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夥しい孤独 7

3月12日


さよならをした日の夜。

静けさの中で、ふと向かいの部屋から、一定のリズムで何かを打ち付けているような音が聞こえてきた。

なかなかな大きさの音で、こんな時間に日曜大工でもしてるのかな?と不審に思い、ふらふらと玄関ドアに寄って耳を済ませてみた。

カップルの、行為の音だった。


…まじか。

これは、さすがに、本当にきつい。

なんの地獄なんだろう。

カップルに罪はないけれど、今まで、この部屋に引っ越してきて約一年間、そんな音は特に聞こえてこなかったのに。
(ちなみに私の住んでいるアパート?は特殊で、住人は私と向かいの部屋の若い女の子しかいない。)

なぜ、よりによって今日?

それとも今までは、自分にもあの人がいたから、気にならなかっただけなんだろうか。

音は、随分早い。
し、ずっと続いている。

若いなあ。

なんてぼんやり思う。

ヘッドフォンをして、ベッドに潜り込んで、行為が終わるのを待った。
途方も無い虚しさを感じながら。

付き合ったばかりの頃の、あの人を思い出してしまう。

彼もなかなかに旺盛な人で、一日に何回も、ということも、よくあった。

月日を重ねるごとに、私はどんどん太ってだらしなくなってしまったし、向こうは歳とともにどんどん、常に疲れていることが多くなっていた。

会っても、しないことも多かった。

…最後に、したのはいつだったろう。

別れのひと月前くらいだったかな。

当たり前だけど、もう、抱き合うことはないんだと思い知る。

快楽が欲しいわけじゃない。

快楽だけでいいなら、いっそ良かったのに。


遅かれ早かれ、捨てられても仕方なかったのかもしれない。
新しい彼女は、もっと細くて、スタイルのいい、若い人なんだろうか。

知りたくなくて、聞きたくもなくて、一切、彼女の情報は聞かなかったけど。

以前から、飲み友達がいるとは聞いていた。

自分にその気はないけど、向こうは好いてくれている、とも。
でも、自分には大事にしたい人がいるから、気持ちには応えられないと、伝えていると。

きっと、その人なんだろうと思う。

確認はしなかったけど。


でもずっと、きっと重なっていたんでしょう?

私と会いながら、その人とも、すでにそういうことがあったのかもしれない。

だいぶ前から、少なくとも、私に対する気持ちは、冷めていたんだよね?

なのに、なんにもないみたいな顔で、私に会っていたんだよね?

唯一、いつから?とだけ、私が聞いたとき。

こないだ私に会った時は、まだそんなつもりはなかった、と彼は言った。

そんなことある?

その人とは何年も前から知り合いで、でもその気はなくて。

私と普通に会って、バレンタインのチョコも受け取って。
セックスはしなかったけど、キスはいつもどおりして。

その日から、たったの約3週間。

3週間の間、会いたいと言っても理由をつけて断られて。
LINEをしても、一晩中既読にもならず、翌日返信が来るようになって。
私が体調を崩して病院に行こうが、トイレが壊れて大変な目に遭おうが、会いに来てはくれなかった。

そのたった3週間で、ある日いきなり、その人を好きになることなんてある?

そんなこと、誰が信じると思う?

少なくとも、「大事にしたい人」では、私はとうになくなっていたんだよね?
気持ちをつっぱねる、ストッパーでは、とうになくなっていた、ということ。

…考えれば考えるほど、馬鹿馬鹿しく思えてきた。

とんだ道化師だ。
私が。

可哀想な、惨めな、少し前までの私。

ずっと、蚊帳の外だったのは、私のほうだったのに。


…今、また、隣から、音が聞こえてくる。


またヘッドフォンをしなきゃ。

ここは地獄だ。

なんて陳腐な、くだらない、地獄。



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