以来、目を合わせていない 2023/06/15

 日曜日は平日より仕事が少ないため、部署で一番エライ人が出勤していない。そのためかやわらかい雰囲気の中で働くことができる。社員もバイトも気楽に雑談しながら時間をつぶしており、私も例に漏れずおしゃべりでもしようと隣席のおじさんに話しかけると「話したいのは山々だけど仕事中だから…^^;」とやんわり断られ、思わず「めっちゃ真面目っスね」とちゃらんぽらんな若者のようなことを言ってしまった。
 少ししてお昼の休憩時間になるとそのおじさんは「さっき何話そうとしてくれたの?^^」と律儀にも問い直してきた。別に用事なんかないですよと言うのもなんだか気が引けたので、おいくつなんですかと聞くとやけに顔が明るくなって「来月でちょうど40!もしよかったら昼一緒に食べようよ^^」と誘われた。コミュニケーションの順番や距離の詰め方が若干気持ちわるいのはおじさんだからだろうか。まあランチの一回くらいはと思い、えいやと応じた。
 おじさんは唐揚げ定食を、私は生姜焼き定食を注文し、いや〜お疲れ様です〜などとなんでもない話をしながら料理を待っていると「なんて呼べばいいかな?^^」と工学部の新学期みたいな質問を投げられた。正直この時点でムリになってしまって、普通に苗字でいいですよと伝えると「下の名前は?^^」と食い下がってくる。

 そっかそっか、喃語くんって言うんだねえ、よろしく!俺は〇〇〇〇って名前なんだけど、知り合いからは師匠って呼ばれてる^^芸術とか環境とか音楽とか歴史とか色んなことに興味があって、なんでもよく知ってるから、師匠^^よかったら喃語くんも師匠って呼んでよ^^

 早く逃げなきゃ、と本能的に思ったが生姜焼き定食に退路を絶たれている。「へ〜すごい!」と愛想を向けながら窓の外に目を逸らしてお冷を飲みまくっていると、おじさんはこれからが本題と言わんばかりに柏手を一つ打ち、さて、と核心に切り出した。「ア〇ウェイって知ってる?」
 強引にランチに誘われた時点で警戒すべきだったし、あだ名のコミュニケーションをやけに強く求めてきた時点で確信すべきだったが、過ぎたことはしょうがないのでネズミ講の生きた情報を知る貴重な機会として、なんとか前のめりの気持ちを作る。
 5つ盛られた唐揚げを一つも食べないまま、おじさんは熱っぽく語った。今までの人生は周りに流されていただけのつまらないものだったこと、そんな人生に目標が生まれて明るい光がさしたこと、組織の人たちがみんな良い人であること、先週末はクルーザーの上でパーティをしたこと、パーティでDJをやったこと、先輩の年収が6000万円あること、来週はタワマン最上階で高級食材限定のたこパを予定していること。すべて聞くに堪えなくて、なんて惨めなおじさんなんだろうと見下す気持ちがとめどなく溢れ続ける。このおじさんはいい歳してバイトに勤しんで、マルチにハマっている。朗らかではあるがコミュニケーションに難があって、仕事もあまりできない。そんな社会から弾かれた人間が、会員制の社会のなかに桃源郷を見ている。抜け出せるわけがない。

 勘違いしてほしくないんだけど、これは勧誘じゃないのよ、ただ俺が俺自身の楽しかった体験をつたえているだけで、もし喃語くんがいいなと思ったら手を差し伸べたいんよね^^ア〇ウェイって世間的には結構よくないと思われてるけど、それはみんながそう言ってるから言ってるだけ。ほら、俺も昔は周りに流されてばっかの人生だから、痛いほどわかるのよ^^喃語くんももし警戒してたんだとしたらそれは正しいと思う!でも今の話聞いて正直だいぶ印象変わったでしょ?^^どう?^^

 昼休みももうすぐ終わるというのに全然話止まないので、無理矢理に割り込んで「てか唐揚げはやく食べないと午後始まっちゃいますよ!急いで急いで!」と唐揚げと白米(大盛り)(歳の割に元気)を詰め込ませ、始業5分前に2人で退店した。ちなみに師匠は奢ってはくれなかった。

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