「新しい生活様式」の歴史性(202005)

「新しい生活様式」の歴史性


「新しい生活様式」というザワザワする言葉。日本ではいかなる歴史的文脈で用いられたのだろうか。

コロナ禍で図書館に入れないのでネットを活用しての覚書。

結論めいたことを先に記すと、どうもドイツの「Neuer Lebensstil」(新しい生活スタイル)に由来する言葉のようで、自然主義とナチズムという歴史性を帯びた表現のようだ。

ざっと国会図書館デジタルコレクションで検索すると、リストで最も古いのが出口林次郎編『ワンダーフォーゲル常識』(奨健会ワンダーフォーゲル部1935)。

「旧套の打破 真善美の追求 新しき生活様式と生活意義の獲得」という章節がある。同書は図書館でしか閲覧できないので、ワンダーフォーゲルについてwiki等で補足しつつ整理すると、20世紀初頭ドイツで社会規範からの自由を求める運動のなか「新しい生活様式」を目指したと思われる。

ワンダーフォーゲルは第一次世界大戦時、戦争忌避的な個人享楽主義に理解され,運動の一部はナチ化したという。ウォルター・Z・ラカー『ドイツ青年運動―ワンダーフォーゲルからナチズムへ』(人文書院1985)参照。

日本では1933年、文部省に「奨健会ワンダーフォーゲル部」が設けられ、国家が健全な青少年運動として宣伝と普及をしたところに特徴があるらしい。ワンダーフォーゲルが持っていた「新しい生活様式」の意味も読み替えられた可能性がある。

「新しい生活様式」が国会図書館デジコレで確認できる次の例が浅野秋平訳編『新しきドイツの生活』(大観堂1942)。

これも図書館でしか閲覧できないが、浅野は東亜研究所所員・大民社論説委員で他の著訳書は『英国は必ず敗ける』(1940)『民族の使徒松岡洋右』(1941)『海軍力と世界大戦』(1943)などと、どのような著者かはだいたい察しが付く。

『新しきドイツの生活』は、新しきドイツの農村、新しいドイツの工場、新しきドイツの家庭といったナチスドイツの社会で、「新しい生活様式」の重要性を国民に訴えた文脈と思われる。藤原辰史さん『決定版 ナチスのキッチン 「食べること」の環境史』(共和国)が参考になるだろう。

このようにドイツの自然主義とナチズムを背景とした「新しい生活様式」が1930~40年代に日本で受容されたと想像できる。

その後、1950年代半ばの住宅建築関係書(『10坪より30坪の中小住宅写真集』1955、『家の建て方・間取の工夫』1956、『住宅全書』1958他)に「新しい生活様式」が散見される。

「新しい生活様式を採入れた純洋風の近代建築」(『10坪~』)とあるように、この時期登場する洋風の立体最小限住居などを普及するための新しいライフスタイル提唱(食寝分離、就寝分離、家事労働の削減など)に関わる言葉へ変化していったと推測できる。吉田桂二『間取り百年』(彰国社2004)参照。

ドイツの自然主義とナチズムのもと受容され、戦後の日本の住宅思想との関りで展開していった「新しい生活様式」が、今また国家・社会・生活の微妙な文脈で用いられている。

以上の妄想は詳しくは専門家の検証に委ねるとして、図書館という存在は誰もが今の社会と歴史性を考える上で大変に有用なのだ。

雑誌記事索引データベースざっさくプラスを用いてるとさらに面白いことがわかる。 

「新しき生活様式」は、『新潮』1929年3月「《近代生活漫談会―第六十八回新潮合評会―》―新しき恋愛に就て、新しき生活様式に就て、新しき娯楽に就て―」(奏豐吉·新居格·堀口大學·西條八十·ささきふさ·大宅壯一·勝本淸一郎·村山知義·中村武羅夫)が初見。

モダニズムとして?メンツ的にこれは読んでみないと何ともいえない。

その次が『日本』1932年1月号,ヨハネス·クラウス「新しき生活様式としてのフアツシズム」. 『新潮』の先例はあれど「新しき生活様式」が基本的にナチズム/ファシズムを背景にした言葉であることがわかる.

次に「新しき~」ではなく「新しい生活様式」の例は、1949年3月『婦人画報』の特集「古い生活様式から新しい生活様式へ!」が早い。 古い形式的な間取り(店先、茶の間、物置)から新しい機能的な間取り(応接間、食堂、書斎)へ。

先に国会図書館デジタルコレクションで見たように戦後住宅思想の文脈だ。

あくまで自宅でデータベースを眺めて推論しただけであるから,勿論も現物や関連文献を確認しないと話にならない。 それでも「新しい生活様式」がいかなる政治性や思想を帯びて1930年~50年代に日本で変容展開していったのか,この見取り図はおそらくそう間違ってはいないのではないか。どうでしょうか?

2020年5月記



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