見出し画像

【創作大賞2024応募作ファンタジー小説部門】カザン #2

2178年


 
一瞬後、僕はカフェにいた。仮想空間だとは思ったが、実にリアルな空間だ。カフェにいる人々の話し声、食器が出すカチャカチャした音。僕は、ゲームの戦闘服ではなく、チェックのシャツを着ていた。目の前に若い女性がいた。さっきの女性のアバターとは違う、3次元的だが、やっぱりリアルではない女性だ。女性はアーモンドの形の涼しげな目、瞳もアーモンド色だ。肩にかかるぐらいのまっすぐな髪はライトブラウンで印象的だ。
 
アーモンドの瞳が、まっすぐ僕を見つめていた。
 
「ここが2178年よ」
「ここがって、これはリアルワールドじゃないんじゃない?」
「そう、リアルじゃないわ。私たちは生活の大部分をこの仮想空間で過ごすの」
「?」
「知りたい?長いけど」
 
僕は頷いた。興味があった。
 
「じゃあ話す。場所を変えるわよ」
 
また、場所が変わった。
 
アーカイブライブラリーのようなところにいた。僕と女性は並んで大型のモニターの前に座っていた。彼女はスクリーンに向かって、何か複雑な指の動きをした。モニターに動画が映し出された。「動画を見せるわ」と彼女が言った。
 

動画


 
■■■
21世紀半ば、世界は仲が悪かった。
新しいウィルスの世界的な流行が発端だった。このウィルスは、21世紀初頭に流行したcovid19の進化系で、その致死率は高く、全世界の人口を3%も減少させてしまう威力だった。その結果、世界で保たれていた均衡は崩れていった。国力、利権、主義、高齢化、エネルギー、水、気候変動、食料、宗教、民族、人種で問題が大きくなり、もめごとが絶えなくなってしまったのだ。
 
やがて、各地で戦争が起きた。
 
同時多発的に起きた戦争は、終わりがないように思えるほど続いたのだが、いきなり終わった。戦争が自然環境を壊滅的に破壊したからだ。
 
まず、地球全体が乾燥した真冬になった。冬の状態が何十年も続いたのち、今度は高温化した。世界の平均気温は、30℃を超え、東京では冬でも27℃を下回ることがなく、夏は45℃に達するほどだった。このような過酷な自然環境に人々はついていけなくなっていた。そして、この異常な自然環境が、更に強力なウィルスを産み出した。感染すると24時間以内に死を迎えてしまうウィルス。22世紀の初めまでに、世界の人口は一気に100分の1にまで減った。
 
残った人々は、これは人災だと実感していた。どの国もリーダーがミスリードしたせいだと思った。
 
人間はミスをする。
 
しかし、そのミスは許されるものではないミスだった。各国で暴動が起き、昔の戦争を主導したリーダーは糾弾され、そこから脈々と続く政治システムは、市民によって完全に否定された。所謂「革命」が起きたのだ。「革命」は自然環境に影響しない程度の紛争を巻き起こした。つまり「汚い殺人」「暗殺」が多発し、その時点での政治主導者や発言権の大きな人物が挙って、消去された。しかし、その時点で生き残った者達は気づく事になった。みんな処分してしまった後、世界には政治を実践できる人材はほとんど残っていない事を。これは困った事になった。そこで、人々は、最後の英知を結集させ、地球を統括するためのAIを開発した。
 
AIは、最大規模の開発ができる人材と場所が残っていたのは日本だったので、日本で作られた。完成したAIは、HANDANと名付けられた。HANDANの最初の仕事は、地球の生態系の維持と、自然環境の改善、そして、人類の未来への約束だった。
 
■■■
そして、2178年の今、人々は、完全に隔離されて暮らしていた。地球温暖化のため、海面上昇があり、各大陸、各地域でコンパクトシティ化した。地表面の気温が高くて、海水面が地表を占める事が多いため、高さ500mほどの高いビルを何棟も立て、人々は300mより上に居住する事になった。
 
それより下は太陽光発電のパネルで壁面を覆い、建物の最下層部分は海の下にあった。
 
その建物の中で、居住者には全員一人につき1部屋が与えられている。
 
部屋は3つあり、1つは寝室、1つはワークルーム兼リビングダイニング、1つはトレーニングルームだ。
 
「人は、一生この部屋を出ることがない。」
 
仕事は全部、仮想空間の中で行う。画面の中にオフィスがあり、自分のアバターが働くのだ。農業や、工場で行う製造業は、仮想空間でアバターが、農場や工場にいるロボットを遠隔操作して行う。
 
人は、一生素顔をお互いに見せない。すべては、感染リスクを最小限に抑えるためだった。
 
人は、人工授精で生まれ、AI HANDANの管理の下で子育てロボットにより生育される。7歳からは、このような部屋に一人で入居し、生活のすべてを一人に1体供給されているヘルスメーターにゆだねることとなる。ヘルスメーターは、4輪駆動の人型ロボットで、一緒に生活する人の健康管理から食事の手配、時間、労務管理までを行う。
 
ヘルスメーターと、1つの部屋で一生を過ごす。それが決まりだ。この段階で人はHANDANに制御されているとは思っていない。HANDANは間違わないと強く信じているし、HANDANのお陰で生き永らえているとさえ思っている。それぐらい、前のウィルスによる世界壊滅的な被害を人類は忘れず、その恐怖に対する唯一の解決方法がHANDANに従う事だと、信じて疑わないからである。
 
全部を一気に動画で見た。情報量が多すぎて、全くついていけなかった。
 
「こういう事なの、分かった?」
「まあ… という事は、君の今の顔も本当の顔じゃないの?」
「そうよ。本当の姿を見せること自体、感染予防の観点から厳しく制限されているの」
「じゃあ君の名前は?名前ぐらい本名を聞いてもいいだろう?」
「本名なんてないわ。HANDANが人間を統括するようになって、シリアルナンバーだけになったの。アルファベットと数字の組み合わせで13桁の。でも、それじゃアバター同士が呼びにくいから、人間同士はニックネームで呼び合っているわ」
「君のニックネームは?僕はサカキ」
「カザンよ」
「カザン?火山の事?」
「そう、Kから始まる日本らしい名前がいいなって思って付けたの」
「はあ?」
よく分からんセンスだ…
「日本人だよね?」
「遺伝子情報的には、両親とも日本人らしいから」
「何しに、2020年に来たの?そもそもどうやって来たの?」
「質問は、1回につき1つだけ。AI的には無駄な会話になりがちだから。いい?」
「…」
「1つ目、インターネットで時代を遡るのが趣味なの。SNSとか、ワワワみたいなチャット機能付きのゲームとか、スマートスピーカーとか、なんにでも侵入できるわ。あなたたちも知らない人たちとインターネット上で会話したり、画像を共有したりしているでしょう?あれはリアルタイムの人たちだけが参加しているわけではないわ。私たちも参加しているの。ばれないようにしてね」
「…」そんな事あるんだ?
「2つ目、クラウドにあるビッグデータは、時間を遡れるの。肉体は細胞レベルまで分解しないと電子化できないけど、意識はインターネットに乗せられる。私たちの社会は、半ば意識レベルに達しているから、それを使って時代を遡るのは簡単。分かった?」
「…」分かったような?分からないような?
「意識レベルって、どういうこと?」
「HANDANは、殺人ウィルスで世界中の人口が10億人を切った時点で、人間の生存について、検討したの。生かしておいてもウィルスを拡散させるだけなら、いっそ全部死に絶えてしまうのも選択肢なのではないかって」
「人間が全くいなくなった世界… 想像を絶するんだけど」
「19世紀の産業革命以来、ずっと人間だけが地球に迷惑をかけ続けてきたのよ。他の生物は絶滅したり、人間の食糧としてしか生きられなくなったり。その人間を生かしておく必要があるのかって、HANDANは慎重に検討したの」
「で、結論は生かしておくことにしたんだ」
「そう、種の保存と、地球上の生命体のサイクルの維持のために」
「えっ、理由はそんな事なの?」
「そうよ」
「じゃあ、そっちの時代の人間は他の生物と同等の扱いってこと?」
「さすがにそれは難しいので、人間の生存にたくさんのタスクをかけたの。ウィルスが拡散しないようにするために。」
「それで、あんなに背の高いアパートの一人の部屋で、一生孤独に暮らすんだ?」
「確かに一人だけど、孤独ではないわ」カザンは、ふくれっ面で言った。「仮想空間では、色んな人と会えるし、色んなことができるわ」
「でも、リアルじゃない。」
「リアルが必要?」
「リアルじゃないと、自由じゃないっていうか、自分らしくない。」
「自由?あなた、今自由なの?自由って何?」
 
自由って何? 
  
説明が難しい…僕が今自由か?だって? それも分からない。けど、仮想空間は、ちょっと自分らしくないような気がする。
 
「自由は、意志の在り方の問題よ」とカザンが畳みかける。
「意志?」
「つまり、自分の意志で自由は定義できるの。自分が自由だと思えば自由」「まあそれはそうだな。同意するよ」
「同意してくれてありがとう。更に加えてそういう意味で言うと、リアルワールドは自由ではないわ」
「どうして?」
「道を歩いてて、暴走車に轢かれて死ぬじゃない」
「夜中の最終電車で横の酔っぱらいにいきなりゲロ吐かれて、貰いゲロしたり…」
「駐車場に止めてた自分の車にキズをつけられたり…」
「家が全焼したり…」
「もういいよ、分かった。」
「そんなリスクは、仮想空間では起きないわ」
「なるほど。でも、それが自由?」  
「自由って、こういう事よ」カザンがそういうと、いきなりフラッシュした。場面が変わった。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?