人生で頑張ったことって

私はこれまで何を頑張ってきたのだろう。

大学に行けなくなったとき、中高の友達や恋人に「あなたは今まで真面目に頑張ってきたんだよ」と、何回か言われた。

確かに真面目ではある。
でも、「頑張ってきた」という言葉が引っかかる。
私の人生には頑張った、努力したという感覚が皆無なのだ。

ただ真面目に取り組んだら、いつの間にか終わってた。
そんな経験ばかりで頑張った、打ち込んだという経験がない。

わかりやすいのは、受験。
なんとなく目指していた大学は、
めちゃくちゃ難関ではなかったが、そこそこの偏差値だった。
高校に入ってはじめての面談で担任の先生と大学の話になった時、「学力テストの結果と照らし合わせてもこのまま勉強すれば余裕だと思う」と言われた。
それは本当にその通りで、一度バーンアウトしそうになりながらも、模試の判定はいつもA、悪くてB。
それ以下は取ったことがなかった。
そして年内に行われた推薦で合格。
周りが受験でせかせかピリピリしている頃にはすでに進路を確定させ、のんびりしていた。

とは言え、受験生の年はそれ以前よりは勉強していたと思う。塾にも行っていたし、snsもログアウトしていた。

しかし、それなりに自分の好きなことをしていたし、塾や学校以外ではほぼ勉強していなかった気がする。
これまで真面目にやってきた恩恵、と考えることもできるかもしれないが、周りの友達は休み時間や通学時間も勉強して、メンタルを削りながら耐え抜いて、何人かは合格を勝ち取った。

羨ましかった。

「私は大学で看護師になるためにいやでも努力することになるはず。」
そう思っていたけれど、結局頑張れなかった。
折れてしまった。
そして頑張るのが怖くなった。
というか、頑張れなくなった。

そのほか、部活や習い事も心身を削って頑張った記憶はない。

もっというと、「これに夢中」ということもない。
正確に言えば、好きなことはある。
音楽を聴くこと、絵を描くこと、美味しいコーヒーを飲むこと、など。

だけど、どれも時間やお金を捻出して取り組むほどじゃない。時間とお金、そして自分の精神に余裕があればというレベル。
だから夢中になることはない。
食事や睡眠を忘れて没頭したり、頑張ってバイトをして推しに貢いだりは、自分にはできないことに、ここ2年くらいで気がついた。

できないことばかりに目を向けるのはどうかと思うけれど、自分の心の現状はこうなのだ。

「私は頑張ったことがないし、夢中になったこともない」

そういうことを探しに行けるくらい健全な心を取り戻したい。

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