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親切なクラクション〜アウトバーンにて〜


明日から数日旅に出る。
準備をしながら、そばにあった夫のキャップを手に取る。
白のカルバン・クラインのキャップで、夫のお気に入り。
今ここにあるのは前回の旅で親切にしてくれた人がいたからだ。

ドイツでは、アウトバーンでどのルートを辿っても、料金はかからない。しかし周辺の国では、その国の道路の使用料と、一部区間においては別の料金を必要とする。

その国に入る前に、パーキングエリアの売店などで、通行料支払い済みを証明するステッカーを買い、フロントガラスに貼る必要がある。

またそれとは別に、一部区間では途中から別料金が必要なので、料金所でチケットを取り、区間が終わると料金を支払うのだ。

オーストリアでその区間を出る料金所でのことだ。
夫は大抵カードを利用するが、その時は小銭で支払った。
停車した位置が、少し器械から離れていた為に、夫はドアを開けてチケットを差し込み、料金を払ったのだった。
車を発進させる。その時、後ろからクラクションが鳴らされた。珍しいことだ。

こちらに住んで気付いたことだが、クラクションはそうそう鳴らされることはない。
極端な割り込みをする人があったり、信号が変わってもかなり長い間気づかないでいると鳴らす人もいる。

特にドイツ国内は、譲り合いの精神が浸透しており、安全に走行する為の運転技術が確かなドライバーが多いので、合流の時も大変スムーズであるし、誰かのちょっとした不注意にも『待つ』ということが普通の光景だ。

であるので、
『おや?鳴らされた』と。
「小銭の支払いだったし、ドアを開けてちょっと手間取ったからかな?」
などと夫と話しながら、そのまま走行していた。

広くゆったりした直線のアウトバーンをしばらく走っていた時、夫が、きょろきょろし始めて、
「あれ? えーっ?!」
と言いながら、中央車線から右側車線に移り、減速して道の端に車を停止させた。
アウトバーンで車を停止させるというのは滅多にない経験だ。
「どうしたの?! 何があった?」
と言っているうちに、後ろからきた車がうちの車を追い越し、そして前方に停止した。
「どうして?何?」
何のトラブルもないのに?!

すると、前の車の助手席側から女性が降りて、笑いながら走って私の座る助手席側にやってきた。
『笑ってる?』

窓を開けると、夫の白いキャップが差し出された。
驚いて、
「Vielen Dank!」
と感謝の気持ちを込めて言うのが精一杯だった。
彼女はすぐに走って自分の車に戻って行った。

前の車も、うちの車も、すぐに発進して通常の車線に戻ったものの、夫も私もしばらく、その出来事にキョトンとしていた。

夫は、
「そういえば帽子を脱いで、横に置いた気がする」と。
料金所でドアを開けた為に、転がり落ちたらしい。
あの時のクラクションは、
「帽子落ちたよ〜」のお知らせだったのだ!

料金所を出てから、数キロは走ったと思う。
彼らは帽子をわざわざ拾ってくれた上で、何とか渡すタイミングを計って、直線のゆったりした道の辺りで、車をうちの車の横につけ、夫に合図を送ったようだった。

アウトバーンの120キロ制限の道である。
それは大変危険な行動であり、やろうと思う人はそうそうないと思う。
道の端に停止することも、本来緊急事態以外にはやるべきではない。

夫の白い帽子は、落とした後は、料金所を通る後続車に次々踏まれて、さようなら👋の筈であったのに。

しばらく夫も私も感動して黙っていた。
「親切な人っているもんだね。」

私は、もう会うことはない彼らの安全な旅と幸運を祈る言葉を探した。ドイツ語で。オーストリアだし。



旅を終えて1ヶ月ほどして、夫宛に手紙が来た。
オーストリアの高速道路使用料の支払い請求だった(^◇^;)。

「どうして?! 買ってフロントガラスに貼ってあったのに💦」と嘆く夫。
確かに買って貼ってあったのは私もよく知っている。

駐車場でも、アウトバーンでも、カメラが網羅しており、何か違反があれば容赦なく請求書が届く。
取り締まりの警察の姿は見たことはないが、カメラはどこにいてもこちらを監視している。

チケットは期間を超えてもいなかったし、確かに所定の位置に貼ってあった。
「理由がわからない!!」と嘆いた夫は、手紙の差し出し部署に問い合わせメールを送っていた。
チケットの何倍もする高い請求額である。
気の毒なので結果は聞いていない(^◇^;)。

シールはすでに剥がされて廃棄済みである。期間内にちゃんと貼ってあったという証明は難しいだろう😓

次回から、貼ってある部分の写真撮影と、剥がした後、
「保存しとこうね。」くらいは言わなければ。


白いキャップを見る度に、親切な人たちと、違反請求の残酷な手紙を思い出す。


[見出し写真はオーストリア世界遺産エッケンベルク宮殿]




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