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廃城令の対象は、煉瓦の洋館のお城だった?!

大阪城には「煉瓦造りの洋館」があります。
現在は「ミライザ大阪」という商業施設になっていますが、こちらの洋館、元は「陸軍第四師団司令部庁舎」でした。

ミライザ大阪
大阪城とミライザ大阪

そして大阪城公園内には、他にも煉瓦の洋館があります。
「旧化学分析場」です。

また、公園の「詰所」の門も赤煉瓦で造られています。

大阪城公園内詰所

それにしてもなぜ「お城」の敷地にはこうした赤煉瓦の洋館があるのでしょうか?

そんな中、たまたま流れてきたYouTube動画の「廃城令」にそのヒントを見つけました!!

「廃城令」は1873年(明治6年)に明治政府が発しました。

それにより「お城」は、「陸軍が軍用として使用」する城郭陣屋と、「大蔵省に引渡し売却用財産」として処分する城郭陣屋に区分されたとあります。

つまり、「お城」=「陸軍第四師団司令部庁舎」になりますよね?

であるならば、「地方団体」の洋館庁舎や、銀行の洋風建築物、全国の大学の洋館等もまた、「大蔵省に引渡し売却用財産」として処分された「お城」だったと考えられるのではないでしょうか?

ちなみに、高槻城址にも煉瓦の門が遺されており、「大日本帝国陸軍工兵第4連隊」が駐屯地として使用していたようですね。

日本で「お城」といえば、迷わず「和風のお城」を思い浮かべてしまいますが、歴史を丁寧に紐解き、並べていきますと、「お城」は「煉瓦の洋館」であったとするほうがなぜかとてもすっきりします。

いずれにしましても、今ある「煉瓦の洋館」は歴史の生き証人。
ぜひとも壊さずに次世代に遺していきたいものですね。

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