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朔夜 すべては私の掌に 第一部 常立

 

第一部   常立(とこたち)二十二~三十七

 二十二

 朔夜様が駆るZX14Rが、ゆっくりと抜き去っていく。スモークシールドで表情は見えない。けれど、微笑まれていた。その小さな背も、楽しまれている。ポルシェのスピードメータは二百キロ。やれやれ。

 母が全てをお伝えして他界した翌日、
「五瀬、そなたの術を教えよ」と言われた。
 防人を見つけ側に置くまで、朔夜様をお守りするのは侍従の役目。そう父に命を受け、柔術、剣術、弓術は身につけていた。
「防人が来るまで、私がお守りします」と、お答えした。
「けれど、負けた。此度は私も戦う」
「わかりました」
 その日から、お相手をした。柔術で、朔夜様の体がまるで違うつくりだと知った。剣術でその速さの違い、弓で筋力の違い。全ての術で、視力や聴力、そして判断の速さも、常人のものでは無いことを思い知らされた。
 一ヶ月も経たぬ内に、全ての術で私を凌駕された。その後は、心肺も鍛えておきたいと、富士を駆け上がることを日課とされた。足では追えず、ポルシェを使った。明はそのトレーニングで、朔夜様の洗礼を受ける。
 明には、ボクシングの相手を。躊躇して、いいかげんにジャブを出した明の手をとり、投げられた。十メートルあまり宙を舞った明は、全身を強く打って気絶した。
「死んだか? 」急いで介抱する私の背に、朔夜様の怒りに満ちた声。
「大事ありません」と、振り向いてお答えする。すでに館へ向かわれながら、
「防人たちに、私のことを話しておけ」と、振り向きもせず、お叱りを受ける。
 夜織が加わる。夜織は空手三段の腕前を持っていた。朔夜様の所望は、二人一緒の手合わせ。二人に、けして手加減してはいけないと諭す。
 手合わせ。
 いきなり、夜織の直線的な跳び蹴り。はだし。夜織なりの気遣い。顔に近づく足の軌跡を読む朔夜様。寸前、交わす。その速い動きについていかない髪だけはじく夜織の足。
 蹴りを交わし、体勢が崩れた朔夜様に走り寄る明。滑り込んで足を払おうとする。足がかかる。朔夜様の体が宙を舞う。しかし、逆さの姿勢で腕を付き軽々と一回転。その速さに二人は呆然。アイコンタクト。姿勢を立て直す一瞬の間。
「攻撃の方向を変えよ! 」予期せぬ朔夜様の指示。二人の防人に向ける表情。微笑まれていた。楽しまれている。
 それから一時間あまり。朔夜様は二人のあらゆる攻撃を交わされた。無限に思えた二人のスタミナが限界と見ると。
「明日からは、一人ずつ攻撃の術を教えよ」と指示。崩れ落ちる明と夜織。
 やがて加わった彦火には、
「そなたの使う、この世の出来事を知る手段を教えよ」と命。
 館の一室に、彦火の指示でそろえたIT機器を据え、すぐに始める。ディスプレイを見詰めてキーボードを弾く朔夜様。時折横顔の赤い目が輝き、遠目の背も弾まれている。楽しまれている。三日後には、『全てをお伝えしました』と、憔悴した彦火。一睡もしていない。
 ZX14Rを駆るライダーの攻撃を受けた翌日。怪我をした一人が残していったバイクに朔夜様が目を止めた。
「明、これの駆り方を教えよ」との命。
「はい。これは、我が配下の勝四郎が得手(えて)です」と、明。それから数日、勝四郎とともにツーリングに出かけ、今夜は朔夜様のご要望で首都高速を数周お伴してからの帰路だった。

 夜明けの河口湖線下りで、朔夜様のZX14Rが、先頭に出てしまった。すぐに明の隼、少し遅れて夜織のVmaxがつづく。遅れまいとシフトダウン、アクセルを踏み込む。
「お守りする方なのに、我らの誰よりも強くなられてしまいましたな………」と、助手席の彦火。狭まる視界の正面に、赤く朝焼けした大きな富士が現れた。

 二十三 
 
 朔夜様の御伴をし、樹海を進む。
 朔夜様の進まれる先に、道など無い。凹凸の激しい火山岩の大地は樹木が覆い、その根が縦横に張る。車椅子では一歩? も進めぬ荒々しい領域。しかし、朔夜様の歩まれる先の木は避け、足下は根や枝葉が瞬時に平地を作り出し、従う私も車椅子を揺らすことなく通してくれる。振り返ると、私たちの通った後は元の樹海に戻る。
 巨大な溶岩樹形の穴。朔夜様は中へ飛び込む。特に指示は無い。私は待つ。約一時間。背後に気配を感じ振り向くと、朔夜様が佇む。微笑まれている。そして、樹海を戻られる。理由など、伺わない。
 その日も御伴をした。穴の前で待つ。二時間を過ぎる。異変があれば、御伴の意味がない。初めて穴を覗く。暗く、深く、何も見えない。『朔夜様』と声をかける。答えは無い。
 誰かを呼ぼうと携帯を取り出す。圏外。それに、ここには誰もたどり着かない。待つしかないことを悟る。今まで気にならなかった、虫と鳥の音に包まれる。
 雨が降り始める。電動車椅子は雨に弱い。ポケットからポンチョを取り出し、車椅子ごと被る。
 ふと、自分の姿を顧みる。雨は凌げるが、不意の攻撃に対処できない。ポンチョを脱ぎ捨てる。しばらくして、バッテリーがショート。コントローラーのランプが消える。移動の手段を失った。
 日が暮れる。雨は上がったが、車椅子の電源はダウンしたまま。補助ライトは無い。迂闊だった。空にはまだ厚い雲。次第に闇に包まれる。初めてクロスボウを取る。同時に背後に気配。コントローラーに手が行く。動けない。朔夜様ではない。気配が近づく。緊張が高まる。
 周囲は闇。目を閉じ、視力以外の感覚を研ぎ澄ます。背後からの歩む音。その間隔や樹海を踏みしだく音で、そのものを想定。重く、ずれた二足づつ? すると、大きな四つ足。嗅覚に生臭い呼吸臭。人ではない。大型のほ乳類。ここでは………いや、何であれ、そいつに敵意は? うなり声。ある。
 背後三メートル。止まる。ゆっくりと降り向く。闇に二つの目。怒りを感じる。力をためている。飛んだ。対応出来ない。クロスボウも狙えない。
 瞬時にベルトを外し、車椅子から前方へ落ちた。重く鈍い衝突音。飛びかかったものは、車椅子に組み付いたよう。幸い、標的が分離したことを理解していないよう。
 落ちた時、クロスボウを失っていた。車椅子に付けていた多くの武器も、手に無い。気づかれたら、頼りは身一つ? いや、私は半分か。
 しばらく、雄叫びと破壊音がつづいた。やれやれ、私の愛車は全損か。その間に、近くの木の背後まで這った。音が止まる。闇に目をこらす。光る目が、こちらに向いていた。しかたない、そいつと第二ラウンドか。両腕を回す。筋力だけは負けまい。目を閉じる。
 来ない。無駄だと知りつつも、目を開けてしまった。周囲の情景が網膜に写る。見上げる。雲間から、眩しいほどの月明かり。よし、視力も味方に。
 月明かりに照らされたそいつは、後ろ足で立ち上がった。二メートルを有に超す黒い熊。だが、視線が私に向いていない。ゆっくり前足を降ろし、向かう先に小さな人影。朔夜様。動けない。咄嗟に、全身の力を振り絞り雄叫びした。こっちへ来い! 
 不覚。緊張と声に力を使い果たし、一瞬ブラックアウト。再び戻った視界には、朔夜様に頭をなでられ、樹海へ消える熊の後ろ姿。良かった。朔夜様さえ無事ならば、何でも受け入れる。
 全身が脱力し、俯いている私の前に来られた朔夜様が、
「すまぬ、帰ろう。おぶされ」と言われた。目の前に朔夜様の小さな背。下半身は縮んでいたが鍛た上半身で私の体重は百キロを越える。しかし、御指示に従う。なんとも軽々と宙に浮く。驚きよりも幸福感で満たされた。

 館への帰り道、朔夜様の背でお話を聞く。
「あれも防人なのだ、眉月(まゆつき)という」との言葉。感じてはいたが、理解出来た。武器で傷つけなくて良かった。
「あの穴は、私の母だった。古に、富士の噴火で溶岩に埋もれ、ああなってしまったが、母はまだ、そこにいる」何も尋ねぬ私に、朔夜様は話された。
「時折、ご判断を仰ぐ。今日は、お答えが、なかなか聞けなかった」
「………どのようなことをお尋ねされたのでしょう」思わず伺っていた。
「ここは結界。この場にいる限り、私は死なない。しかし、ここでは生めぬ。生むために、ここを去る許しを請うた」
「お答えは」
「無かった」月明かりに照らされる樹海の道は、胸を締め付けるほど沈黙していた。

 二十四

「刺客は、小川組という暴力団から依頼を受けたものたちでした。最近、都下の街で勢力を伸ばし、指定暴力団となった組です。構成員は約百人。配下に、暴走族、鵺(ぬえ)もかかえていました。常立(とこたち)は、誠司という組長を宿主にしているようですが、憑依体らしきものは特定できませんでした」解放したバイク乗りたちを尾行して得た情報を、勝四郎が報告した。
「そうか………明、憑依体は、宿主のどこかに隠れるくらい小さなものということになる。イザナギさまの兄弟が地に降り立つためには、人以外の生き物の体を借りねばならない」自分が以前聞いたことを、五瀬がみんなに説明してくれた。
「ならば、憑依体からの直接攻撃は考えにくい。我々の敵は宿主の小川誠司だ」
「サクヤという名の女性の連続殺人事件も、その組員たちと、警察側も掴んでいます。しかし、見つけた実行犯たちはすでに他殺されていて、捜査が攪乱されています」彦火が警視庁の情報から報告した。
「敵は分かった。その戦力や装備は? 」と聞く。
「組員約百人に配下だった暴走族の残党がせいぜい二十人、多く見積もっても総勢百三十。装備は大小の刃物と少数の拳銃が基本ですが、ネットの裏取引で、海外から自動小銃を大量に密輸入したようです。その為に、小川組がこれまでに貯め込んだ資金は、かなりはき出しています」彦火がネット上で得た情報を答えた。
「密輸先と火器の種類は? 」
「アフリカ諸国の内戦収束であふれた武器を、買い集めた中東の武装集団から買い付けたようで、小銃はAK47カラシニコフが中心のようです」
「………ヤクザの抗争どころじゃなく、本格的な戦闘の様相になる」と、勘兵衛が呟いた。勘兵衛は、元陸上自衛隊員。
「こっちの装備も、その情報に合わせて出来るだけ拡充した………火器は無いが」と、五瀬が言った。
「………で、攻撃してくる期日は? 」続けて彦火に聞く。
「三日後。小川組の名で、大型バスを二台借り入れました」彦火が答える。
「ちっ、新月か。天気も良さそうだな。夜襲か? 」と、夜織が言う。
「夜は朔夜様が館で休まれる。我々も警備に集まっている」五瀬が口を開いた。
「しかし、ここへは入り込めないはずでは? 」勘兵衛が五瀬に聞く。
「そうだ勘兵衛。ここは結界。朔夜様か私たち以外はたどり着けない」と、五瀬が答えた。
「敵なりに、策があるのだろう」と、自問。
「気になる情報があります。小川組の幹部で、以前、鵺(ぬえ)のヘッドだった卑墨という男の知り合いに現役の自衛隊員がいて、盛んにメールのやりとりしています。文面に『M2改を十台よろしく』と。M2改とは、アメリカ製の火炎放射器で、陸上自衛隊の装備です」彦火が言った。
「ふん、森を、館ごと焼いちまおうってことか!」夜織が怒気を含んだ言葉を吐いた。
「結界でも火事………山火事のようになるか? 」五瀬に聞いた。
「はい………富士の噴火で、ここも何度か焼かれました」五瀬が答えた。
「撃って出ましょう」ひとときの沈黙を、勘兵衛が破った。
「もともとそのつもりだった」と、みんなの表情を確認しながら答える。
「そうだ明。待ってなんかいられねぇ! 」夜織が、みんなの意志を明るい声で代表した。全員が大きく頷く。
「敵を引き付けた上で、撃って出る」
「それはいいが、敵の標的は朔夜様だ。我々の誘いにのるか? 」彦火が言った。
「撃って出る中心に………朔夜様にいていただく」場の雰囲気が一気に緊張し、沈黙を続けている朔夜様に視線が流れた。まったく間を置かず、
「わかった」と、朔夜様にご返事をいただけた。場の緊張が抜ける。改めて、朔夜様に深く礼をした。
「自分と隼チームの中心に朔夜様のZX14R。先頭は五瀬のポルシェ。彦火はポルシェに同乗。夜織のVmaxは最後尾。これが布陣だ。敵に包囲をさせてから一気に突破。敵を誘導してスバルラインを五合目まで駆け上がり、駆け下りる。鵺のバイクは、このスバルライン上で殲滅。残った敵は、開園前の富士急ハイランド内に誘い込む。ランド全域にトラップをかけ、中で常立以下を殲滅する」
「了解! 」と、それぞれが答えてくれた。その声が一段落した時、
「此度は私も戦う。意味もなく殺されたサクヤたちの仇を討つ」と、朔夜様。金色の瞳孔が光り、赤い虹彩が燃え上がっていた。初めて放たれた朔夜様の闘気に、一同、感銘に打たれた。

 二十五

「頭(かしら)、二時半です」余の乗る黒塗りの箱の分厚い窓ガラス越しに玄人が言った。
「………丑三(うしみ)つ時か、よし、魔物が跳梁するにふさわしい刻だ、出せ! 」と、命。ふん、自ら魔物を名のるとは、その連中から神と呼ばれる余の皮肉な戯(ざ)れ言。所詮呼び名など、呼ぶものの都合でしかない。今宵の余は、小娘たちにとって『魔』そのもの。
 騒々しい機械馬たちが独特な雄叫びをあげて走りだす。続いて高頭が御者を務める、余の乗る黒塗りの箱。最後に間に合わせた、銃弾を通さぬという代物。そして、百人ばかりが乗り合わせる巨大な箱車が二つつづく。最後尾の箱に玄人。短期間に集められるだけの手下たちが、そろえられるだけの武器を手に。
 聞くところによると、今の世の大きな戦(いくさ)に用いる得物(えもの)には、もっと恐ろしげなものもあるらしい。だが、標的は小娘ひとり。護るのは侍従、防人三人と機械馬の騎兵七人のみのよう。大きな得物の準備も無いらしい。あまり大げさにしても、高天原の怒りを被る。充分大げさとなってしまった感もあるが、やはり確実に仕留めたい。防人どもへの恨みもはらす。
 それにしても、イザナギの末裔どもの生き様はなんとも醜い。われらが古につくりし麗しき大地を見るも無惨に荒しただけに止まらず、同じ生まれの兄弟同士で終始啀(いが)み合い、憎み合い、殺し合い………果てに、同胞を殺す道具づくりに日夜明け暮れる。 その最も殺傷力のある得物の量は、すでに地上の全ての人を何十回も抹殺するだけあるそうな。とてもイザナギの意志を継いでいるとは思えない。やはり、千年前の我らのしくじりが、この未曾有の生き地獄を作り出してしまったか?
 さて、どう考えても、放っておけば間もなく自滅するものたち。そやつらはどうでも良いが、決して『次のもの』を、小娘に生ませてはならぬ。この醜きものたちの後を継ぐものなど、この世に生み出させてはならぬ!

 ルームミラーに映る、宿主の男から放たれる常立殿の『気』が弱くなっている。憑依した虫の寿命は短い。準備に時間をかけすぎた。
 千年前、高天原の意志を担い四番目に降臨した角杙(つぐぬい)様と活杙(いくぐい)様が虫に憑依し、防人たちに気づかれぬままその近衛兵たちを宿主とした。そして、隙をついて標的を仕留めるまでに要したのは三日。此度は、降臨してすでに一ヶ月あまり。常立様の慎重さが仇となるやも。
 千年前、初めに降臨した常立様は鷹、次の雲野(くもの)様は毒蛇、三番目の宇比地邇(うひじに)様と須比地邇(すひじに)様は狼にそれぞれ憑依し、その憑依体のまま直接標的を襲った。だが、防人達の守りは堅く、ことごとく討ち取られて退散の事態に。そして角杙(つぐぬい)様と活杙(いくぐい)様も、宿主の刃で標的の両手足を切り落とす瀕死の傷を負わせ『次のもの』を堕胎死させるも、標的の息の根を止めるまでには至らなかった。さらなる攻撃を模索中、憑依体の虫が寿命で息耐えてしまったのだ。
 高天原はその後の降臨を許さず、決着を次の千年後に委ねる。標的は手当を受けて回復の眠りにつき、私は千年後も任務を果たすべく、千年の後まで手厚く守り通されるであろう、鳳凰堂の如来像に潜んで待つことにした。
 時が訪れ、覚醒する。堂を中心とした壮大な伽藍は失われていたが、読み通り、鳳凰堂は残っていた。だが、標的は遙か彼方、その故郷の地に去っていた。常立の降臨も標的の近くに。お役目を担うべくこの地へ。今宵、千年ぶりに標的を仕留める高天原の使者の諸行を監視する。
 だが、事前に放った者の言葉に違和感。標的の『娘』の身体は小さく、そして走っていたと。はて、見上げるような体躯ながら、手足を失った哀れな姿が脳裏に甦る。イザナギ殿の末裔に、そのような術(すべ)があったろうか?

「後詰めですか? 」と不満を漏らした。
「お前の代わりを、防弾とやらの四つ輪の箱がしてくれるのだろう。此度は、戦闘員として尽くせ! 」ずっと頭(かしら)の護衛だったから。出入りで側を離れたことは無かった。
「わかりました………高頭さん、頭をお願いします」と、頼む。胸騒ぎ。やはりこの戦争紛いの出入りで、生き残れる自信は持てない。頭(かしら)以下、組が全滅? それでも、朔夜とその防人が始末できればいい? 頭の側を離れれば離れるほど、疑問がふくれる。まるで酔いが覚めるみたいに。
 急場でそろえた奴を入れて、組員百。潰された鵺の残党が二十。それに、地元のヤクザまで加勢の声をかけた。まさに総出で小娘を殺しに行く。それも、組のチャカやドスに、密輸した自動小銃三十丁と自衛隊から横流しした火炎放射器まで手にして。とても正気のさたじゃねえ………との思いが頭の隅にある。それは、後から加わった奴ほど感じているようだ。
 だが、来るところまで来てしまった。高速を走る薄暗いバスの車内を見回す。手にした武器を嬉しそうにいじくり回すバカどもの群れ。まるでおもちゃを手にしたガキが遊びに行くみたいにじゃれ合ってやがる。みんな死相が見えてる。きっとほとんど生き残れない。まぁ、社会のクズが一掃されるだけか。俺も? 玄人様は、ここまで生き残る究極のクズだったんだが………。
 探りに放った元鵺のメンバーは、高価なバイク一台とチャカ二丁取られ、傷の手当てまでされて、おめおめと戻った。ふざけんな! しかし、敵の中にあのドラッカー。バトルスーツのVmax乗りがいたと聞く。こいつら程度で始末できる相手じゃないと理解。やれやれ、あいつと第二ラウンドか。
 そしておまけ。逃げ帰った二人に視線を送る、隼に乗るモヒカンライダー。あからさまな尾行と偵察。不貞不貞(ふてぶて)しくこっちの様子を伺い、鷹揚に走り去った。その、サングラスさえ貫く鋭すぎる視線と、ローギヤでステップ立ちし、フルパワーでのウィリーきっちり十五メートル。忘れはしない。暴走族の俺を二度検挙した白バイ………二度目は黒豹隊の隊長のクセ。なぜそんな風体で妙なかかわりになったのか? まるで理解出来ない。奴とは確か二年振り。こいつも、相当手強い。

 二十六
 
 バスが来た。二台。前を走るバイクたちとフルサイズのベンツはあえてやり過ごした。私たちが決めた標的は最後尾のバス。二対五十なら、命をかける価値がある。

『五郎兵衛、七郎次、河口湖線進入口に待機。通過する敵の状況を確認し知らせろ』という、明の指示だった。『はい』と、右斜め上から。私より一回り大きい七郎次の小気味良い返事。
 状況はメールで伝えた。『その後の対応は任せる』と、返信。『敵戦力を削げ』と、受け取った。
「五郎兵衛、バスを一台潰そう」と、同感の七郎次が私の背を一押し。即決。
 フルスロットルで追尾。赤い点と化していた敵車両の尾灯が瞬時に目前に。減速、左後方から最後尾のバスに近付き、二重の後輪をクロスボウで撃ち抜く。まず外輪がバースト。そして内輪も。二本目の矢が突き立った直後に急減速。予想できないバスの動きをかわす。前方でバスが左右に大きく数回振られ、スピンして急停車。距離を置いて止まる。予想した横転事故にはならなかった。さて、次はどうする。私たちの手に、大きな火器は無い。
 バイクのエンジン音。物音に気づいたか、止まったバスの向こうからバイクが数台逆送して来る。ほぼ同時に、横向きのバスの窓から何本ものライトが周囲を照らす。間髪入れずに銃の発射音。弾道の風切り音が私たちを掠める。急いでバイクのライトを消し、道路を逆送して後退。
「五郎兵衛どうする? 」と七郎次。バス一台。五十人の一時的な足止めは出来たが、戦力そのものは無傷。そして、逆走してきたバイクたちが我々の追っ手に。
「来た」七郎次の言葉と重なるようにバイクのエンジン音とライト照射。
「こいつらは仕留めよう」彦火が持たせてくれた暗視スコープをタンクバックから取り出す。七郎次が頷き、バイクに飛び乗る。
 河口湖線には街灯が無い。逆輸入バイクの隼はライトスイッチが付いていて、無灯火走行ができる。幸い夜明け前の新月の夜。闇が私たちの味方をしてくれる。ヘルメットを脱ぎ捨て、暗視ゴーグルを付けてスタート。武器はクロスボウと背負った刀のみ。
 撃って来る。それも連射音。我々に標準が合っていない。道路一杯離れ、前後も距離を置き加速、三台。敵のライトの中に突入。同時に敵が乱射。バイクと身体に被弾した。耐える。猛スピードで交差する瞬間にクロスボウ発射。ライダーの後ろで自動小銃を撃っていた男の胸に命中。そいつの身体が宙に舞う。バイクを急停車しスピンターン。バイクの被弾は幸いミラー。そして、右肩の金属パッドが飛んでいた。バトルスーツ様々。
 後続の七郎次が離れて急停車。
「一台仕留めた。タンデムで後ろのやつに自動小銃を撃たせてる」と叫んでくる。無傷のよう。
「二回目の交差は不利だ。待とう」そう言った瞬間、ライトを浴びた。仕方なく急発進。道路脇を縫い、敵の動くライトへ。連射される。また被弾。左手のクロスボウを飛ばされる。敵の右に。ライトを付け、暗視ゴーグルを捨てる。連射されるまま交差。背の刀を左手で抜く。一瞬、菊千代の刀裁きが頭を掠める。刃の求めに応じて動きを任せる。闇と共に、前後に座る二人の首を切り飛ばした。が、目前にガードレール。避けられない。音が消える。追突のショックとともに闇へ飛び、意識も途切れた。

 暗視ゴーグルの狭い視界の端で、五郎兵衛がバイクと共に闇の中へ飛んだ。
『戦場はここになる、気負うな七郎次』出発前の五郎兵衛の言葉だった。重火器の装備を彦火に依頼した自分の背後から。その代わりに五郎兵衛が取り上げたのが、二つの暗視ゴーグルだった。
 逃げる残りのライダーの肩をクロスボウで打ち抜き、直後に暗視ゴーグルを捨てた。
『バスを一台潰そう』などと言わなければ。後悔が膨らみ、怒りが弾けた。倒した敵の自動小銃を二丁拾い、バスに向かった。六人程度の雑魚と五郎兵衛では釣り合わない。
 バスから降りた数人が自動小銃を構え、さらに何人かがタイヤの交換を始めていた。無灯火のまま近づき、ギアをニュートラル。隼を惰性で走らせながら、両手で二丁の小銃を乱射。殺しはしない。足を打って戦闘不能に。少し遅れて、バスからも打ち返してきた。路上の敵が全員倒れたので、残りの弾はエンジンと燃料タンクに。エンジンから出火。ほぼ同時に弾切れ。
 自分を掠める弾道が密に。撤収。ギヤをセカンドに入れ急発進&ライトオン。その時、被弾。左脇腹を貫通。ショックで加速中のバイクを振られたが、堪える。アクセル全開で加速。炎上したバスが、あっという間にバックミラーから消える。
 減速し被弾場所の確認。内蔵からは外れたよう。圧迫止血せねばと、バイクを道端に寄せて止まる。同時に、近づくバイクのエンジン音。隼? いや、こいつはZX14R。迂闊! ライトが付いたまま。これでは標的に。傷口を押さえ、血でぬるつく指で消そうとした刹那、背から胸に抜ける被弾。一発、二発、三発………全身の筋肉が弛緩。視界が回転して、明け始めた群青色の空に向く。綺麗だ。直後にブラックアウト。タイムラグが無い、頭にも食らったか? いやに執拗だな………それにしても惜しい、もう少し空を見ていたかった。思考も消えかける。はて、自分の戦闘は、見合うものだったのだろうか? 無念。

 
 二十七

 すでに事切れたはずのバイク乗りに、チャカを向け続ける手が震えていた。
 背中に7発、倒れた頭に2発、確実にぶち込んだ。それでも弾倉に6発は残るベレッタのお陰で、なんとか平静さを保てた。近づくと、どす黒い血だまりに、青いモヒカンの頭が半分吹き飛んでいた。
 密輸した小銃。世界の紛争地帯で、無垢な人間の血を吸い続けるカラシニコフ突撃銃。紛争地帯の少年兵は、その発射反動の強さに耐えられず、銃口が空を向いてしまうという代物。そいつを二丁、バイクを転がしたまま打ち続けたこいつに、底知れぬ恐怖を感じていた。あのドラッカーの時以上に。
 だが、撃たれた時切れた。身体を掠めた空気を切り裂く弾道音。やられると制御不能な俺。ベルトに差したベレッタを確認し、近くに転がっていたZX14Rに飛び乗ってライダーを追った。奴が逃げ去るとき、カラシニコフで一発撃ち込んだはず。
 見つけた時、後悔した。傷を負っていても、一対一で勝てる奴と思えない。だから、振り向く前に、背にぶち込み続けた。倒れた後も、とどめを頭に。西部劇では卑怯者と罵られる極悪人。

 中央高速の河口湖線に入り、トンネルを抜けてすぐに、バスがスピンした。横転してもおかしく無かったが、運良く止まった。
「卑墨さん! 左後ろにバイク二台、何かされた! 」ドライバーが叫んだ。
「何かじぇねぇ、敵の攻撃だ! 」咄嗟に叫んでいた。すぐにバスの周囲をライトで哨戒させ、積んできた銃器を準備させた。
「離れたところにバイク二台! 」と、誰かの声。
「撃ち殺せ! 」と指示。数人と共に、自動小銃を手にバスから出る。そこへ仲間のバイクが三台、異変に気づき、逆走してきた。
「卑墨さん、バイクが消えた! 」逃がすか! 小銃を持った三人をバイクに同乗させ、
「見つけて殺してこい! 」と出す。直後に携帯着信。高頭さん。どうしたと聞く。
「敵に攻撃されてバスを止められました。大丈夫です。必ず仕留めて行きますが、少し遅れそうです」と説明。
 バイクが闇に飲まれる。間もなく小銃の発射音。止まる。沈黙。一瞬だったのだろうが、長く思えた。唐突に小銃二丁の発射音。弾道が間近の空気を切り裂く。銃口は俺らに。バスの周りに出ていた連中も応戦するが、次々と撃ち倒されて転がる。形勢不利と、バスの影に。
 やがて、小銃の発射音が途切れる。バスのエンジンから出火。その明かりで辺りが薄っすらと浮かぶ。隼に乗った、大柄なライダーがひとり。ノーヘルで青いモヒカン。弾切れの小銃を捨て、去ろうとエンジンスタート。背後に飛び出し小銃連射。射程ぎりぎりで、一発当たった。直後に、こっちも弾切れ。
 バスまで戻る。元、鵺の三人とバスの十七人がやられた。そういえば、もう一人のライダーはどうしたか?
 間もなく、観光バスが一台、俺たちの異変に気づき手前に止まる。飛んで火に入るなんとやら。悪魔は俺らを見放さない。
 初戦? 二十対一なら押され気味、二ならまぁまぁだった。朝焼けに染まり始めた富士山が、青いモヒカンの血に染まったよう。卑怯者は、生き残る。

 二十八

 後方から無灯火で突進して来た車を、急発進して交わした。アクセルグリップへの反応が一瞬でも遅れたら、二台とも跳ね飛ばされていた。
 瞬時のアイコンタクト。直後に急ハンドルで左右に展開し急減速。小気味見よいピタリと来る連携。ここまで意志が通じ合うのは、五瀬だけだった。減速が遅れた白い車が、俺たちの間を掠めて先行。赤い四つ目の尾灯はR32。旧型スカイラインGTR。
 しかし、数十メートル先で見事なスピンターン。派手なエンジンの雄叫とタイヤからの白煙の中、車体を左右に振りながら、逆走して猛然と襲いかかってきた。

『平八、久蔵、河口湖インター出口で、敵の先行を哨戒(しようかい)』という明の指示で監視していた。大月ジャンクションの五郎兵衛たちから、敵集団の通過を確認したと知らせを受け、館に戻ろうとしていた時だった。
「直進して交わすぞ! 」と、指示を出した。直後に猛ダッシュ。五瀬……久蔵も遅れずに続く。隼の前輪が浮く。来た。バイクを下半身で捻り進路を僅かに補正。敵の車体と数センチ。交わしきるまでの百分の数秒が永遠に思えた。瞬時に減速。ジャックナイフ。高く上がった後輪を体全体で反転。そんな動作の間に衝突音を聞かなかった。久蔵も無事。後輪が四分の一回転で着地。完全な手足だった白バイ専用車のVFR800Pのようにはいかない。
「隊長! 敵が逃げます」と、すでに横に付いていた五瀬。俺たちに交わされた車は、一瞬減速したものの、再び加速して離れて行く。どうする。明らかな攻撃。新たな敵。
「撃沈しよう! 」
「そうこなくっちゃ! 」
「殺すな! 」
「了解! 」どうも二人の任務では『七人の侍』ごっこにならない。
 走り去ろうとするGTRを追う。夜明け前の公道。人気も車気(くるまけ)も無いのを幸い、交通法規と信号すべて無視の暴走。追う。サイレンが鳴らせないので周囲を気遣う。スピードメータが百五十を超える。間もなく追いつく。助手席の窓から手が伸びる。ピストル。これでは敵の命を気遣えない。俺たちに向けて乱射。当たらない。このスピードと車体の振動ではどうやっても威嚇の盲撃ち(めくらう  )ち。俺たちより、飛び散る流れ弾が心配。早く止めねば。
 五瀬と目配せし、装備してきたクロスボウを抜く。一瞬のアイコンタクト。ふっと左右に展開。両側から後輪を打ち抜く。瞬時にアクセルを戻して減速。路面に張り付いていたGTRのタイヤがバーストして消し飛び、車体がぶれる。タイヤの残骸を交わす。ホイールと路面の接点から夥しい火花。コントロール不能で道を左に逸れる。民家? 幸い切れる。視界がふっと開ける。駐車場。その向こうに黒い水面? 突然音が消える。GTRが宙に投げ出され、ゆっくりと落ちる。着水。見事な水しぶきが闇に舞い、いつの間にか群青色に染まったていた空を飾る。山中湖に来ていた。
 間もなく沈む車体と浮かぶ二つの人影。手にピストルは無い。落としてしまったか。おまけに『助けてくれ~ 』と、力なく叫ぶ始末。一瞬構えたクロスボオウを降ろす。思わず腰に手が回るが、そこに手錠は無い。同じ動作をした五瀬が振り向き苦い顔で、
「生きてるようです。戦意は喪失」
「見ればわかる」とんだ土産が出来てしまった。

 二十九

 唐突に覚醒。右足に激痛。必死に耐え、深呼吸ひとつ。混沌とした頭に、この状況までの経緯を強いる。ふん、生きているらしいことにまず感謝か。次第に理解する私の現状で、それでも感謝とは………。
 すでに夜が明け始めていた。身体は? 被弾はしていない。痛む右足首も折れてはいないよう。七郎次? 一対一なら負けるような奴じゃない。少し離れた所に隼。カウルはボロボロだが、原型は止めている。さて、生きているなら、戦列に復帰しなければ。通信手段? 携帯は何処かへ落としてしまった。

 河口湖線からバイクと共に飛び出した場所は、幸運にも草の生える土の空き地で、高速道路面とさほどの高低差も無かった。バトルスーツも身につけていた。お陰で大きな怪我は無い。あれだけ撃たれても、被弾していなかった。やはり闇が味方した。近くに転がっていた隼も、フレームは健在で起こすとエンジンはかかった。しかし、ダメージは大きい。多分長くは走れないだろう。ともかく、舗装路へバイクを押しあげ、富士山を目指した。
 背後の高速道路上は物音ひとつしない。結局、敵のバスは走り去ったのだろうか? 七郎次………落ちてしまった私は、そこへ上がって見ることが出来ない。
 ともかく一刻も早く主戦場へ。走り出して間もなく都留インターの案内。バイクをなんとか騙して駆け上がる。高速上に出た瞬間、道路の左脇に倒れた人とバイクが目に飛び込む。七郎次! 全身の毛が逆立つ。駆け寄り抱き起こすが、頭が吹き飛ぶ凄惨な姿。無言で抱きしめる。心が大きな音をたてて潰れる。同時に、背後に止めたボロボロの隼が、私の心情のように発火し炎に包まれた。

 哨戒に重装備はいらないと。肩に力の入った七郎次をたしなめた。暗視ゴーグルは持ってくれたが、防弾ベストは重いからと、付けなかった。バトルスーツの上に着込んでいた私も、合わせて脱いだ。その時点で、哨戒に徹すると約束しておくべきだった。
 敵の大集団を見せつけられた。殺人集団の分際で………その時、七郎次の『五郎兵衛、バスを一台潰そう』を、私は待っていた。高速走行中の車のタイヤを潰せば、大事故か、軽くても横転事故と踏んだ。きっと七次郎も同感だったろう。その後は、ライトを消し、ゴーグルを着け、暗闇を逃げ去ればいい。
 だが、天は敵の方を救った。よほど悪魔に魅入られた奴が、敵の中にいるのだろう。想定外の銃撃戦。結果この始末。七郎次の背中の八発は、ベストを着ていれば防げた。頭への銃弾は、倒れた後の止めだろう。チーム屈指の戦闘員を、主戦場以外で失ってしまった。どうして私が代われなかったのか? なぜ、天は悪に味方する? 悔やんでも余りある。すべて、私の責任。
 私のbattling Falconのロゴが入った皮ベストを掛け、遺体を残し、七次郎の隼に乗り換えて館を目指した。敵(かたき)は取る。それが最良の弔い。

 河口湖インターが見えて来たとき、大音響のホーンが耳に届いた。黒い富士の方向に。それは、彦火が考案した戦闘の開始の合図。遅れた。しかし参戦する。
 合図を聞き心がはやる。しかし、近づくにつれ、河口湖インターの異様に気づく。ゲートを塞ぐようにパトカー数台。手前に止まる観光バス一台。バスがバックし、ゲートに向かって側面を向ける。次の瞬間、自動小銃の連射音。耳に残るカラシニコフ。ここでも戦端が開かれた。

 三十

 結局、夜が明けてしまった。暗闇では多勢より無勢が有利。それくらいの戦術は弁(わきま)えていた。森を挟んで対峙。敵たちには、一面の樹海しか見えていない。閑かだ。野鳥の囀りに満たされている。
「明、敵の布陣が終わったようです。我々に向かって二列横隊。バイク十七台とベンツに乗る二人が後列中央。左右にヤクザ十人ずつ展開。常立が宿主としている男は、防弾らしいベンツ内です。前列中央に火炎放射器を持つ十人と、左右にカラシニコフを持った十人ずつ計三十人。突撃の指示を待っているようです」彦火が、樹木に取り付けた監視カメラの画像を確認しながら報告した。

 大月ジャンクションで監視させた五郎兵衛と七次郎が戻っていなかった。そして、二人の報告にあったバスが一台とバイクが三台消えていた。チーム中屈指の闘気を持つ七郎次……早まったか。その後の対応は任せると、五郎兵衛の方に答えたのに。敵を前に、それも攻撃をされると、歴戦の強者でも冷静さを欠く。少数精鋭。全面戦闘前の、二人の戦列離脱は辛い。
 そして、河口湖インターの監視に出した平八と久蔵も一戦交えて帰った。別方向からの敵の哨戒だったよう。こちらは、二人の捕虜を連れて。
 この対峙では、森を焼かれる前に討って出るか、後方に逃げるか。多分、着いていないバス一台分の戦力で、逃げ場を塞ぐ予定だったのだろう。
 しかし、討って出る。戦力差からすれば、敵の思う壺。策は尽くした。全員が自分に集中する。朔夜様を含め、九人とアイコンタクト。意志がひとつに繋がる。
 まず、捕虜の二人を放つ。野鳥たちが一斉に飛び立つ。森のもの音に敵の銃口が集中。だが、木立の間から飛び出したのは助けを乞う仲間。所詮、訓練された戦闘員ではない。躊躇し、思わず銃口が下がる。
「バカ野郎! さっさと撃ち殺せ! 」ベンツに乗っていた坊主頭の男が、車から身を乗り出して叫ぶ。何人かがその叫び声に振り返る。
 今だ。ポルシェとバイク、エンジンスタート。準備していたメガホンスピーカーで、拡声されたホーンを敵に向けて鳴らす。あまりの騒音に、ほとんどの敵が銃から手を離し両手で耳を覆ってしまう。これも、想定通り。
 出撃! 自分たちを隠していた木々が音もなく避ける。ポルシェを先頭に森から飛び出し、八台のバイクが続く。銃口が向けられない敵の列が乱れ、ポルシェとバイクに道を開ける。
 そのまま、一列でスバルライン料金所通過。敵はまだ混乱しているのか銃声が聞こえ無い。
「よし、全速で登れ! 」全員のヘルメットに付けたインカムとポルシェの無線に指示を出す。しかし、先頭のポルシェがスピンターン。
「バイクたちの殲滅を! ベンツを潰し、バスの戦力を………削ぐ」彦火の声が耳に届く。確かに、防弾ベンツは戦力の計算に無かった。銃弾の通らないボディとパンクしないバルーンタイヤを付けた車をバイクで攻略するのは難しい。しかし、夥しい銃器を持つ集団の中に。
「………わかった、任せる」胸が痛む。
「私も、手伝う」稲氷の声。ふっと五瀬の顔が浮かぶ。
「久蔵、勘兵衛とともにいけ! 」と、指令。
「………了解」一瞬躊躇した返事。このやり取り、平八も聞いて頷いているだろう。
 戦列を離れる二台の隼と左手で敬礼を交わす。バックミラーの奥に、高回転のエンジン音を合唱させるZX14Rの集団。その中に突っ込んでいくポルシェと隼。武運を祈る。

 三十一

 河口湖インターのゲートを塞ぐパトカー二台に、カラシニコフで一斉射撃した。どうしようもない発射反動に満身の力で耐える。耐えられない情けねぇ連中は、すぐに引き金を放しちまう。それでも標的のパトカーは、中に乗っていたマッポとともに数秒で蜂の巣に。腕の痺れで、あ~快感っちゅうにはほど遠い………。

 バスの乗り換えに手間取った。観光バスの連中を急いで降ろし、全員の携帯を取り上げて潰した。でも、きっと誰かが異常を知らせたろう。仕方がない。
 殺したモヒカンに倒された連中は、全員足を打たれた怪我人だった。手当をせがむ奴らを殴り飛ばし、観光バスの連中とともに置き去りにした。そんな行為に、俺を睨んだ数人。即、撃ち殺した。結局、無傷で残ったのは二十七人。どうしようもないアホ連中は、卑怯者についてきた。ただ、同じ轍は踏まない。こんな無防備な箱にアホたちと仲良く乗っていられねぇ。俺だけZX14Rで、バスを先導することにした。夜が明け始め、周りを確認。やはり、もう一台の隼がいない。逃げたか? 
 走り出してすぐに、殺したモヒカンを通り越す。奴じゃないが、なぜか左手で敬礼? ふん、敵でも敬意を払う、昔のサムライって気分、俺だって………。
 
  毛沼(けぬま)隊長と呼ばれていた。二度目につかまる時、かなりバトった。首都高中央環状線を三周。大型に乗り換えていたので、高速ならと気負った。なんだか遊ばれてる気もしてむかついた。確かにZZR110じゃ、奴の黒いVFR800Pの相手じゃ無かった。そして、死ぬような事故を起こす前に、上手に止められた気もする。
 重犯だったから、警察署に引っ張られ、調書を取られて拘留。そこへ奴が来た。
「卑墨、覚えてるか? 」と。
「二度目もあんたとはね………」
「死ぬ前にバカは止めて、白バイ隊員にならないか? 」その言葉に、自分でも驚くほど反応した。頭が、一瞬青空のように晴れ上がった。だが、
「隊長、こいつの前、知ってますよね。こんなクズ、立ち直りっこないですよ! 」と奴の背後にいた同僚。聞き慣れた言葉だが、なぜかいつもの十倍切れた。
「おい、そこのあんちゃん、今度あったらぶっ殺す! 」と、そいつに叫んでいた。
「卑墨! お前のライダーとしての筋、なかなかいいんだ。惜しい。まだ人生先は長い。良く考えろ」十倍熱くなった頭が、一気にクールダウン。でも、俺が選んだのはヤクザ家業。やっぱり、適材適所ってやつ………。

 バスで追突し、死んだマッポの乗るスクラップになったパトカーをどかしてゲートを抜けた。さて直行と思ったら。青と白に塗り分けられたカラフルなワゴンが富士・河口湖方面出口を横になって塞ぐ。
「卑墨さーん、やばいっすよー。あれ装甲車っす! 」バスの窓から武器オタクが叫ぶ。その声と同時に、ワゴン車側面の小窓から図太い銃口が出て、何かを二発討ってきた。その弾はバスの窓ガラスを貫き、乾いた炸裂音とともに、バスの中を白煙で満たしていった。

 三十二

「彦火、ベンツの攻略法は? 」目前にZX14Rの集団が迫る。
「敵の火炎放射器を奪い燃やす。敵のバスを奪い追突して壊す。最後はこのポルシェでの相打ち」バイクがさらに迫る。進路を変えず、加速してバイク集団の真ん中に突っ込む。背後のターボエンジンが嬉しそうに歌う。
「三つ目は避けたいですね」そう、この車は彦火の足でもある。
 衝突寸前で、バイク集団がきれいに避ける。敵のバイクたちは向かって来るポルシェの去就を見ていた。しかし正面から加速し合って数倍になったスピードに間合いが計れず、武器を扱う余裕も無く、追突すれば負ける方。回避行動を取らざる終えなかった。ルームミラーは、ピースサインを出している勘兵衛と久蔵の隼を大写。ふん、一台でも自爆する勇気があれば、我々全員を容易く(たやすく)討ち取れたのに。
「明、こんな雑魚、無傷で殲滅して早く戻ってくれ」応答は無い。すでにインカムの範囲外。
 スバルライン入り口ゲートに近づくと、周辺が異臭と黒煙に満たされていた。急停車。ゆっくりと近づき、双眼鏡で確認。常立の配下が、火炎放射器で館方向の森を焼いていた。炎の勢いは激しく、放っておけば館まで類焼する。怒りがわき上がる
 
 五十年以上、そこで生きて来た。父親の記憶は無い。十五才となった時、五瀬一族の使命を母から聞かされた。半分納得し、半分反発した。その年まで、普通に生きてきたのだ。館の奥の一室に、やがてお目覚めとなる朔夜様が眠ると言われても。
 二十歳を過ぎ、一度館を飛び出した。朔夜様のお目覚めははるか先。違う生き方をしてみたかった。普通に働き、恋もした。その女性と結ばれ、平穏に生きたいとも思った。だが、私の人生の後半に、高天原のものたちが降臨し、目覚めた朔夜様を抹殺しに来る。そんな千年サイクルの理(ことわり)は変わらない。館に戻った時、母は老いていた。その後は、あっという間だった。

 少し離れた場所に、自動小銃を持った集団に囲まれた、スーツ姿の男が二人。集中し、見極める。一人は異常な妖気。正しく常立の憑依体を付けた宿主。だがもう一人は、わからない。いや、人でないことはわかる。
 母に口伝えで聞いた。定かなことでは無いので、誰にも知らせていない。高天原から降臨するものには、その行為を見届ける『監視』がつくと。常立につく人でないもの。あれが監視? そして、笑っている。常立はまだしも、監視まで。我ら人の営みを、慎(つつ)ましやかな営みを全否定。許せぬ! 
「彦火、策は? 」
「奴らは我々に気づいていない。ポルシェはここに止め、隼の二人にエンジンを切ってぎりぎりまで近づき、後方集団をそっと襲わせてカラシニコフを奪う。直後に攻撃させ、集団が二人に集中している間に、ポルシェで突っ込み、火炎放射器の十人をなぎ倒し、火炎放射器を奪う。後はさっきの順番で」
「勘兵衛、久蔵聞こえたか」
「了解、行きます」二台の隼がすっと前に出る。すでにエンジンを切っていて、音無し。ゆるやかな下り坂を惰性で進み、入り口ゲートの影にバイクを止める。常立たちの集団は、燃え上がる森に気を取られている。そっと集団の後方に近づく二人。小銃を持つものに背後から組み付く。仕留める。二人の手にカラシニコフ。予定通り。ポルシェのエンジンをかける。双眼鏡を置いて、二人の銃撃を合図として待つ。母上、時が来ました。

 三十三

 打ち込まれた催涙ガスに燻されて、敵がバスから逃げ出す。先導してきたライダーの死角になるバスの影に回り込み、敵をクロスボウで狙い撃つ。矢はあと八本。きちんと八人の足を貫いた。もしも和弓があれば、二人を同時に射抜けた。後は背の刀で接近戦。だが、敵のほとんどが小銃を持つ。やはり迂闊に近づけない。

 剣の稽古は、五瀬と菊千代がつけてくれた。菊千代の強さは群を抜いていた。そんな菊千代に『五郎兵衛さん筋がいいよ』と言われたことがある。目上へのお世辞にしても嬉しかった。その後、人一倍修行した。
 弓道をしていた私は、五瀬の指南を手伝う。そして、バイクを走らしたまま片手で矢を放てる、クロスボウを初めて手にする。何度も競技に参加した流鏑馬での馬は、乗り手の意志を受けて思うままに走ってくれる。だから落ちぬよう、下半身で操り、両手で弓が射れ、次の矢もつがえた。バイクは、アクセルグリップから手を放すとエンジンブレーキがかかって減速してしまう。ギアを抜けば惰性で進むが、直進する意志もぬけ、挙動不審となってしまう。バイクを扱いながら矢を放つために、片手で放てるクロスボウとなる。
 戦闘員となった隼チーム。隼という機械馬に乗り、バトルスーツの上に、セラミックプレートを入れた防弾ベストを着込み、刀とクロスボウを背負う。最終決定のスタイル。
 なぜ火器を装備しなかった? 
 話し合った。彦火は小銃でも入手可能と言った。五瀬は猟銃も持っていた。しかし、明が言った。
『我々の目的は、常立に味方する人間を殺すことではない。それらは、戦闘不能にすればいい。抹殺するのは、常立。出来れば憑依体のみ』夜織が反論する。
『防人として生まれた俺たちですら生身。銃弾を受ければ死ぬ。それで、朔夜様をお守り出来るか? 千年前の、火器が無かった時代ではない』みんなが沈黙した。朔夜様が口を開いた。
『私の死は、高天原の意志。抗っているのだ………その時は諦めよ』このお言葉の『その時』は敗北。この朔夜様の御覚悟にみな沈黙。結果、明の意向で意志統一することに。それぞれが、はっきり戦死を覚悟した時。

 敵の何人かが、装甲車に発砲を始めた。塗装は剥ぐが、装甲は貫けない。そして、装甲車の脇に防弾盾を持つ警官たちが出始める。
「バカ野郎! 弾を無駄にするんじゃねぇ! 」バイクの男が叫ぶ。焦っている。その顔に集中。腰のベルトに差し込まれたベレッタ。七郎次の背のと頭の被弾を思い出す。一発はカラシニコフ。他の弾は一回り小さい九ミリの薬莢が転がっていた。そして近くに、急加速したバイクのタイヤ痕。見つけた。
 一気に込み上げる怒りで、制御不能な自分。刀を抜き、バイクを飛び降りて走る。男が私を見る。ゆっくりとベレッタを抜く。もう少し。銃口が上がる。あと一歩で刀がとどく。銃口が上がりきる。刀を振り上げる。渾身の力で、左肩から右腹にかけて斜めに切り下ろす。十分な手応え。男が仰向けに倒れる。七郎次、敵(かたき)は討った。
 しかし、男の身体が地面に落ちる前に、背に強い衝撃。防弾ベストは無い。続けざまに胸から弾丸が飛び出していく。視界が反転して青空に。そこに忘れていた妻と娘の顔が浮かび、あっという間に全てが消えていく。すまないという思いさえ………。

 三十四 

 夜織、朔夜様、明の順で、少し前を走る三台。サイドミラーには、背後にピタリと付けた平八と勝四郎。ひとつの大きな生き物のように、消えかけた朝靄を切り裂き高速で走り続ける空間。
 ふと、開戦まで戻らなかった五郎兵衛と七次郎ことが頭に浮かぶ。一足先に哨戒に出掛ける夜鴉さんの後ろ姿がなぜか歪んだ………今は戦闘中、忘れよう。
 明の策のひとつ、スバルライン上での敵バイク集団殲滅。夜織と明は囮になっていただいた朔夜様の警護に徹する。攻撃は隼チーム。五瀬と彦火が乗るポルシェは、後詰めで全体のバックアップと決めていた。
 しかし、防弾ベンツという、事前に掌握していない強力な武器が加わった。早急に排除せねばならない。ポルシェと勘兵衛、そして久蔵がその対応に抜けた。残ったのは俺と勝四郎、平八の三人だけ。予定戦力の半分以下………まぁ、三人寄れば文殊の知恵。一応、サブヘッドとして勘兵衛のチームを支えてきたつもりの俺。映画、七人の侍の『菊千代』に恥じない戦いをしてやる。
「明、予定通りでいいか? 」全員同時通話できるインカムで聞く。
「そうしてくれ。状況が大きく変われば連絡しろ。自分か夜織が対処する」
「………ということだ、勝四郎、平八」
「了解」二人、ほぼ同時に小気味良い返事。なんの迷いも感じない。俺も奮い立つ。
 ほぼ直線で進んだスバルラインが、大きな高速カーブに入る。先頭の夜織はノーブレーキでそのまま突っ込む。後に続くZX14Rの朔夜様と明の隼はシフトダウン。両輪から激しく白煙をあげてドリフトするVmaxを後続の二台が抜き、カーブの出口では明、朔夜様、夜織の順に。続く小さなカーブを抜けると、目前に第一ヘアピンカーブ。
「やるぞ!」と指示。耳には夥しい数のエンジンの高鳴り。十台を越える敵のZX14Rが、背後で高速カーブに入った。目前では三台が一斉にシフトダウン。それぞれ違うエンジンの奏でる図太く高い合唱。心地よいメロディー。直後に俺たちは斉唱。チームの隼は、『鵺』との最終戦後、全て勘兵衛使用のフルチューンを施した。
 フルブレーキング。タイヤが放つ白煙に包まれ、右カーブの出口にストップ。すぐに対向車線路肩にバイクを寄せ、ヘアピンカーブの進入側からの死角に入る。朔夜様達を見送る。夜織が一瞬振り向きVサインをくれた。
 間髪入れずに敵が来る。連中も斉唱? なぁんだ全車ノーマルか。クロスボウを構える。林をブラインドとした視界の端から、大きくバンクした敵のバイク集団がゆっくり現れる。無防備。狙い澄ます。先頭、二番手、三番手。俺たちの放ったクロスボウが、そいつらのバイクのタイヤに突き立つ。感覚が研ぎ澄まされ過ぎて、全てがスローな映像に。
 先頭の三台が転倒。後続が次々と巻き込まれていく。車体を大きく傾け慣性力に耐え続けるヘアピンカーブのクリア中。どんな乗り手でも、急激な回避は至難。それでも、集団の半ばからは転倒を回避し始める。兎も角、敵集団は一時ストップ。その兆候が見えた瞬間、勝四郎と平八にゴーサイン。一端連中の飛び道具の射程外に。勝四郎が鼻歌でウィリー。平八もジグザク走行。まずは初策、成功。

 最後に矢を放つ。後方から追突転倒するものたちの中にも、卑墨はいなかった。敵もヘルメットを付けている。顔を見たわけではない。でも、二度追った。バイク裁きや身のこなし。忘れるはずもない。そして、全車のライダーを見届ける余裕も無かった。ただ、あいつが後塵を浴びるような位置にいるだろうか? そんな疑問を持ちながら。混乱の極みとなった敵バイク集団を後にした。
 樹海台駐車場に入る。事故で遅れた敵のバイクはまだ見えない。ただ、複数のZX14Rの遠吠えが、眼前に広がった青木ヶ原樹海に響き渡る。残党が、必死に追って来る。
 敵が来る。建物の影、敵の死角に入りやり過ごす。鍛えた動体視力全開。十四台。クロスボウでパンクさせた三台のみ戦線離脱。ヘアピンでの低速走行中。大した事故にはならなかった。
 そして、卑墨らしきライダーはいなかった。こだわり過ぎか? 見つけてどうする?卑墨にだぶった親友の影を消す。敵となった卑墨は、倒すのみ。
 三人でアイコンタクトそっと発進。左手には新たな矢をセットしたクロスボウ。緩やかなカーブで敵のミラーに映らぬよう路側を整列追尾。エンジン音もギアを高めにして極力抑える。
 第二ヘアピンの左カーブに近づく。敵の集団が一斉にシフトダウン。ZX14R合唱団が高音域で歌う。どうしようもない不協和音。想定通り、カーブ出口の待ち伏せを警戒し、左手にピストルまで構えてトロトロ走行。敵ミラーに写る位置に入る。一気に加速。後尾の数人がエンジン音に気づいたか、振り返る。銃口が向けられる寸前、狙い澄ましていたクロスボウ発射。後尾の三人の右肩貫通。拳銃が落ち、バイクとともに倒れる。加速。カーブ内側にパイロンで区切られた舗装スペースを、敵集団を右に一直線となって突き抜ける。向けられる銃を持った腕を先頭の菊千代がクロスボウで薙ぎ倒す。自分も、足が届く一人をバイクごと蹴り倒す。急加速。パンパンという乾いた銃声を背後に聞く。ほぼ同時に背ショック。被弾。自分が最後尾。前の二人は無事。
 目前に第三ヘアピン。減速して普通に入る。ミラーから敵の姿が消える。一呼吸。
「平八、勝四郎、無事か? 」と菊千代。
「無事だ」と平八の声。自分も、
「背に一発。防弾ベストが止めた」と答える。
「了解」と菊千代。緩やかなカーブを何事も無かったように進む。登る朝日に緑が輝く。あと十一台………フルメンバーなら、この二カ所でほぼ殲滅できた。

 三十五

 息つく間もない戦闘中なのに、五瀬織部のことが気になる。『速飛(はやひ)隊長!』という声が聞こえる気がする。俺は、この使命を果たし消えていい。けれどあいつは………生き延びてほしい。
 三十を越えても、身体の衰えは感じなかった。しかし、菊千代と勝四郎の動きにピタリと合わない。俺はバイク乗り。コンマ一秒いや百分の一秒を感じる。
 二回目の攻撃後、敵集団を突破。先頭に菊千代。俺、最後尾に勝四郎。自然に並んだ。離脱の加速中、敵に手を出すゆとりが無かった。悔しさがこみ上げる。これがチーム全員でも、似たような状況になったろう。
 隊長現役のままこの任務についたみんなにブランクは無い。俺だけ、皇宮護衛官という任務で一年あまり。精神的にも緩んだ。里親の顔も浮かぶ。でも、それも運命。そう、家族持ちの五郎兵衛もいて、ヘッドの勘兵衛だって年上。何を迷っている。戦闘中だ、奮い立て!
「いよいよ最後の策だな」と、前後の二人に声をかける。
「残り十一台」勝四郎の返事。
「倒せるだけ倒そう。次の手が一段落したら、明に報告する。気負うな! 」と、菊千代。立派なサブヘッドとなっている。二十台の敵に、チーム七台で対していたら、次の策で確実に殲滅の予定だった。現実は………おっと、また迷った。
 第三ヘアピン後の数カ所の高速カーブを過ぎると、スバルライン最長のほぼ直線。残党が来る。申し合わせたように、左手にピストルが光る様子がミラーに写る。射程限界まで引き付ける。そして、
「行く」という菊千代の声でアクセルグリップ全開。カウルに伏せる。エンジンに取り付けたターボタービンが目覚め、ソプラノで歌う。デジタルスピードメーターの数字が流れる。一瞬で敵たちがミラーの点に。アクセルを開け続ける。ほんの数秒が永遠に。三機のエンジン音に異質の音が混じり始める。敵が来る。世界最速のマシンたちがじりじりと近づく。
 チーム全員で、何度も練習した。メーター読み二百越え。敵が追い上げ、ピストルの射程に入る。第四ヘアピンが見えた。予め準備したブレーキランプのスイッチを切る。アドレナリン全開!
「ゴー」菊千代の声でフルブレーキング。後続の敵たちが、スピードダウンの目安にしている俺たちのブレーキランプは点かない。
 溜まりつづけた慣性力が、バイクから身体を投げだそうとする。耐える。凄まじい揺れ。腕っ節で押さえる。タイヤがロックせぬよう、ブレーキコントロール。ヘアピンの奥、舗装際で止まる。同時に音が止まる。直後に、敵の先陣集団がほぼノーブレーキで俺たちの左右から前へ。ガードレール激突一台。ガードレールの切れ目から林へ消える一台。そして。荒い金網で覆われた岩の壁に激突二台。ゆっくり見えた無音の映像に、突如音とスピードが戻る。
 振り返る。後続たちが事態に気づき必死のブレーキング。白煙にまみれる。七台。間近に止まる。それまで扱えなかったピストルの銃口が向く。フルスロットルでブレーキターン。間髪入れずに射程外へ。
「多い」と、つぶやくように菊千代。返事に屈する。目前に第五ヘアピン。
「第六ヘアピンの出口で待ち、切れるだけ切る。平八と勝四郎は明たちと合流、残党に備えてくれ。なるべく減らす」
「勝四郎、行ってくれ。俺も菊千代と戦う」瞬時に出た俺の答。覚悟した。
「………わかった、武運を祈る」と、一瞬詰まった勝四郎の返事。この判断も的確。
 第六ヘアピンの出口でバイクを止めた。手を挙げて走り去る勝四郎を見送る。ヘルメットを脱ぎ、クロスボウに矢をつがえ、背の刀を抜く。藍色のモヒカン顔をミラーで眺める。菊千代もヘルメットを脱ぎ、橙色のモヒカンを整えて刀のみ構える。家宝の相模正宗と言っていた。バイク程度なら一刀両断出来ると聞いた。ルパン三世の五右衛門かと、みんなを笑わせた。本人は真顔だった。見たいもんだ、冥土の土産に。また、五瀬の顔が浮かぶ。まだ、生きているか?

 三十六

「行け! 」と、速飛隊長の声を聞いた気がした。少し間合いを取ったヘッドの声が、そう聞こえたのかもしれない。二人のカラシニコフが同時に火を噴いた。敵とは言え背後から。少し気が引けた。なんて銃だ。反動が強すぎる。目前の数人が倒れる。すぐに左へ走る。敵の集団が伏せる。足を狙いにくいと、引き金を戻す。
「久蔵! 躊躇(ためら)うな! 」とヘッド。打ち続けている。『はい』と返事を返す。改めて下がった銃口を向ける。伏せた敵集団の向こう、燃えあがる森をバックに、火炎放射器をもった敵たちをポルシェがはね飛ばし始めた。敵の集団の複数が同時に、自分に向けて打ち始めた。走り続けているので、弾道は背後にずれる。凄まじい量の弾が、リズムのない風切り音で自分の後を追う。形勢不利だ。
 ヘッドが走った方角から、銃声が聞こえない。見ると、離れた位置のベンツに取り付いていた。ドアを開けようとしているが、ロックされているよう。窓をカラシニコフの肩当てで力任せに突く。びくともしない。そこまで行こうと、向きを少し変えた瞬間、背に連続被弾。その衝撃で呼吸が止まり、地面にヘッドスライディング。眼前に路面が迫る。急にスピードが落ちる。
 死ぬのか? 仕方がない。心残りは、父に息子と打ち明けられたかったこと。初対面で、すぐに言ってしまえば良かった。実の母は、父を恨んで死んだ。理由を教えなかった父を憎んだ。でも、知らない方がいいこともある。自分は知って、落ち着いた。五瀬一族の血が、そうしてくれるのかもしれない。なのに、不甲斐ない。もう少し役に立ちたかった。同じ戦場に置いてくれた、明に合わせる顔がない………着地手前でブラックアウト。
 
「彦火、久蔵が撃たれた。私はベンツを盾にしたが、弾幕が厚く動けない」と、勘兵衛。小銃を持った集団を二人が引き付けてくれたお陰で、火炎放射器の十人はなぎ倒せた。しかし、目的だった火炎放射器は拾えなかった。
「とりあえず小銃の集団からベンツの影に入り、勘兵衛と合流」と、五瀬に指示。
「わかった」返事と同時にポルシェがアクセルターン。ポルシェにも放たれ始めた銃弾を後にして、ベンツの影に。敵は、自ら私たちに防弾の盾を与えてしまった。
「久蔵の下に出血の広がりは無い。たぶん防弾ベストで受けたと思う」と、開けたサイドウィンドウから勘兵衛。
「彦火、どうする? 」二人の視線が私に。ポルシェには、猟銃が一丁、クロスボウ、弓、刀。最初の襲撃で奪ったピストルは明の手に。そうすると、勘兵衛の奪った小銃が、もっとも強い火器。もう少し火器がほしい。
「動ける火炎放射器隊が、合流した。敵で立っているのは約三十」と勘兵衛。私ものぞき見る。時々小銃で撃ってくるが、威嚇程度。敵も我々の攻略法を考え、盾になるものが無いので、料金所のゲートに向かってじりじりと後退している。倒れている久蔵との距離が離れていく。振り返ると、背後にバス。しめた、使える。
「勘兵衛、バスを確保。久蔵の救助と、転がっている火炎放射器や小銃を拾ってくれ。援護する」
「わかった」勘兵衛がバスに走る。扉も開き、キーも差したままだったよう。バスがすぐに動き出す。

「久蔵! 」という叫び声と共に抱き起こされた。ヘッドの顔がゆっくりと浮かぶ。まだ生きてた。途端に背に激痛。
「四発被弾した。ベストの背にセラミックプレートを入れていたから、小銃の弾が止まったぞ! 」事態を理解。ゆっくりと立ち上がる。いつの間にかバスの影に。
「行くぞ」と、ヘッドが言った瞬間だった。猛烈な熱風に包まれた。思わずバスから離れて走る。ヘッドが走る方向には防弾ベンツ。振り返る。バスは、巨大な炎の固まりと化していた。

 三十七
 
 炎上するバスの向こうで、ベンツにも火が放たれた。火炎放射器を取られた。車体は防火だが、防弾のバルーンタイヤでも燃えてしまう。機械馬の騎兵たちに対抗するために、急遽買い入れた高価で最強の武器が、もう使えない。

 標的たちの後を追おうとした常立殿を止めた。ひとまず暴走族たちに任せようと。世界一高性能なバイクに、十五発も弾が入る弾倉をつけたピストルまで持たせた。どちらも卑墨が選んだから、抜かりは無かろう。それで、防人の一人も仕留めれば御の字だ。この道は行き止まり。標的たちは必ずここへ戻るから、待てばいい。そして逃げ込まれ、籠城されては困る館を先に焼き払ってしまう。
 興奮していた常立殿はそんな進言で落ち着き、館の潜む森を焼き始めた。同時に卑墨に連絡を取る。妙に遅い。一度襲撃を受け、バスを失ったと連絡があったが。その後観光バスを乗っ取ったので、少し遅れて向かうと言っていた。携帯は呼び出しているが、出ない。一抹の不安が浮かぶ。逃げたか?

 燃えるベンツを見て、常立殿がまた興奮し始めた。放っておいて残った戦力を確認。 火炎放射器を持つ五人。小銃持ちが十二人。自分の武器を持って加わってきた連中が十人程度。あとは、ほとんどが呻くかうるさく泣き叫ぶ怪我人。なぜか死人はいないよう。結局戦闘員は、私も入れて三十人足らず。もう二十人あまりやられたということか、たった四人の敵に。一人は殺したから残りは三人。
「高頭さん、どうしやす? 」と、組の三番手。さて、どうするか? 兵数も火器も圧倒しているが、姿を見せれば奪われた小銃で狙い撃ちされるだけ。味方を盾に突入? この連中にそんな度胸も義務感も無かろう………。
「ゲートの影に、奴らのバイクが二台ありやした」と、別の手下。おっ、朗報。そいつは使える。そして、視界に入った金髪のガキ二人。開戦直前の哨戒を、卑墨が金で依頼した地元ヤクザの鉄砲玉。呼ぶ。
「おまえらの組で、頑丈そうなダンプかトラックを用意して持って来させろ。金はいくらでも払ってやる! 」と、指示。これで、燃やされたバスの代わりの戦闘員輸送手段を確保。そして、
「良く聞け! バイクが得意で、突撃する勇気があるやつはいるか? 成功したらすぐに幹部にしてやるぞ! 」喜んで名乗り出る数名。これも度胸か? バカの命は軽い。
 二人乗りさせ、後ろの奴に小銃を持たせた。これで突入し、ベンツに隠れたポルシェと三人を討ち取る。起死回生の妙案。
 ところが、いざ出撃と思ったら、ポルシェが走りだして遠ざかって行く。事態に動転した常立殿、すでにバイクに跨っていた後ろの奴を蹴り落とし、小銃をひったくって自ら乗り、『追え! 』と、ライダーに怒鳴って発進させてしまった。常立殿の諸行を見とどけねばならぬ私。迷えない。ほぼ同じことをして、そのバイクを追うことに。あぁ、千年前を思い出す。それにしても、いつの間にか監視の役を逸脱しすぎている。間違いなく、高天原からお叱りをうける。

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