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*「平和には戦争をする勇気さえ上回る勇気が」(エルンスト・ユンガー)

… トーマス・マンと並ぶ20世紀ドイツ文学を代表する作家にエルンスト・ユンガー(Ernst Jünger, 1895-1998)がいる。

◆「鋼鉄の嵐のなかで」

日本でもその主要な著作が邦訳され、第一次大戦の戦場体験のルポルタージュ『鋼鉄の嵐のなかで』(1920)は、陸軍省の勤務する軍人によって翻訳された。当時は、最年少でプロイセン最高の勲章である「プール・ル・メリット」を受賞した勇敢な軍人として、日本のミリタリズムを鼓舞する目的で紹介された。

ユンガーは、戦時中は、パリの占領軍に勤務し、セリーヌとドリュ・ラ・ロシェルなどフランスの文学者たちと交流を持ち、そのパリ時代の日記も邦訳されている。

哲学者のハイデッガーと親しかったユンガーには、優れた文明史家の側面があり、大戦の進行とともに、ヨーロッパを破壊するヒトラーの政策に懐疑的になり、反ナチ派の陸軍将校たちとの交流のなかで、彼らへの影響力を強めていった。そして大戦末期に回覧されたのが有名な『平和論』である。

◆ ロンメル将軍にヒトラー打倒を決意させた「平和論」

この『平和論』は、滅び行くドイツの運命を憂えた陸軍軍人の内で熱心に読まれ、「砂漠の狐」という異名で知られるロンメル将軍が、反ヒトラー運動に加担するきっかけとなったのも同書である。

もはや精神の高揚感もなく、単なる物量による殲滅戦である現代の戦争を、「若者たちは地獄の中、人間よりもデーモンが住むに相応しい環境に育ち、子供たちは恐怖の世界の中で最初の思い出を刻んだ。彼らの耳は鐘の音よりもサイレンの叫びに親しみ、彼らの揺りかごに降り注いだものは、光りではなく炎の影であった」と、ユンガーは描いた。

そして同書の末尾は、こう結ばれている。

「平和が疲労から生じることはありえない。平和のために、戦争を望まないということだけでは十分ではない。真の平和は、戦争をする勇気さえ上回る勇気を前提とする。我々が望む本来の戦いは、絶滅の勢力と生の勢力との戦いであることが、実際ますます明瞭になって来ている。正しき戦士は、かつての騎士のごとく、力を合わせてこの戦いに望む。それが明らかなるとき、平和は持続しよう」

武器や「原発」を輸出し、いままた集団的自衛権の行使容認によって、わが国に災厄をもたらそうとしている「絶滅の勢力」を防ぐことは、「戦争をする勇気さえ上回る勇気を前提と」している。なぜなら、「平和が疲労から生じることはありえない」からである。

平和は、単に倦怠や厭戦感だけでは実現しない。それは、われわれの「戦争をする勇気さえ上回る勇気を前提と」しているのである。

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