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スリー・フォークス 惑星向上委員会ベツレヘム篇

荒れ果てた煤けた土地をラクダに乗った3人の男達が、月明かりに照らされながら道なき道を進んでいた。

どうやら高位の身分らしく、値の張りそうな衣装に身を包んではいたが、長い旅が続いた為か、かなり草臥れている。

疲れと空腹に苛まれた3人は眉間に皺を寄せ、一言も発する事なく歩を進めてはいたが伴奏はラクダの臭い息のみ。

すると…
満天の星空を斬り裂くような巨大彗星が何の予告もなく、進行方向の逆に沿って轟音と共に墜ちていった。
余りの大きさに3人は驚いたが、何故か直ぐに平静を取り戻した。 …彼らは知っていたのだ。正確には "知らされていた"
ただ長い間、何の音沙汰も無かった為に記憶の隅に追いやられていたのだが、腹の虫が鳴ったと同時に思い出し、少し安堵した。

どれほどの時が経ったのか思い出す術は無いが、知らされていた内容は対象の人間が変わるだけで基本的にはいつも同じだから其処に不安は無いのだが…




「とにかく飯や。」
先頭をいく男が初めて口を開いた。
「そやな… てか酒飲みたい。」
「暖かい風呂に入りたいですわ。」
後の2人も心から渇望していると見えて表情は至って真剣そのもの。
「ちょっと一服するぐらい、かまへんやろがぁー!」
虚空に向かって吠えてはみたが、何の返事も無い。



黒い天鵞絨(ビロード)に散りばめられた宝石の空を引き裂いた巨大彗星は今や尾だけを残し、殆ど小さくなっている。
そして喚いた男が一頻り吠えて冷静になると、ある事に気が付いた。
「おい… あの方向… 」
「 …な、なんや?」
「ひょっとせんでも逆戻りか !?」

「なんやそら !? 」


3人は間を措かず、一斉に天鵞絨の空を見上げた。

そして散りばめられた宝石群から自分達の現在位置を測ってみるのだが、何度やっても同じ数値しか出て来ない事に漸く諦めると再びラクダを促す。

長い眠りから醒め、久し振りの指令遂行となった先日の旅は空振りとなり、そのまま帰還となる筈だったが、そこへ追加の合図となれば気分は最悪そのものだ。

「あの王さんには、もう会いたくないですわぁ… 」
黄色い法衣を着た、3人の中では歳若いメルキオールは毒でも喰らったような顔で忌々し気に言葉を吐く。
「ローマの腰巾着のくせして、無駄に偉そうやしな!」
緑の法衣を着た髭達磨なバルタザールは更に酷い顔しながら前言を裏打ちする。
「せやかて行かな… 合図はアッチの方向やったんやさかい、しゃーないわい。」
赤い法衣に白く伸びた髭が映えるカスパールは尤もらしい口調で宣うが、実は一番腹が減っていて、酷く苛ついていた。
「とにかくや… 人間のおるとこ行かん事には飯も、酒も、風呂にも有りつけへんぞ。」
「そういうこっちゃの!」
「なぁんか気ぃ進まへんけど… 行きますかぁ。」
計算によると町まで2日。





紀元前30年頃

神聖ローマ帝国の支配を受けていた、主に多数のユダヤ人が住む現パレスチナ周辺地域。
盤石になりつつあった帝国に逆らわず、恭順する事で活路を見い出したユダヤのヘロデ大王は未だ確固たるものとしえない自己の立場を守るべく "あらゆる手段" を用いていた。
しかし、場合によってラビ(ユダヤ教の指導者)達まで容赦なく殺す彼のやり口に民衆の不満は溜まり切っており、内紛の種は絶えなかった。

そこへ数年前から流布している《救世主=メシア》の噂で町は持ちきりとなり、権威と信仰が分断される状況が産まれてしまっていたのだ。
3人は "とある組織" の指示によりヘロデ大王と謁見した上で《メシア探索》の旅に出ていたのだが、その余りに煮つめられていた殺意を危険と判断して町を無断で抜け出していた。

しかし、そこへ星の導きが出発点へと還る指令を発したものだから、3人としては不可思議というよりも、何やら "うそ寒い" 状況となっていた。

「どうやら大王は増々イカれてきとるみたいやが、儂らにメシア探索の許可を出したんは、見つけた後に殺すつもりでかな? 言うても小さい子供やぞ!」

直截的な性格のバルタザールは思ったままを口にした。

「かも知れませんねぇ… あの青黒い顔からして普通じゃありませんから! でも流石に其処までキ◯ガイや無いみたいですよ。 八百屋のネェさんが言うてましたけど。」

若いメルキオールは少し冗談めかせてバルタザールの気を紛らわせようと試みる事にした。何かの拍子に暴発などされたら困るからだ。

「まぁ、神経質になっとるのは確かやな。迂闊な言動は危険やで。」
「せやけど金貰ろとるしなぁ… 」
最後にカスパールが締める形で話は終わったが、強い不安が去った訳ではない。
ヘロデ大王が暴虐の限りを尽くしているのは確かであり、救世主と呼ばれる存在が現れるのを恐れ、それが為に拍車が掛かっているのも事実だろう。
しかし、秘密裏に探索する筈の救世主を未だ見つけられていないどころか、ヘロデ大王の膝元に居るかも知れないという報告などすれば… そんなタイミングで町に戻ってしまえば、3人ともが首と胴を繋げ続ける事が非常に危うくなってくる。

「長居は無用やな。」

さっさと取り掛かって仕事を済ませなければ事態がどう転ぶか判ったものではない。


次の日
陽が暮れる前に険しい山を2つばかり越えた。
星の導きは、もう少し先だ。

















険しい道が穏やかになりラクダ達の歩様も通常に戻った頃、メルキオールが出し抜けに2人へ質問した。
「俺がアホやさかい解らんだけかもなんですが… 」
「なんや?」
「前の… ほら、もっと東の山合いの国の王子さんを囲みで勧誘した事あったやないですか。」
「おう、アレは思てたより難しかったなぁ。」
「あの人は何なんです? その、なんちゅーか王子な割りには世間に関心が無さ過ぎるってか… 」

「ふむ。」

「権力に執着しとる感じも無かったし… なんか不思議な人でしたね!」

メルキオールの返事をしてたバルタザールに代わってカスパールが口を出す。
「 …ホンマは口止めされとるんやがっ」
カスパールは左手で輪を、右手は人差し指だけを伸ばして、その指先を輪の中へ出し入れながら話を継ぐ。
「実は弥勒さんがジュピターさんの真似してな… あそこの奥さんをたぶらかして出来た子やねん。」
「マジすか !?」
「まぁ、あの奥さん別嬪やったさかい、判らんでは無いがなぁ。」
辛抱できんとばかりにバルタザールが補足を付け加える。
「ただな、ミロクさん言うてはったで… 魔が差したけどワシには向いとらん、てなぁ。」
「あんなもんに向く、向かん有るんですか?」
「 "剥けとらん" お前じゃ未だ判らんか !?」
「からかわんといて下さいよぉ~」
メルキオールが何故、遥か東の王子の事が気になったのかは、いずれ理解する事となる。






そして
月が照らす寂しくうらぶれた、本当に何も無い小さな集落へ辿り着いた。
計算機に掛かりきりなカスパールの導きによりヒットした座標に在る家を探しす道程だったのだが、その家を実際に目にした時、3人とも大きく落胆せざるを得なかった。

漆喰ムキ出しで、あちこち崩れている家では3人が心から求めて止まない『飯、酒、風呂』など期待できないからだ。
「たいがい古臭い機械でも我慢しとったが… 委員会も予算ケチらんと、ちゃんとせーっちゅーねん」
「てか何ちゅーボロい家やねん! ほんまに人間おるんかぁ?」

務めて冷静を装っていたカスパールと直截的なバルタザール、その2人が我慢の限界を越えたらしく、大して気にする様子もなく素直な感想を吐き散らす。
「2人とも声がデカ過ぎですよ… まる聞こえですやん!」
一番若いメルキオールが諫めるも、彼の声だって決して小さくはない。
案の定、中から怪訝な表情を隠そうともしない人間が勢いよく出て来た。

「あんたら何ですの?人の家の前でゴチャゴチャと」
憤慨寸前の男が窺う。
「あぁ~… すまんこってす。不躾ですが、あんさんナザレのヨセフさんでっか?」
最年長カスパールが "らしく" 訊ねてみると
「そうですが… なんで儂の名前を知っとるんです? おたくら一体なんですの?」
至って真っ当な問いかけだが、3人は歯牙にも掛けない… 強い目的があるからだ。
(良ければ飯を… )

しかし、いきなりは流石に憚られ、危うく言葉を飲み込み精一杯の威厳を込めて決められた台詞を吐く。

「ワシらは東方占星協会の者です。実は天から《お知らせ》を受けましてな… どうやらお宅に救世主様がお産まれになられたようですわ!」
カスパールを中心にして三様慇懃に宣言するが、相手には不審者としか思われていないらしい。
「何を訳の判らんことを言うとるんや!何か変なモンでも食うたんか !?」
「いやいや!… 冗談ちゃいます。至って真剣だっせ!」
「今、お宅ん家で男の子が産まれたはずや!」
「僕らは祝福しに来ただけです!」

ヨセフと名指しされた男は黙り込んだ。
確かに今しがた自分の家で男の子が産まれたが、目の前に佇む、見ず知らずの3人がそれを知っている筈が無いどころか、自分の名前まで知っている!
彼等は今、ここへ来たばかりなのだ。
それに強盗の類いだとしても貧乏な我が家には何も無い。心配さえも…
「 …判りました。せやけど嫁さんは産後なんで、少しだけにして貰えますか。」
「そりゃもう~☆」
飯、酒、風呂に有りつけそうにも無いオンボロ家になど長居するつもりは毛頭なかった。



入り口と言えるのか甚だ怪しい戸口を抜けて中へ入ると… 家というよりも納屋にそのまま住んでいる感じが強い。
お世辞にも綺麗という言葉は金輪際出て来そうになかったし、この時点で《飯、酒、風呂》は3人の思考から遥かな宇宙の果てにまで旅立っていった。
「息子と嫁は奥に居ます。」
男に促され嫌々ながら足を奥へと運んでみると、其処には産まれたばかりの赤ん坊が母親に抱かれていた。
本当に貧乏らしく、産湯すら浸からず綺麗とは言えない布で体を拭かれていた。
( …マジかいなぁ)
余りの汚なさに魂がドン退きするが、流石に子供を産みたての人間に対してそんな事は言えず心を奮い起たせた。
「心して聞いておくれやす。その御子はやがて世界を救う救世主となられる御方どす。」
「よってに儂らが占星協会を代表して馳せ参じまして、御祝い申し上げた訳どす。」
「救世主さまに主の御加護あれ!」
揃って型通りな宣下と慎ましやかな贈り物を済ませると、呆気に取られる母親を措いてカスパールはヨセフの元へと取って返した。

そして小声で
「旦那さん、一つ申しとく事があるんです。」
「なんでっか?」
「お子さんは奥さんが生娘(キムスメ=処女)のままで産まれた、って事にしといて下さいな。」
「はぁ !?」
「その方が救世主様としての格が上がりまんにゃわ。」
「 …せやけど、そんなん誰も信じまへんでぇ。ワシかて、ちゃんと勃ちますし!」
「取り敢えず儂らも其処らで言うて廻りますさかい… 一つ、お願いしますわぁ。」

「そんな事、言いふらし廻られてもなぁ… 」
決して友好的とはいえない邂逅が終わりに近付いてきたと全員が感じた頃、バルタザールが思い出したように言葉を繋ぐ。

「そや、旦那さん。さっき進呈した贈り物ですが… 」

「あぁ… ほんま、ありがとさんです。」

「いや、あのぉ… あの中に大事なモンが隠してあるんですわ。」

「えぇ?」

「心して聞いておくれやす。あのヘロデ大王が自分の存在を脅かすかも知らん "救世主" を殺そうと躍起になっとるのは御存じで?」

「 …初耳です。なんせウチは田舎やから」

カスパールが相槌よろしくバルタザールの後を継ぐ。

「落ち着かはったら、ここを離れて遠くへ行きなはれ。できるだけ遠くへ。遠くへね。」

「!」

「遠くへ行けるだけやのぉて、そこで何年も生活できるだけの "お餅" が入っとりますさかい、安心しておくんなはれ。」

「はぁ… 」

言うなり、3人はそれ以上の言葉を継ぐ事なく無言のまま出ていった。
その姿を半信半疑を越えて、諦念にも似た感情で見送るヨセフ。
「最近はホンマに "けったい" な奴が多いなぁ… 」
世の中には終末論が当たり前のように蔓延り、貧乏大工なヨセフの耳にすら入って来てるが、一つ間違えば日々の生活すら成り立たなくなる現実の前に『世界が終わる』などと戯言でしかない。
「食うや食わずの生活に終末もクソもあるかいっ。」

しかし、あの赤い法衣を纏った男が最後に放った真摯な言葉が白紙に滲みた墨のように心を掴んで離れない。

(ひょっとして… )

知らぬとは言ったものの、実はヘロデ大王が出した布告の事は知っていた。

面倒に巻き込まれるのが億劫で、咄嗟に嘘をついただけだったのだが、それが相手の警戒心を呼び起こし、まるでテコが働いたかのような心境の変化をヨセフにもたらした。

(やっぱり、そうなんか !? )

実は僧侶だったヨセフは自分とは関係ない政争に巻き込まれ、それに嫌気が差して陰遁し、慣れない大工として生きてきたのだが、その大工仕事の最中に同僚のミスで大ケガを負ってしまう… そんな時に妻マリアは懐妊したのだが、思いの外にヨセフの容態は深刻な状態だった為、"そのような事" は無かった。息子は産まれる筈は無かったのだ!

マリアが浮気したかも… という懸念も少しは湧いたが、この純真可憐で信心深い妻にそんな大それた事など出来ようか!

誰にも黙っていたが、実は二度ほど夜半に不思議な光と会話しているマリアを目撃しているだけに、ヨセフの心は疑心暗鬼どころか確信めいた想いが芽生え始めていたところなのだ。


そして、今夜の出来事。

もう妄想や偶然などではなく、やはり何かが動こうとしている、或いは移ろおうとしている。

(せやかて、どないしたら… )

思案しかけてヨセフは止めた。

自分の範疇を越えるような物事に自分の能力で立ち向かおうなどと考えてはならないと思い直しからだ。

(とりあえず、マリアと相談せにゃ… )





















帰途、自分達の欲しいモノには有りつけなかったが3人はそれなりの達成感に浸っていた。

"ローマ帝国に支配された辺境の土地で産まれる男子をメシアとして探し出し、占星協会員として祝福せよ…"

当初、ひょっとしたら数十年にも及ぶ探索になるかと思われていたが、終わってみれば1年にも満たない短期間での作業とあっては曲がった機嫌も少しは直ろうというもの。
不平不満ばかり連ねて吐き出されていた口からは全く逆のタネばかりが零れてくる。
「あの旦那さん、ちょっとヤバかったすね!」
「まぁ普通に考えたらワシら大概、怪しいからなぁ。」
「絶対、強盗か何かと思とったで!あんな家、何もあらへんっちゅーねん!」
真夜中に "不審者" 達の哄笑が響きわたる。


そんな時
♪~
「おい、なんか鳴っとるぞ。」
「僕ちゃいますよ。」
「お?ワシか…」
バルタザールの懐に入っている、支給された携帯電話が何年か振りに音を発していた。
「なんや !? 終わったばっかりやぞ!一服させろや。」
「しぃー!!! 聞こえますよ!」
「…はい …はい」
不満顔なカスパールが懐から煙草を出し、火を点ける頃には電話は終わったが、 "冷静なカスパール" はどこかの蔵にでも仕舞われたらしく、少しゴロツキのような雰囲気すら漂わせている。

やはり歳のせいなのか、見えない疲れが波のように背骨を揺らしていたからだ。

「で、なんやて?」
「次はローマ… 」
「えぇ !?」
帝国が支配する只中だと思い愕然とする若いメルキオールの顔を見ると笑いが抑えられなくなった。
「 …の更に南なカプリ島や。」
「マジすか !? やったぁ☆ きっと美味しいモンとか、たらふく食えますよ!」
「それはえぇけど… あんなとこに何があるんや?」
カスパールは委員会の体質を考えて少し慎重になっている
「急ぎか?」
「いや、60年ほど間が空くらしい。」
「じゃタイムポッド使って、ぐっすり寝れますやん!おやつ買わんと… 」
「ふーん… 」
カスパールは未だ少しだけ怪訝な表情を崩さなかったが、やがて何事も無かったかのように元の能面顔へと戻った。

3人は来た山を下るとヘロデ大王には面会せずに海岸方面へ出ると、その最初の港町で《飯、酒、風呂》の欲求を充たした。

たった1日、しかし心身ともにリフレッシュされた3人は次なる任務についての作戦会議をこなしながら、人里離れた場所へタイムポッドを時空間転送して貰い、50年間の眠りにつく事とした。

「60年ほど間が空くらしい。」

10年の差は肉体が現世に馴染む時間を考慮したのと治世の変化による影響を鑑み、その対策にあたる為と必要な裏工作の準備やらを含めての事だ。

ただ、ポッドを作動させる直前にメルキオールが "おやつ" を買いこむのを忘れてしまい町に戻るかどうかで紛糾したのが失策と謂えるのかも知らないが、今回は概ね成功しただろう。
















次の標的は宗教絡みではなく、世界を支配しているローマの頂点に立った人物となるが、3人はその事を未だ知らない。

寝ている間に初代アウグストゥスからティベリウスへと移り、ローマは帝国として最大規模となっていく過渡期となるが、その一つ前の停滞期を担う皇帝…
【小さな軍靴】の愛称で国民から絶大な人気で迎えられるも、後に暴君へと豹変した男… その名はカリギュラ(カリグラ)

3人が接触した事で何が、どう変わったのかは別の機会を待とう。


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