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佐古先生

つる屋さんが連絡先を見つけるのに数週間を要した。連絡先を渡された私が電話をするのに更に数週間を要したので、実際に先生に連絡したのはもう本格的な冬が始まってからだった。

佐古先生は、自宅で仕立てを請負ながら生活していると言う。とりあえず一度会ってお話をしましょうと、あっさり招待された私は、住所と地図を片手に(スマホはまだ普及しておらず、グーグルマップによるGPSも無い時代でした)片道40分の雪道を運転して先生に会いに行った。

庭付き二階建ての古い建物に着いて、表札を確認して呼び鈴を鳴らすと、先生はすぐに出てきてくれた。ふっくら、にこにこ笑顔が第一印象。いらっしゃーい、と声をかけてくれる先生は「ほがらか」が歩いているみたいだった。

こんにちは、と挨拶をして事情を話す。この時に着付けていったのは、最初に買った桃色の着物に、ポリエステル生地で作った帯と羽織だった。ひと通りの話が終わると、先生が羽織を見てみたいと言うので手渡した。

後で聞いた話だと、佐古先生はこの時「あら、この人縫える人だわ…」と思ったそうだ。

其れで何を縫いたいの?と尋ねられたので、これを縫いたいんですけどと反物を手渡した。佐古先生は少し驚いた顔をして、

「最初から袷に挑戦するのは無理があるわ。浴衣か何か、単のものから始めないと。何でもいいの、綿反持ってないかしら?ある?」

…はい?すみません、仰る意味が半分もわかりません。私はそんな顔をしていたと思う。とりあえず、浴衣はわかる。けど袷、単、綿反、とは何なのか。

「ええと、浴衣は一応、縫ってみたんですけど。綿反は、良く分からないんですが、必要だったら買って来ます。つる屋さんに行けばいいですか?」

「あら、浴衣縫ったの、すごいじゃない。今持ってる?見せて!」と言われて、私の仕立てた浴衣が先生に検分される事になった。

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