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ツインレイ?の記録7

2月4日
私は朝、腰の具合はどうか、マッサージの揉み返しはなかったか彼にメッセージを送っている。

30分以内にすぐ返信。
腰はやはり痛いようだった。私が前日にあげたお灸の湿布が助かっているということだった。

私も腰痛持ちだし、ぎっくり腰も何度かやっているので腰の痛みのつらさはわかる。前日に会う約束をしたものの、きっと出かけるどころではないだろうと思い、安静にしていたほうがいいのではないかと提案した。

きっと動けないと思ったから、鶏じゃがとポトフだけ差し入れで届けたいと伝えた。ほかにもできることがあれば手伝うと。二回も助けてもらったのだからそのお返しだとメッセージした。

10分後にすぐ返信。
差し入れはもらいたいとのこと。

「あまり動かないのも腰の治りを遅くするので、外で一緒にお昼ごはんでもいかがでしょうか」

大丈夫だろうかと心配になったけれど、誘ってくれたのはうれしかった。

そして正午に待ち合わせをした。

異国の小さな町の比較的大きなショッピングモールに先に早めに到着したのは彼だった。彼が暮らすホテルからそこまで徒歩20分の距離にある。

私はタクシーだったので、到着が遅れた。

時間通りに到着した私は彼に連絡。

「どこにいますか?」

すぐに返事が来たけれど、「探してみます」と言いながら、私はうろうろ迷っていた。

もともと私は方向音痴で、道に迷いやすく、地図もろくによめない。

そのことを彼はすでに知っている。

「行きましょうか? 場所の写真送れますか?」

そして私が写真を送るとすぐに彼は迎えに来てくれた。

彼をみつけた私はうれしくて、満面の笑みで駆け寄った。
彼はやっぱりどこか困った顔で無表情を繕った。
だんだんわかってきたことだけれど、おそらく彼は照れているときほど、表情に表さないように少しそっけなくなる。

私たちはレストランが並ぶ階にエスカレーターで移動した。
この小さな町のこの場所に日本人の男女はおそらく私たちしかいない。
日本にいればこんなふうに休日の昼間に二人でいることなんてないだろう。
家族連れの多いショッピングモール。
彼は既婚者なのだから。

レストラン街について、店を探すが、彼お気に入りの日本料理の店はどうやらなくなっていたようだ。

これには彼もたいへんショックを受けていた。
信じがたいのかぐるぐるフロアを歩いて場所を確認。
最初の場所に戻ってきて、やはりここで間違いないがつぶれていると落胆する。帰国したりして行かないうちになくなってしまったのだという。

「古いものがなくなれば、新しいものが入ってきますよ。
今度から私のうちが新しい食堂ですよ」

そんなことを私が言うと

「いやーでもほんとショックなんですよ」

と大袈裟に言って見せる彼。

本当にショックなのか故意のスルーかは不明だが、しきりに行きつけの店がなくなったことを惜しんでいる。

「マックでもいいですよ」

私は一階のマックを提案した。
彼がよくテイクアウトもするというマクドナルドだ。

「じゃ、そうしますか」

そう言って、彼はすぐにマックに移動した。

「何にしますか?」

と言われて最初に選んだのがチーズバーガーセットだったけど、彼がおいしいと言ったバンズのに変えた。

席は出入り口付近の二人席。
彼のお勧めのバンズはおいしかった。
前回うちで一緒に食べた時も思ったけど、彼と食べると何でもおいしい。
あの時、私の作った料理に彼は「やさしい味」と言ったけど、
彼が私が弱ってくれた時に作ってくれたおにぎりや雑炊も優しい味がした。
風邪だったからか薄味なのかはわからないけれど、おいしい、やさしいと感じたのだ。
だから味はないけど「おいしい」と言ったのは嘘じゃない。

この時は、味がしっかりあった上でおいしかった。
一緒に食べてるとき、相手が食べてる気がしない。
何を言ってるかわからないけど、一人で食べてる感じがする。
何書いているかわからないけど。
目の前にいるけど、相手が食べてる印象がない。

この時はとても会話が弾んだ。
というより、彼がほとんど一人で喋っていて、おしゃべりな私が聞き役だった。

この時、彼は私がSNSにあげていたことまで話題にした。
彼は私のSNSをよく見ている。
そもそも発熱した私を助けたきっかけも、私のSNSを見ていたからだ。
私に関心を持ってもらえているようで、とてもうれしいと感じた。

話している時の彼は、なんだか少年のように見えた。
放課後、おしゃべりが盛り上がって帰りたくないようなあの空気。
目の前にいる人は40代の社会的地位もある家庭人ではなく、まるで恋する少年のようにも見えた。
これは私の印象で、別に私に恋していると言っているわけではないけれど、そのように感じ取れたのだ。

会話の内容をすべて覚えているわけではないけれど、彼の学生時代の部活の話や仕事で経験したことまで、彼にまつわる色々な話を聞けた。

私は自分の話もした。

私は職歴が多くて、色々なところで働いては辞めて旅に出るといった生活をしていたけれど、大抵どこで働いてもそれなりに仕事はできた。

でもある工場で働いてたとき、ライン作業ですべてのポジションの仕事ができるのによくラインから外されてたことがあって、それは納得がいかなかったという話をした。
結局一つのことしかできない人から配置していくから、何でもできると最後にまわされ、人が多いと外される。その仕組みに私は納得がいかなかったし、自分はいなくてもいいんだなと思ってた。
でもそれに関して管理職の立場で違う視点で話してくれた。
私みたいなタイプは例えば欠員が出た時など、状況において必ず必要となるということもわかりやすく話してくれた。そして実際そういう人がいて、その人の存在に感謝していると自分を例に話してくれた。
これにより、誰にもそんなふうには言ってもらえず腐っていた過去の私が救われたような気がした。

「あなたと話していると私の過去さえ救われる気がします」

と私は感謝を伝えた。

本当にこの人が好きだと思った。
恋愛感情だ。
でも、そうなると私の中で、どうしたらこの人に好かれるだろう?という気持ちが働いてしまう。
だけど、どうしていいかわからない。
その気持ちがそのまま言葉に出た。

「どうしたら好かれるのかわからない、どうしていいかわからない……」

彼は何も言わなかった。
前日のように「そんな顔しないで」とも言われなかった。

だけど、私は私を見る彼の瞳の奥に確かに愛を感じていた。
本当は私がわからなかったのは、その愛の受け取り方なのかもしれない。
「どうすれば好かれるのだろう」というのは私の中のトラウマから来ている部分で、好かれるための条件をいつも探してしまうのだ。

それでも、この雪の中、異国の小さな町で、向かい合って座って一緒にいられることは、私にとっては奇跡の時間で、自分の好きな人が目の前で楽しそうにしてくれているだけで、それはそれは何物にも代えられない得難いものだった。

彼は前日も腰痛がひどかったが、その日は喉の調子も悪いようだった。
何度も飲み物だけ買って、トイレに行ったりもしていた。
ここで彼が飲んだ飲み物は三杯。
私はセットのコーラすら飲み切らなかったのに。
それだけ彼は喉の調子を悪化させながらも喋るのを止められなかったのだ。

前日に感じた幾重にも重ねた防具のような彼の警戒はあまりない。
心を少しだけ見せてくれてる気がしたし、ただただ楽しい時間だった。

でも、そんな彼がまたスッといつもの仮面をかぶった。
「そろそろ帰りましょう」

時間はすでに16時を過ぎていた。

もう四時間近くマックでずっとおしゃべりしていたことになる。

私もトイレに行って戻ってきたけど、名残惜しいと思っているのは私だけのようで、彼は「(携帯で)タクシー呼びましたか?」と無情に言うだけだ。

さっきまでの少年はもうどこにもいなかった。
そこにいるのは仮面をかぶったような表情も感情も読み取れない、そっけない彼だった。

外は雪がしんしんと降っていた。
これ以上遅くなると交通も麻痺して私が帰れなくなるという、彼なりの配慮と正しい判断だった。

彼はそこから歩いて帰れる距離にホテルがある。

携帯のアプリで呼んだタクシーを待つため、私たちは外に出た。
雪が降っていて滑るのに、歩くのが速い彼は、私を振り返りもせずすたすた行く。足元が怖いので、彼が肩から掛ける袋にそっと捕まる。それは私が渡した差し入れのポトフが入った袋だ。

直接触れないから、袋の肩掛けの部分に触れる。
それが私たちの関係だ。

その間も私がおどけたように
「こんな大雪じゃ多分帰れない」と言うと、
「いや、帰れます」と彼がいい、
「遭難しちゃうかも」と私が言うと、
「いや、しません」と彼はそっけない。

こんなやりとりをする中、タクシーはすぐに来た。

私はタクシーに乗り込むと、窓を開けて笑顔で彼に手を振った。
彼は上着のフードを被った。手も振らない。
表情も見えない。目も合わさない。

マンションまでの道はすでに交通渋滞が起きていて、冬対応の車でもないので、運転手は身を乗り出してワイパーをつかみ、雪を払っていた。
フロントガラスが曇るのを拭きながら走るし、道路はクラクションはすごいし、確かに彼が言うタイミングで帰らなければ、私は帰れなかったかもしれない。本当に何もかも計算通りな慎重な人だ。

17時半、家に着いた私は、無事に家に着いたこととお礼のメッセージを送った。

「今日はとても楽しかったです。ごちそうさまでした。話せば話すほど私のほうが好感度が下がっていくんじゃないかと心配になりましたが、話しやすくてついつい話過ぎてしまいます。本当に楽しすぎました」

私の正直な気持ちだ。

今見ると、やはり私はこの時、恐れている。
ただ純粋に好きだと慕う相手に、関われば関わるほど嫌われてしまうのではないかという恐れがすでにある。

これに対して彼は15分後にはすぐ返事をくれた。
部屋でじっとしているより腰によかったということ、喉の調子が悪いこと、差し入れを食べて療養したいということ等。

それに対して私も返事。
ちょっと長くなり過ぎた。

完全に私は恋をしている。

私の過去さえ塗り替えてくれたし、新たな視点を与えてくれたことへの感謝、マックが人生で一番老い行く感じたこと、一緒にいるとまだまだ新しい体験ができるのだと新鮮に感じるのだということを素直に書いた。

その日は、返事はこなかった。

そしてこの後、彼に起きたあることをきっかけに、近づいたと思えた距離は一気に遠くなっていく。

私にこれ以上関わるなと警告しているかのように。





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