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名前の由来

veroniqueという名前は20年ほど前に独り暮らしをしていた頃のブログのHNなのだが、今も名前の由来を面白がってくださる方があるので、当時書いた日記数編から再構成して載せておきたい。

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留守電にこんなメッセージが入っていたことがあった。

「もしもし、ヴァレリーだけど。ヴェロニク?
さっき電話したんだけど、やっぱり帰るのが遅れそうだからそのつもりでいてね」

そのつもりって言われても… あたしはヴェロニクじゃない。
ヴェロニクとヴァレリーは姉妹なのだろうか。それともアパートをシェアしている友人なのだろうか。いろいろ想像をめぐらせてしまう。


そしてある年の晩夏、わたしはヴァレリーとの出会いを果たす。
当時、理由があって留守電で相手を確認してから電話に出ることにしていたのだが、その日は電話を待っていた友達だと思ってすぐに受話器を上げてしまった。電話の主は、ためらうことなく言った。

"Allô ? Bonjour, c'est Véronique ?"(もしもし? こんにちは、そちらヴェロニク?)

(あ。わたしよ。元気?最近どうしてる?)と言おうかとちらりと頭をよぎり、動揺しながら答える。
―― えとえと… こちらではありません、お間違えですよ。
(マダム、わたしも veronique だけど!あなたがお探しのヴェロニクではないのです。) と言いたくてたまらない。
電話の女性は一瞬どういうことだか分からなかったらしく

「え? ヴェロニクはそちらにいませんか」
「えとえと… (この辺でわたしはニヤニヤしながらかなり逡巡、でも気をとりなおす)番号お間違えだと思いますよ」
「あ、そう、そうなの。ごめんなさい」
「いいえどういたしまして。ごきげんよう、さようなら」
「そちらもごきげんよう、さようなら」
だんだん自分がヴェロニクになっていく。

翌日の日暮れ過ぎ、私はコンサートに行くのに地下鉄に乗った。乗ったところは車両の先頭部分で座席はなく若い男の子が一人と、女性が一人立っていた。電車が走り出してしばらくすると後ろから携帯電話でしゃべっている女性の声が聞こえてくる。人は人、が徹底されているこの地では、車内で通話していても誰にもとがめられない。するとそのうち、彼女はなんとこう言ったのだ。

"Véronique, elle est partie ?" (ヴェロニクは出ちゃった(帰っちゃった)かしら)

わたしは昨日の電話の続きを聞いたかと驚き、はっと後ろを振り返った。

まっさらな白い麻のチュニックに、裾しぼりの黒いたっぷりしたパンツ、足にはモロッコ風なのか、刺繍やガラスを嵌めこんでつま先がそり返って上向いた革のスリップオン。チュニックに合わせて四角い白のサコッシュをななめにかけ、金髪の三つ編みをきれいに編んで、腕には細い金色のブレスレットをたくさん重ねている。もちろんこういう人の爪は塗ってなくて短い。お化粧はマスカラだけ。 50 代なかばくらいだろうか。何から何までエスニックなのに奇妙キテレツにならないのは、気さくな話し方と清潔感があるから。

好奇心丸出しで観察しているわたしに気がついた彼女は茶目っ気たっぷりに会釈して、同じ駅で地下鉄を降りた。これから友達のヴェロニクと待ち合わせをしてお芝居かコンサートにでも行くのだろうか。殺伐とした埃っぽいX駅の連絡通路を、彼女はなんだかウキウキと楽しそうにそしてゆったりと歩いていった。同じコンサートに行くのかな… と歩いていく方を目で追ったが、そのうち人ごみにまぎれて魔法使いは消えてしまった。

―― ひょっとして、あなたのお名前はヴァレリーとおっしゃるのですか。
フランス語では名付け親のことを marraine マレーヌといって洗礼時に代母を務める人のことを言うが、この単語にはもうひとつ意味がある。
それは、おとぎ話に登場する魔法使いのこと。主人公が困ったり悲しんだりしていると、魔法を使って助けてくれる、頼りになる妖精である。かぼちゃを馬車に変えたり、ねずみを侍従にしてくれたりする。

あの素敵にエスニックな格好をしたヴァレリーはある日突然不思議の国から電話をかけてきて、わたしを veronique と命名した。

  この名前で日記をつけてごらんなさい。
  船に乗って波間にこぎだしてごらんなさい。
  そこのとこもう少し頑張ってよく考えてごらんなさい。

ときどき励ましにひょっこり現われては、ぷいっと消えてしまう。Marraine Valérie は何を伝えようとしていたのだろう。

宮本浩次の音楽と出会い、醒めやらぬ思いを書かずにいられなくなったとき、わたしは即座にveroniqueと名乗って書いていくことに決めた。ヴァレリーにこの名前をもらったことがわたしの原点だと今も思っている。

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