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フィリップ・グラスの新しい弦楽四重奏曲をタナSQが初演

フィリップ・グラス Philip Glass の9曲目となる弦楽四重奏曲が、2022年2月13日、パリのコンサートホール、ラ・スカラ・パリ La Scala Paris の小ホール、ピッコラ・スカラ Piccola Scala でパリ初演された。演奏は20世紀と21世紀の音楽を専門に演奏することで世界的に知られるフランスのタナ弦楽四重奏団 Quatuor Tana

弦楽四重奏曲第9番「リア王」は、2019年、ブロードウェイでシェークスピアの『リア王』が上演された際、グラスが劇音楽を弦楽四重奏の編成で作曲したものを、コンサート用の弦楽四重奏曲に書き直したもの。
ブロードウェイ版の作曲にあたって、グラスは数週間にわたって俳優たちの練習に立会い、夜にその日見てきたものを思い起こしながら作曲したという。
弦楽四重奏曲としては、タナSQとブリュッセルのボザール(ベルギー)、ヴァランシエンヌのル・フェニックス劇場、リヨン国立オペラとシュルペルスペクティヴ音楽祭、アラス市タンデム劇場、ブルジュ市文化館、ロンドンのウィグモア・ホールによる共同委嘱作品で、タナSQに献呈されている。

メロディの概念が強い作風

演奏前に、第一ヴァイオリンのアントワーヌ・メゾンオート Antoine Maisonhaute が「第9番はフィリップ・グラスが今まで作曲した弦楽四重奏曲で最高の曲です。僕たちのために書かれたんですから!」とユーモアを交えながら曲を解説。
作風はよりクラシカルなもので、ミニマル音楽の特徴である2拍子系と3拍子系が交互に入れ替わりつつ反復される和音をベースにしながらも、メロディの概念が強く打ち出されており、ところどころ、はっきりと伴奏付き旋律の範疇に入るパッセージが出てくる。これは、劇のシーンに関連して湧き上がるエモーション(感情)を伝えているという。また、気だるく何かが起こりそうな予感を漂わせた曲想は、エリザベス王朝下のイギリス社会に蔓延していた雰囲気を表現する。

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ドラマ性に引き込まれてゆく5楽章構成

30分近い比較的大規模な曲で、5楽章構成。もともと劇音楽だったこともあり、各楽章内が細かいセクションに別れており、初めて聴くとはっきりとした楽章区分がわかりにくい。しかし何度も聴くうちに、そのドラマ性に引き込まれてゆく。1楽章の終わり頃に悲劇を予兆するような不穏な音が鳴る。2楽章の前半はロマン派の緩徐楽章のような優雅さがあり、後半はより動きがある性格の異なる音楽だが、いずれもメロディを前面に出している。3楽章でも初めにゆったりとした旋律が現れた後、リズムと音色の変化を強調した中間部を経て、再びゆっくりと終わる。第4楽章は、2、3楽章と同じく歌うようなゆったりとしたセクションの後、チェロから始まる対位法的な部分があらわれ、次にベートーヴェンの後期SQを連想させるような連続した和音のあと、最後の部分で、反復音型を奏でる低音部の上に流れるような和声進行が続いて終わる。終楽章ではまず、第1楽章で出てきた不穏な部分が再現、展開される。その後、反復パターンが様々に変化しながら曲が進むにつれて高揚しドラマ性を増していく。最後の方では4つの楽器のユニソンが増え、最後は音階が何度か上行したのちドラマチックに下降して全曲を閉じる。

大盛況の初演ツアー

弦楽四重奏曲第9番「リア王」は1月にブリュッセルのボザールホールで世界初演され、このパリ初演で一連のツアー演奏会がひとまず終わった。パリ初演は、はじめ1回のみのコンサートが予定されていたが、それだけでは足らず、数日前に第2回目を追加するという盛況ぶりだった。
この機会にCDも発売されている。(Dunvagen Music Publishers Inc. ASCAP ; SNC 22020)
Qobuzで聴ける人はこちら
Spotify にはタナSQのCDは配信されていないが、劇音楽のCDを聴くことができる。

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タナ弦楽四重奏団

タナSQ Quatuor Tana は2010年に結成。最初に書いたように、20世紀と21世紀の音楽を専門とする団体で(フランスには同様の団体としてベラSQ Quatuor Béla がある)、世界中の作曲家に多くの作品を委嘱し、これまで250曲以上を初演してきた。IRCAMなどの研究所とも協力しながら新しい音楽を模索し続けている。2015年には独自の電子楽器「TanaInstruments タナインストルメント」をつくり、この楽器のための作品も生まれている。

2022年2月13日、La Scala Paris (Piccola Scala)

photos © Les Etoiles ; © Antoine Porcher-Ars Musica ; © Nathalie Gabay

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