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僕はぽい人間になりたい vol.13

僕は「ぽい人間」だ、ものをよく捨てる人ではなく○○っぽいという意味。全てにおいて○○っぽいらしい。部屋は無印良品っぽいしコーヒーを淹れる仕草はどこかの有名な珈琲屋っぽいらしい。つまるところ、僕は誰かっぽいないし何かっぽいのだ。

ある本屋には懐かしい本や漫画を探しに来ている。ここはまさかの本との出会いがある。塾をサボって来ていたノスタルジーと知らない本に囲まれている安心感のある不思議な空間だ。最近忙しくなかなか行けてなかったが、半日空いたのでふと行ってみた。漫画コーナーはいつも通り立ち読み客がごった返す中、ある1人の女性に目が止まった。グレーのセーターと薄い青色のジーンズを着ていた二十歳前後の女性。足が長いためさほど気にならないがシャレた服装ではなかった。彼女を横目に僕は`とある漫画`を十四巻、十五巻、十七巻を買い、またここに来る理由を作った。会計を済ました後も物色していると、先程の彼女が本棚に半身を預け少女漫画を読んでいた。僕は青年誌コーナーで立ち読みを始めると、彼女がこちらに来てまた半身を預けサッカー漫画を読み始めた。今度は漫画を目の高さに設定し腕が疲れそうな読み方をしている。どうやらジャンル問わず漫画が好きらしい。彼女は多ジャンルの数冊を購入し外に出ていった。なぜか懐かしいようなくすぐったいような感覚があった。立ち漕ぎをする彼女の後姿を観ながら、ここ二年ほど連絡を取らなくなった人を思い出した。
風子という女性、自己紹介は決まって「風の子風子です」とハキハキと言う。彼女は人懐っこいのに心を開いているように見えない不思議な人だった。初めてあったのはとある夏、三十人ほどいる場でたまたま話し意気投合した。その場で数日後に流星群を見に長野への旅が決まった。そして彼女のペースに飲まれる形で数ヶ月後には僕の1Kの部屋で半同棲のような生活になった。僕と彼女は家族構成が似ていた。僕は十個上の兄と八個上の姉がいて、彼女は八個下の妹と十個下の弟がいる。僕らの関係は兄妹のような時もあれば、姉弟のような関係の時もあった。
出会って半年が経った頃、ぼくは写真展に向けて作品制作をしていた。彼女は気を使ったのか制作期の二週間ほどは顔を出さなかったが、両親に僕と上手くいってないと思われたらしく、1度だけ家に泊まっていった。
無言で写真を並べてはごちゃ混ぜにし、別の写真を追加し並べ直してはまたごちゃ混ぜにする。そんな様子を見兼ねた彼女は「何に悩んでいるの」と聞いてきた。それすら分からないと僕は告げると急に彼女は童謡を歌い出した。
「白ヤギさんからお手紙着いた。黒ヤギさんたら読まずに食べた。仕方が無いのでお手紙書いた。さっきの手紙の用事はなあに」上手くも下手でもなかったが、なぜか口角がゆるむ不思議な歌声だった。「ってなにの話と思う?」確かに話の流れとしては有り得なくもないがなぜ童謡になったかは謎である。花いちもんめや、さっちゃんは実はホラーという話を思い出した。これもなにかのメタファーかもしれないと考え、それらしいことを答えると「それもあるかもね。私も答えは知らない。」と彼女は口にし、僕をより悩ませた。
ぼんやりと作品の構想が決まった時に彼女の言葉を思い出した。分からないことで悩むより今できることをやれという彼女なりの激励だったのかと咀嚼した。不思議と彼女は作品の意図や込めた思いのようなものは聞いてこなかった。聞かれても答える気は全くなかった。僕たちは付き合う儀式を行ったわけでもなければ、日々好きだという気持ちを常々伝え合っていたわけではなかった。僕らは互いの気持ちを分かりすぎてはいけないような気がしていた。
僕らには共通点も多かった、1番よく似ていたのは互いにに憧れているところだったと思う。僕は何かを悟ったような彼女の在り方に、彼女は僕の無責任さに、僕らは自分のないものを感じていたのかもしれない。そしてそれは共依存だとも気付いていた。
展示二日目に風子が来た。彼女はアンケートのお願いを承諾し作品をじっくり見て熱心にアンケートに答えていた。それが終わると僕のところに来て「色が綺麗だったあの写真はいつ撮ったの」と彼女らしくない普通のことを言った。アンケートを預かろうとすると「これって他の人達にも見られるの」と聞いてきた。嫌なら僕で止めておくと告げると僕の目を真っ直ぐ見て宜しくと言った。
アンケートには安いボールペン特有の濃淡のないベトッとした文字で感想が書かれていた。初めて彼女の文字を見た。堂々としすぎて逆に恥ずかしいものを隠すかのように見えた。自分語りをあまりしない風子らしい文字だと思い「風子はこんな文字書くんだ。」と言うと彼女は何故か恥ずかしそうに軽く怒った。

 その後、近くのカフェで軽く話し彼女を駅まで送り展示会場に戻った。
客も減ったので風子のアンケートを読むと、さっき話したことより数段深い内容だった。僕の意図を完全に汲み取った上での感想だった。そしてようやくあの歌の意味を聞いた意図が分かった。わかる人にはわかるという励まし、私はわかってしまうかもしれないという意味だった。それを理解したと同時に恥ずかしさが押し寄せた。そして裏には「いい作品でした。ありがとう。」と書いてあった。
その晩は少し遅く帰ると、彼女のものはほとんど無かった。「持って帰るのは大変だからこれはあげる」というメモ書きがある漫画の上に置いてあった。


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