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【創作大賞2024応募作ファンタジー小説部門】カザン #5 最終話

「今から私が話す事は全部事実で、あなたの未来を先に伝える事になる。それはHANDANには受け入れられない事。だから、これがHANDANにバレたら私のLPは無くなる。『意識』にもなれない」
「じゃあ、話せば、君は35歳で死んじゃうという事?」
「そうよ」
「それは、どうなんだろう。僕に抱えきれるのかな?」
僕の未来が、今分かってしまう。怖いけど聞きたいような…でも、カザンの命の保証は難しい。
「お願い。私もリアルに生きたいの」
「分かった。僕は何をすればよい?」

カザンは黙って僕の目を見た。アバターの僕の目に真剣さが宿るかどうかなんて分からないし、自信はなかったが、出来るだけ真剣である事を伝えようと心の中で努力した。

やがて、カザンは話し始めた。
「いい?よく聞いてね。あなたは、今の大学でずっと、データベースを研究し続けて、何と38歳でノーベル賞を取るの」 
 
僕が、ノーベル賞?! 
 
「こないだの高崎君と共同研究でね」
 
えっ!高崎と!共同で!何という…(絶句…)
 
「あなた達の研究は、スーパービッグデータの構築についてなの」
 
「そうなんだ…」
僕はITを学び、儲かりそうなベンチャービジネスをクリエイトするつもりでいた。しかし、データベースについては何の志向もなく、興味もない。本当なのか?大体、高崎とこれからも一緒なんて、今は考えも及ばない。
 
「あなた達のスーパービッグデータが、私たちのHANDANのベースになっているの」
 
えっ?! 
予想を超える展開!
確かにHANDANは、日本人が作ったと言ってた。もしやHANDANのデータベース構築の基礎を築いたのは僕と高崎なのか?
 
「つまり、僕にお願いっていうのは、高崎と組んでスーパービッグデータを作るな、って事?」
「そうじゃないわ。HANDANはいつも正しいもの」
「じゃあ何をすればいいんだい?」
「私たちは、『意識』をネット上に乗せることができる」
「それは知っている。僕も君の時代に連れて行ってもらった」
「その時にも説明したけれど、私たちの技術をもってしても未だに肉体をネット上に乗せる事ができない」
「それは現実的に可能なのかい?」
「理論的には可能。細胞の一つ一つを電子化すればいいの。でネットに乗って、この時代に来てから、再度一つ一つの細胞を組み直す」
 
できるのか?
肉体は、どうしようもなく固体だ。僕は頭が固いのか?
 
「私たちは、細胞を電子化するまでの技術はもう持っている。でも、再度組み直すのが上手くいかないの」
「同じ人間には組み直せない、という事だね?」
「そう」
「それは、僕の時代では到底抱えきれないな。大体、僕に何ができるのか、全く見当もつかない」
「今は無理でしょうね。でも、この考え方もあなたと高崎さんがやがて理論化するのよ」 
 
えっ?!
それも、想定外?!僕は何者なんだ! 
 
「お願いは一つ。私は今19歳なの。35歳に死ぬのだとしたらあと16年」 
 
16年?そりゃ、決まった人生だとしても短すぎるだろう… 
 
「この16年の間で、細胞再生理論を完成させてほしいの」
「そしたら、君はネットを伝ってHANDANに影響されずにリアルワールドを生きる事ができる」
「そういう事。できる?」
「できるのか?分からない。でも、やがてノーベル賞を取るのだったら、頑張ってみるよ」
「あなた達の理論の名前は、ボディメーカー理論」
 
ボディメーカー…  もっともなネーミングだ…
 

2020年8月


 
■■■
8月、暑い。7月までの肌寒さは何だったのだ?
 
東京は今日も36℃。
 
家賃をケチったばっかりに古めかしい1ルームマンションに住んでいる僕には耐えきれない暑さだ。部屋にエアコンは1台っきりで、しかも、ベランダの室外機は、この世のものとも思えないような騒がしい金属音を出す。そして、大騒音の割に恐ろしく冷えない。
 
高崎からLINEが来た。明日は飯田橋のあの店が朝から特日だそうで、朝イチからパチンコ屋に行く約束をした。
 
高崎には、本当の事を話した。カザンにも引き合わせた。
「それなら、俺も頑張るよ。ボディメーカーだか何だか分からんし、今は全く思いつきもしないけど、サカキと俺で何とかしてみるよ。だからさあ、俺にも大当たりを連発させてくれ。」と、彼はカザンに言った。
カザンは、「上手くいきそうだと私が思えるのなら、やってあげてもいいけど、パチンコ屋に入り浸るだけなら、やってあげない」と答えた。
すると、高崎は今までの行動を一切改め、(その1)授業に出るようになり、(その2)パチンコ屋に毎日出かける事はなくなり、(その3)一日中パチンコ屋にいる日も少なくなっていった。それで、10日に1回は大当たりを連発する日を作ってもらえる事になった。
高崎は10回に1回は少ないとカザンに申し立て、条件交渉をしようとしたが、その交渉は未だ妥結点が見いだせていない。でも、ボディメーカー理論の構築には前向きな姿勢を見せており、「サカキの子孫のお願いじゃあ、仕方ないじゃん。二人でやってみようや」と言い、彼が作ったギャンブル研究会の部室はそのまま「ボディメーカー研究室」化し、授業がない時間は僕と高崎はこの部屋に籠り、相談を重ねた。相談を重ねた?決して研究段階でもないし、二人とも何もアイディアが浮かんでいる訳ではないので、ただ話をするだけだ。しかし、そうして話していくうちに、僕は高崎の閃き力を感じ始めていたし、高崎は高崎で、僕の話を真剣に聞くようになった。
 
しかし、彼は楽天家だ。浮世離れしているし、僕は相変わらずNOアイディアのままなので、果たしてボディメーカー理論にちゃんと辿り着く事が出来るのかは、分からないし、若干悲観的だ。 
 
カザンは相変わらず僕のデバイスのどこかにずっといる。スマホなのか、スマートスピーカーなのか、PCなのか、スマートウォッチなのかは分からないのだが、絶えずどこかから僕を見ており、僕のデバイスを通じて、高崎の事も見ている。
 
研究室に僕と高崎が二人だけでいて世間話をしているような時は、大体、カザンも一緒に話をしている。真面目な研究の話には全く入れないので、カザンは出てこない。彼女はその辺の配慮はするようだ。しかし一方で、くだらない話をしている時は、カザンは絶対に姿を現す。その辺のきゅう覚にも驚かされる。姿を現す時は、今ではもう高崎の前でも3Dホロスコープで現れる事が日常的になっており、最初に高崎が、等身大のカザンの姿を見た時のリアクションが忘れられない。高崎は、等身大のカザンに「初音ミク」の動画を見せ、「これを歌って下さい」と真面目な顔でお願いしたのだ。カザンは「すぐには歌えないので、その動画をコピーする」と答えて、その場は終わった。翌日、研究室でカザンが姿を現した時はビックリした。コスチュームは勿論、髪型まで初音ミクを再現していた姿で現れたのだ。そして、すぐにイントロが流れ出しカザンは「千本桜」を歌い上げた。その時、高崎は完璧なオタクダンスを披露し、コールもバッチシだった。いつもくだらない話は、往々にして長い時間続く。そして、みんなで笑い合っている。ボディメーカーは、僕の頭の中にまだ片鱗も見せてくれない。それはこれからの色んな勉強や経験を積んだうえでないと閃かないんだと思う。
 
だから、今のところの僕は高崎と、けんか別れしないように良好な関係を続け、カザンと仲良く暮らす事しかできていない。でも、それが大切な事なのだと思っている。

 

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