パステルカラーの季節に恋した

私は負けず嫌いだ。
正確に言えば負けず嫌いらしい。
これまで自覚がなかった。

諦めが悪い
初めて負けず嫌いだよねと初めて言われたのは、高校生ぐらいの時。
友達に何気なく「私ってどんな人?」とたずねた時、
いくつか挙げられた特徴の中のひとつに負けず嫌いという言葉があった。
自分にとってはどこが負けず嫌いかわからず、
もっと言えばどういう人のことを負けず嫌いというのか、
諦めが悪いのと何が違うのかわからなかった。
確かに自分が諦めが悪いとじゃ思っていたし、
よくわからないところでやる気が湧いて、
よくわからないところで人と比べてしょげることが多かった。
日々生活しているだけで消費カロリーがエグかったし、
その分いっぱい食べておっぱいのみならず体の全てが大きくなってしまった。
むしろ負けず嫌いという言葉自体、人を馬鹿にする言葉だとすら思ってしまっていた。
私は馬鹿だ。

高校生の時、学校祭でステージ発表があり、私は友人と歌唱発表で出場した。
同じステージ発表に仲良くしていた人が多くいるクラスの何人かが出場することになった。
そのグループは歌がうまいことで有名で、当時のSNSに自分たちが歌う音源を投稿しては、同級生の間で有名になっていた。
徐々に学祭のために練習を始める。
それに伴って向こうのグループの投稿数も増えていき、当投稿した翌日にはあの子達のあの曲聞いたー?と話題になっていた。
悔しかった。
可愛かったのだ。
グループの一人がとっても可愛かったのである。
一人はとっても可愛くでめちゃくちゃモテる女の子。しかも歌が上手い。
もう一人はお姉ちゃんが歌手の女の子。血を引いてめちゃくちゃ歌が上手い。
もう一人は陸上部の人気ナンバーワンの男の子。ギターも引けるし何より歌が上手い。
そんな三人衆が相手だ。
勝てない。勝てるわけがないと思った。
学祭が近づき、授業終わりに教室に残って練習をすることが多くなった。
練習をする度、あの子たちにはあって私に無いものがわかってしまった。
それに気づくたび、心が辛くなった。
一緒にステージをする友達に思いを伝えても考えすぎだと流される。
私と向こうの差が明確に感じられた。
こんなに惨めな気持ちになるなら、見なければいいのに
わざわざその子たちのSNSを開いて、投稿された音源を聞いた。
私はこんなにうまく歌えないと階段の隅で泣いていた。

少ししてから担任の先生が目の前を通りかかった。
「何してるの」
「いや、学祭に出るあのグループに勝てないと思って悔しくて」
「大丈夫だよ、あんたは。考えすぎもよくないよ。大丈夫だから」
そう言って先生は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でて去っていった。
違う種類の涙が出た。
友達に言われた同じ考えすぎという言葉なのに、
具体的にどう大丈夫かなんて一言も言ってないのに、
とても心強く力に変わった気がした。

可愛いからなんだ。
姉が歌手だからなんだ。
陸上部だからなんだ。
一人でも私のステージを見て、笑顔にできるなら優勝だ。
私はお前らより歌うことが好きだ。
お前らみたいにハモれなくても、
声は出るし、パワーがある。
お前らみたいにモテなくても、私の方が面白い。
そう気づき、戦った。

その後、担任の先生は大学生になってからライブ活動をした際にお客さんとしてきてくれたり、それなりに関係が続いた。
これが恩師というものなんだろう。
この経験が具体的に自分が負けず嫌いだと実感したタイミングだ。
きっとあの時、相手にあって自分にないものにばかり目がいっていたけど、
同時に相手になくて自分にないものを分析できるようになったのだと思う。

今も新しい局面に立たされ、自分が負けず嫌いであることを痛感している。
この道は私よりももっともっともっと面白い人がごまんといる。
いかに自分の可能性を見出すか、人より私が秀でたことは何か、見つめ直す日々だ。
超えたいと思う目標が身近すぎるのはよくないとは思うが、
今は超えたい、ぶっ潰してやると思える対象に全神経を使って立ち向かうことにした。
これは私の決意表明だ。

見ててちょ。

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