タイトルのままである。腹が立つ。見るたびに萎える。中途半端に拭いた水回り、明日こそ自炊しようと決めた証のフライパン、絶妙に手の届かない洗濯機の下。全てが嫌になる。焦ったく這いつくばる癖に、出自はいつも何処やら姿を隠しやがる。 最初は外に逃したものの、3匹目から塩をぶちまけるのが茶飯事になった。てめえ如きでも苦しんでもらわねば気が晴れない。6匹目からはどんな姿も忌々しくトイレに流すようになった。キッチンとユニットバスが近くて唯一良いと思った。 てめえの後を引くような不快さは
同郷生。バ先にいた冒険少年のようなパイセン。ずっと一緒だったクラスメート。ひで↑おって訛った呼び方をしてくる、昔からの奴ら。自分が好きな自分と、一緒にいてくれた奴ら。 運がいいことに、続けてそんな奴らに会うことがあった。話しては時間を振り返り、懐かしい名が出ては今に戻り、過ぎた距離に驚いては、変わらないお互いに安心を覚える。保存したかのような穏やかさの中で、時計の針だけが忙しなく動いていく。 始発の銀座線。電車に揺られながら、認めることのできた自分がいたことを、隣に座る奴
どこに行っても落ち着かない。ここから離れたいって思っては、どこに行きたいとかも分からない。 教室は絶対入りたくなくて、広々とした共同学習室に浸ってすぐに出る。図書館に入っては静けさが落ち着かなくて、背表紙を追うくせに読むのが怖い。 休学して約10ヶ月。教室で机を囲まなくなってちょうど1年。7月の暮れ。学校に来ると、蝉と葉の音しか聞こえなくなっていた。ねばっこい湿気か服が重い。こんな暑いというのに、肩に食い込むナップザックの中には傘が必須。東京ドーム何個分あるか分からん校舎の