「食の歴史」(ジャック・アタリ著)

~「食の歴史」ジャック・アタリ著~

フランスが誇る知の巨人・ジャック・アタリ氏が、文字通り食の歴史について纏めた書籍です。決して食が専門分野という訳では無いにも関わらず、よくここまで調べ上げたなと舌を巻くほどの詳細な言及がなされています。

食の歴史」というタイトルではありますが、ジャック・アタリ氏がこの書籍を通じて読者・社会に伝えたかったメインテーマは、現在そして未来の食に対する警鐘ではないかと感じました。特に書籍の後半には現代の食を取り巻く諸問題について多く触れており、最終章では現状を踏まえた食の未来についての提言もなされています。

分厚いため読むのに時間を要する上、一読するだけでは(少なくとも私は)消化しきれないボリュームですが、広く「食」の分野に関心がある方を始め一読の価値がある一冊だとは思います。

以下は個人的に気になった点を残した備忘メモです。ほんの一部分であり、「これだけ色々書かれている中でそこ?」と思われるかもしれませんが、もしご興味のある方はご参考ください。
(もちろん、宜しければぜひ書籍も手に取られてみて下さい。)
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199ページ~
1960年代までは食品業界は主にてんさいとサトウキビから得られるスクロース(ショ糖)を利用していた。ちなみにアメリカではてんさいもサトウキビも栽培されていない。
1970年以降、食品業界はアメリカのトウモロコシから得られるフルクトースのシロップ(高フルクトースコーンシロップ「 HFCS」( 果糖ぶどう糖液糖)) を使うようになった。HFCS は輸入されるスクロースよりもはるかに安価であり、液体であるため食品の加工に利用しやすい。
ところがスクロースから摂取されるグルコースとは違い 、コーンシロップから摂取されるフルクトースの血中濃度はインスリンによって制御されない。そのため血中のコレステロールなどの脂質が増える。さらにはコーンシロップのフルクトースは果物のフルクトースとは異なり他の栄養分と一緒に体内に入ってくるわけではないため、フルクトースそのものも有害な影響が補われることはない。
要するに HFCS は嘆かわしい甘味料なのである。それにもかかわらず1970年以降には調理済み料理、炭酸飲料、ケーキ、ヨーグルト、アイスクリーム、デザートなど食品会社の数多くの食品に HFCS が利用されるようになった。アメリカでの HFCS の一人当たり年間消費量は1970年の0.23 kg が1997年の28.4 kg へと急増した。毒がばらまかれたのである。食品業界は大手スーパーで流通するようになった自社の食品に対する消費者の依存度を高めるために HFCSを利用した。


214ページ~
世界中には10万種以上(諸説ある)の藻類があるが、食されているのはごく一部(145種類)にすぎない。一般的に藻類は低カロリーだがビタミン、ミネラル、たんぱく質が豊富である。しかしヨウ素が大量に含まれているため藻類の摂りすぎには注意が必要だ。
藻類の種類の中で最も消費されているのは、紅藻(海苔、ダルス)、緑藻(アオサ)、褐藻(ワカメ、昆布)、微細藻類(スピルリナ)である。
世界で最も食されている藻類はワカメである。ワカメは牛乳よりもカルシウムの含有量が多く、ビタミンB1,B2,B9,B12,C,Kが豊富だ。海苔はたんぱく質が豊富(およそ40%)であるため菜食主義者に推奨されている。昆布は食物繊維が豊富だ。


244ページ~
赤肉や加工肉は、多環式芳香族炭化水素(PAH)、ニトロソ化合物などの発がん作用を持つ化学物質を生成する。
2015年 WHOの国際がん研究機関(IARC)は赤肉を「発がん性があると思われる」と述べた。複数の疫学調査からは、赤肉の摂取と大腸がん発症との間には正の相関があることが示された。大腸がんほどではないが、膵臓や前立腺の癌についても正の相関が認められるという。
赤肉よりも健康に良くないのはハムや各種ソーセージ、保存加工された肉などの加工肉の摂取だ。タバコとアルコールと同様に、加工肉の発がん性は間違いないと見なされている。
毎日50 gの加工肉を摂取すると、直腸がんに陥るリスクはおよそ18%上昇する。「世界の疾病負担研究」の推定によると、アメリカでは加工肉の過剰摂取が原因と考えられるがんで毎年34,000人が亡くなっているという。(赤肉の摂取に発がん性があると仮定するのなら)赤い肉の過剰摂取が原因で発症する癌で毎年5万人が亡くなっている。
ちなみに世界ではタバコが原因のがんでは毎年100万人以上、アルコールが原因のがんでは60万人が亡くなっている。

248ページ~
食の生産は途方もない無駄の源だ。2018年、地球で生産されている食物の1/3に相当する13億トンの食糧(穀物の30%、乳製品の20%、魚介類の35%、果物と野菜の45%、肉類の20%)がゴミとして捨てられた。さらには、2018年には保管設備は不十分だったために3億5000万トンが破棄された。また商店では賞味期限切れで1100億ドルに相当する食糧が廃棄された。人類は、毎年200億トンの廃棄食糧を海や湖に捨てている。またハワイと日本との間の会場に位置する「北太平洋ゴミベルト」の面積は少なくともフランス国の国土の3倍はある。
これらのゴミの46%は漁網だ。これらのプラスチックゴミの一部は魚が摂取するため、間接的に我々の体内に入ることになる。ヨーロッパで消費される魚、牡蠣、ムール貝の30%近くにはプラスチックが含まれていると思われる。
(飲料水だけでなく)淡水も大量に無駄遣いされている。特に肉類の生産のためだ。例えばとうもろこしを1 kg 生産するには500 L の水が必要だ。同様に1 kg を生産するのに必要な水の量を見ていくと、小麦は600 L 、鶏肉は4,000 L 、豚肉は4,800 L 、牛肉は13,500 L だ。一般的な肉料理を作るには12,000 L の水が必要だが、ローカロリーの菜食なら3,500 L の水でできる。
こうして地球上の淡水の需要は1900年の年間600キロ立方メートルから2018年の年間3,800立方メートルへと増加した。ちなみに淡水の70%は農業に消費される。


251ページ~
人類のあらゆる活動の中で、食べる事ほど温室効果ガスを排出するものはない。特に人類の活動が生み出す温室効果ガスのおよそ18%は直接的・間接的に畜産から生じている(半分は牛の飼育に関連する)。
これらの温室効果ガスの発生原因は、40%が消化器官内発酵(牛のゲップなど)であり、45%が輸送、10%が飼育舎、5%が食肉処理である。
食に関連する温室効果ガスの排出の更なる要因として、先進国が自国政府の補助金を利用してアフリカに鶏肉屋小麦を輸出していることが挙げられる。これらの輸出は、輸送に二酸化炭素ガスを排出すると同時に、競争相手となるアフリカの鶏肉や穀物の生産者を破綻させてしまう。先進国から途上国への輸出とは逆に、先進国の実業家が途上国の自然を破壊して農場を作り、そこで先進国の消費者にとっての季節外れの果物や野菜を栽培し、莫大な費用をかけてこれらの農産物を先進国の消費者に届けている。例えば、スペインでは北ヨーロッパ諸国向けに季節外れのイチゴが作られている。アマゾンの森林を伐採している輸出(空輸)用の季節外れのアボカドが栽培されている。こうした活動は地産地消よりも10倍から20倍の石油を必要とする。さらに酷いのは、地球の裏側で野菜を温室栽培し、できた野菜を急速冷凍して8,000 km もの距離を空輸することだ。
まとめると、ヨーロッパ人のエコロジカル・フットプリント(人間が地球環境に与える負荷を示す指数)の30%は食の消費によるものだ。工夫すれば節約できるものに思いを巡らせる人はあまりにも少ない。食物の無駄を減らし、地産地消を優先し、肉食を減らし、季節の果物や野菜を食べるなどの心がけは、温室効果ガスの排出削減に著しい効果をもたらすに違いない。

276ページ~
現代では完全に忘れ去られた植物から食品が作られるかもしれない。
例えば最近になって登場したアカザ亜科の草本植物キヌアは、コロンブスがアメリカ大陸に到来してスペイン人が栽培を禁止する以前は、5000年間にわたってこの地域の文明の基本食だった。2019年に14万9000トンだった世界のキヌアの生産量は、2050年には1億トンになる見込みだ。
再登場が予想されるもうひとつの食物として、フォニオが挙げられる。フォニオは数千年前から西アフリカで栽培されている雑穀だ。
栽培は20世紀後半に消滅寸前だった。というのは、素手で脱穀すると怪我をする恐れがあるからだ。
しかしながら2000年初頭に脱穀作業が機械化されると、フォニオの栽培は復活した。生産量は2007年の373,000トンから2016年の673,000トンへと増加した。
とはいえフォニオの栽培地域はまだ限定的だ。2015年の生産量は62万トンだったが、その75%はギニアでのものだった。
フォニオの栄養価は米に近いが米とは異なり、シスチンとメチオニン(共にアミノ酸の一種)を豊富に含む。栽培が容易である点も魅力的だ。フォニオは乾燥した地域や、集約的な農業によって疲弊したやせた土壌でも栽培可能だ。現在フォニオはグルテンフリーの食材として主に利用されている。

323ページ~
肉食を減らすには、自生でしか存在しなくなった忘れ去られた植物を栽培する必要がある。
アフリカのサブサハラ地域などで自生するそれらの植物は、現在でも一部の共同体の基本食になっている。そのいくつかを紹介しよう。
・テフは主にエチオピア(世界の生産量の90%)とエリトリアで栽培されている穀物だ。食物繊維は米よりも豊富であり、鉄分とタンパク質は三大穀物(小麦、米、トウモロコシ)よりも多い。テフはカルシウムを含む稀な穀物の一つだ。栄養だけでなく栽培の面でも秀でている。テフの成長は早く(2ヶ月から5ヶ月)様々な天候に適応して生育する。エチオピアの1200万人の小規模農民の半数は、テフを栽培している。
・モリンガ(ワサビノキ)はインド、スリランカ、アラビア地域、マダガスカル、セネガルなどの熱帯及び亜熱帯地域で栽培される樹木だ。モリンガの根、葉、果実(さや)、花、種子、樹皮は食用になる。モリンガの葉はミネラル、ビタミン、タンパク質、抗酸化物質、根にはたんぱく質、ビタミン A・ B・ C 、ミネラル(カルシウムとカリウム)が豊富だ。
インドでは、モリンガのさやはカレーの具として食される。さやに含まれる種子は生でも食べられる。FAOは、子供や妊娠中の女性に対してモリンガの葉を食べることを推奨している。モリンガは人類の未来にとって極めて重要な植物だ。
・バンバラマメは西アフリカ原産のマメ科の重要な植物だ。この植物は他の植物なら生育しないような地域でも栽培できる。バンバラマメは地中の窒素を固定するための緑肥にもなる。また葉は家畜の飼料に最適だ。
タンパク質の含有量(18%)は植物として極めて高い。従って牧畜ができない地域にとっては必要不可欠な植物だ。バンバラマメの栽培地域は広がっているとはいえ、まだブルキナファソなどのアフリカ諸国に限られている。人類の未来にとって極めて重要な植物だ。
他にも多くの地域で栽培可能な忘れられた植物が存在する。世間から忘れられたこれらの植物を食べることを躊躇してはいけない。ある植物を保護するには、その植物が消滅してしまうのを傍観するのではなく、栽培して食用にすべきなのだ。

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出典:「食の歴史」ジャック・アタリ著

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