シカゴ大学フェロー大安売り!! V.1.2.3.4.5.6.7 (2018/5/29投稿)
お邪魔いたします。シカゴ大学太田です。
医学論文を書いていると、何をどう書いたらいいか全然頭に浮かんでこなくて書けない時と、書きたいことはわかっているのだが上手く英語に変換できず書けない時、書きたいことや書くべきことが頭の中に次から次へとひっきりなしに浮かんで上手く話がまとまらず書けない時など、結局ほぼ常に「書けない」状態が普通です。そんな時は「日本語で書くならいつでもすぐにスラスラ書けるのになあ」なんて言い訳してうだうだしています。うだうだダラダラ期間は様々ですが大体3日から3ヶ月くらいです。しかしそのうだうだ期間は私にとって論文を書く上で重要で必要不可欠な時間です。うだうだとyoutubeを観たり、ゲームをしたり、寝たり、食べたり、靴を磨いたり、たまに手術をしたりして過ごします。で、堰を切ったように関連論文を読み漁り、そしてまたyoutubeへと戻ります。一見怠惰な生活に見えますが、というか正真正銘怠惰な生活ですが、実際は寝ても覚めてもその論文のことをずううーーっと考えています。そしてこのサイクルを何度か繰り返し、ある時悟りを開きスーパーサイヤ人へと覚醒します。一旦覚醒すると数時間から数日で論文を書き上げます。しかし最近は後進を指導し論文を書いてもらってそれを随時修正し指導するという立場に変わってきました。それはそれでいいのですが、ただyoutube期に論文を持ってこられても困りますし、せっかくスーパーサイヤ人に覚醒中でも修正すべき論文が目の前に上がってきていないと結局空振りに終わるので困っています。アテンディングなって以来、手術や回診、治療方針の決定など臨床においては飛び抜けて自由裁量権がよくなりましたが、論文に関してはむしろ逆で自由度が減る傾向にあるようです。とは言ってもやはり長い間培ってきた「うだうだダラダラスタイル」は自分でも心地よく自らのスタイルとしていい意味でも悪い意味でも完全に確立してしまっているようです。
前置き先生。前置きの太田。Maeoki du Ota。まあなんとでも呼んでいただいていいのですが、つまりですね、ブログ執筆においてもこのうだうだダラダラスタイルが自分を牛耳っているってことが言いたかったのです。ここ2−3ヶ月の間、北原編集長に「そろそろ書いてください」と言われても、その度に「今は違うんだ」とか「書きたくても筆が進まないんです」とか勘違い小説家とやり手編集者のようなやり取りを続けてきました。日頃、常に何か面白いことはないかなあと探し続け、細かい笑いを拾い続けている性分であるため、それら無数にある事柄の中から「ブログで報告しないといけない案件」というものが出てきます。今回のyoutube期は比較的長かったこともありそのような案件がたくさん出てきました。それらに対して果てしなく噴出する自分の感情や思案に雁字搦めになりつつ踠いておりました。勘違い野郎のレッテルを恐れず言うなら「スランプ」でした。現実的に平たく言うと「サボって」ました。
で。本日未明、覚醒いたしました。レベル的にはスーパーサイヤ人3くらいです(シュンシュンシュンシュン)。ではいざ。。。
Maeoki du Ota「あ、一応言っておきますけど、長期の眠りを経て覚醒したと言っても別にすごいことを言うとか、ためになることを言うとかそんなことないですから。いつもの通りしょうもないことの積み重ねですのであしからず」
みなさん、ANA派ですかJAL派ですか?
日本の航空会社のサービスは本当に素晴らしい。日本とアメリカの航空会社しか乗ったことないのですが、いや、日本の航空会社のサービスは本当に素晴らしい。。。2回言っちゃいました。そもそもアメリカの航空会社のCAさんの場合、いわゆるサービスなんて概念自体存在せず、どちらかというと日本の電車の車掌さんのような便の運航を滞りなく進めるのが役目のような存在なんだと思います。空港のカウンターにいる人たちは日本で言う「みどりの窓口」の人たち。そう思うと彼らの「サービス」もそれはそれでしっくりくる。日本のCAさんのサービスの質が高いのは「皆まで言うな」「痒いところに手が届く」的な領域をカバーすることに長けているからだと分析しています。北原先生の飲み会における鉄板の話題をここで一つ公表しちゃいます。簡単に紹介しますと、なぜかご飯を食べるときだけ左利きの北原先生(中2ゴコロをくすぐるミステリアス演出勘違い野郎、もしくはダイニングBARで女子と隣り合わせに座るとき右側に陣取り自身の左腕と女子の右腕が軽く当たることに青春を捧げる全神経左腕集中型ココロここにあらず変態野郎、もしくはブーーーン「あ、危ない!!」キキキーっ、がば!!「きゃ」「馬鹿野郎!死にてーのか気をつけろ」ブーーーン「大丈夫かい?」「あ、大丈夫です、ありがとうございます。あ、右手にケガを。。」「どうってことないさ」「ダメよ、そんなに血が。外科医の大切な右手が。。」「ふ、俺にはこの左手がある。それさえあればお前の作る飯が食べれる。今の俺はそれだけで十分幸せなのさ」「ヒロトくん好きいいいいいイイ!!」もうなんだかわけのわからないバカップル野郎)なのですが、その北原先生が日本の某航空会社のフライトに搭乗した際、前菜を食べた後、CAさんがお皿を回収しお箸を置き直す際、食べているところを見ていないにも関わらず食べ終わりの状況を見ただけで、左利き用にお箸と箸置きをセットするという離れ業をやってのけたことに感動し、キュンキュンしすぎてなんなら機内でプロポーズしちゃおうかな、みたいな話なのですが、このようなCAさんの素晴らしい気配りは日本の航空会社ならではでしょう。このような素晴らしいサービスは人を幸せにし旅を楽しくさせてくれます。だからまたその航空会社のフライトに乗りたいと思うものです。しかし、逆の立場から考えるとどうでしょうか。航空会社はライバル会社との競争に勝つため過剰なサービス合戦を繰り広げる必要があり、最前線のCAさんはその渦に巻き込まれ、図らずもマニュアルにない質の高いサービスを要求されます。これはサービスを受ける側の日本人気質にも大きな要因があると思います。日本人は一般的に質の高いサービスを一旦受けると、その後どのような状況でもそれより下のレベルのサービスを受け入れることができないという独特の気質を持っていると思います。素晴らしいサービスを受けて満足し、その次の機会に同じサービスが受けられないと、質が落ちたなどと思ってしまう。気持ちは分からないでもないが、これをしだすとお互いの首を絞め合うことになる。先日、ちょっと話題になっていた「ファーストクラス誕生日フライト祝ってもらえない事件」が良い典型ではないでしょうか。マニュアルにない「誕生日にファーストクラスに乗ると誕生日を祝ってもらえるというサービス」がなかった、なんなら現場で自ら誕生日だとCAさんに申告し、サービスで出てきた果物を食べたが嬉しくなかった、とクレームを入れた強者の話です。また航空会社はこれに対し謝罪したということも驚きです。「期待していた僕が馬鹿でした」と宣う客に対し、「おう、よくわかってんじゃねーか」と心の中で思いながらも謝罪せざるを得ない日本の文化は諸刃の刃だと思います。仮にこれを機にこのサービスがマニュアル化されてしまえば、する方もされる方も辛い状況に追い込まれ誰も得しない状態になってしまいかねません。機内サービスというものは両者の化学反応の結果であり、立場の違う双方が互いの役目を全うし互いに相手を思いやることでサービスという作品がより高みへと登っていくものではないでしょうか。
Maeoki du Ota「キミは一体何様?志村けん風には「な、なんだチミは?」。年に数回しか飛行機乗らないくせに、ましてファーストクラスに乗ったこともないくせに講釈たれてんじゃねー!って声が聞こえてきそうですね。全くもってその通りで私はなんの反論もできませんので、クレームは全て北原先生にお願いしゃす」
シュンシュンシュン「では次の話題に。。。」
Maeoki du Ota「あ、それとついでなんで言っときますけどおー、プライベートジェットならぁー仕事柄100回以上乗ったことあるんすよねええー。とりあえずううう、、、」ドカッ!!「うっ。。。」
シュンシュンシュン「失礼しました、では続きです」
手術は術者により様々なやり方が存在しますが、大抵術者により手術手順、手技は定型化しマニュアル化しています。複雑な術式でも基本的には定型化マニュアルの組合せで成り立ちます。しかし、定型化された単純な手術でも毎回必ず何か違うもので、その時々に応じて臨機応変に対応する必要があります。術者と助手の関係はお客さんとCAさんの関係に似ているとこともあると思います。手術助手は簡単ではありません。術者とは全く別のスキルセットが要求されます。月岡先生の先日の投稿にありましたが、まさに「お・も・て・な・し前立ち」が重要なのです。術者が何を考え何を欲しているか瞬時に読み取り最善の方法でサポートをし、さらに手術手順を正確に把握し先を見越して先手先手で手術の進行を助けます。術者は一旦最高の助手から素晴らしいサービスを受けると、次の手術の時、見劣りのする助手のサービスが気に入らず受け入れられなくなる傾向があります。当院のOR Physician Assistantは非常に優秀で特にシニアのJohn G, John Sは特級品でアシストのプロ中のプロです。そんな彼らが退いて何もわかっていないレジデントが入ってきて助手をしだすとそれはそれは居ない方がマシなくらい邪魔に思ってしまいます。そんな時でも術者は冷静に助手に指示を与え、思い通りに手術を運べるようにするべきなのですが、手術自体が困難な症例の場合や、術中トラブルに見舞われた時などは助手がショボすぎると思わず声を荒げて「今日は俺の誕生日なんだよおおおお!!」と叫びたくなってしまいます。ダメな外科医の典型です。どんな症例で、どのような状況でも、またどんな助手でもいつもの通り自分のやりたい手術を淡々と進めるのが卓越した外科医というものだと思うのですが、今の私は叫びまくるようなことはしませんが、黙々と手術をしているように見えて、実は内心イライラしまくっており、その自分を制御するのに精一杯で周りの人への教育や世間話などを含む配慮にまで気が回らないのが実情です。名医はキャリアよりまず人格者であるべきとはよく言ったものだと思います。鍛錬あるのみです。一応、韻を踏むのがお約束みたいになってきてるので、恥ずかしながら言っておきます。
手術というものは術者と助手の化学反応の結果であり、立場の違う双方が互いの役目を全うし互いに相手を思いやることで手術という作品がより高みへと登っていくものではないでしょうか。
皆さん、自分の仕事にどれくらいストイックに取り組んでおられますか?
私の尊敬するイチロー選手や、最近大活躍の大谷選手は噂では非常にストイックで生活の全てを野球鍛錬に捧げておられるようですね。彼らが野球に関して天才かどうかという難しい議論は答えがなかなか出ないと思いますが、明らかに彼らは自身の本業に対して努力をする天賦の才に恵まれていると思います。本当に羨ましいです。私の本業は医療、もしくは突き詰めれば手術ということになるでしょうか。その本業に対する自分の努力は彼らのそれと比べてどうでしょうか?頑張ってますよ、と言いたい自分がいますが、冷静に観察すると全くもって陳腐な自分自身が見えてきて自己嫌悪に陥ります。試験勉強を始める時には、まず部屋の掃除から始めるタイプの現実逃避型のわたくしはまず何事も外堀から埋めて自分を追い込んでいくタイプです。「心臓外科医を極める」という本業の外堀は、いつも姿勢正しくやる気に満ち溢れエネルギッシュであること、その外堀は、心身を鍛えること、その外堀は、マラソンをしてみること、でもちょっとしんどいし飽きた、その逃避案は、トライアスロンなんていいんじゃない?マラソンが無理な人物にトライアスロンなんて無理無理、その逃避案は、スーパースプリントトライアスロンなる短距離のやつあるらしいよ、よしとりあえずClick & Pay!!!ってのが今年の初めあたりのこと。勢いに任せてクリックして以降は、ずっと怠惰な生活という逃避行を続けてきました。しかし!スーパーサイヤ人に覚醒したと同時に決心しました。とりあえず泳げないので泳ぐ練習から開始したいと思います。なんてめんどくさいヤツだとお思いでしょう。まあ部屋掃除から始める現実逃避型人間は大概こんな感じですよ。自分で決心しただけだとすぐにサボってしまうので、あえて公表することで外堀を埋めるのです。全ては心臓外科医を極めるためです。と、遠いな。。。ってツッコミはなしでお願いします。あ、写真は自宅プールです。もとい、自宅マンションについてるプールです。
今回も長々と読んでいただいてありがとうございます。なにが言いたかったというと、日本の航空会社のサービスは本当に素晴らしいってことです。3回目言っちゃったのでこれにて終了です。
Maeoki du Ota 復活!「ちなみになんですがぁー、月岡先生の投稿では「おもてなし前立ち」となっていましたけどおおー、突き詰めればやっぱ「お・も・て・な・し前立ち」なんだと思うんすよねええええー」
シュンシュンシュン「か・め・は・め・。。。。」
Maeoki du Ota「ちゃんとディテールにこだわることってがぁー大事だと思うんすよぉ~。そもそもこの語源、、、」
シュンシュンシュン「波あああああああああ!!!」ちゅどおおおおおおーーーおおん。。。
。。。。。。
シュンシュンシュン「お騒がせしました。ではまたの機会に」シュバっ!!
Maeoki du Ota「う、、、うううう。。。くそおヤツめ、覚えて、、おけ。。。」クタっ。。。
Maeoki du Ota「あ、、、ちな、、みに、、、、ふぇろー、、ボシュう、、チュー。。キボーシャ、、レンラクサレタシ。。。」クタ。。