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シグマ男性のための音楽(YouTubeの謎ミーム #5)

最近YouTubeを見ていると、「Sigma」とか「Sigma male」の文字がタイトルに入ったプレイリスト動画を多く見かけるようになりました。これはミームの匂いがしますね。とりあえず動画をご覧いただきましょう。

特徴としては、とにかく映画「アメリカン・サイコ」の主人公パトリック・ベイトマンの顔、そして音楽的にはPhonk系に偏っているというところでしょうか。
さてこれはいったい何なんでしょうか?

Sigma maleとは

大体の説明はKnow Your Memeを見ていただくとして、基本的には「アルファ雄(オス)」とか「アルファ男性」の概念から派生したもののようです。つまりサルの群れにおけるボス猿や、人間集団の例えばスクールカーストとか職場とかのヒエラルキーの頂点にいる存在を指す「アルファ」という用語がミーム的に使われ、アルファより下の階層でアルファに媚びへつらう人々を指してベータとか、その他何らかのアルファベットで表現してピラミッド型の構造を形作っているという概念です。
しかし、このヒエラルキー的な概念に当てはまらないタイプ、特にアルファと同等の力を持ちながら、ヒエラルキーの上を目指そうとはせず、寡黙で単独行動を好み、ヒエラルキーの外側で自分のルールに従って生きるタイプの一匹狼の存在、それを「シグマ男性」と位置付けているようです。

孤高のカリスマ・反逆者

シグマ男性に当てはまるキャラクターとしては先に述べたパトリック・ベイトマンの他に、ジョン・ウィックやマトリックスのネオなど、キアヌ・リーヴスが演じるようなキャラクターが挙げられており、またキアヌ・リーヴス自身も当てはまるのかもしれません。あとはブレードランナー 2049の主人公もこのミームにおいてよく出てきます。
個人的にシグマの解説を見ていて思い浮かんだのは、ゴルゴ13のデューク東郷です。まさにシグマそのものの存在だと思うんですが、外人はゴルゴを読んだことのある人があんまりいないと思うので、ゴルゴが引き合いに出されることはないと思いますが。あとは北斗の拳のケンシロウもシグマに当てはまりそうですね。そういう意味では類型としては昔から存在していた性質に、今になって新たに名前が与えられたような側面もあると思います。

デキるビジネスパーソン・マネーゲームの勝者

シグマ男性は、ヒエラルキーの外側にいるとはいえ、ただの落伍者なわけではなく一定の成功をつかみ取っている存在です。現代社会で地位や名誉にこだわらずに自分のみを満足させるには、それは結局お金についての成功を目指すことになるでしょう。
金銭的な成功のために、冷徹にビジネスを追求し、自己投資も惜しまず、世の中のすべてを経営者目線で俯瞰する起業家精神の持ち主。シグマ男性のイメージにはこのような一面もあります。確かに成功した起業家や経営者たちには、シグマ的な側面があるかもしれません。

ただこの側面に関しては、若干揶揄が入っている感があります。
例えばこのようなツイートがありました。

「もしあなたが25~30歳で、周りの人間と株・不動産・起業・フィットネスなどの話をしないならば、その集団を離れるべきだ」、というような内容のツイートです。いかにも「デキるビジネスパーソン」が言いそうな言葉ですね。しかしこのツイートは見ての通り、いかにも改変ネタのテンプレにしてくれと言わんばかりのフォーマットなので、多くの改変ネタに使われたようです。(詳しくはKnow Your Memeで)
日本でもこういうツイートはよくありますよね。Twitterのプロフィール欄に意識の高い感じの単語を思いつく限り羅列したアカウントが、「仕事とは」「努力とは」「人生とは」「幸福とは」みたいなご高説ツイートや、偉人や有名な経営者の名言の引用、一見役立ちそうだけど一生使う機会のなさそうなライフハックとか、そういうツイートを繰り返し、しかし何やら意識の高いことをツイートしていると思いきや、いつのまにか変なセミナーとか情報商材とかNFTを勧めてきたりとか、そういうのはよくあると思います。まあ大体の人は感づいていると思いますが、このような意識の高い発言をSNSでばらまいている人が、実際に意識の高い「デキるビジネスパーソン」である確率はかなり低いのです。たいていは小銭稼ぎのためにそういうキャラを演じているだけです。
詐欺師の人々は、詐欺師としてのスキルが高い人ほど自分のパブリックイメージを作り上げるのが上手いようで、そういう人たちの作り上げた架空の「デキるビジネスパーソン」「金融エリート」みたいなキャラが、シグマ男性のイメージと重なっていること、そして金儲けのためなら人をだましたりすることに全然躊躇のないサイコパスでホラッチョな人格。そのようなキャラを揶揄するという用途でも、「シグマ」は使われているようです。

最強のシグマ男性、パトリック・ベイトマン

「アルファ」がChadとかジャイアンとかツーブロックゴリラのように、どっちかというと馬鹿にした意味合いで使われるのと同じように、「シグマ」もなんだかんだで馬鹿にした意味合いがいくらかあるように見えます。
しかし、「アメリカン・サイコ」の主人公パトリック・ベイトマンについては別格です。
確かにパトリック・ベイトマンの設定はウォール街で働くエリートであり、そして異常なまでのサイコパスなわけですが、同時に日頃から体を鍛えているマッチョマンでもあり、笑いながら躊躇なく人を殺せるパワーがあり、なおかつトークと詐術にも長けている。物理的にも精神的にもすごい強さを持ちあわせたキャラクターです。デューク東郷的な肉体性と、ホラッチョな精神性を同時に持っていて金銭的にも成功している。まあフィクションの人物だから現実にはそんな奴はいないでしょうが。
そんな感じで、いつ頃からかわかりませんが、パトリック・ベイトマンはシグマ男性を象徴するキャラとしての座についてしまい、映画「タクシードライバー」のトラヴィスのようなアンチヒーローとしての崇拝を集める存在になった模様です。

シグマ男性の政治的志向

これはRedditでSigmaについて検索していた時に発見した画像です。

内容としては、「2022年にSigmaのミームにハマったやつあるある」みたいな感じでしょうか。若干揶揄が入ったような画像です。
パトリック・ベイトマンとかの画像はともかく、なんかインセル的なイデオロギーが見え隠れしていますね。まあ実際のところ、本物のシグマ男性がインターネットでこんなミーム遊びをしているとは思えないので、実際にシグマ男性ミームで遊んでいる人たちはインセル的な層ではあると思います。
それはともかく、左下になんか見たことのある人がいますね。この帽子と古めかしい写真。これは海外ドラマ「ピーキー・ブラインダーズ」の主人公「トーマス・シェルビー」だそうです。どんなドラマか知らないですが海外では人気があるようです。そしてこれは前回の記事で出てきた人物そのものです。思わぬところで前回の記事と繋がりました。前回の記事を書いたときはなんも分かってなかったので適当なことを書いてましたが・・・。

Literally me!

これはRedditのr/SigmaCinemaというSubredditのトップ画像です。

Sigma maleのミームにおいては、この「Literally me」という表現がよく使われてます。何となく雰囲気で意訳したら「これ俺だわ」「まさに俺」みたいな感じでしょうか。
どうもシグマ男性という概念に出会ったときに、「これは俺の事だ」と思う人が一定数いるようです。シグマ男性やシグマにカテゴライズされるキャラクターというのは、割と共感を集める性質があるのでしょう。
これはDoomerミームの時も同じような傾向がありました。

しかし、タクシードライバーのトラヴィスや、ブレードランナー2049の主人公に対して感情移入するのは割とわかりますが、パトリック・ベイトマンが感情移入の対象になるのかといわれると割と疑問です。なんといってもベイトマンは笑いながらチェンソー持って追いかけてくるマッチョなホラッチョですから。


ちなみにr/SigmaCinemaは、RedditにおいてSigma maleミームの中心地となっているっぽいです。もう一つr/SigmaMale/というSubredditもありますが、まだそこまで盛り上がってない模様。そのほかにr/SigmaというSubredditもありますが、これは日本のカメラメーカーのシグマ社の製品について語る目的で作られたもので、開設が10年前となっており、本来はSigma maleとは何も関係ありません。しかし最初の頃は真面目にカメラの話をするところだったようですが、ここ1年ほどはSigma Maleミームで遊んでいる連中に乗っ取られて、ただひたすら荒らされているようです。
あとついでにもう一つ、全然関係ないSubredditと思われますが、r/Sigmarxism/というものが見つかりました。詳細は分かりませんが、開設が3年前なので多分このミームとは無関係です。しかし「シグマルクス主義」という強烈なネーミングと、重武装したマルクスの画像のアイコンは強烈なミーム臭を放っており、内容的にはかなり急進的なイデオロギーに偏向した(多分ネタ)書き込みが行われるところのようで、やっぱりインターネットで政治を語ってしまうような人々は極端な政策にしか興味を示さないということを痛感しました。

シグマ男性のための音楽

で、ようやく本題に入ります。
ざっとシグマ男性のミームについてみてきましたが、このミームを下敷きにしたプレイリスト動画が、なんかYouTubeにたくさん上がっている、というそれだけの話です。
パトリック・ベイトマンといえばヒューイ・ルイスですが、しかしプレイリストに使われている曲の多くはPhonkと呼ばれるジャンルの音楽です。slowed+reverbバージョンになっている場合も多いです。音楽の面で見れば、これはどちらかというとシグマ男性の音楽というよりかは、ミームマニアのための音楽という気がしないでもありません。
このプレイリストでよく使われている曲の中から、特筆すべき2曲について解説します。

Mareux - The Perfect Girl


こちらは公式が出る前に勝手に作られていたMV

Mareuxはロサンゼルスで活動するミュージシャンで、あんまりそれ以上の情報は分かりませんでした。この「The Perfect Girl」はMareuxの代表曲で、このミームとはあんまり関係なく1年くらいまえに結構YouTubeで再生されていたと思います。ジャンル的にはポストパンク、ダークウェーブ系で、Phonkではありません。
この曲がなぜSigma maleのミームと結びついたのか正確なところは不明ですが、この曲はファンが勝手に作ったMVが結構作られていて、その中にアメリカン・サイコのシーンを使った動画があったので、その辺でパトリック・ベイトマンに結びつけられたのかな?と思っています。

なんじゃこれは

ちなみにMareuxには「Gopnik」というタイトルの曲があります。

ジャケット画像もまさにGopnikのジャージです。なぜかここでスラブ系ミームにつながってしまいましたが、あんまり話を広げてもしょうがないのでこれ以上は語りませんが、この曲はジャンルとしてはレトロ系のEBMで、Hardbassでは無いです。

INTERWORLD - METAMORPHOSIS

次に紹介する曲はこちら。

こちらは思いっきりPhonkですね。ジャケット画像もいかにもDrift Phonkといった感じです。しかし一般的なPhonkの曲とは趣が違い、アグレッシブな勢いがなく、Phonkとしてはかなりしっとりした部類です。
Interworldというアーティストに関しては、現在22歳という情報くらいしかわかりませんでした。
この曲はこの記事を書いている現在、Spotify公式の「Phonk」プレイリストの先頭に置かれています。

slowed+reverbで1時間回しても余裕で聴ける中毒性。確かにこれは↑の動画のベイトマンみたいな表情で聴いてしまう曲です。この曲はHOMEのResonanceとかMr.KittyのAfter Darkに通じるシンプルかつ力強いフレーズの魔力があり、ミームアンセムとして定着しそうな雰囲気です。まさかPhonkからこんな名曲が生まれるとは思わなかった。

またしてもなんじゃこれは


ちなみに話がそれますが、Phonkというジャンルについてはジャンルの定義について混乱があったようです。もともとSoundCloudで「Phonk」と呼ばれていたジャンルと、Spotifyで「Phonk」とされているジャンルが違うものだという話です。実際にはどちらも同じルーツだと思われるのですが、ジャンルが細分化して派生した、普通なら別の派生ジャンル名を名乗ることになりそうな音楽が、「Phonk」として扱われているという状態らしいです。SpotifyでPhonkとして扱われているのは、いわゆる「Drift Phonk」の系統で、現在YouTubeでもこちらがPhonkの多数派となっているようです。Phonkの解説記事を読んでもいまいち良くわからなかったのはその辺の混乱があったからだったんですね。


というわけでSigma maleのミームは、現状では実質的にパトリック・ベイトマンを崇めるミームと化していて、YouTubeにおけるSigma playlist動画は、パトリック・ベイトマンの強烈なキャラクターと、The Perfect GirlとMETAMORPHOSISの2曲のパワー、Phonk勢の盛り上がりが原動力となって今日もまだまだ増え続けている模様です。