってしまうという、ちょっとズレた面白い話だったのでしょうか? そんな気もしてきた。いやわからん。
 字数は十分に余裕がありましたので、「誰が・なぜ・どうした」をもう少し描写していただけるとすっきり読めたかもしれません。あなたの考えたことを、私も知りたいです。

謎のギガウサギ
『え? 胸? 僕は巨乳より美乳派だよ──』
 この辺りから混乱が始まるのですが、安心してください。加速します。
 読者に挑戦を仕掛ける系のミステリは最近もあるのでしょうか。というか講評でどこまで言及してよいものなのか…。
 私の頼りない灰色の脳細胞が訴えるところによれば、エッセイ=ミステリということでしょうか……? わざわざ強調されている「コレ」だとか、編集者が訪れたのは作家本人ではなくその友人の家なんですねとか、猫は美人の隠語だとすると誰の手をなぜ借りたいのかとか、片付けるのは何をなのかとか、などなど。しかし最後の「山」がわからないんですよね…。
 これだと自信を持って答えを出すことはできないのですが、あれこれと推理させたこと自体がミステリとしてかなり成功に近いのではないでしょうか

83.金輪王と赤毛の竜/ラブテスター

謎の有袋類
 川系常連のラブテスターさんです。
 竜と捨て子と妖魔のてんこ盛り!。
 眠れない子供にルーニィから話される国の成り立ちと王様の夜伽話。
 この竜は羽毛が生えたもふもふの竜ですよ…。この時点で1億点ですね。
 ゴージャスで少し荘厳な感じで語られる竜と魂だけの子供の話と、その後の英雄が誕生した話なのですが、竜かっこいいですね…。強きものだ…。
 たった一人でいた竜が弱きものを知り、人に生まれ変わるお話よかったです。
 これは僕の脳がアレな可能性があるので話半分で聞いて欲しいのですが、ルーニィの仕掛けもすごくよかった!と思いつつ、急に時が流れていることを呑み込むのに少し時間がかかってしまいました。
 話し手が誰かわかったことに対して「そういうことか!」となったので、ルーニィが先生を意味する単語なのだという仕掛けのショックが薄くなる事故が…。
 一万字しかないので、急に年月が経過して自分がいつのまにか先生の立場に立っていて似たような境遇の子にかつて自分がしてもらったのと同じように国の成り立ちについて話してあげるを盛り込むとちょっと色々大変かな?じっくりと中編や長編で読みたい作品だなと思いました。

謎のギガウサギ
 巨乳の後に格調ある文体で描き出された竜の物語を読むことになるのも川系企画の醍醐味。泳ぎ切るには脳の切り替えが肝です。
 改めて申し上げることでもないのかもしれないですが、文章の安定感が尋常ではなく全身を委ねるように読めます。のみならず、『私も合わせて、カンテラの光が踊る天井を仰ぎみる。刻々とかたちを変えてゆく光と影の紋様は、ルーニィの穏やかな声音をいろどる音楽のようにも見える。』このように場面を情感たっぷりに表現することにも長けておられ、否が応にもワクワクさせられます。
 竜にしては珍しい?赤毛はその竜の特別を示しているかのようで、読み手の心にどんな印象を残すかというのを自在にコントロールしておられます。そんな竜が成した気高い行いがしっかり未来につながっているという事実が、素晴らしい読後感をもたらします。

謎の闇鍋
《「ねえ、ルーニィ。私――私ね、私も、ルーニィになりたい」そう打ち明ける寝床の子供に、ルーニィと呼ばれた者は昔話を語る。赤いたてがみの竜の物語。金輪王の物語。》
 荘厳な神話系ファンタジーが襲ってきました。物語のはじめに、竜の見た山の姿、世界のしくみの描写が続きますが、この部分がもうたまらないほど静謐で美しい。魂の辿る道、山深い森の匂い、なんという世界観。その圧倒的な世界観の奔流に身を任せているうちに物語が始まり、遥か昔のエモい逸話をたっぷり語ったあと話はつぎのルーニィに戻り、どこまでも受け継がれていく予感とともに終幕……筆力がヤバい。え、こんなん創元社とかから国産ファンタジーとして単行本出てるやつじゃないんですか……?
 いちばんゾクッときたのが、竜が神なるものに啖呵を切る台詞です。強く孤独だった竜が、心砕けた子供の魂のためにそこまでするようになるとは。
 短編に使ってしまうにはもったいないような、豊かな幻想世界の物語でした。すごいものを読んだ……。

84.炎の美女と湖の獣/Enju

謎の有袋類
 絵本のような聖剣伝説的な雰囲気が漂う作品を書く槐さん。
 今回は炎の国と湖の国という相反しているのに隣り合っている国のお話です。
 特に書かれていないと思うのですが、なんとなく炎の国の住民はやっぱり体が炎でできてる精霊的な見た目なんですかね?
 長く触れ合っていればお互いに消滅してしまう。けれど触れ合っていたいという恋心に近い何かは、イファとアダンだけにとどまらなかったようです。
 目を手紙に忍ばせるというギミックもすごいファンタジーっぽくて大好きです。誰かそこで目のことを聞いたり、イファがアダンにそう伝えておけば…と思ってもきっとそれは目を送ったことがわかっていてもいつか訪れる結末だったのかもしれません。
 怒って黒くなった女王が、大きな緑色の獣の王と会うことが出来て少しの間だけでも本来の真紅の美しい姿でいれたことや、イファとアダンが最後に触れ合いながら消滅したのは起こってはいけなかった破滅の中に煌めく希望とやさしさのようなつらいけど尊いお話でした。
 灰色の世界で青と赤の花が寄り添うように咲くのも最高。もののけ姫のラストとかナウシカのラストのような景色が頭に浮かんできました。

謎のギガウサギ
 お話のスケールも語り口も神話的な一作です。「絶対に交わることのできない二人」という宿命的設定だけでご飯三杯イケるやつです。漫画でいえば「サンクチュアリ」ですね(違う)
 互いを損なう抱擁→抱擁なし→抱擁オブジエンドの流れは読者のテンションを上手くトレースしていて大変効果的に思われました。そして本当に伝えたいことだけ書かれる手紙というのが、逆に非常に心がこもっていることが感じられてグッときます。迂遠なのに心がビタイチこもらないビジネスメールの対極に位置する概念ですね。
 クライマックスは大迫力ながら、その動機にあるのは「思いが強いからこその痛み」であり、急性切な死するところでした。そして王二人と宮仕え二人が連動して動くのもいいですね。自分の心や他の誰かに振り回されながらも互いをしっかり抱きとめるラスト、お見事でした。

謎の闇鍋
《炎の国のイファと湖の国のアダンは、お互いの主の手紙を国境の小屋で渡し合っている。正反対の力を持つ二つの国の者は近付けば打ち消し合ってしまい、炎の女王と湖の王は決して会うことはできない。》
 お互いの力の強大さゆえに決して相見えることの叶わない女王と王。その使いで、定期的に会うことはできるが短時間、触れ合うのも手紙を保たせるという名目、というイファとアダン。まずこの関係性ふたつがエモいですね。二組とも、想い合っているのに一緒になることは叶わない。お互いがお互いを消滅させてしまうのですから。
 心を受け取ってもらえていなかった、真剣に言葉を届けているのは自分の方だけだった、と思った炎の女王の憤りは確かに拙速でしたが、そんなに悲しみ傷つくほど相手に心を傾けていたことの証しでもあります。湖の王は、彼女に会い共に消滅することでしかその心を苦しみから解放する術がなかった。お互いが命を賭しての、たった一度の邂逅……めちゃくちゃエモい。
 最後にふたりの従者のエピソードで締められるバランス感もよかったです。イファとアダン――この名はまるでイヴとアダムみたいですね――ふたりの、もはや誰にも知られない物語。お花だけがそこに寄り添っている。
 ひどく美しい絵本のような、狂おしい恋の神話でした。

85.ひとをくらうばけものとばけものをだますもののおはなし/@dekai3

謎の有袋類
 キャッチコピーから闇の評議員二人を撃ち殺す気満々のこの作品…でかいさんの殺意が伝わってきます。
 冒頭からいきなりお出しされる物騒なプロポーズ、そして二話目の無機質な記録。
 視点にばらつきがある分、ちょっと破壊力というか感情移入度が個人的には下がってしまったのですが、それでも余りある破壊力ですねこれ。
 ひとをくらうばけものさんは、人を喰らっているシーンがなかったんですがなんらかのダブルミーニングでしょうか?いや、多分これから生まれ変わった妻をそういう意味で食べるので食べるのか?食べるんでしょうね…。誰もいなくなった世界でたった一人の番(つがい)…エモです。

”以前、錬金術に嵌った時に150年程他者と接しない期間があったのだが、その時は声を出すという行為を忘れてしまい、暫くは唸り声しか挙げる事が出来なかった。
 あの時はまさか一から舌を使って発音を行う練習をする羽目になるとは思いもしなかった。我は知性ある生物だ。獣とは違う。”

 ここの回収を最後にしてくるのがよかったです。50000点!!!
 いつもの作風と違うと思いきや、でかいさんの好みも見事に取り入れた良い人外×人作品でした。

謎のギガウサギ
 おおおお人外とXXXX…この組み合わせでエモくないことがあろうか、いやない(反語)
 特筆すべきは、怪物について「腕が複数」とか「羽根がある」とか「土」とか、そのような微妙に外見を特定できない程度に情報が抑えられている点で、読み手それぞれが思い思いの怪物像を作り出すことになって面白いですね。
 最後まで読んでから戻って読み直すと、女性側の「澄んだ空気」「穢れを知らない」といった描写の受け取り方が違ってきます。この辺も上手い。
 作中にも近いニュアンスの内容は出てきますが、人間の営みの中で最も尊いとされるものを、人外とXXXXが人間にはできないやり方で再現するのはエモくもあるし人間頑張れよという気持ちにもなり。良い作品でした。

謎の闇鍋
《滅びた世界に一人生きる僧侶、彼女に求婚した化け物。彼女は言う、一年のあいだ毎日贈り物をしてください、と。》
 僧侶だから伴侶を持てないのかと思いきや……人間と人外じゃなく人外と人外だったしどちらも知性と感情のある存在という意味では人間じゃないからってなんなのよ! となるエモエモですねこれは。異種婚よき……。
「次に目覚めたときは、返事をするだけでよい」という言葉が、最初は優しい嘘かと思ったのに全然嘘じゃなかった! こ、こいつマジのマジだった!!! 時間の物差しが違うし、諦めラインの感覚がまるで違いました。すごいなあ。
 病や怪我でコールドスリープした最愛の人を治す技術を得て数百年後に再会する物語というのは類型としてあるのですが、本作を読んで「ああ、よくあるやつね」とは思わなかったです。なぜだろう。『ばけものをだますもの』羽の月・芽の月の独白が良過ぎたんだろうな……
 もうお互いのほか誰もいない世界で紡がれる、たったひとつの恋のおはなし。良かったです。

86.キャノンボール・レディ/不死身バンシィ

謎の有袋類
 第7回本物川小説大賞の覇者、幻獣レース クリプテッド・スタリオン 第100回アルバトゥルス王国杯のバンシィさんです。
 肉弾戦車珠美《にくだんせんしゃたまみ》のセリフや思考が全て地の文で送られるエンターテインメントKUSO小説。
 レオくん…人格が出来すぎている…でもキレるとなかなか口が悪くなるんですね。これは肉弾戦車家とみんなとも仲良くやれそうだぜ。
 突っ込みどころはめちゃくちゃあるんですけど、もう次から次に迫ってくるトンチキムーブメントと的確な登場人物の突っ込みがあるのでスルスル読めますね。最終日の夜にこれをぶっこんで来るのはテロですよ。もう多少気になるすべてのことが些事と片付いてしまう力強い作品です。
 肉弾戦車珠美ちゃんの可愛らしさとハイテンションとその圧倒的バストとポテンシャルにすべてを委ねて脳を煮られながら読むのが正しい読み方。
 そう、それはさながら肉弾戦車珠美ちゃんが憧れている太陽のように…ね。
 あと、珠美ちゃんは陽焔天身後よりも、普段の132ある圧倒的バストが最高だと思います。なんならもう50㎝ずつくらいスリーサイズを盛ってもいけるかもしれない。

謎のギガウサギ
 もう紹介文の時点でオチているし何なら第1話→最終話の超特急ぶりだけで面白い。何なんだ《肉弾戦車珠美》ってそんなの人類の発想なのかよもう本文読まなくてもいいんじゃないか……というくらい初っ端から面食らった本作。
『えっ?うん、本名よ。肉弾戦車家。長女。』
 この一文だけ取り出しても溢れ返るセンス。というかホント家で読んでよかった、電車でなくてよかった。小説という媒体でこれだけ笑ったの商業作品含めても初かもしれない。
 全体的に明るいノリでストレスなく楽しく読めて、最後にはシームレスにちょっといい話風に持っていく手腕は見事の一言。この導入でこんな着地するとは思わなかったし、こんな爽やかな夷腕坊見たことない。
 よく見たらタグに「砲弾」って入っててもう。卑怯。
 アニメ化を希望します。

謎の闇鍋
《肉弾戦車家の長女、肉弾戦車珠美。極めて大きく丸い女子高生の彼女は、御厨レオナール先輩を憧れの目で見る毎日を過ごしていた。そんなある日、先輩が防寒に襲われ――》
 ふざけないでください。好きです。制服がスカートなのかどうかは教えてください。と思っていたら「セダン、セダン、電柱、」で飲んでたカツゲンが気管に入るところでした。どうしてくれるんだよ。なぜこれが最終日にブッ込まれるんだよ。
 終盤のキャノンボールも好きですけど、実は一番好きなのは珠美ちゃんの帰宅時の描写です。
「こうやって高い所から街を見下ろすと、ほんの一瞬だけ自分が世界から切り離されたような、少し切ない気分になるの。その瞬間がなんとも寂しいようで心地良くもあるのね。」
 彼女にしか見えない風景。瑞々しい彼女の感性。このシーンは間違いなく美しい。生きてるって素晴らしい。
 珠美ちゃん一人称小説かつ珠美ちゃんの台詞が地の文と一体化した仕様でありながら急に三人称パートが挟まるとか結構難しめなところもあるんですけど、漫画みたいな感じで読めば問題ないですしそんなことより珠美ちゃんの生の輝きが眩しすぎるんだよなぁ……ところで全裸はやばくないですか? そんなことにも三回読み直すまで気付かないくらい引き込まれて読みました。

87.パンタグリュエルの旅路/威岡公平

謎の有袋類
 人権獲得おめでとうございます!前回の人権獲得は2018年9月9日です。
 二作目の完結作品ですね。
 文章を書く力自体は非常に高い威岡くん。パンタグリュエルの元ネタはガルガンチュワとパンタグリュエルなんでしょうか?
 名前の元というだけで造形的には結構単純な作りで量産されているっぽいパンタグリュエルがレンズに刻まれた文字について思考するというお話です。
 淡々と進んでいくお話なんですが、どことなくエモというかアツさみたいなものがあっていいですね。
 ところどころわからないところはあるものの話の骨子である「レンズに刻まれた文字列」「離れたところで壊れていたパンタグリュエル」「レンズに刻まれた文字を解読しようとする主人公のパンタグリュエル」がしっかりしているお陰で最後まで面白く読むことが出来ました。
 二度と戻ることのなかったパンタグリュエルは、その旅路の果てになにか見つけることが出来たのでしょうか?それとも…。
 今後もどんどんコンスタントに書いていってほしいですね。ツイバトルよりもエタってる作品をですね…(人龍計画の続き待ってるからね…)

謎のギガウサギ
 パンタグリュエルは『ガルガンチュアとパンタグリュエル』という古典から来ているのだと思いますが、その名の由来は「万物を乾かす」だそうで、何やら意味深なネーミングです。そしてその古典は私は未読なのですが、荒唐無稽で糞尿エピソードが多々あるらしく、もしかして、KUSO古典…?
 さて本作。自動機械を登場人物とした哲学的テーマのお話で、印象的な四行詩を巡るストーリーとなっています。何千万日というと10万年単位のスパンであること、自動機械が文字を読めていることから、最近人類の誰かが書いたのではなく、自動機械が作られ始めた当初に人類の誰かが書いたのでしょう。
 既に滅んでいそうな人類のために奉仕労働(何をしているのでしょう?)を続ける自動機械が自我らしきものを身につける瞬間……いいですよね。そのきっかけが非常に少ない文字数の情報であることもロマンがあってグッときます。舞台説明も大変わかりやすく書かれており、筆力の高さを感じます。そして全体的にフレーバーワードの選定のセンスが素晴らしい。

謎の闇鍋
《自動機械パンダグリュエルは彼らのやり方にしたがい機能停止したものから使用可能な部品の移植を受ける。移植されたレンズには言葉が刻んであった。》
 つまりこうです。「はじめに言葉があった」。世界は始まった。「この」パンダグリュエルは、同期された群から個になったのだろうと思います。生まれたということです。旅路とは人生であり、その終わりに必ず死ぬものです。
 そんな風に思ってしまうくらい読みごたえのあるSFでした。面白い。パンダグリュエルの姿があまり描写されていないので想像の余地が広いのもいいですね。
 名前の由来は『ガルガンチュアとパンダグリュエル』ですかね。私は美術の何かで名を聞いたことがあるだけで読んだことはないのですが、パンダグリュエルは巨人ではなかったでしょうか。本作のパンダグリュエルも実はすごく大きいんだろうか? 父たるガルガンチュアは存在したのだろうか? もしかすると常に、機能停止してレンズを次に渡すものがガルガンチュアで渡されるものがパンダグリュエルなのか。再に人間が彼らをパンダグリュエルと名付けたのでしょうか?
 なにも分からない、でも面白い。雰囲気のあるSFでした。

88.白い箱/修一

謎の有袋類
 修一さんの二作目もホラーです。
 開けてはいけないといわれた白い箱を開けてしまう…ホラーには必要なやってはいけないことをすぐするひとだ…。
 小さな白い箱、そして紫陽花というなんともないものが嫌なことに繋がると思える人は少ないでしょう。
 油断をさせておいてがぶーーっといく理不尽系ホラーです。
 すごく惜しいのはギミックと雰囲気はすごく良いのですが、開けてはいけない箱を空けたので食べられたで終わってしまって他のことがなにもわからないのところです。
 悪夢とそれっぽい少女がいて不穏ではあるのですが、もう少し主人公や箱に対して思い入れや嫌な感じをいれていくと、物語がもっと怖くて嫌なものになるのかもしれないなと思いました。
 でもホラーって説明する部分としない部分のバランスすごく難しいですよね。好みの問題も大きいと思うので、色々試して最強ホラーをどんどん書いていってくれるのを楽しみにしています。

謎のギガウサギ
 私の中ではホラーで箱といえばコトリバコですが、開けてはいけない箱というのはそれだけで興味をそそられますし、興味をそそられるものは大抵罠です。
 大学で出会った見知らぬ女の子とラストの女の子はどういう関係なのでしょう。そして箱の中に入っていたもの…確かに元々毒性のあるものですが、そう見える別の何かということ? 箱の色が変わったのはなぜ? と、いろいろと謎が残ります。
『砂の城』のときと近い読後感で、幻惑的な世界観に読者を放り込んでかき回すような作風に長けた方なのだなぁと。とすると一歩進んで、「すべて意味がわかるけどなお怖い」という作品も読んでみたいなぁと思いました(とはいえ、僕が無粋なのかもしれませんが…)

謎の闇鍋
《白い箱を渡され、開けてはいけないと言われた。けれどもどうしても中身が気になってしまい、箱に手を掛け……》
 理由も分からず渡された何だか分からない箱を何故か開けたくてたまらなくなってしまって(中略)何故かガリガリされるお話でしたが、作中起こることのほとんどが「何故かそうした・そうなった」というもので、理由がほぼありません。ホラーには、理由がついてこないけど現象だけでとにかくバチくそ怖い、というものもたくさんあると思いますが、本作の場合は女の子、小さな箱、お花、お菓子、と可愛い綺麗系のモチーフで綴られているせいもあるのか、読み手としては「動機の怖さ」を期待してしまい、その開示がなかった、という印象でした。特に、小さな箱の中の小さな花を見てそのまますぐ食べてしまうの読んでて私はかなりびっくりしたんですが、もしもその時点で主人公がだいぶキてるということであればそれを匂わせる描写が忍ばせてあってもよかったかも、と思います。
 とりわけ不思議なのは、三話目のタイトルがなぜ『愛情』なのか? ずっと愛してあげるから?
 二話目『紫陽花』後半の女の子の声と地の文の挟み方は、すごく好みの時間レイアウトで好きでした。あれで畳み掛ける怖さがやれたら読み手はめちゃくちゃ追い込まれる気がします。すごい武器を持ってる書き手さんかもしれません。

89.ボディレス・ドッグレス・ホームレス/ロッキン神経痛

謎の有袋類
 ロッキンさんが乗り込んできてくれた!やったぜ。
 やけに語感の良いタイトルをわくわくしながら開いてみると、サイボーグ!ガラが悪い訳ありのスラムっぽい場所!旧世代のロボット!と好きなものの詰め合わせでした。
 エイト、見た目の想像は完全に某アイボで想像できました。旧世代サイボーグと新世代サイボーグが角ばってるのと流線形で分けられてるのもすごい好きでした。
 と殺隊の白サイボーグさんがいい感じに嫌な奴なのと、外骨格を付けると超強くなるお約束は良いですね…。
 ドタバタしているうちにあっという間に読み終わってしまった作品なんですが、テンポも良くて、世界観も説明的って感じでもなくすんなり頭に入ってきて楽しかったです。
 テッポー玉、見栄っ張りなのにクソでか違法ショットガンを腕から出してくるのはずるいでしょ…。
 ご隠居とあだ名で呼ばれるようになった逸話とかも気になってしまうし、ご隠居がいなくなって大丈夫なの?と変な心配をしてしまったのですが、あの町のみなさんはきっと力強く生きていけるでしょう…。

謎のギガウサギ
 ひしゃげた鉄のようなイメージの近未来が舞台の物語。とにかくタイトルからキャラクターに至るまでネーミングセンスが秀逸で、100人乗ったら潰れそうなイナバ町、登場人物達の境遇を反映した投げやり感溢れる各あだ名、と殺隊など、本作がどのような雰囲気を出したいのか伝わってきます。
 そんなオリジナリティを叩きつけながらもストーリー展開はエンタメを書くなら大いにお手本になる王道展開。冒頭に登場した謎のアイテムは問題解決のキーファクターになり、主人公には隠された過去があり、サブキャラクターは個性を出しつつも主役を喰わない活躍の仕方をする。どこにどうキャラを配置したら上手く回るか熟知されている感じ。映画を一本見終えた後のような満足感があります。

謎の闇鍋
《関東平野を越えて広がるメガロポリストーキョーの片隅、電線とバラックの下町に暮らす50年式全身サイボーグの俺達は時代遅れの犬型AIを拾う。》
 私は椎名誠の『アド・バード』『武装島田倉庫』『銀天公社の偽月』あたりが好きな生き物なのですが、この作品も好きでした。なんか似た波長がある。男どもと剣呑さと、ちょっとしたものを可愛がる情と何らかの喧嘩。ゴタゴタした街、面倒くさい敵、日常の顔をしてぬるっと現れる暴力。
 旧型が実は新型よりつよい話も好きなので、テッポー玉せんぱいの「力こそパワーだから鉄砲だよ!」って感じもすごく良かったです。
 軍人、テッポー玉、工場長の三人はどんな風に出会い一緒に暮らすことになったのでしょうか。十五回の引っ越しとは、どのくらい長く一緒にいるのか。そこにも様々な物語がありそうですが、ともかく今はエイトをめぐる争いです。銀色、サングラスのような目、旧型、これは……AIBO? でもお話を読んでいくとAIBOより遥かに運動能力が高いし行動オプションも多様な感じがしますね。
 全然悲壮感なく、わしわしと移動していくラストも良かったです。ニーガタ、独立していたのか……。
 ほどよくデコボコな世界観と会話のテンションがちょうどよく噛み合って、トボケになり切らずSFらしいソリッドな感じも十分に味わえる良作でした。短編で終わらせるにはちょっと惜しい世界観ですね……。

90.焼きたて!餃子マン!!/@dekai3

謎の有袋類
 二時間で3000字を?と言っていてマジであげてくれました。でかいさんの二作目です。有言実行はかっこいいよ。でもなんですかこのタイトル!
 ヤムチャランドの平和を守る餃子マンに助けを求めるかよわい(?)少女はサキュバス帝国の幹部『分からせるメスガキ』のチェリーだった!
 わはは!と笑ってしまう設定と、ちょっとえっちな設定と描写の同居…作者の頭の中は大丈夫でしょうか?
 股間のふくらみも餃子ギョザじゃあないんだよwww
 サキュバス帝国、やはりボンキュッボンでムチムチなメンバーもいるのでしょうね。きっといるに決まっています。
 短い時間でうまくステロタイプの皮をかぶってオチのある作品をお出ししてきたのはさすがだな…と思います。
 肩の力を抜いて楽しめる川系らしい作品でした。

謎のギガウサギ
 1話目タイトルからいきなり「逮捕寸前!!」は不意打ちです。『ギョザ?』ではない。『インエクスペリエンス男性』などという単語が出てきたかと思えば『ヒーローにとって子供は全て救う対象なのです。』なんて「どの口が……」という感想しか出てこない文章など、もうボケの嵐でツッコミが追いつきません。確かこれ、書き始めから2時間とかで焼き上がった作品ではなかったでしたっけ……普段から餃子マンを脳に飼っている人にしか成し得ない所業……。
 まじめな話、古今東西の蒸し器で蒸す中華料理の集まる共和国を舞台にするところまではわかるんですよ。いやわからないんですけど、人間生きていればそういう発想をすることもあるのかもしれない。ただその敵役としてサキュバス。なぜ。食べ物シリーズではないのか。というところに作者の狂っ……才能が現れています。タグに「餃子」と「メスガキ」が並ぶ小説がありますか。タグでとどめを刺しにくる人多くないですか。そしてあまりのことに見落としていましたがこちら「ひとをくらうばけものとばけものをだますもののおはなし」を書いた方なんですか。僕もう物書きという生き物を信じられなくなりました。素晴らしかったです。

謎の闇鍋
《古今東西の蒸し系中華が集まるヤムチャランド。公園で泣いている女の子を見つけたのはこの国のヒーロー、餃子マンだった。》
 それは〆切二時間前のことでした。「後二時間あるの?二時間で3000字書けばいいの?」とおっしゃってたので軽率な気持ちで「そうだぞ!」と煽ったら本当に書いていただけたのがこれです。二時間で。二時間で!!! 冗談だと思っていたのに!!!!! すごい。ありがとうございます。
 餃子マンなる餃子人間がお腹を空かせた女の子にいただかれてしまうんですが体質面の問題から餃子マンが勝つという、思想が天然に敗けるみたいなお話です。五行目のレオタードあたりでなんかもうヤバいなと思ったらその時点での予想の十倍くらいヤバかったです。チェリーちゃん鞭さいこうですね!
 いや、まあ、最初から書いてあるんですよね、「餃子だからセーフ」って。セーフ。セーフか? ちょっとわからないです。私にはもう判断力がない。「ギョザ」って言われるたびに思考力が削がれていくんですね……
 多分これ触れてはいけない問題なのかもしれないのですが、休憩所でのことです。餃子のやわらかさで何ができるっていうんです? 食い千切られたのでは? アンパンマン方式だからちぎっても新しい餃子に代えられるのですか? その餃子だれが焼いてんの? アンパンマンにはジャイアントアンパンマン回がありましたが餃子マンにもあるんでしょうか? 私、気になります。

91.7丁目の美人/藻部 南

謎の有袋類
 芦花公園ホラー賞のときに初めて小説を書いてくれたかぼちゃんさん。二作目を書いてくれたのうれしいです!
 七丁目にいる煙草屋の美人と壺、そして男女関係のもつれ…そんなものを詰め込んだホラーです。
 前作よりも全体がわかりやすかったのと、ちょっと狂った人の描写がすごくうまくて七丁目の美人も島本結衣さんも「うわあ…」となる迫力があったのはすごかったです。 
 島本結衣さんが頭のおかしなストーカーで、そのおかげで一番大切なものを失ってしまった結末も後味が悪くてすごく良いホラーでした。
 ちょっとだけわからなかったのが、一話目と最後でした。多分最初と最後の語り手は同じだと思うのですが、結局誰なんだろう?旦那さんなのかな?

「をちかたからいらっしゃったの?」

 これ誤字なのかもしれないんですけど無性に怖かったです。どうなんだろう。

謎のギガウサギ
 最初は「うーん浮気とかドロドロ系かぁ」と思いながら読んでいたのですが、7丁目の美人の「あのー奥様。消したいものがあるでしょう?消せるって言ったらどうしますか。」という台詞で興味をぐいっと引かれました。ここだけ切り出されてもわからないかもしれないのですが、流れの中で読んでみてください。
 今回多くの作品を読んでいて、時たま出くわす「殺し文句」。本作でも良い切れ味を潜めて待っていました。ニクいです。4話目の前半に出てくる一言も見事です。
 それにしても描写から伝わってくる美人振りとは裏腹の、芝家さんのあっけらかんとした(そしてやや怖い)振る舞いが魅力的です。良いキャラクターを生み出す方法の一つは確実にギャップ作りですよね。
 ところで1話目と最終話の位置づけはどういう感じなのでしょう。をちかたとこのかたをつなぐ場所にある、ということ…?
「2番目に大事なものを失う」という捻りも唸らされました。1番大事なものは守られるというハードルの低さと、2番目が正確に自覚できているかというギャンブル性。一気にゲーム性が強まる素晴らしいアイディアです。

謎の闇鍋
《七丁目。煙草屋の窓から、彼女の髪が見える。今日も眠っている。ぼくは彼女の顔が見てみたい。》
 というぼくと彼女のパートが最初と最後にあるんですが、それがよくわかりませんでした。間に挟まってる奥様と島本結衣の話はまあわかる、煙草屋の奥さんが「彼女」なのかなというのもわかるんですが、なぜ時代劇みたいな口調なのか含め、前後一つずつの『七丁目』がどうしてもよく分からなかったです。
 彼女は七丁目に見える怪異そのものなのでしょうか? 口調からすると多少古い時代のもの? なぜ壷なのか? 壺は何を喰ってる? なぜ消える? 謎だらけです。
 一方で、「代わりに二番目に大切なものを失う」という設定は面白い。本人にも何が二番目なのかは分からず、喪ってみてはじめて分かるというリスキーな設定。それでも人は呪ってしまう――本当に怖いのは呪う人間のほう、というこれはすごく面白く、すごく嫌な設定でした。めちゃくちゃホラーですよね。

92."ごくつぶし"なパパ/深恵 遊子

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞からコンスタントに川系で遊んでくれている深恵さん。
 今回もクトゥルフとかそっち系かなーと思ったらまさかのほがらか家族系で良い意味で驚きました。
 ごくつぶしと言われたパパである翔馬、その子供であり、作文でタイトルにもある「ごくつぶし」とパパのことを言った翔太を中心にしたお話です。
 テンポも良く、ミスリードを誘って最後に色々と種明かしをするのはすごく面白かったです。
 浮気の修羅場か?と思ったら雑誌の方の担当編集さんだったり、パパの仕事が最後に明かされるのもよかったです。
 時系列が頻繁に行ったり来たりするのだけ、少しだけ脳が混乱するので、最初以外の時系列入れ替えはなくして素直な流れでお話を進めた方が読む側の脳の負担が少ないかなーと思いました。
 様々な家族の形がある中、それぞれの良さやスタイルを尊重して仲睦まじくやっていく家族と、それを取り巻く友人たちの温かいお話は読んでいてすごく癒されました。
 次はどんな作品を描いてくれるのか楽しみな作者さんです。

謎のギガウサギ
 ほのぼのジェンダーだ!(類語:青いバラ、黒い白鳥)
 というTwitterジョークはさておき、ほのぼのかと思ったらホラーだったり肉弾戦車がいたり尻に一升瓶が突き刺さっていたりする異様に水深の深いこむら川にあって「ほのぼの始まり、爽やかに終わる」稀有な作品です。おれは しょうきに もどった!
 とはいえ最初から全てが詳らかになるわけではなく、読者に適切な謎を提示しながらエピローグまで引っ張っていくテクニックが綺麗に成立しています。
 子どもの無邪気さと大人の意地悪さが好対照になっていたり、在宅仕事の男性に対する偏見が残っていたりと読みどころも散りばめられており、爽やかなだけでは終わらない歯応えのある読み味となっています。

謎の闇鍋
《参観日、息子が作文を読み上げる。「ぼくのパパはごくつぶしです」――》
 肝を冷やすとはこういうことをいうのでしょうか。実際にあったとしたらこの担任かなりキワいところでアウト感がありますが……(笑)
 最初の将棋を打ちながらのシーン、主人と子供のこと以外ちょっと誰と誰がいてどうなのか分かりにくいのですが、ここでは読み手に女性のことを誤解させたいしこんなもんなんですよね、きっと。
 分かって改めて読んでみると、合意のもと生活スタイルを決め友人たちとの付き合いも夫婦一緒で仲が良さそう。子供も怯えたところがなくて好きな将棋に飛び付いてくる様子が可愛いですし、うまくやってる家族なのだろうなぁと感じます。カテゴリ「現代ドラマ」がぴったりの作品でした。

93.月の表面でおっぱいを語る/成井露丸

謎の有袋類
 忙しそうだったのでいけるかな?と思っていたら来てくれた成井さんです。
 おっぱいの壮大な歴史…Oppai Century:オッパイセンチュリー…新世代と旧世代のおっぱいの差異…そしてミズサワ理論…。
 水沢くん何してるのw成井さん作品を読んでる人への読者サービスで知らなくても話は問題なくわかるんですが、ふふってなりますね。
 この人水沢くんの子孫かなにかでは?と思えるくらいの成井さん節が光る謎理論で畳みかける描写は個人的に大好きです。
 圧がある人っていますよね。
 ここまでおっぱいおっぱいとそれっぽく話していて急にロマンティックになり、すごくいい話風に『地球が綺麗ですね』とプロポーズするのに笑ってしまいました。
 良いおっぱい小説だったのですが、FカップがHカップくらいだったら5億点でしたね…惜しかった。
 トンチキながらもロマンティックで軽快な読み口のラブコメ、面白かったです。

謎のギガウサギ
 おかしい……今まで読んでいたほのぼの爽やかな小説はどこに消えたんだ……。
 いつも思うのですが「おっぱい」という日本語の字面は完璧すぎるんですよね。
 ちょっとためてからの破裂音。どんな賢い人間であろうと「おっぱい」という単語と共に並べられるだけで途端におっぱい要素が支配的になってしまう。とりあえずおっぱいの垂れにくさを「頑強性(ロバストネス)」と表現するエポックメイキングな着眼点には拍手を送りたい。
 本作はとにかくアイディアの勝利です。壮大なスケールで、理知的な語り口で、乱舞するおっぱい。とりあえず『ベスト・オブ・バスト』の方と語り合って頂いたりするとよいのではないでしょうか。そういうお店とかで。なお私は講評を書きながらずっと「チチをもげ!」が脳内に流れていました。
 それにしてもおっぱいが地球のメタファーで地球がおっぱいのメタファーなら、ユキトは結局『おっぱいが綺麗ですね』をプロポーズの言葉にしてしまうという、おっぱい星人も裸足で逃げ出す蛮勇を振るったことになるわけですね…なんてオチ…。
 ちなみにガンダムUCは恥ずかしながら未履修なのですが、履修しているとより楽しめたりしたのでしょうか(それにしてもアナルハイルはひどい)

謎の闇鍋
《月面都市ネオジャパンの某所でデート中の恋人同士のユキトとエリカ。彼らの会話はいつしか禁じられた情報、『おっぱいの百年史』についてのものになっていく。》
 ミズサワ理論て(笑)
 SFとなっていますがカテゴリはおっぱいです。筆致の熱が高すぎるんですよね。それで「おっぱい=地球」みたいなトンチキもスッと読めてしまう。また、「月が綺麗ですね」話法は百年以上の未来にも生きていて、月面特有の言い方で変奏されます。何もかもがくそ真面目におっぱいに全振りされていて、この話を一体どうしたらいいのだろうか……熱量がやばい……。
 怖いのはユキトが語るこのおっぱい百年史、ことによったらすべて虚構という可能性もなくはないことです。なにしろその話は世間から隠されている。従ってエリカはユキトの話が本当であるかどうかこの時点で確かめる術を持ちません。でもきっとそんなことはどうだっていいんです。この日このとき、恋人が語ったこと、恋人が気持ちを伝えてくれたこと、それこそが重要なのですから。
 いや、それにしても、ミズサワ理論て(笑) この作者さんの既存作を知っている読み手にとっては「出たな水沢!」という感じでした。楽しく読ませていただきました。

94.スキマ/myz

謎の有袋類
 第七回本物川小説大賞にエメラルドギロチンで参加していたmyzさん!参加ありがとうございます。
 就職も決まり、ふと思い出したので親戚のおじさんの家を訪ねたらおじさんはとある理由で亡くなってた。その理由は…というお話なんですが、ドライブ感のある一人称視点が心地よくて好きです。
 最後は結構理不尽エンドなのかな。隙間を覗き込んだ主人公は多分姿を変えたんだと思うんですけど、これは何かクトゥルフとかそっち系の素養があるともっとよくわかるのでしょうか?
 ホラーは塩梅が難しいし、好みの問題も大きいのでなんともいえないのですが、個人的にはもう少し説明があるともっと怖かったかなと思います。
 大好きな親戚の奥さんはちょっと苦手…みたいなのあるあるーと思って読んでいて、更に主人公のお母さんも「意地悪では?」と思ったんですが、最後まで読むと「まあそりゃお母さんも黙ってるよね」みたいに納得のいくお話だったのが面白かったです。
 隙間からの視線という少なくない人数がなんとなく怖いと思う物事をうまく描いた不気味な話でした。

謎のギガウサギ
 寝る前にもう一作だけ講評を書こうと思ったのが間違いでした。やめてよ…読んだ後に自分の部屋の隙間が怖くなるようなやつやめてよ…
 前半の軽妙な語り口はそのノリも相まってかなり親しみやすく感じられるのですが、もはやそれ自体が罠。どんどん空気が不穏になっていき、最終的には伊藤潤二的な恐怖が充溢してきます。偏執狂的な心理面での怖さと現象としての怪異がタッグを組んで襲ってくるのは非常に避け難く、また何の変哲もない「民家の一部屋の本棚」が起点になっている辺り本当にやめてとしか言いようがない。自室の本棚とか、ちょっとだけ空いてるドアとか、思わず凝視してしまいました。切り出された闇の向こうというのは本能的に警戒心が稼働するのか、ぞわぞわしてきますね。

謎の闇鍋
《大学を出て小さな会社に何となく就職できて、その帰り道ふと思い出した。そういやトモヒサおじさんちこのへんだった。久し振りに寄ってみようか。》
 小気味良い文章で始まりコミカルなドタバタにいくのかな? と最初は思ったのですが、そのうち懐かしさと切なさの入り交じる思い出が語られ、でもこれジャンル「ホラー」って書いてなかった? と気付いた時には「最後きちがいになってしもたんよ……」が目の前に現れておりそこから割とジェットコースターでした。
 小さい頃に読んだホラー漫画で、隙間を作っておくと悪いものがそこから来る、というのがありました。例えば少しだけ開けっぱなしの押し入れの戸。開けっぱなしのドア。開けっぱなしの引き出し。開いているが中が見えないその隙間には悪いものが潜んでこちらを見ていると。私はそれで、半開きのドアの向こうが暗い部屋だったりすると、暗がりに何かいるのではないかと思ったりしました。
 そのことを完璧に思い出してしまったじゃないですか……隙間怖い……。特に夜。
 隙間の観測者が隙間の部分になるというのは初めてで、それがまた……こんなことでは「部屋」が怖くなってしまう。
 最後、姿が全く描写されていないのがまた興醒めにならずよかったです。

95.誰より笑顔が似合う人/佐藤ぶそあ

謎の有袋類
 逢坂 新さんの方から来てくださった方ですね。参加ありがとうございます。
 高校生の合唱コンクールから始まるお話。
 読み始めて「青春ものかなー」と思っていたんですが、ただの青春ものではなかったです。
 デリケートな声の悩みを抱える島井と、それに気が付かない新坂さん。こういうなんとなくクラスを仕切って回していく子いたよなーなんて思い出しながら読んでいました。
 声変わり、僕は経験したことがないんですが、のどは痛くなったりしないんですね?
 具体的な名称が出ないままふわっとこういうお話を進めていくのってすごいテクニカルだと思ってて、説教臭くもなく、性とは云々ジェンダーとはみたいにならずに、ただ、島井を島井として書いてるのがめちゃくちゃ好きです。
 これは女装や性適合手術をしてくるのか…と身構えていたのですが、そうではなく、島井は島井なりに現状をなんとか折り合いをつけて、それでいてタイトルで言われているような笑顔でいられているというのが尊いですね。
 タイトルも含めてすごくいいお話でした。

謎の闇鍋
《中三の合唱コンクール前、男声とアルトの間をパート移動した島井のこと。》
 懐かしさに後悔を打ち合わせた合金の刃で身体を縦に裂かれたような気持ちがしました。抵抗なくすらりと裂けた中に恐らく、私も見ていたそのような光景がきっとある。作中の新坂さんだってうまく言葉を発せずにいたけれども私ならきっと気付いてもいなかった。私の現実にも恐らくあったかもしれない過去と、不意に目が合ってしまった、そんな感じです。
 たった4000字で、何という取り出し方だろうか。
 三度読んで、読むたびに分かってきて、天を仰ぎました。一回目に読んだときには私は、「女子が混じってて音が合わねえ」の意味がピンと来なかったんです。私は現実に元合唱部なのにです。己のこの、手のつけようのない鈍さ。これこそが彼らを苦しめる最も大きな要因でしょう。鈍さ、つまり絶望的な無神経さ。
 そんな世界のなかで島井は生きていてくれた。生きて、再会の場にやってきて、「いまの自分」を新坂さんに見せてくれたのです。これが奇跡でなくて何か。
 すごく良かったです。私の人生に関わってくれる物語でした。読めて良かった。

謎のギガウサギ
 変声期が人より早く訪れて親戚筋の同年代から変な声とからかわれ、合唱では他の男子と島井くんとは逆の理由で合わせられず、今でも人より声が低い評議員Aさんはこう語ります。

「良い」

 男性評議員なので言及しますが思春期男子に突如としてやってくる声変わり(あと乳首の痛み)は、ただでさえ春が青くてピーキーになっているメンタルに落とされるかかと落としのようなもので、ましてそこに島井くんのような事情が絡んだ場合は察するに余りある心境です。
 これはもしかして再会時にアレがアレしている流れか…? と思いきやそうではなく、けれど彼の苦悩にぴったりハマる方法で乗り越えた様子で、ちょっと頭の中が通り一遍になっていた我が身を恥じました。そうだよね、人の数だけ解決策がカスタマイズされるべきだよね。全体的に、非常に丁寧に書かれている印象です。

96.雑草のシンデレラ/2121

謎の有袋類
 第十回本物川小説大賞では蚕をモデルにしたお話を書いてくれた2121さん。今回の作品もどこか幻想的ですごく素敵なお話でした。
 最初読み始めた時は、今回は舞台とかそういうお話なのかなと読み始めたんですが、途中からジワジワとお話の雰囲気が変わります。
 狐目の「シンジ」が本職のマネージャーという設定もすごく素敵でしたね。
 そして、シンデレラが魔法や奇跡ではなく、夢を見た結果、努力で主演を勝ち取ったという部分もすごく素敵でした。
 生活感がない・経歴がわからないというのも種明かしの後「そういうことだったのか」と思える気持ちよさがあってすごいよかったです。
 前回の第十回本物川小説大賞の作品は悲恋ものだったのですが、今回はハッピーエンド…よかった…。
 雑草のシンデレラ×人間の良い異種恋愛でした。

謎のギガウサギ
 とある優れた舞台女優にフォーカスした、才能と努力を巡る物語。非常に巧みに構成されており、才能がないことに悩む元子役と天才と呼ばれる舞台女優、天才に役を奪われた有名女優のそれぞれの思いや、主人公と天才女優のすれ違った対話から理解に至るプロセスなど、明確なテーマに向けて全ての要素が効果的に配置されています。最後まで読んでから見返してみると要所要所に伏線が貼られており、とにかくこのテーマで書くぞという目的意識が伝わってきます。
 語り手の木嶋氏の冒頭の独白とラスト付近のスタンスを見比べてみるとその成長が伝わってきて、「小説とは変化を描いたものである」という定石? 王道?をしっかり踏襲しているのがわかります。成長する主人公はアツい。
 限られた椅子を奪い合う人達の必死の努力と才能と悲痛な運命はドラマがあり、それを丁寧に描き出した作品です。

謎の闇鍋
《新進気鋭の舞台俳優、久遠姫。その踊りは人の目を惹き付ける。元子役でうだつの上がらない共演者は彼女を気に掛けるようになっていく。》
 読み終わって二度見しました。まさかタイトル通りの意味だとは。そうだ、現代ファンタジーと最初から表示されていた……。
 演じることはどこか魔術めいていて、舞台という限定された場で実現される魔法をその身に体現しているようなものと理解しています。「彼女」はそれを、言わば二重にやっていたわけですね。小さな身体に秘められた凄まじい理解力、意志の力を感じます。魔法によってスターになったのではなく、自分の努力によってそうなった。偶然の奇跡さえアシストにすぎないと言っても過言ではないほどの力があったんですね。
 出会いによる成長は、物語にとって重要な要素です。「彼女」も凄まじい成長をしたでしょう。そして恐らく主人公の彼も、ここから変わっていくのだろうと思います。彼女と出会ったことによって。そうした未来に期待できるような終わり方でした。お伽噺のようですが、私たちの現実とも地繋がりの要素を含む心温まるお話で良かったです。

97.朝ごはん/妹

謎の有袋類
 逢坂 新さんの方から来てくださった方ですね。参加ありがとうございます。
 朝ごはんを食べない上に、電話が嫌いでスマホを持っていない女子高生のハナエちゃんのお話です。
 うっすらわかっていたんですけど、やっぱりかー!やっぱりかー!この薄々気づかせてくれる加減すごくいいですね。
 徐々に徐々に確信が深まっていくけど、否定したい気持ちが混ざり合うのは作者の方に掌の上で踊らされている…!という感じでした。
 こういう死を取り扱う者って重い感じとか耽美な感じでスタートすることが多いと思ってるんですけど、明るい調子のお話で、でもハナエちゃんはお姉ちゃんを気にしてないわけではなくて、結構執着はしていそうなバランス感覚がすごい。
 従妹のモモちゃんがキチンと自分のトラウマを打ち破ってくれてよかったーと思っていたところに撃ち込まれるオチも痛快でした。わかるよ…ライブは死ぬもの。
 女子高生と女子中学生がほのぼの話す系のお話かな?と思っていたら死角からするどいパンチが飛んでくるようなそんな良いお話でした。

謎のギガウサギ
『いや、しかし。今日は寒い。この冬一番かも知れない。違うかも。わかんない。』
 この一文にぐっと来ました。直前のエピソードも合わせて読むと、何かこうそれっぽいことを言いたいけれど急速に自信が無くなるあやふやで適当な感じがよく出ています。
 主人公は終始いい加減な独白を続けるのですが、後半で女子高生と女子中学生がベッドを共にするシーン、繰り返します女子高生と女子中学生がベッドを共にするシーンで主人公の過去の事情がわかり、彼女の謎の行動原理の理由が明らかにされます。泣けます。お父さんへの心配の深さとかも腑に落ちます。適当な感じからのギャップが大きくて刺さりが深い。
 そんなギャップからそれほど時間の経たないうちにオチを迎えるのですが、その落とし方が気が抜けるような安心するような形で「おお、ハハッ、あー…いい…いいね…」という(やや気持ち悪い)感慨に包まれました。わかってくれ。
 登場人物達がどんな態度で、どんな風に振る舞っているかがありありと伝わってくる文章も、ためてためて転換点を発射する展開も見事でした。

謎の闇鍋
《朝ごはんを食べないハナエの家に、久し振りに従妹のモモちゃんが泊まりにきた。スマホを持っていないから連絡先の交換もできない。今回、モモちゃんがきた理由は……》
 最初は、ダイエットでもしていて朝食を抜いてるのかなと思ったんです。中盤でスマホ持ってないと分かったときも、あーそういうこともあるかもねーくらいに思ったんです。それが、こんなことだとは思わないじゃないですか。
 人間というものは、無いところに因果を感じて呪いを自然発生させてしまう生き物だから、よくないことが起きたときにしていたことを、よくないことと結びつけすぎてしまうんですね。それを愚かと言うのはたやすいが、それほど「よくないこと」だったのだということはやっぱり、重い事実です。
 悲しいことがあって生まれてしまったその呪いを、久し振りに合うしっかり者の従妹がほどいてくれる、それも言葉のみによってでではなく、その行動によって。ちゃんと帰ってくること、朝ごはんを提供することによって。それがすごくほっとする物語でした。
 最後がまた可愛かったですね~。モモちゃんのテンション(笑)

謎の有袋類
 
以上で応募作97作すべての講評が終わりました。
 第十回本物川小説大賞の応募数が80作品なんですが、まさか本家越えのエントリー数になるとは思いませんでした。
 初心者歓迎!来ても10人くらいかなーガハハ!なんて思っている時期が僕にもありました。
 最終日で25作増の事態。一作の講評を終わらせると二作増える新作…良い経験をしました。
 参加してくださったみなさんも、感想や推し作品を呟いてくださったみなさんもありがとうございました。

◆大賞選考

謎の有袋類(以下有袋類):では、本家本物川小説大賞と同じく大賞選考では評議員三名がそれぞれ大賞に推す作品を三つ選んでもらって、意見が割れた場合は合議で各賞を決めていきたいと思います。
 僕の推しは、逢坂 新さんの『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊』雨野さんの『あけおめデストラクション』千石京二さんの『幽霊には足がない』です。

謎の闇鍋(以下闇鍋):私は、『マイ・ブラッディ・ディテクティヴ』大澤めぐみさん、『金輪王と赤毛の竜』ラブテスターさん、『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊』逢坂新さん、の三作です。

謎のギガウサギ(以下ギガウサギ):私は千石京二さんの『幽霊には足がない』、和泉眞弓さんの『odd essay』、不死身バンシィさんの『キャノンボール・レディ』の三作です。

有袋類:割れた

ギガウサギ:かぶりは2作ですね

闇鍋:割れましたねー。今回、数が多かったから……

有袋類:大賞はそれぞれ二票入ってるメリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊と幽霊には足がないで決勝投票しましょう?

闇鍋:ですね!

有袋類:せーのでいきましょうか

ギガウサギ:合点

闇鍋:了解です

有袋類:せーの!
 メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊

闇鍋:ポピンズ!

ギガウサギ:幽霊!

有袋類:おおー

ギガウサギ:僕はそう答える以外にないですね(笑

有袋類:メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊が二票で大賞、金賞が幽霊には足がないで決定ですかね

闇鍋:文句なしです~。

ギガウサギ:賛成です!

有袋類:では、第一回こむら川小説大賞を制したのは逢坂 新さんの『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊』でしたー!おめでとうございます!

闇鍋:おめでとうございます!

ギガウサギ:おめでとうございますー!

有袋類:今回、たくさんあってめっちゃ悩んだんですよね

ギガウサギ:悩みました。甲乙つけがたい作品ばかりでしたね。

闇鍋:こんなに来ると思いませんでしたからね。私もギリギリまでめちゃくちゃ悩みました。推せるなら10作くらい推したかった

有袋類:大澤さんのマイ・ブラッディ・ディテクティヴはぶっちゃけ推そうと思ったのですが、殿堂入りみたいなものなので…

闇鍋:私も最初はそう思ったんですが、やっぱ良かったから入れちゃった。てへぺろ

有袋類:名誉会長みたいな…無冠の女帝でいて欲しい的な歪んだ思いがあってですね…(ろくろ)

闇鍋:ある種のエモだ……

ギガウサギ:『メリー・マジカル・クソビッチ・ポピンズ☆佐嶋遊』も挙げるか迷いました。キャラクターの作り込みが魅力的で、いくらでも先を展開できそうなポテンシャルでしたね。

有袋類:僕は現代枠・未来系・ファンタジー的なざっくりカテゴリで三枠決めたんですが、現代枠は本当に接戦でしたね

闇鍋:私はやばい女・やばい女・ゴリゴリファンタジーの3作になった感じですね

ギガウサギ:私は結果的にとにかく心が動かされた3作品を推した形ですね。泣き、感嘆、爆笑です。

有袋類:ひと目で分かる爆笑枠
 大澤さんには伝説の存在でいてもらうとして…銀賞は、作品名があがった金輪王と赤毛の竜、odd essay、あけおめデストラクション、キャノンボール・レディから一作ですかね
 個人的には、みなさん過去に川系大賞でなんらかの形で受賞した人が多いので受賞経験のあるみなさんには「次はぶっちぎりでやばいのを書いて大賞を狙ってくれ」と思っているので雨野さんの『あけおめデストラクション』を推していきたいです

闇鍋:『あけおめデストラクション』エモかったですよね

ギガウサギ:『あけおめデストラクション』はSF好きの私も納得のエモさでした。相当な作り込みを感じます。

有袋類:倦怠と無機質の中にあるアツさみたいなのがですね…

ギガウサギ:人間の営みを非生産的と罵る描写が多いのですが、逆にそれが「実は尊いものだったのでは?」と感じさせるという不思議な現象に襲われました。

有袋類:では、銀賞は雨野さんの『あけおめデストラクション』で大丈夫でしょうか?

闇鍋:賛成です!

ギガウサギ:いいと思います! 勝手ながら今後にも期待させていただきたいです!

有袋類:では、金賞は千石京二さんの『幽霊には足がない』、銀賞は雨野さんの『あけおめデストラクション』に決定しました!
おめでとうございますー!!!

ギガウサギ:おめでとうございます!!

闇鍋:おめでとうございます!

有袋類:それぞれ推した作品についてちょっとふれていきたいのですが、僕は千石さんは幽霊には足がないだけじゃなくて、募血も好きなんですよね。
文章はもちろんなんですけど、バランス感覚というか、そういうのがすごくよくてどちらの作品も面白かったです

闇鍋:募血、その後が気になりすぎます

有袋類:アレはですね…このままBLがはじまってもいいわけですよ

闇鍋:ありです。ありですよ

ギガウサギ:『幽霊には足がない』は会話の内容とか、主人公の目線とかが人の深いところまで見ている感じがすごくよかったです。月並みですが、キャラクターが生きている感じがしました。募血はオチの切なさで泣いた…

闇鍋:あかりちゃんの寄り添い力がすごくて、ああこれは優しい話だなぁ、と感じました。
 あの能力があって「普通」でいることのすごさというか

有袋類:「普通」の回収の仕方がめっちゃよかったですね。きれいだった…。
 金輪王と赤毛の竜もすごくよかったんですけど、中編とか長編でじっくり見たかったです。
最後に時系列が飛んだときに僕の脳では一瞬混乱してしまってですね…でも羽毛ドラゴンは最高。おのれラブテスター…

闇鍋:金輪王、冒頭語られる魂の旅と行く末の描写でもう完全にやられてしまったんですよね……確かに長編の単行本で手にしたとしてもおかしくないような壮大さでした

ギガウサギ:もふもふドラゴンよかったですね。ちゃんと過去と未来がつながっていて受け継がれるものがあるというのはロマンがバーストします。

闇鍋:何しろ「エモい継承」に弱い……

有袋類:わかる…継承はいいぞ…。綿貫むじなさんの名無しの竜と赤ん坊も良かった…人外と人間はいいぞ…

闇鍋:今回は、竜をはじめ、人外に恵まれまくりましたね……

有袋類:吸血鬼が書かれたものはマジでもう全員吸血鬼最高でした賞だよ…川系、SFも多いんですが今回は我ら闇の評議員の好みを喧伝していたせいかファンタジーも豊作でしたね。

ギガウサギ:ファンタジーってまだこんなに掘る場所あるんだと素直に感嘆しました。多様性が豊かで

闇鍋:数的にも全体の三分の一以上がファンタジーですもんね。多い。そして振れ幅がすごい。いい意味で

有袋類:ファンタジー大好き侍だったので幸せでしたね…

ギガウサギ:キャノンボール・レディももちろんファンタジーですよね?

有袋類:笑ったw僕はほぼオンタイムで講評してたんですけど最終日あの時間にぶちこまれる肉弾戦車珠美というワードは脳を揺さぶりました

闇鍋:キャノンボール・レディは現代ファンタジーになってて、冒頭読んでカテゴリ情報とか吹き飛んだんですけど結果たしかに現代ファンタジーでした。あれはすごかった

有袋類:餃子マンとキャノンボールレディ、KUSOの双璧…どっちもおもしろかったので僕も入れるか悩みましたw

ギガウサギ:タグ「砲弾」とかタグ「メスガキ」とかシュールすぎて…まさかタグで笑わされるとは思いませんでした

闇鍋:餃子マン、まさに川系という感じでよかったです。かなわん。あれはかなわん

有袋類:現代ファンタジー、問題作は『誰も幸せにならない物語』でしたね。北海道はファンタジーの地

闇鍋:地元ワードが散見されて鍋が震えました

有袋類:伏せ字の無効化笑ってしまったし、ギガウサギさんの講評も個人的には「こわ!ポストアポカリプスじゃん」って笑ってました

ギガウサギ:謎の有袋類さん、どこ中ですか?

有袋類:ひっ!これが北海道流の挨拶…!!!

ギガウサギ:あれはヴァイキングが氏族を尋ねるような感じなんだと思います

有袋類:戦果を名乗らねば戦士とは認められない試される大地の掟…
そんな曲者揃いの現代ファンタジーでも和泉眞弓さんのodd essayは落ち着いた雰囲気で抱えた生き辛さみたいなものを描いていて印象的ですね

闇鍋:odd essayは好みの表現が多かったです。SFじゃなく現代ファンタジーにしてあるんですね

ギガウサギ:アオハル勢力は今回も結構いらしたのですが、odd essayは思春期の悩みを宇宙と直結させるというスケールのぶっ飛ばし方が大変良かったです。違和感なくそこをつなげられるのは半端ない

有袋類:アオハルもの、俄雨の誓いとかかくしてこの街に星は降ったもよかったんですけどね。総合力の差みたいなものが及ばず…という感じでした。この二作の作者三はどちらも鋭い槍はお持ちなので継続して参加してほしいなと思ってます

闇鍋:アオハル感でいうと『1月6日の福袋』とか『かくしてこの街に星は降った』は輝きが強かったです

ギガウサギ:『福袋』は服というものにいろいろな意味をもたせていて、うんうん頷きながら読みましたね。丁寧に書かれていて、優しい気持ちになります

有袋類:福袋も『継承』ですもんね…。ちょうど1/5に投稿されて即講評を書いたんですが、お正月が終わった雰囲気で読むのよかったです
有袋類:あ!そして今回はそれぞれ五億点賞があります!

ギガウサギ:性癖大賞ですね!(語弊

闇鍋:性癖www

有袋類:僕の五億点賞は神澤直子『カレーを食う』です。味付きゾンビさんの『雪の日の告白』と迷ったのですが…こう…独特の雰囲気があるカレーを今回は推したいと思います!

闇鍋:五億点賞、私は五三六P・二四三・渡さんの『海星』に。やわらかく広く絡み合う海のモチーフと奇妙な裏返り感がたまりなかったです

ギガウサギ:僕の五億点賞は「塵迅パルス」ですね。良いSFをありがとうという心からの感謝を込めて。最後まで迷っていたのは「エースウォンバット~蒼穹の社畜戦士~」でした。ウォンバット、散開(ブレイク)!

闇鍋:「ウォンバット、散開(ブレイク)!」は無闇にかっこよかった。流行る!と思いました

有袋類:ウォンバット、散開(ブレイク)!すきw

ギガウサギ:「広告軍」のアイディアもすごくよかったです。1万字で世界観を十分に語る難しさは今回(自分も含めて)多くの人が実感したのかなーと思うのですが、『エースウォンバット』はさすがでした

有袋類:では、五億点賞は「カレーを食う」「海星」「塵迅パルス」に決定しましたー!おめでとうございます!

闇鍋:みなさまおめでとうございます!

ギガウサギ:おめでとうございますー!!

闇鍋:一万文字って、乗ってくると短く感じますね。私も今回またぱつんぱつんの仕上がりになってしまい……難しい

有袋類:僕も今回の二作目はめちゃくちゃ大変でしたね。自画自賛なんですが、書き慣れてる人には大変で、初めての人には3000字でも大変みたいないい感じのレギュレーションだった気がします

ギガウサギ:ジャンプの読み切りくらいをイメージしながら書くのがよさげなのかなーと。文字数からキャパシティを想像するのは難しい…

有袋類:1万5千字上限にすればよかったーーーーと自作を投稿したときまでは思っていたんですが、最終日を迎えて心の底から1万字上限にしてよかったと思いました

ギガウサギ:更新するたびに投稿数が増えていったときのドラマといったら

有袋類:最終日、20作以上増えましたもんね。10人くらい参加すれば~とは一体…

ギガウサギ:お言葉ですが、私は最初から10人で収まるわけないだろと思っていましたとも笑

闇鍋:私はスプレッドシートで総文字数カウントさせてたので、終盤一週間のスリリングさがすごかったです

有袋類:川の暖簾効果の恐ろしさ…(勝手に派生の川だと言い張ってるだけの企画)

有袋類:100作近く短編を読んでみての総評などありましたらどうぞ

闇鍋:何より怖かったのは初日ブッ込み勢の機動力。次に怖かったのが最終日駆け込み組の数

有袋類:寝るまでが初日なので僕も初日勢を名乗って行きます(一番槍レースに負けて悔しい)

ギガウサギ:僕は今回Twitterでも性癖性癖と騒いでいましたが、100作近くもあるとほとんどの人が自分に合う作品を見つけられるのではないかなと。逆から見ると、好きなものを突き詰めていれば誰かしらにぶっ刺さるだろうというのが確信に近くなりました

有袋類:今回もはじめて小説書いたよって人も多かったのですが、全体的なレベルが高くてびっくりしました。あと、うんこが少なかった

闇鍋:少ないだけに珠玉のうんこって感じでしたけどね……うんピ部も七糞もひどかった……(超ほめています)

ギガウサギ:とりあえず誰とは言いませんが蔵元に謝ってきてくださいね

有袋類:うんこも餃子もカレーも流れてくるし、アナルに日本酒を挿した人も流れてくる濁流

ギガウサギ:濁流だし氾濫するこむら川……ヤバい竜神とか住んでそう……

有袋類:今回、結構ホラーとかミステリーがあって、謎がマジでわからない…は直面しました。僕がミステリーやホラーを読み慣れていないのもあるのですが、間口を広げたい場合は作者の手口みたいなものをちょっと詳しすぎかな?くらいに書いちゃった方が伝わるかもしれない…みたいな

闇鍋:自分が(作者だから)すべて知っていて、読み手は全然知らない情報セットについて、どんな順番と量でサーブしたら思った通りの理解をしてもらえるかっていうの難しいところですよね

有袋類:1万字上限だとちょっとサービスしすぎて説明を入れると字数が2000字オーバーとかになりますし、結構難しいんだなと思いました

ギガウサギ:それは書き手側でかなり直面しました。本数書いている人は肌感覚があるのかもしれませんが、適切なタイミングっていつだろうというのはなかなか確信が持てません。
 闇鍋さんはどうやってやっているんですか?

闇鍋:そう、字数との戦いにもなってしまう……。私もこれは苦手感があって、実際に指摘されたこともあります。今はなんとなくでやってしまってるんですが……

ギガウサギ:たくさん書いてたくさん川に投げ込むのが正解っぽい…?

闇鍋:経験値を積んで肌感を育てる、はアリだと思います。他人からどう読めてるか読めないか見てもらう経験は生きると思います

有袋類:書けば書ける

闇鍋:書かねば書けぬ

ギガウサギ:講評も

有袋類:お二人共本当にありがとうございました…

闇鍋:こんなに読んで感想も書いたのは初めてで、量は多かったですがすごく面白かったです

ギガウサギ:Twitterではネタでぎゃーぎゃー言いましたが、本当に実りある経験でした。自分で本を選ぶのとは違いますし、機会がなければこれほど多様なものを読んでアウトプットすることはなかなかないと思います。
 是非他の方の投稿作とセットで読んで頂けると嬉しいですね…

有袋類:闇の評議員も次回のなんらかの川では刺客の一人として是非一緒に遊びたいですね…これだけの作品を読んでアウトプットするのはすごい経験になると思うので…

有袋類:今回、全講評をして色々言ったんですが期間内に一定の規定を守って作品を完結させるというのは本当にすごいことなので、今回はじめて参加してくれた方もそうでない方もまた◯◯川大賞に参加して一緒に遊べたらなとおもいます。書けば書ける!

ギガウサギ:私はカクヨム歴も浅いので今回は驚きの連続だったのですが、小説を書くというのは特別な道具も使わずに本当に自由で多様なものを作れる楽しい遊びなんだなと思いました。これからも楽しいKUSOの生産に励んでいきたいと思います!

闇鍋:これだけ数があっても、同じ物語は一つとしてありません。当たり前といえば当たり前ですが。どの作者さんも期間・字数・レギュレーションを守りながら独自の世界観を持って創作をすることができているというのが、本当に凄いことだと思っています。読ませていただいてありがとうございました。本当に楽しかったです

有袋類:闇の評議員が三人いて、それぞれ好みも視点も違うので、好きな意見を取り入れたり、評議員じゃなくて感想をくれた人の意見を大切にするのも自由なので、気軽にどんどん創作してくれたらなーと思います。
 三人から同じ指摘をされている場合は、ある程度意識をしてみるといいかもしれないし、全員素人なので的はずれな部分もあると思います。
好きなフィードバックを活かして軽率に創作をしていきましょう!

有袋類:ウォンバット、散開(ブレイク)!おつかれさまでしたー

ギガウサギ:ウォンバット、散開(ブレイク)!お疲れさまでした!

闇鍋:ウォンバット散開(ブレイク)! お疲れ様でしたー!

◆お知らせ

 作品にファンアートを描きたい!や、個人的にこれに賞を贈ってイラストを付けたいなどがありましたら謎の有袋類のTwitterへリプかDMなどをくださるとこちらでも紹介します。よろしくおねがいします。