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*【抑圧されたものの回帰】「〝朝鮮人が襲ってくる〟という妄想 -- 麻生財閥の暗い闇」

…「武装難民なら射殺」から「北朝鮮の見てくれの悪い飛行機がシンガポールまで無事に飛んでくれることを期待」まで。

麻生氏による〈朝鮮人〉に関する言及には、まとわりつく強迫観念のように事故や死が回帰してくる。

◆ 麻生財閥はどうやって巨万の富を得たのか

麻生グループは現在年間売り上げ 1380 億円の九州屈指の企業である。

麻生太郎氏は、祖父麻生太吉氏、父麻生太賀吉氏の後を継ぎ、1973年にグループ中核企業の麻生セメント(株)の代表取締役社長に就任している。

その麻生財閥の巨万の富の基礎は、戦前朝鮮半島から徴用した労働者を強制労働させて得たものである。

戦時強制労働の調査『人権平和・浜松』には、「麻生炭鉱の強制労働」について以下のような生々しい報告がなされている。

◆「麻生炭鉱の強制労働」

「納屋の布団は万年床で真っ黒であり、交替制で誰かが寝た。人繰りが毎夕入坑の督促をし、二交替制だったが、五時に入坑して昇坑が10時ということも珍しくなかった。坑口から600メートルを人車で行き、そこから切羽まで歩いた。朝鮮人が危険なところを担当した。検炭係がボタの量を見て函引きし、賃下げをした。低賃金で遅配が多く、食事も衛生も悪かった。納屋の頭領は賃金の3割ほどをピンハネした。労働災害があっても朝鮮人には適用されなかった。納屋では独身坑夫が死んでも朝鮮の故郷に知らせないことが多かった。遺族に弔慰金や補償金を支払うのが惜しく、アリラン集落の下の無縁墓地に埋めて知らん顔だった。1934年のガス爆発の時には生存者がいても密閉したために朝鮮人が入坑を拒否した」

また、朝鮮労働者がどのように強制連行されたのかの具体的な証言も書かれている。

「文さんは1916年生まれ、全南霊岩郡出身。結婚したばかりの1942年の末、面の巡査と書記らが土足で侵入し、「一緒に来い」と巡査に家の外に突き出された。このとき面から34人が連行された。順天で九州の炭鉱に行くと告げられた。麗水で160人ほどとなったが、監視人が手に木刀を持ち、海岸の倉庫に入れられ外から錠を掛けられた。軍服を着た男に本人かどうか照合を受け、身体検査され、九州の麻生炭鉱に行き、一年で帰国できると聞かされた。1943年の元旦に博多につくと、憲兵が監視するなか麻生の労務や協和会の幹部が出迎え、博多駅から原田経由で赤坂炭鉱に連行された。収容された寮は兵舎のような建物であり、高さ3メートルの板塀、鉄条網があった。寮の中央にはガラス張りの監視塔があった。一棟が五部屋であり、四畳半の一部屋に5人が押し込められた。寮の入り口はひとつであり、そこに労務の詰所があった。朝五時に起こされ、広場で点呼を受けた。宮城遥拝、君が代、皇国臣民の誓詞のあと、六時に入坑した。6時から9時までの15時間労働だった。「これから敵のトーチカを攻撃する。突撃進め!」と坑口へ追いたてられた。食事は大豆かすと麦を混ぜたものが多かった。労務は見せしめに死ぬほどに叩いた。強制貯金され、送金は最初の200円が送られたきりだった。労務にそれを糾すと、なぜ朝鮮に問い合わせたのかと逆に木刀でたたかれた」

九州で麻生財閥がのし上がって来たのは、こうした朝鮮半島から強制徴用された労働者の奴隷のような使役を背景にしている。

◆「武装難民は射殺する」の意味

この暴言に見出される異様なまでの敵意は何が原因だろう?

まずこの「武装難民」という聞き慣れない言葉だが、尖閣列島に時々出没する「武装漁民」にならった言葉か思いきや、これは国会で麻生氏だけが繰り返している麻生用語だった。

もちろん、核実験やミサイル実験を繰り返す金正恩政権の攻撃的な政策はわが国の安全保障上の脅威ではあるが、万が一朝鮮半島有事により、難民が日本海で漂流して来たとしても、それは同情すべき流民であり、武装云々もこれまでの紛争であまり聞かない話である。

麻生氏は何をそんなに恐れているのか?

◆〝朝鮮人が襲ってくる〟という妄想

不思議なことに、中世におけるユダヤ人迫害においても、関東大震災における朝鮮人殺害事件においても、まったく同じ中傷が流布された。

それは、「井戸に毒を投げた」というものであり、これはもちろん、これは事実無根の中傷である。

戦前まで井戸はそこから水を汲む生活の中心にあった。これは、普段朝鮮人を差別していた日本人、ユダヤ人を迫 害したヨーロッパ人が、自分たちの罪悪感から逃れるために、迫害している当の対象に罪をなすりつけたもので、精神分析で ≪ 投影 ≫ と呼ばれる心理機制である。

自分たちが朝鮮人やユダヤ人の「生の根源」を日常的に脅かして来たからこそ起こった妄想であり、毒が投げられたとされる井戸とは「生の根源」の比喩的表現である。

戦前の日本人は、朝鮮半島の出身者を差別し、強制徴用などでその生を圧迫して来た。そこで「こんなひどいことをやっているのだから、いつかは仕返しされる」という恐怖感が〝朝鮮人が襲ってくる〟という幻覚を生み、妄想的ストーリーを紡ぎ出したのである。

現在、日本列島に蔓延しているレイシズムの嵐は、われわれが関東大震災の際の流言飛語から多くの在日朝鮮人、中国人などが殺害された歴史から何も学んでこなかったことをよく示している。

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