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今日も私は、自分を好きになるためにメイクする

捨てる

仕事を辞めた2016年の冬。わたしは、持っていた化粧品をすべて捨てた。
だって、お風呂にも入れない毎日なのだ。顔を洗うことさえ億劫なのだ。
メイクなんてすることもなかろう。


なにより、化粧品を見ると辛かった。
それらを見ていると、この世界で最も難しいことを強いられているような気持ちになるからだった。

「自分のことをもっと可愛がりなさいよ」
「自分を好きにもっとなりなさいよ」

人生は楽しいんだから。


その時のわたしには、人生が楽しいなんて到底思えなかった。
化粧品をぜんぶ捨てたら、自分はもう、楽しい人生を送ることを強いられなくて済む、と思ったのだ。

だから捨てた。捨てたら安心した。


すっぴん

それから、6年間。そう、6年間も!
わたしは、化粧品を一切買わなかった。
いつもすっぴん。それでよかった。

それから2年後の2018年、私は焦っていた。
うつ病なんてすぐに治ると思っていたら大間違いだった。
薬は減るどころか増えた。布団から起き上がれない。理由もなく泣き出す。外に出られない、眠れない。

いつもの精神科で、医師に相談した。その医師は、もう何度も言ったでしょ、と前置きをしていった。

「自分を好きになるようにしてください。治すにはそれが一番近道ですって。」

自分を好きに?
嘘でしょ。

私は怒っていた。
ふざけるのもいいかげんにしてほしい。
それは、生まれたての赤ちゃんに校庭を10周してこいと言っているようなもの。うちのばあちゃんに、10歳若返れといっているようなものだ。
つまりは不可能。自分を好きになる方法なんて、わたしの辞書のどのページにもないのだ。


病院からの帰り道。歩いていると、偶然だろうか、ふと。あの感覚を思い出した。


初めての化粧

高校生の夏休みだった。私は姉の部屋のタンスに近づいていた。一番上の引き出しの右奥に、何が入っているか知っている。
薄ピンクに綺麗なパールが入ったアイシャドウ。安くて、ばらばらと粉が落ちてくるような、まるっきりおもちゃみたいな品物だ。それをこっそり借りて塗ったのだった。


人生で初めてのメイク。少しだけ指にとって、おそるおそる瞼においてみた。

その時の衝撃といったら。
鏡を通してまっすぐにこちらを見る目。輝いて見える肌。頰にさえ、色がついているように見える。

え、私って。もしかしてかわいいやん。

ものすごく、嬉しかった。


もしかしたら。
私はその足で、近所のドラッグストアに寄った。化粧品売り場を見つけ、少し息を整えてから緊張して近づいて行った。


まぶしい

「う、うわあ。」
つい、声が出てしまった。


眩しい。とにかく、まぶしすぎる。


ゴールドやシルバーのパッケージがきらきら光って目がくらむ。ポスターの中の人気女優たちが各々のポーズをとり、こちらを見つめている。何より、洗剤売り場やお菓子売り場とは全然ちがう、香水みたいないい匂い。


とりあえず近づき、いくつか手にとって見た。
「ぷ、プライマー?なにそれ。」
「シェーディングとかどうやって使うの?」
「えっと、リキットファンで、パウダーファンデ、クッションファンデ・・・一体どれを・・・」

そこで目に飛び込んできたのは、値札だった。
ファンデーション3500円、下地3200円、パウダー2900円、コンシーラー2700円、リップ2800円・・・

我に返った。


そんなお金ないけど!!


そういえば、わたし、安月給の積立を少しずつ切り崩して生活してるんだった。いや、それすらももうほとんど0に近くて、母から支援してもらっているのだ。

今後、仕事できるのなんていつになるかわからないし。
化粧品なんて買ってる場合かーーー!


と自分にツッコミをいれながら、急にものすごく恥ずかしくなった。今すぐにでも消えてしまいたい。そんな私の視界に入ってきたのは、ちょうど同世代くらいの女性二人組だった。

仕事帰りだろうか。ぴたりと体に沿った、黒いスーツを着ている。髪はクールになりすぎず、でも崩しすぎず、ちょうど良く上品にまとめあげられていた。

「本当はこの年齢だし、デパコス買いたいんだけどねー。」
「わかる。どうしてもドラコスで済ませちゃおうってなるよね。」
「貧乏性なんだよ、私。」

化粧品やケア用品をどんどん買い物かごに入れていく。私が棚に戻したものも、眩しくてみることすらできなかったピンクゴールドのパッケージも、彼女たちにはなんてことはない。


なんか、私。みじめかも。


帰ろうと決めた。ここは私の来る場所じゃない。

出口を出た時、
「あ。」
母から言われたこと思い出した。

「ドラスト行くなら、セザンヌの眉ペン買ってきて〜!」
セザンヌってなに。商品名?メーカーの名前?
もう一度、化粧品売り場に戻り、見回すと


「あ、あった。」


そこには、CEZANNEと書かれたコーナーがあった。

「これか。眉ペン、ってあいぶろうぺんしるってやつ?だよな。」

売れ筋!と書かれた超細芯アイブロウなるものを手に取った。
「これでいいか。」
買い物かごに入れた。


2度目のトライ


さらに4年後の2021年のこと。私の病状は少しずつ良くなっていたが、薬はまだ続いていた。
ある日、寝転がってツイッターを見ているとこんなものが流れてきた。


セザンヌのチーク#P3は神。目頭から瞳の下までこれのせると、目が透き通るよ!



チーク?チークを目元にのせるの?
横になったまま母に聞いてみた。
「母さんってチークもセザンヌ?」
「そだよー。」
「それって#P3っていうカラー?」
「そだよー。」
私は、がばっと起き上がり、母の元に走り寄った。
「それ貸して!!」
「なによいきなり。」

眼鏡を外して、指にチークをちょこっとつけて目頭にポンポン、とおいてみた。黒目の下にも。

眼鏡をかけ直して気づいた。

目が潤って見える。
顔が元気に見える。
視線が、こう、なんていうか。まっすぐ、前を向いている!

「母さん、これ貸してー!」
「いや、もう貸してるやん。」
「明日からも貸して。」
「いいけど・・・。」
母は不思議そうに言った。
「安いんだからもっと見てきたら。」


安い

セザンヌは5000円ほどあれば最低限のメイクが揃う。
下地660円、ファンデ550円、アイブロウ462円、マスカラ638円、アイライナー550円、アイシャドウ440円、そしてリップ528円にチーク396円。
計4224円也。ぜーんぶ税込み。うっはー。


必要ならちょい足しで、ハイライトやシェーディング、眉マスカラや髪マスカラなど。

それから今日に至るまでの2年半ほど。わたしは、セザンヌをはじめとするプチプラをしっかり使っている。ってなんかのコマーシャルみたいだが。

せっかくセザンヌのお世話になってきたので、セザンヌのいいところをここにまとめておきたい。

その1。
パッケージが全くキラキラしてない(褒めてる)。サイズや形もそろえているのは、できるだけ価格を抑えるための企業努力なんだって。

その2。
老若男女使える。母さんと私とばあちゃんで使いまわすこともあるくらいだ。
おばさん向け、だなんて思っていたらとんでもない。若い人たちの間で話題となり店頭から次々と消えるいわゆるバズコスメ。セザンヌの名品のいくつかもまた、このバズコスメの仲間入りを果たしていて、話題のものは確かにどのドラコスに行っても品切れなのだった。


その3。
安い!なのに名品揃い。
化粧品の「安かろう悪かろう」の時代は、完全に終焉を迎えたらしい。セザンヌ以外にも、プチプラコスメは人気を博していて、デパコス超えと名高いものも次々と生まれているらしい。実際に、セザンヌの商品を使用してみて、安いし使い心地がいいし、バズる理由もよくわかる気がした。

ここで、セザンヌ愛用者たちのおすすめ品を紹介したい。


■私の一押し(セザンヌ歴2年半)
エアリーロングラッシュマスカラは、カールキープ力がすごい!私はビューラーを怖くて使えないんだけれど、地まつ毛にそのまま塗って、しっかり上を向くこの商品が手放せない。

■母の一押し(セザンヌ歴15年)
超細芯アイブロウは眉尻が美人になる、とのこと。せめて眉尻だけでも美人でいさせてくれ!と鏡の前で叫んでいたくらいに、この商品に信頼を寄せているようだ。

■ばあちゃんの一押し(実はセザンヌ歴35年以上!)
クリアマスカラR は、2役あるのだという。ひとつは、まつ毛に自然な光沢を与え、マスカラを塗らなくても束感をだしてくれること。年を取るとマスカラを使いづらくなるから、透明なのはありがたいそう。
そしてもう一つは、眉シェービングの際に眉を根元からしっかり整えてくれること。実際、眉用マスカラとしても使える、と書いてある。

保護成分や保湿成分が入っているので、安心して使えるとのことだ。





それから毎日、私はメイクをした。
鏡の前に立つたびに、こんなに嬉しい気持ちになるなんて。


今でも、毎日メイクをしている。鏡の前に立ち、ポーチを開ける。保湿した肌に、下地から、ポイントメイクまで。もう、すっかり慣れた。

私はたぶん。


鏡の中の自分は、私の方をまっすぐ見ている。


今までも、そして今も、自分のことを好きだ、と言い切ることはできないと思う。

「いいんだよ。」
「それでいいの。」
「自分が好きだからメイクをするんじゃない。メイクをしたら、少しずつ自分が好きになれるんだよ。」

10分前よりちょっとだけ美人になって、私は少し口角を上げてみた。


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