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堀君のお弁当箱

   堀君のお弁当
                 森本和子
私はお弁当の時間が嫌いだった。キャラ弁が流行っているのに、私のお弁当は、ご飯に乗りを敷いた上に鮭がボーンと乗っていて、そのわきにきんぴらだったり、かぼちゃの煮物だったり、切り干し大根の煮物だったり、そんな地味なお弁当だ。
 お父さんが職人なので、お父さんのお弁当の中身とおそろいなのだ。お父さんは朝早く車に乗って仕事に行く。三人兄弟の末っ子の私は、兄弟の中で一番早起きだ。いつもお母さんと一緒にお父さんをお見送りする。朝の6時だ。お父さんは、お見送りする私の頭をなでて、いつも50円をくれる。まさに早起きは三文の徳だ。
 朝6時に出かけるお父さんの朝食の支度をしながらお弁当も作るので、お母さんも大変だと思う。だから、地味弁にも文句を言いたくても言えない。地味だけど、栄養のバランスはちゃんと考えてくれている。
でもね、学校の給食の時間に食べるには、ちょっと恥ずかしくて、お弁当箱のふたで隠すように食べている。一生懸命お弁当を作ってくれているお母さんに少し後ろめたい気分もする。
 ある時、隣の列の斜め前の堀君のお弁当の中身がちらっと見えた。プチトマトや卵焼き、ピーマンの肉詰めなどきれいな色どりのお弁当だ。思わず、堀君に声をかけてしまった。
「堀君のお弁当きれいだね」
堀君は後ろを振り向いて一瞬驚いた顔をしたが、ニコッと笑った。
「えへへへ、そうかなあ? それほどでもないけど」
堀君が、私のお弁当箱を覗き込んだ。
「薫のだって、おふくろの味って感じでいいじゃん」
堀君に地味弁を見られてしまった。堀君に声をかけたことを後悔した。
「俺さあ、毎日、自分で作ってるんだぜ」
「へえー」
私は驚いた。心底驚いた。小学五年生の男の子が自分でお弁当を作ってくるなんて。しかも毎日。
「えー、すごいね。自分でお弁当作れるんだ」
「うん、俺のお母さん、今、病気で寝ているんだ。だから、俺が自分でお弁当作らなきゃならないんだ。朝ごはんも自分で作るんだよ」
もう絶句するしかない。堀君ってすごすぎる。おとなしくて目立たない堀君が、こんなにすごい人だったなんて。逆立ちしたいくらい驚いた。人は見かけによらないんだ。
「お弁当作るって、結構楽しいんだ」
「へー、そうなんだ」
よし、今度、私もやってみよう。
「かぼちゃの煮物、少しもらっていい?」
「どうぞどうぞ」
 堀君は、私のお弁当箱の中からかぼちゃの煮物を一つまみして口に運んだ。
「うまい。いいなあ、薫。母ちゃんの味がする」
「ありがとう。そうだよね。地味だけどおいしいでしょう?」
「うまい。地味でもないよ」
「そうかなあ。ありがとう。堀君、かぼちゃ好きなの?」
「うん、好きだよ。いためたりは簡単だけど、煮物は苦手なんだ」
「そう、じゃあ、今度、煮物は多めに入れてもらうね」
「うん」
 なんだか、堀君にお母さんの地味弁をほめられたようでうれしくなった。

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