小説・黄砂

NHKのニュースで、今日と明日に黄砂が大量に飛来すると報じていた。
そんなことにはお構いなく、僕らは霊園の芝生に寝転んで、まだ青く澄んだ空を見上げていた。
「なあ、慎ちゃん、結城は今度は本当に帰ってこれるんだろうなあ」
「大丈夫だよ、もうかれこれ100年も中国にいるんだぜ」
100年もいるわけないだろ」
くだらない返答に少し呆れて、僕は空を見たまま答えた。
「だははっ」
慎ちゃんは指を空中でくるくる回したかと思うと手のひらをぱっと閉じて、
「よくこうやって赤とんぼとったよな」
あたかもトンボが飛んでいるように空中をじっとみながら言った。
慎ちゃん、結城、わっくん、僕は小学校からの付き合いで、そこに中学から仲のいい狩野を入れた5人は、今でも時々集まって飲んだりしているのだから、長い付き合いである。

「今日、黄砂来るって聞いた?」
「中国からはるばる飛来するなんて、ロマンあるよね」
が言うと、
「さすが中国だな」
慎ちゃんは感慨深げなふりをして、
「迷惑だけどね」
と続けた。
なにがさすがなのかはわからないが、この男はいつも物事にストレートに感心する節がある。
「わっくんまだ来ないのかなあ」
「あ、さっきラインが来て、中央線を寝過ごしたので遅れますってさ」
僕は慎ちゃんの横顔をチラリとみて、また空に目をやりながら答えた。
「おー、さすがわっくん」
「狩野は?」
「狩野は親父さんのところに寄ってから来るんで夜になるよ」
「そうかあー、じゃああと2時間くらいはこうして日向ぼっこできるな」

芝生に届く日差しは暖かくて、いつの間にか周りを行く人達の服装は薄着に変わっていた。中には扇子で顔を煽いでいる人もいる。昨日と同じ厚着をしているのは僕たちだけだ。繰り返す季節のはじめは、いつも僕たちを置いてきぼりにする。

「あっそうだ」
はスマホを取り出すと、慎ちゃんに画面を差し出した。
結城にさ、小説の書き出し風に送ったんだよね

"今日、君の街を黄色く染めた黄砂が、明日か明後日には僕の街を黄色くする。"

そうしたら、こう帰って来たんだ。

"そしてまたどこかの東の街へ。
やがて君の街にもその黄砂が戻ってくる。よくあることだ、僕たちがいる世界では。"

「だはは、結城らしい」
「行ったら戻るもんな」
「始まりと終わりをきっちり考えるところがさすがだな」
慎ちゃんは、小学生の頃からアイデアマンで、遊びでもお楽しみ会でも新しいものを作り出し、いつもクラスの中心にいた。結城は目立つ方ではないが、自分の意見を常に持っていて、僕たちはその正しい方向が小学生のレベルではないと確信していた。

「おう、」
結城がおおきなリュックを背負って現れた。
「あれ、もう着いたの?」
慎ちゃんが聞くと、
「昼の飛行機で帰って来たよ、まあ、ものの1、2時間だからな、羽田からこっちに来る方が時間がかかるくらいだよ」
そう言うと、慎ちゃんの隣に寝転んだ。
「あー、なんかやっぱりいいな」
青空を見ながら結城が呟いた。
なにがいいんだか気になったけど、なんとなくわかる気もしたので聞くのをやめた。
慎ちゃんがまた空でトンボ取りをした。
久しぶりに中国から帰って来たら、よもやま話もありそうなもんだが、僕たちはただ空を見ながら、いもしない空中のトンボを追っていた。
「ムーミン、みっくん、ごめんごめん、電車乗り越しちゃってさあ」笑いながらわっくんがやって来た。
「結城は?」
「今日中国から帰ってくるからまだか」

この男は、どこを見てそんなすっとんきょうなことを言っているのだろうか。
結城が上半身を起こして、わっくんをじっと見た。
「あ、結城いたのか、早かったな」
「早かったなじゃあないだろう」
「なんで今ここに3人いるのに俺が目に入らないんだ?」
結城が笑いながら言うのが、おかしくてたまらない、慎ちゃんと僕は腹を抱えて笑った。
「いや、そうだな、悪い悪い、がはは」普通に言ったわっくんの言葉がまたおかしくて、3人で笑い転げてしまった。
「は、腹が痛い」久しぶりに腹が痛くなるほど笑った。
ムーミンというのは慎ちゃんの小学校からのあだ名で、みっくんも僕の小学校からの呼び名だ。
大人になるとなんとなく昔のあだ名で呼ぶことが気恥ずかしくなって、僕たちは呼び方を変えているが、わっくんだけは全然気にせず昔のままの呼び名で呼んでくる。

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