つなぐ

京都に、スタンドっていう居酒屋がある。
あの人と初めて一緒に行ったのはいつだっただろう。

いつからあるかわからないような旧いお店で、調べて見ると昭和2年の創業だっていうんだから余計にわからない。

生ビールは今どき見かけない500ミリリットルのジョッキで、それがそこらの居酒屋と変わらない値段で飲める。

平日も週末も変わらずに昼前から満席で
暖かい喧騒の中にある。
あそこのラーメン、おいしかったですよね。…メニューにないのに。

その人は、僕の父と同世代で、
田舎から出てきた僕にとっては父のような存在で。
出会った時にその人が娘のように可愛がってた人とーー社内恋愛は禁止やでなんて言われながらもーー結婚した僕のことも本当に息子のように可愛がってくれている人。

何年か前、会社の研修でイタリア旅行に行くようになったとき。
「ホンマはよねちゃんと一緒に行きたいねん」
あれ、たぶん本当に心の底から言ってくれてたんだろうな、って今でも思う。
若いスタッフを連れて行くとどうしても、フィレンツェに行きたい、ヴェネツィアも行きたい、ってあっちこっち飛んで大変ですよね。
僕、あなたとならずっとナポリの外れのあの街で、何もせずに夕方バールでぼんやりして
気が向いたらちょっとカッコいいシャツを探しに行くような、そんな旅行がしたいと思う。

大手のビール会社に40年も勤めたあなたですから、まぁ、他のビールを飲まないことは多少は目をつむりましょう。

いつか行きましょうね、ってもう何年も言い続けてる僕の家の近所のおでん屋、絶対に一緒に行きましょう。
あなた、絶対にあの店のこと好きだと思うんです。
多少おやじはうるさいけども。
そうそう、あのおやじ、オーダーが落ち着いたら僕に説教はじめるんですよ、お前そんなんじゃ飲食やってけねぇぞ、って。

この、外出自粛が叫ばれる世間にあって、彼は家に一人で過ごしてる。
たまに会社の用事で車を出してもらう時も、僕たちはあまり会話をしない。
気を遣うとか遣わないとかではなく、お喋りも楽しいし、喋らなくても心地いい。
予定があえば仕事を早めに切り上げて、晩ご飯を一緒に食べる。
できる限り、一緒に過ごす。


その人は、僕の父と同世代で。
その人は、最近体調を崩してる。
周りの人は、好きなことを言う。

僕は。

スマホから、ただ文字だけを入力する。
もしこれを読んでくれた人がいても、読みにくいだろうし、何が言いたいかも伝わりにくいと思います。
それでも読んでくれて、ありがとう。

なんとなく、あの人の話をしたかった。

良いか悪いかはわからないけど、ただ、いま、今日のこの瞬間の僕にとっては、
これは飲食店がつないでくれた、あるいはこの先誰かにつなぐ、一つの小さな、よくある話

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