猛獣狩りもいいけど、干支狩りもいいかも。🦆

ひとりは、さみしい。はずかしい。


「猛獣狩りにいこーよ!」
みんな「もうじゅうがりにいこーよ!!」
「鉄砲だってもってるし♪」
みんな「てっぽうだってもってるし!!」
「槍だってもってるもん♪」
みんな「やーりーだってもってるもん!!」

「あっ!!!」
みんな「あっ!!!」
「あっ!!!」(より大袈裟に)
みんな「あっ!!!!!」(ばかおっきい声で)

シーン…
(子供たちのワクワクした表情を楽しむ時間)

「ベンガルヤマネコ」

(指をおって文字数を数える)

みんな「ぎゃーーー!!8人〜〜〜」
   「⚪︎⚪︎ちゃんきてーーーー!」
   「あとひとりーーーーー!!」

8人集まったところから手を繋いで座る。


このゲーム。
子供たちの楽しそ〜な声がひびく。
このゲーム。

わりと地獄だな、と思う。

私は小さい時このゲームがすごく好きだった。
特にみんなで真似をしてセリフを言うところとかテンション爆上がり。
次は何文字だろ?と目を輝かせていた。

でも今は違う。
そんなワクワクより前に、

絶対に残りたくない。1人ぽつんと最後まで立つのだけは避けたい。仲間外れになりたくない。
ベンガルヤマネコの8人に絶対選ばれてやる!!

と思ってしまう。
あーあ。さみしい。こんなことしか思えない。

ひとりになるのが怖い。
小学校の時の無邪気な自分も心の底でこう思っていただろう。

ひとりになったこともないのに、ひとりの寂しさや恥ずかしさを恐れていた。

最近はどうだろう。
「猛獣狩りにいこーよ」を6年くらい開催していないが、久しぶりにやったら何か変わってるかな?

と考えてみたが、今の私にはベンガルヤマネコを4セットくらい作れる人数の仲間が思いつかない。
お題が「子(ね)」とか「卯(う)」とか「巳(み)」とかじゃないと開催すらできない。
干支狩りに行こーよ?

つまり私は今、ひとりなんだ。

確かに朝起きてから寝るまで、よし!人に会いに行こ!と散歩に出ない限り、ひとりだ。

最近は、けっこうひとりと向き合っている。
ひとりで朝ごはんを作る。
ひとりで勉強する。
ひとりで散歩する。
ひとりで映画を見る。
ひとりでカフェに行く。
ひとりで京都に行く。
ひとりでブランコにのる。
ひとりで音楽を奏でる。

もとは「誰かと」だった。
ひとりで行動して、やっと気づいたことがある。

私にとって、1番の強敵は、周りの目だった。
なんかみられてる感じがする。
誰もあなたのことなんてみてない、みんな自分のことで必死だよと言われてもピンとこない。
だってみられてる気がするのは変わらないやい!

でも最近気づいた。
周りの目じゃなくて自分の目だった。

自分が人を否定的にみた分、そうみられてるんじゃないかという不安が大きくなる。
自分の目線に怯えさせられていた。

私はまだ自分の目とたたかっている。
私が心からワクワクするものと、大人数でも、少人数でも、ひとりでも、変わらず向き合えるようになるまで。

ひとりは、さみしい。はずかしい。
ほんとにそうかどうかは、自分で変えられる。
気がする。

きっと「干支狩りに行こーよ」もたのしいさ。


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