馬における気管切開術

気管の解剖学

馬の気管は食道の腹側(頭側)〜右側(尾側)に位置し、左右の幹気管支への分岐は第4-6番目の肋間で起こる。

平均的な成馬における気管断面の直径は5.5cmで、わずかに扁平な円形をしているが、これは気管に存在する軟骨輪の背側が欠損し、間隙を結合組織や気管平滑筋線維が架橋していることに由来し、呼吸時の気管拡張を可能としている。

また各軟骨輪の間には輪状靱帯が存在し、頚の動きに伴う気管の柔軟性に寄与している。

一時的な気管切開術

一時的な気管切開術は、急性の上気道の呼吸障害を軽減するために、選択される。

手技
気管切開術は立位鎮静下、あるいは全身麻酔下で行うことができるが、馬における全身麻酔はコストとリスクが大きいため、一般に永久気管切開術は、立位鎮静下で実施される。
その他に立位鎮静下で実施するメリットとして、全身麻酔下での手技と比較して、皮膚と気管の切開部位のズレが少ないといったことがある。
ただし立位鎮静下においても、頚を伸展した状態で手術を実施してしまうと、切開部位にズレが生じ、術後に手術部位の張力が増すことは考慮すべきである。

今回は立位鎮静下における手技について説明する。
術前に抗生物質、消炎鎮痛剤、および鎮静薬を投与し、馬を枠馬に入れる。
鎮静下では馬の頭部が下垂するため、デンタルホルター(頭絡の一種)を装着し、ロープで馬の頭を適切な高さに調節する。
またデンタルホルターの下顎に接する部分に顔面神経麻痺を防ぐため、クッションを入れる。

頚部腹側の頭側1/3を剃毛し、消毒する。
手術部位は第2~6軟骨輪を中心と考え、正中に約10cmの切開線を設定し、線に沿って局所麻酔薬を皮下組織、筋肉に浸潤させる。
切皮し、対になっている胸骨甲状舌骨筋を露出後、正中線に沿って鈍性に分割し、気管軟骨を露出させる。

軟骨輪の間に存在する輪状靱帯を水平方向に切開し、広げて、気管カニューレを装着する。この時、切開線の長さが気管の円周の1/3~1/2を超えないようにすべきである。
また数日以上にわたってカニューレを装着する場合、付近の軟骨輪の一部を切除し、輪状靱帯にかかる張力を軽減する必要がある。

術後は1日2回、創の洗浄を実施し、カニューレを清拭する。

合併症
術後早期に見られる合併症としては、創部の感染、皮下気腫、気管カニューレの閉塞・脱落がある。
長期的な合併症には、気管軟骨の損傷、気管内腔における肉芽組織形成、粘膜狭窄などがある。

永続的気管切開術

喉頭および気管の永続的な障害に対しては、永続的気管切開術が検討される。

手技
気管の露出までは一時的な気管切開術と同様である。

気管露出後、気管切開を実施する長さに合わせて、胸骨甲状舌骨筋を結紮・切断する。これにより、皮膚と気管粘膜の接合部における張力が軽減できる。
また筋肉の結紮が不十分であった場合、出血による術後の血腫のリスク要因となる。

気管内腔の粘膜を傷付けないように、軟骨輪を正中と、正中から両側に15mm離れた3箇所で切開し、鉗子を用いて、軟骨輪の破片を粘膜から切除する。

これを4~5つの軟骨輪で繰り返す。

露出した気管粘膜を正中線に沿って切れ込みを入れる。また遠位はY字状、近位は逆Y字状に切開する。
Y字の交点にステイ縫合を実施し、皮膚に単純結節縫合で縫い合わせる。
また残りの気管粘膜も同様の方法で、側方の皮膚に縫い合わせる。

抗生物質と消炎鎮痛剤は術後最低5日間続け、切開創は1日2回洗浄する。
滲出物は概ね3-4週間かけて減少し、以降は1日1回の洗浄を実施する。
また抜糸は術後、10-14日で実施する。

術後3週間は舎飼いとなるため、馬が頚を擦らないように注意し、切開部位に負担がかからない高さで飼料と水を与える。

合併症
早期の合併症としては感染や腫脹、長期的な合併症としては切開創の狭窄があるが、予後は良好である。





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