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18歳の美少女に人生を救われた話

5人目となる女性は、今でも思い出す度に恋してしまうフィリピンと日本のハーフのMさん。出逢った当時、彼女は弱冠18歳でした。

私には拭いたくても拭い切れない過去があります。少し昔話をさせて下さい。

私はプロフィールにも書かせて頂いた通り、今はごく普通のサラリーマンですが、学生時代はもっと冴えない立ち位置でした。勉強もスポーツもそこそこ出来たと自負していますが、女性には全くモテませんでした。

その為、学生時代、モテる男性がとても羨ましかったです。皮肉にも、私の友人は学校内でも上位を争えるほどモテていました。勉強もスポーツもその子より私のほうが成績は良い、なのにモテない。。このロジックがどうしてもわかりませんでした。

その友人は可愛い子と付き合っていました。私も学生のうちに、彼女を作って、一緒に登下校したり、お祭りに行ったり、自宅に彼女を呼んで、初めての経験をしたり・・・と色々とやりたいことがありましたが、高校/大学と、とうとうその夢は叶いませんでした。

もう過ぎてしまった青春時代。一度しかないその時に、自分が結果を出せなかったということは、心の深い部分で傷となっていました。そして、ある時、金八先生(武田鉄矢)がその傷の癒し方を教えてくれました。

金八先生「男というものはね、女に付けられた傷は女でしか穴埋めできない。例えば、青春時代にモテなかった男は、大人になってどこかでその倍くらいの青春を取り返さないといけないと思っている。」

私はこの言葉を聞いて、自分がネトナンで成果を出したいと思っている根源がわかった気がしました。

今回紹介するMさんは高校3年生の歳です。

まさか、社会人になって女子高生と接点が出来るとは思ってもいませんでしたが、これは自分が味わえなかった青春を、過去に戻って取り戻すことが出来る機会だと確信したのです。


前置きが長くなりましたが、それではMさんについてお話させて頂きます。彼女とは「友達作りトーク」というアプリを介して出逢いました。

彼女は学校卒業後、フィリピンパブで働いていました。大分年下ではあったのですが、接客業をやっているせいか、LINEメッセージにしても、電話でのやり取りにしても、とても心地の良いものですぐに彼女にハマってしまいました。

電話でのやり取りの中で、当時流行っていた映画「アナと雪の女王」を一緒に観に行けることになりました。待ち合わせ場所でドキドキ・ワクワクしながら待っていたところ、一向に来る気配がなく、かなり焦ったことを覚えています。

待つこと1時間半、やっとMさんが来ました。相当焦ってきたのか、髪の毛は雑に纏め上げていたのが印象的でした。申し訳なさそうに謝る姿が可愛らしく、待たされていた怒り・不安は一瞬にして消し飛びました。時間がおしていたので、そのまま映画館に入りました。

映画館では、ちょっとしたテクニックを用いて手を繋ぐことに成功しました。手を繋ぎながら観る映画なんて、初めてだったので、実はこれだけで結構感動していました。

映画が終わり、時間も遅かったので帰る流れになると思いきや、Mさんのほうから、少しだけでも居酒屋に入りませんか?と誘ってくれました。

居酒屋では酔いも回り、彼女の追い立ちやクリスチャンで結婚するまではセックスは出来ないこと、そのことで元カレと上手くいかなかったことなど、赤裸々に語ってくれました。

語り尽くした頃、終電は無くなっており、そのままマン喫にいくことになりました。彼女はクリスチャン(=セックスしない)とのことだったので、諦めていたのですが、普通にマン喫で抱けてしまいました。

クリスチャンとは一体・・・と思いつつも、こんな自分にとって理想的な女性を抱けたことがとても嬉しかったです。

朝目覚めて、最寄り駅でお別れする予定だったのですが、もう少し一緒にいたいと言ってくれ、そのまま自宅に連れていきました。結局、その日は会社を休み、一日中、Mさんと一緒にいたのでした。

ネトナンでは一夜限りの関係が多くなりましたが、Mさんとはその後も関係が続きました。
フィリピンパブのある中野駅で、仕事終わりに会ったこともありました。0時過ぎの仕事終わり、疲れているにも関わらず、私を見つけるや否や、走ってきて抱きついてくれる彼女が愛しかったです。

この時は、彼女のお姉さんと、そのお姉さん狙いでパブに通っている見知らぬ男性の4名で、そのまま飲みに行ったりしました。なぜか、そのまま見知らぬ男性宅に招かれ、布団を借りて寝たりもしました。私はMさんと一緒に布団に入り、お姉さんと男性が寝入った隙にセックスしたりしてました。

ある時は、彼女にドンキホーテで大人の玩具を買わせて(訳あり)、カラオケルームで試したりとか、結構大胆に攻めたことを覚えています。

今なお、はっきりと言えますが、私はMさんが大好きでした。0時過ぎの深夜の公園で本気でお付き合いを申し込んだこともありました。
が、良い返事は貰えず、正式な彼氏になることはとうとう叶いませんでした。

自分で言うのも難ですが、Mさんも私のことを好きでいてくれました。が、一緒にいることで、自身の今(家族との関係や、フィリピンパブで働いている状況)を顧みたとき、私と付き合うことは彼女の中で罪悪感があったからのように感じました。

時は流れ、Mさんとも連絡が中々取れない状況になり、ふと彼女が働くフィリピンパブに出向いたことがあります。
お店の前に立っていたフィリピン人の方にMさんのことを聞くと、彼女はお店を辞めたとのことでした。これ以降、彼女とは連絡が取れませんでした。

あれからもう4年が経ちます。

それでも、Mさんに対する感謝の気持ちを忘れることはありません。冒頭、話した通り、私は学生時代に青春時代を謳歌出来ていません。その古傷は一生、癒えることはないと思っていましたが、彼女がそこに優しく絆創膏を貼ってくれました。

大丈夫だよ、もう惨めに思う必要はないからね。
と、彼女の笑顔を思い出すたびに自分は励まされて生きてきました。

私のように学生時代を謳歌できなかった方は数多くいると思います。その人の心の持ちようは痛いほどわかるつもりです。

でも、諦めないで下さい。

過去に戻ることはできませんが、これからの人生が今の延長線上にある必要はないのです。自分が一歩踏み出すことで、開ける未来は必ずあります。Mさんのように、心が澄んでいる女性に会える男性が増えること。それが今の私の望みだったりします。

以下のブログでは、Mさんとの思い出を面白さとエロさを加えて書いてます。良ければ、こちらも見てみて下さい。


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