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【創作大賞2024応募作オールカテゴリ部門】イマカラハジマル

【あらすじ】
カナコは茨城から上京し、モデルになるべく活動中で、タカシはカナコと地元の高校の同級生で、同じく卒業後上京し、ボクサーを目指している。

【本編】

タカシ、今から渋谷に出て来れない?

今、気がついた。LINE。
夜のトレーニングを済ませて、シャワーを浴びて出てきた。

0:11

遅いだろ。
どうしたカナコ?
電話する。

「タカシィ、今、どこ?」
「家だよ。バイト終えて、トレーニングした後」
「LINE見たでしょう。今、渋谷にいるの。来てくれない?」
「渋谷のドコ?」
「道玄坂の上の方のビルの地下のバー」
「酔っぱらってるのか?」
「…うん」
「カナコ、どうしたんだ?何があった?」
「…」
「もう12時過ぎてる。ウチからはもう電車がなくなる時間だ。行けないよ」
「どうして?タクシー、使えばいいじゃん」
「俺、プロテスト前だって、知ってるだろう?トレーニングに時間をかけたいからバイトする時間が限られてて、今、超ビンボーなんだよ。それに、また明日も朝イチからランニングしなきゃだし。お前に構ってるヒマねーの」
「…」すすり泣く声が聞こえた。
「泣いているのか?」
「タカシ、助けて…じゃないと、私、もう溺れちゃうよ」
「溺れちゃうってなんだ?お前、泳いでるのか?」
「違う。なんか溺れそうで息ができなくなってるの」
「なんだそれ?仕方ない、行ってやるよ。店の名前、教えろ」

僕は住んでるボクシングジムの2階の部屋を出て、ジムのオーナーの富岡さん家へ行き、ジムのワゴンを借りる事にした。

蒲田から渋谷へ

平日の夜中、道は空いてた。ワゴンをコインパーキングに停め、バーのあるビルを捜した。
見つけた。古ぼけたビルの外階段から地下へ降り、バーの扉を開けた。
酒とタバコと汗のすえた匂い。
カウンターの右端にカナコがいた。

「カナコ」
「タカシ、来てくれた」
「ここ、出よう」
「うん」
カナコはフラフラしながらも、ちっちゃいポーチからちっちゃい財布を出して支払いをした。
外階段は僕が支えながら登った。

カナコを助手席に乗せ、パーキングから車を出した。

「さあ、帰ろうか。カナコは今、三宿だっけ?」
「うん」

助手席で、カナコはシートベルトを両手で握りしめ、丸く横たわる小さなネコのようだった。
時々、小さく咳をする。嗚咽なのか?
僕は気にしてないふりを続けて、無言で車を走らせた。

「もう、イヤになっちゃったなあ…」

「自分に嘘つくの…」

「疲れちゃった…」

「負けたくない、負けたくないって…心の声が聞こえてきて…」

「負けてもいいんだよって、言ってあげたい…」

「自分に…」

「カナコ」
「ん?」
「海、見に行こうか?」
「えっ、海?行きたい…どこの?」
「地元の」
「えっ、行く!」

僕らは、首都高の入口に向かった。


東京行ったらさあ
すぐにランウェイ、歩けると思っちゃってたんだよねえ…
みんなにキャーキャー言われてさあ

ムリだったなあ…

落ちるよねえ…ずっと、落ちる

落ちっぱなし

スゲエキツイんだよ、実際

ツライなあ、ツライなあって…

毎日思ってる。

ヤなんだよねえ。
もう…

でもさあ、負けたくないんだよ。
負けたくないの。

でもね、本音を言えばね、ヤなんだよ、もう

ギリだよ、ギリ

つまんでくれないかなあ、誰か、
私の東京の4年間。

つまんでほしい。
デリート、デリート。

神様かなあ?つまんでくれるとしたら?
誰でもいいから、デリートボタン押して欲しい

やり直したい。ハジメから


昨日ねえ
トモダチに誘われて、仕事しに代官山に行ったんだあ
トモダチっても、そんなに仲が良い訳じゃないんだけどね
オーディション会場でよく会う子
撮影の仕事だって言ってねえ
ギャラがスゴク良いの、だから
行ったら下着のカタログの仕事だったんだ
仕事の内容はまともだよ。ちゃんとした下着のカタログ

でも、現場に合わない感じのおじさんがいて…
カメラマンの人とかはねえ、変な人じゃなくて、大丈夫なんだけど…
何か、イヤなんだよね、合わない感じのおじさん

大体さあ、おじさんに下着姿見られるのって、イヤじゃない?
別にさあ、やらしい媒体の仕事じゃないんだよ。ちゃんとした仕事。通販だけどね…
でもねえ、そのおじさんがイヤだったの。何か知らないけど、キツイ。仕事だと分かってるんだけどね
腹括ってるつもりなんだけど、やっぱ私、甘いんだろうなあ
イヤなの。でも、たぶんそのおじさん、エライ人なんだよ、きっと。プロデューサーとか…

でね、仕事だと思ってガマンして、何個か写真撮ったの

そしたら、そのイヤなおじさんが私に言ったんだよ
「君、スタイルイイね。もっと攻めたアイテムを着てみてくれるかなあ?」って
別によ、全然エロい感じで話しかけてきた訳じゃないんだけど…
何かイヤでね。おじさん見てたら、涙が急に出て来て…
涙だけがドバドバ出てきて…
鼻水もダッラダラで…
「イヤです」って、言えばいいだけなのに…

ねえ、タカシ、聞いてる?

「聞いてるよ」

眠い…

「そうだろうな。後ろに行って寝なよ。オレのダウン被ってさ」

うん

カナコは後部座席に這いつくばるように行った。
運転席と助手席の間を通る時、カナコのミニスカートは盛大に捲れ、白いパンツが見えた。

「うわあ、見ないでよ」

「見てねえよ」

暫くすると、カナコの寝息が聞こえてきた。

車は常磐道を北へ。
地元の海へ。


海には夜明け前に着いた。
僕らの地元の海。見慣れたいつもの海だ。

カナコは後ろで寝ている。
僕は運転席に座り、海を見渡せる駐車場に止めた車のフロントガラスから朝日が昇るのを待っていた。

「着いたの?」
「ああ、着いた」
「真っ暗だね」
「もうすぐ夜が明ける」

「なんか、スゴイユウウツ」
「どうして?」
「こんな気分で、地元に帰ってきたくなかったから」

「カナコ、良い事教えてやろうか?」
「良い事?何?」
「おまじないだよ。」
「おまじない?どんな?」

「イマカラハジマル」
「イマカラハジマル?」

「そう」
「何のおまじないなの?」

「カナコは車を走らせている時、ずっと話してたろ?」
「うん、しゃべった」
「言葉って言うのはな。声に出してしゃべった瞬間に過去になるんだ。分かるか?」
「ええ?何、分かんない」
「今から1時間前は、未来か、現在か、過去か?さあ、どっち?」
「過去」
「じゃあ、1分前は?」
「過去」
「1秒前?」
「過去」
「そう、全部過去だ。1秒前だって過去だ」
「そうだね」
「だから、カナコがしゃべってる時もしゃべっている最中、ずっと時間は進むわけだから、しゃべってる内容は、声に出した瞬間にどんどん過去になっているんだ。分かる?」
「なるほど」
「過去は取り返しがつかねえ。過去に起きた事はやり直しがきかねえ。そうだろう?」
「やり直しが出来たらいいのにね」
「出来ない事は知ってるだろ?」
「うん」
「じゃあ、取り返しのつかない事をくよくよ恨んでてても仕方ねえよ。全て、終わっちまった事だ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「精一杯の力を込めて、今を生きるのさ」
「今を生きる?」
「ああ。人間はな、どんなに科学が発達しても、技術が進歩しても、どうやっても未来には行けない。1秒前だって無理だ。分かるよな?」
「うん。でも行けたらいいのにね」
「そりゃ、行けたら最高さ。でも、行けない。人間の一番早い瞬間は「今」なんだよ。「今」より早い瞬間はない。でな、「今」は瞬間で終わり、そこからはずっと過去になっていく」
「一番のブランニューが「今」なんだね?」
「なんだ、それ?よく分かんないけど、そうなのかな?まあ、いいや。一番早い瞬間が「今」である事は間違いないとして、「今」が人間が未来に近づく一番早いタイミングだと分かるかな?」
「ああ、何となく分かる。「今」の1秒前が未来なんだもんね」
「そう。分かってきたね」
「だから「今」が大事なのね?」

朝日が、正面から昇ってきそうになっている。
水平線から30センチぐらいの空が、最初は白く、そして徐々にオレンジに輝き始める。
そして、水面の近くのオレンジ色は深みを増し、それより上は、金色に輝く。
やがて、僕らのフロントガラス一杯に朝日が顔を出してきた。

「朝日って、夕焼けより濃いね」カナコが言った。
「今日は特別なんじゃないか?」
「何で?」
「今日から始めるからさ」
「そうか。イマカラハジマルだね」
「そう。今が未来に人間がくっつける一番近い時間なんだ。だから、今を大事にして、刺すような痛みに耐えて、ヒリヒリする感覚を研ぎ澄まして、精一杯生きる。そしたら、きっと、未来は変えられる」
「過去は気にせず、でしょう」
「そう。終わった事を悔やむヒマはないんだ。分かった?」
「うん」
「イマカラハジマル」
「イマカラハジマル」

「ねえタカシ、外に出て、海の近くまで行かない?」
「ええっ?寒いよ」
「いいじゃない。私、泳ぎたいの」
「泳ぐ?凍死しちゃうよ」
「死なないわよ。だからお願い」
「何で泳ぎたいの?」
「さっきまで、溺れそうだったから」
「今は?」
「どこまでも泳いで行けそうな気がしてる、だから…」
「仕方ないなあ。でも水着がない」
「いいじゃない、このままで」
「えっ?このまま?そしたら服が濡れて、上がってきた時にムッチャ寒いよ。着替えもないし…」
「上がってきたら、そのまま実家に向かえばいいわ。そして着替えて、朝ごはんをそれぞれの家で食べて。ここからなら、タカシの家でも私ん家でも、車で5分の距離じゃない」
「分かったよ。じゃあ、泳ごう。でも、ちょっとだけだよ」
「いいわ、ちょっとだけ」
「じゃあ行こう」

僕らは水に浸かり、泳いだ。
海の上は冷たい風が強く吹き付けて、まるで氷の礫が顔に当たってきてるような寒さだったが、水の中では風は吹かない。
むしろ、水の中の方が温かく感じられるぐらいだ。
しかし、真冬の太平洋の海だ。波は高く、うねりは大きい。
長くはいられない。すぐに僕らは水の中から出た。
服が体に張り付く。濡れた服に冷たい風が容赦なく吹き付ける。
「死んじゃう」カナコが言った。
「死にたくない」僕が言った。
二人で笑いながら、車に走った。

車に着くと、エンジンをかけて、エアコンを最大にした。
それから、お互いに濡れた服を脱いで、裸のままで上着を着た。
カナコは僕のダウンを取った。
「何するんだ?俺が着る物ないだろう?」僕が怒って言った。
「私のフリース着ればいいじゃん。ビッグサイズだから着れると思うよ」
仕方なく、僕はカナコのフリースを着た。確かに着れた。でも、断然僕のダウンの方が暖かい。
「行くぞ」僕はそう言い、カナコの実家を目指して車を出した。
カナコの実家は海に近い。僕の実家は、それよりもちょっと駅寄りだ。

「カナコの家に着くぜ」
「そう、ありがとう。タカシ、もう一つお願いがあるの」
「まだあるのか。何?」
「家帰ってね。着替える時、高校の時のジャージーを着て欲しいの」
「何で?」
「だって、それしか、今のところ私たちのお揃いの服がないでしょう…」
「カッコ悪りいペアルックだなあ。ダセえよ」
「ダサくてもいいじゃん」
「何でよう?」
「これもイマカラハジマルだから。ね、ペアルック」
「しゃーねえなあ。着てやるよ」


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