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『キケロ』と、ヨーロッパの近代って何なのか問題

今回の課題本『キケロ』(ピエール・グリマル著)を読んで、初めて知ったことがたくさんありました。

箇条書きにするとこんな感じ。

・キケロは、紀元前106年のローマに生まれた政治家で弁護士で哲学者。

・当時のローマは、ギリシャの影響を受けて発展した大国。「古代のあの辺の地域」だからといってギリシャ・ローマとひとくくりにしてはいけない。

・当時のローマは共和政の国。共和政とは、君主制(=執政官)×貴族政治(=元老院)×民主制(=民会)という権力の三つ巴から成る政体。これがカエサルらの登場で元首政へと移行していく。

・キケロは、共和政の最後の時代の政治家。複数の権力が拮抗する混合政体こそが、最もバランスがとれた形だとして一貫して共和政を擁護し、元首政に反対した。権力が一か所に集中することは、必ず腐敗か堕落を生むと考えた。

・キケロが哲学において主張したのは、哲学には「美しさ」も重要だということ。キケロは弁護士でもあり、巧みな演説で有名だった。裁判の行方はしばしば弁護士が駆使するレトリック(言葉の修飾、表現の工夫)の巧みさに左右された。この経験から、キケロは哲学においても雄弁さを重んじた。プラトンがレトリックをまがい物として退けたのとは対照的である。

・とはいえ、プラトンをはじめとするギリシャの哲学をラテン語散文のなかで何度も取り扱うことで後世に伝えたのもキケロである。その影響力は大きかった。

・キケロをはじめとするローマ人たちは、名誉を何よりも重んじた。死してなお永遠の生を得るためには、名を残すしかなかった。

さらに、訳者あとがきの「キケロ学の不成立について」が大変面白かったです。

キケロや古代ローマがどのようなものだったかではなく、なぜキケロや古代ローマは後世の私たちにとって身近ではないのか(=キケロ学が成立してこなかったか)を論じています。

箇条書きにするとこんな感じ。

・キケロや古代ローマは、ヨーロッパでは「ヒューマニズム」の源泉として繰り返し参照されてきたが、日本ではかなり影が薄い。一世代前の古代ギリシャばかりが持ち上げられてきた。

・なぜかというと、日本は明治以降の近代化を、ドイツをお手本としてきたからだ。ドイツこそは、近代化の目標としてどの国よりも古代ギリシャを重んじ、古代ローマを軽んじた国だった(研究者はこれを「ギリシアの暴虐」と呼んだ)。

・なぜドイツはギリシャだけを評価したのか。その理由は2つ。

①ドイツ国民には「普遍的、絶対的なものへの志向」が常にあったこと。だから西洋文明の始原であるギリシャを理想とし、次世代のローマを亜流として下に見た。

②ドイツが他の国と比べて「近代化に出遅れた」こと。ヨーロッパの近代化は15,6世紀のルネサンスから始まった。ルネサンスは停滞した中世から脱出するために、ローマを含む古代の知恵を再評価する運動である。しかし18,9世紀までヨーロッパにおける「後進国」であり、遅れた近代化が始まったドイツは、より純粋なルネサンスとして「始原であるギリシャこそ至高」という極論へ舵を切った。

・こうした①普遍性への思考と②近代化コンプレックスから発生した「ギリシアの暴虐」は、ドイツ古典主義の作家や哲学者たち――ゲーテ、ヘルダーリン、ハイネ、ニーチェらの思想へと流れ込んでいった。

・だから、同じように後進国だった日本は、お手本であるドイツの「ギリシャ>ローマ」図式を受け継いだ。

たしかに、現代の日本の人文書においても、ギリシャのプラトンやアリストテレスに比べて、ローマのキケロやセネカって影が薄い印象があります。自分の歴史の理解には、こうして無意識にすっ飛ばしている時代や領域が他にもあるんだろうなあと思いました。

さて、今回『キケロ』を読んで、「ヨーロッパの近代って何なんだろうな~」とぼんやり考えました。

最近自分が読んでいるドストエフスキーは、19世紀後半のロシアの作家ですが、作品はまさに「近代の入り口でもだえる」当時の人間を描いています。農奴制が廃止され、資本主義が本格化し、キリスト教の権威は薄れ、都市に人々が殺到した時代です。ロシアもまた、ドイツや日本のように近代化への道を慌てて追いかけた国でした。登場人物たちが社会との摩擦に苦しみ、それでも純粋な魂に憧れる姿は、現代に生きる私たちに直結していると思えます。

いっぽう、ヨーロッパ先進国として近代化を先導したのはイタリアやイギリス、フランスといった国々です。そこで科学が起こり、宗教改革が始まり、フランス革命に至って産業革命が勃発し…という流れです。

しかし本書によれば、近代化は単線的に文明が進歩した結果ではなく、古代復興=ルネサンスという断絶から開始しています。その過程で、ある時切り捨てられたり、いろいろと改変・編集しなおされて生み出された思想や文化があるのだと思います。特に古代の思想とキリスト教には大きなハサミが入れられたことでしょう。

平たく言うと「アイデンティティの練り直し」みたいなことですが、そのときいったい何が起こったのか。具体的には、思想-倫理(心?)-社会はどう変わり、近代そして現代を準備したのか。なぜドストエフスキーの描いた近代人はこんなにもだえているのか。

『キケロ』でいくつかのヒントを得ることができましたが、この辺が引き続き考えていきたいところです。

(ちなみに、ここまで書いて、僕はフーコーの『言葉と物』のようにエピステーメーについて考えたいんだと気づきました。『現代思想入門』で千葉雅也がまとめた例を借りると、ルネサンスの次の時代である17,8世紀と19世紀の間にも境界がありました。19世紀以降、分類を主とする〈博物学〉が、目に見えない機能を探究する〈生物学〉に変化したように、思考と事物が一致しない時代になった。こうして考えると、ルネサンス以降もまた一本道ではなく、何度かのさらなる断絶、改変、編集があったということになります)

次回の本は『じゅうぶん豊かで、貧しい社会』を提案していただきました。

われわれはアラサーなので、「貧しさ」について考えざるを得ない場面がこれからの人生でもたびたび訪れることでしょう。

次のかなめさんのテキストでは、本を読んで考えた、かなめさんなりの「貧しさとは何か」について触れていただければと思います。

(全然違う本になったら無視してください!)

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