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『スワンレイクのほとりで』(小手鞠るい)を読む 1           ――物語の読み方1 場面と語り(視点)

はじめに

 光村図書小学4年下の最後に位置する物語教材である。2024年度の教科書で登場した新教材である。ここでは、以下の三つのことを述べつつ、物語の授業づくりについても考えていく。まずは教材研究、次いで教材そのものの吟味、最後に学習の手引きの検討である。

 1 場面の三要素+語り(視点)

 場面は、時・場・人物の三要素からなる。当たり前のことだが、4年生のこの時期であれば子どもたちに「場面は?」と問うた時に、「時・場・人物」と返ってくるようにしていきたい。場面がこの三要素から成ることに、子どもたちが自覚的でなくてはいけない。
 「物語の最初には何を読むんだった?」と聞いた時に、「場面の三要素(時・場・人物)」といった答えがスッと出てくるようになっていてほしい。もちろんそのためには、教師が場面という言葉を、これまでの授業でしっかりと子どもたちのものにしていくことが大事になる。
 また、〈語り〉についても教えていく必要がある。物語は、ある視点から語られている。どの視点から、誰の視点からその物語が語られているかを読みとるのである。4年生のこれまでに扱った物語は基本的に三人称の語り(視点)であった。ちなみに、光村図書の作品で語り(視点)を確認しておこう。

  「白いぼうし」 (あまんきみこ) 三人称限定視点
  「一つの花」  (今西祐行)   三人称客観視点
  「ごんぎつね」 (新美南吉)   三人称限定視点

 「スワンレイクのほとりで」は、一人称の語り(視点)である。一人称(ここでは「歌」)の語りで注意しておかなくてはならないことは、歌が語ることができるのは、自分の見たことや聞いたこと、そして自分の心情だけである。言い換えれば、他の人物の心情はわからない(見えない)のである。
 たとえば「グレンがにっこり笑った。」とある。三人称の語りの場合なら、グレンは笑ったと読んで間違いない。しかし一人称の場合、「私(この場合は歌)」にそのように見えたというのが正しい。めんどくさいと思われるかもしれないが、語りの違いとはそういうことなのである。
 もちろん4年生であるから、さほど厳密にやらなくてもよいだろう。ただ、物語が誰の目から見たように語られているかを、子どもたちが少しでも意識できるようにはしていきたい。
 語り(視点)の問題は、誰の目から見ているかに意識的になることでもある。語りを意識することで、自分の中に他者の視点を取り入れることができる。そこから何が見えるのか、何が見えないのか、言い換えれば見えることと見えないこと(分かることと分からないこと)の区分けができるようにしていくのである。
 ちなみに、語り(視点)は基本的に物語・小説といった文学作品に限られた問題である。説明的文章では、筆者が語り手であり、文中の「私」は筆者のことである。したがって、誰が語っているか、どこから見ているかという問題を改めて考える必要がない。
 この作品の三要素と〈語り〉は以下の通りである。 

【人物】 歌(中心人物) グレン お父さん 真琴さん ジョージさん 【時】  3学期 夏休み
【場】  歌の部屋 スワンレイクのほとり 
【語り(視点)】 一人称視点(歌)
   *すべては歌の目を通しての出来事が語られる
   *グレンや他の人物の心の中は語られない(わからない) 

2 場面分け

 前にも述べたこと(〈「一つの花」(今西祐行)をどう授業するか〉参照)だが、行空きに対する認識が現場において低すぎるように感じられてならない。
 私が学習支援で教えている4年生の子どもたちに「一つの花」の行空きについて聞いてみた。「一つの花」の学習の最中であった。三人に聞いたのだが、一人も行空きを意識していなかった。教師による最初の範読の時も、子どもたちが読んでいる時も、行空きがあることに教師は目を向けさせなかったのである。
 行空きは、視覚的にとらえられる。読む力の弱い子どもでも行空きを見つけることは容易である。しかし、行空きを意識することを教えられていないとスルーしてしまう。もちろん、見つければそれで終わりではない。行空きを見つけ、どうしてそのように分けられているのかを、つまりは構成の意味を考えていくのである。そういう指導をしていくことで、行空きのない作品でもどこで分けたらいいのか、どう分けるといいのかと考えることができるようになっていく。行空きすら意識させられない教師に教わって、子どもたちに物語を読む力がついていくとは、私には思えない。
 「スワンレイクのほとり」は、行空きにより3場面に分かれる。 

1場面  はじめ ~ ぐんぐん、飛んでいく――。
2場面  地球儀をぐるりと回したら ~ 笑っているかのように――。
3場面  あのまぶしい夏の午後 ~ おわり  

 1場面と3場面が時間的に連続しており、その間に2場面の回想が挟まれている。額縁構造の作品である。主要な事件は2場面で語られている。その結果、歌がどのように変化したかは2場面の最後か3場面で語られることになる。
 額縁構造におけるクライマックスの位置には二通り考えられる。クライマックスについては、次回に述べる。 

①   挟まれている中にクライマックスがある 
    (例)「やまなし」「少年の日の思い出」
②   額縁にクライマックスがある      
    (例)「わらぐつの中の神様」
 

 2場面がいちばん長い。それを内容の上で、以下の4つに分ける。 

①   地球儀をぐるりと回したら ~ のほとりで絵をかいたりしていた。②   そんなある日、 ~ 「うん、行ってくる。」
③   二人で、野菜畑へと向かった。 ~ 全くちがう名前もある。
④   野菜畑をひと回りしたあと ~ 笑っているかのように――。
 

 ただし、この3カ所の分け目は絶対的なものではない。若干のゆれがあることをお断りしておく。それぞれの場面の内容は以下のようにまとめられる。 

①   夏休みのアメリカ旅行の概要
②   バーベキューパーティーでグレンと出会う
③   グレンと野菜畑に行く
④   グレンとスワンレイクのほとりで
 

 2場面を4つに分けたのは長いからというのが理由の一つである。教科書で10ページある。そしてもう一つの理由は、分けることで内容をつかむことにある。上記の2場面の内容を見ていくと、歌とグレンの出会い・交流がこの作品の主要な事件であると見えてくる。グレンとの出会いから特定の「ある日」になっている。 

 授業において、場面の3要素+語りを先に、場面分けをその後にここでは書いた。しかし、実践的にどちらを先に行った方がよいか、私の中では明確な結論は出ていない。場面の3要素+語りを先にやることで、子どもたちがどのような話かを大ざっぱにつかむことが容易になるのではないかとは思う。
 教師が範読し、全体で通読する。範読や通読の前に、場面の三要素を確認して、それを読みとるように指示をしておくことが大切である。通読が終わってから、「3つに分けなさい」「時はいつ?」といった問いをするのでは、範読や通読の時、何に注意して読むのか曖昧になり、子どもがぼんやりと聞く(読む)ことになってしまう。
 範読・通読が終わった後、もう一度、今から場面の三要素を確認していくことを伝える。子どもたちの様子を見て、もう少し考える時間が必要ならば、1~2分自分で整理する時間をとってもよい。班を作っているならば、班で読みとったことを確認する時間をとる。
 その後に、「誰が出てきた?」「中心人物は誰?」とまず人物をおさえる。
 次いで、「時はいつ?」
 そして、「場所は?」と押さえていく。 場面の三要素という時には、「時・場・人物」と教える。ただ低中学年くらいまでは、人物を最初に押さえる方がよい。物語で、最初に目がいくのは人物である。誰が出てきたか、どんな人物が登場したのかというところが、子どもたちが一番に目を向けるところである。それに対して、時はやや抽象的であったり、はっきりしなかったりすることも多い。したがって、時から聞いていくと答えにくかったり、「?」となってしまったりする。
 場面分けまでできたならば、この時点で簡単なあらすじをまとめておくとよい。あらすじをまとめることで、作品を大づかみするのである。~をして、それから~して、次に~してといったまとめかたにはしない方がよい。もちろん子どもたちから、そのような答えが出てくれば、それを受けてやればよいだろう。その上で、それをまとめていくのである。誰が、どうした話といったまとめかたができるとよい。
 私は以下のようにまとめた。 

(あらすじ)
歌が、一年を振り返って心に残っていることとして夏休みのアメリカ旅行のことを回想する。

 *場面については、「文学作品と説明的文章との違いを考える ――その2 場面と段落」も参考にしてほしい。

 

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